パッシブブレーキ技術が陸上や水中など多様な場面で役立つ仕組み~パッシブロボティクスが実現させる新しい世界(中編)

INTERVIEW

東北大学大学院
工学研究科 ロボティクス専攻
ロボットシステム講座 知能機械デザイン学分野

教授 平田 泰久

東北大学大学院 工学研究科ロボティクス専攻、知能機械デザイン学分野の平田泰久教授らが率いる研究室では、パッシブロボティクスとよばれる概念に基づいて開発された非駆動型ロボットをメインに研究を続けています。これはヒトの力を駆動力とし、ブレーキで台車の運動を制御することで、多機能でありながら、エネルギー消費量とコストを抑え、安全性を向上させることができるロボティクスです。

また、モーターや発電機、アクチュエーターなどの周辺分野も含めた技術の研究開発をより活性化させるために創設された「第6回 永守賞」を受賞しました。前回から3回にわたり、平田教授にパッシブロボティクスやそのほかの研究成果について詳しくお伺いしています。

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────アプリケーションとしてのパッシブブレーキの技術はどのように役立てることができるのでしょうか。

平田教授(以下同)
例えば、水上ロボットのフォーメーションを実際のアプリケーションとしてどう使うのかというと、一艘のボートで複数のフォロワーを引っ張れば水上の広大な範囲の調査ができるようになります。フォロワーにセンサーをつけて水中の状況を探査するわけですが、水上を何度も往復せずにすみ、複数のフォロワーで大面積をいっぺんにトレースすることが可能になるのです。


────具体的な用途としてはどのようなものが考えられますか。

改めて調べてみると、水中や陸上で大面積の調査研究をされている研究者や研究グループが意外に多くいました。例えば、水上ロボットでサンゴ礁の調査をしている研究者がいたり、蔵王山のお釜のような火山湖において水面からの湖底調査によって火山の隆起の様子を研究されている先生がいらっしゃったりしたのです。こうした場合、1台のロボットでやるより複数台のフォロワーでいっぺんにやったほうが効率的ではないかということになりました。


平田泰久教授(東北大学大学院 工学研究科 ロボティクス専攻 ロボットシステム講座、知能機械デザイン学分野)。1975年、宮城県生まれ。博士(工学)。日本ロボット学会研究奨励賞(2001年)、日本機械学会賞(論文、2005年)、日本ロボット学会 論文賞(2005年)、Advanced Robotics Best Paper Award(2016年)、科学技術分野 文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2014年)、第6回永守賞(2020年)など。
平田泰久教授(東北大学大学院 工学研究科 ロボティクス専攻 ロボットシステム講座、知能機械デザイン学分野)。1975年、宮城県生まれ。博士(工学)。日本ロボット学会研究奨励賞(2001年)、日本機械学会賞(論文、2005年)、日本ロボット学会 論文賞(2005年)、Advanced Robotics Best Paper Award(2016年)、科学技術分野 文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2014年)、第6回永守賞(2020年)など。


────探査以外のアプリケーションはどんなものが考えられますか。

そうですね。まだやってはいませんが、探査だけではなく、このロボット技術を例えば漁業に応用することも可能だと考えています。魚群探知機で魚がいる場所がわかったら、網の四隅に三次元に動かせるフォロワーロボットをつけて網の形をコントロールし、その魚群を確実に捉えたり、必要な数だけを限定して捕ることもできるかもしれません。

もちろん、漁業もコストが重要ですから、網の四隅に高価なロボットを設置するのは現実的ではありません。我々の技術を使えば、キールとラダーだけの単純な機構で動かすことができるかもしれません。


────パッシブブレーキによってフォロワーロボットの動きを制御する研究は現在、どのような状況でしょうか。

我々が現在、論文化を進めているのは、クレーンで少し上方から吊ってフォロワーを引っ張るような仕組みです。この考え方は、リーダーが乗り越えた障害物にフォロワーやフォロワーを引っ張るワイヤーが引っかかってしまうことがあってその課題を解決するためです。クレーンから引っ張るほうが、より現実的といえるでしょう。この方法では、仮にどこかに引っかかってしまってフォロワーが動かなくなっても、クレーンで上に吊り上げてしまうこともできるのです。また、クレーンではなく、ドローンのような飛行体で上方から引っ張ることも考えられるかもしれません。


────この技術は災害地などで活用できますか。

そうですね。この方法を使えば、災害地など人がなかなか入れない場所で使うことができるでしょう。土壌を採取しようとしてもドローンでは難しいですし、スタンドアローンの単体ロボットを投入しても障害物に阻まれてスタックしてしまうことが予想されます。それよりは、上方の2方向からワイヤーでロボットを引っ張って動かすほうがいいでしょう。


────クレーンでフォロワーのロボットを引っ張るメリットはどのあたりにありますか。

そうですね。興味深いのは、2方向から吊って引っ張る場合、引っ張る方向にだけテンションをかけてピンと張っておけばいいということです。そうすると、クレーン間の位置誤差をそれほど考慮しなくてもかまわないことがわかってきました。

この考え方を例えば災害の現場で応用するとすれば、クレーンを2か所に設置してからケーブルやワイヤーをロボットにつなげ、そのロボットをGPSなどの位置情報で動かせばロボットをさまざまな場所に移動させることができます。2台のクレーンの制御はどちらか一方からのケーブルなりワイヤーなりをピンと張っておけば、2台のクレーンを精密に制御しなくてもいいということがわかってきたのです。


リーダーロボットとフォロワーロボットの連結方法と駆動系の違い

────リーダーのロボットとフォロワーの間は単なるケーブルのようなものなのでしょうか。

リーダーがフォロワーを引っ張るワイヤーやケーブルには今のところ、電力も信号も伝えていません。もちろん、電源ケーブルや信号ケーブルをワイヤーとして使うことができれば、フォロワー側にセンサー電源や制御電源を用意する必要がなくなりますし、フォロワーがセンシングした情報などをリーダーへ送ることも容易になります。


────ワイヤーやケーブルの重量はどのように影響を与えますか。

シミュレーション上で、ワイヤーやケーブル自体の重さは考慮していませんが、現実的にはこれが長くなれば影響を及ぼすでしょう。例えば、先程のクレーンで吊り下げる場合、引き出された長さの分だけ重くなります。


右端がアクチュエーターを備えたリーダーのロボットで、左の3台のフォロワーのロボットを引っ張っています
右端がアクチュエーターを備えたリーダーのロボットで、左の3台のフォロワーのロボットを引っ張っています


────フォロワーロボットには駆動系、アクチュエーターが備わっていないということでしょうか。

ロボットは、頭脳であるCPU、センサー、そしてアクチュエーターを備えた機械ということになりますが、我々のパッシブブレーキという概念は、ある意味でこのアクチュエーターの部分に対する考え方が違います。例えば立ち座り・歩行支援のロボットではヒトの力を能動的な駆動力と考えれば良いわけで、ロボットには駆動するためアクチュエーターは必要ないわけですし、複数ロボットのフォーメーション制御の場合はリーダーのロボットにだけ駆動用のアクチュエーターを備えておけばいいということになります。


────平田先生の研究にも進化の過程があったということでしょうか。

そもそも全方向移動型ロボットをヒトで引っ張っていたころは、ヒト自体が重さを感じますし、ヒトが引っ張らなければならない意味について疑問を感じていたわけです。やはりロボティクスというのは、出口戦略が重要でなにか人間の役に立たないと単におもちゃを作ったことだけになってしまいます。

その当時は、確かにヒトが複数台のロボットを引っ張ってフォーメーション制御できるのはわかったのですが、それはヒトが苦労しているだけで意味がないと思っていたのです。そこからヒトではなくロボットが引っ張ればいいという発想が自然に生まれました。あるいは、リーダーはヒトが運転する自動車や船でもかまわないわけです。


歩行支援ロボットへの応用、被介護者の自立や自助へのサポートを目指して

────パッシブブレーキの研究を進めていく間に改めて新たなアプリケーションの可能性が見えてきたのでしょうか。

そうですね。最初のころに研究していた複数ロボットから2004年の歩行器の研究につながり、その後、リーダーはパワーをもつけれどフォロワーはパッシブブレーキだけでいいという機構として使ってみたところ、パッシブロボティクスにつながっていきました。フォーメーション制御の研究から、やってみたらいろいろなロボットに応用できるのではないかと考え、ブレーキだけで歩行を支援するロボットをはじめとして、さまざまな人間支援ロボットへの応用が出てきたのです。


────歩行支援のロボットにおけるパッシブブレーキはどのような役割になりますか。

一般に使われている歩行器の場合、非常に軽く動かせてしまい、あまりにも簡単に動かせてしまうことがときには転倒などの危険な状態を引き起こすことがあります。ヒトの状態を認識し、その状態に応じてブレーキをかけることで、ヒトの転倒を防ぐことは非常に重要な技術となります。一方で、安全はもちろん重要ですが、それだけではなく、パッシブロボティクスという概念でいえば、メカニズムを単純にできたり、コストを安くできたり、消費電力を低く抑えられるというメリットもあるのです。


────パッシブブレーキを使った歩行支援ロボットの仕組みはどのようなものでしょうか。

ヒトがブレーキの操作をきちんとできるうちはいいのですが、高齢になってなかなかブレーキをうまく作動させられないようになった時に、機械の側がヒトのことを理解し、このヒトが今どんなことをやろうとしているのかがわかっていながら機械がブレーキをかけ続け、あるいは歩こうとした時には機械がヒトの意思を判断して動くように機能を切り替えてあげる、こうした仕組みを作ろうと考えています。我々の技術は、筋電(筋肉の収縮から発生する微弱な電気信号)は使っていませんが、いろんなセンサーを使ってヒトの意思をうまく理解・感知して機械のコントロールを変えています。

歩行に障害を持つ人の支援のための歩行支援システム。パッシブブレーキを利用し、人の力だけで動作します。
歩行に障害を持つ人の支援のための歩行支援システム。パッシブブレーキを利用し、人の力だけで動作します。


────パッシブブレーキやパッシブロボティクスはヒトの支援と親和性が高いというわけですね。

そうです。福祉の観点から考えると、被介護者の自立という意味でもロボットなどがすべてヒトのアシストをすればいいというものではありません。被介護者にまだ残っている能力があるのだったら、その能力をなるべく使って機能を落とさずに維持し、足りない部分をロボットや機械でアシストすればいいでしょう。その足りない部分というのはなにかといえば、ブレーキ程度でいいということになったのです。


────リハビリテーションのような役割はありますか。

失われつつある機能を回復するのは難しいかもしれませんが、ブレーキしかなければ被介護者本人は自分で動かしている、自分で動いているという感覚をもちます。これは最近のキーワードでいえば「運動主体感』」とか「自己効力感」と言ったりしますが、我々のパッシブロボティクスは、自分でやっているという感覚であったり、自分の力だけでできるかもと思わせることをサポートする技術でもあるのです。このようにパッシブブレーキの概念は、最初は安全から入ったのですが世の中の流れや考え方の変化もあって、結果的には被介護者の自立や自助という考え方につながっていったのです。


────社会の課題を解決するための技術にもなるというわけですね。

生命としての寿命と健康寿命の差が10歳あるという状況で、加齢によって身体が動かなくなってきたり機能が落ちてきた時に、ロボット技術を使って動かなかったり機能が落ちてきたところだけアシストして健康な状態を保つことができるということになれば、健康寿命の延伸にもつながっていくのではないかと考えています。


ヒトの機能をサポートする研究の一つ、転ばない三輪車。モーターをコントロールしてスイングする動作を制御します。高齢者の自転車で転ぶ恐怖を排除し、外出したりして運動機能を保つような効果を期待しています。
ヒトの機能をサポートする研究の一つ、転ばない三輪車。モーターをコントロールしてスイングする動作を制御します。高齢者の自転車で転ぶ恐怖を排除し、外出したりして運動機能を保つような効果を期待しています。


────これは基本的に平田先生の研究室で研究されている支援ロボットの考え方になりますか。

そうですね。ロボットが非常に高機能になり、どのようなヒトでも完全に支援することが将来的にできるかもしれませんが、我々が目指すのは完全な支援ではなく、ヒトの残存能力を活かしながら、本来のヒトの動きをなにか別のものでちょっとサポートしてあげるという技術になるのです。



パッシブロボティクスとパッシブブレーキによる新たなロボット技術を模索する平田教授らの研究室。最終回となる次回は、日本電産株式会社の創業者、永守重信氏の名前がついた第6回永守賞(公益財団法人永守財団)を受賞したパッシブブレーキによる足漕ぎ車椅子ロボットについて伺います。


文/石田雅彦

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