EDAツールベンダーやファウンドリ事業が誕生し急成長できた理由~半導体入門講座(16)

半導体は今や100億個のトランジスタを集積する時代になり、もはやこの複雑な一連の設計作業は人手に負えなくなった背景のもと、半導体を自動設計するためのソフトウェアを提供する「EDAツールベンダー」が登場しました。また、こうした設計専門会社が生まれたことで、半導体製造専門の「ファウンドリ」が誕生します。今回は、「EDAツールベンダー」が台頭した背景やその成長戦略、台湾の「ファウンドリ」事業が日本を逆転するまで強くなった理由をご紹介します。

 

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EDAツールベンダー、半導体設計だけでなく自動化工程支援ツールを開発

半導体LSIが今や100億個のトランジスタを集積する時代になった。もはや大都市の設計にも似ている。それ以前の、例えば100万個のトランジスタでさえ、どのように論理回路を設計し、その回路をどのようにつなぎ、そして回路をいくつかまとめた回路ブロックを適切に配置し、それらを配線するか、という大変な作業を強いられた。そして最後に、その回路パターンをマスクレベルに変換しなければならない。こういった一連の設計作業は、もはや人手で設計するわけにはいかない。

そこで生まれたのが自動設計するためのソフトウエアツールを生み出す企業たちである。設計ツールは、集積度が低かった時代には半導体メーカーが自ら開発していたが、集積度が上がるにつれ、階層的に設計するような手法が生まれてきた(設計に関しては、「半導体入門講座(14)」の半導体設計を参照していただきたい)。それとともに、半導体メーカーが持っていたCAD開発本部といった組織は次第に専門業者に取って代わるようになった。

現在最も強いEDA(Electronic Design Automation)ツールベンダーは、売上額の順でSynopsys社、Cadence Design Systems社、そしてMentor Graphics社である。Mentor Graphics社は、現在Siemens Digital Industries Software社の一部門だが、ブランド名の「Mentor」は、半導体やプリント回路基板の分野で有名なため、今でも使われている。この3社はEDAツールベンダーのTop3と言われている。CADではなくEDAという言葉を使うのは、設計だけではなく、検証やデバッグ、論理合成などさまざまな自動化工程を通らなければならないからだ。

3社に共通するのは、このEDA業界ではM&Aの繰り返しによって大きく成長してきたことだ。設計するためのソフトウエアツール産業では、優れたソフトウェアを開発する小さなスタートアップが現れてくる。これらの小さなベンチャーを買収し自社の製品ポートフォリオを組み込むことで、Top3は成長してきた。


Synopsys社

半導体設計のトップリーダー、Synopsys社は、半導体設計のための論理設計や論理合成などの設計ツールだけではなく、検証ツールでも強い。むしろ検証ツールが同社のコアコンピタンスでもある。加えてIP(Intellectual Property:知的財産)ビジネスも手掛けており、IP事業ではArmに次ぐ地位を確立している。さらにソフトウェアのセキュリティと品質の欠陥を見つけるツールも手掛けている。要は、半導体設計のすべてをカバーするベンダーである。

Cadence Design Systems社

Cadence Design Systems社も、デジタル論理設計から検証、論理合成、回路シミュレーションなどに加え、さまざまなICパッケージに対応した設計やシミュレーションツールを揃えており、電磁界解析や熱解析のシミュレーションツール、プリント回路設計ツールも揃えている。最近DSPのIPコアのTensilica社を買収し、IPコアにも力を入れ始めた。

Mentor Graphics社

Mentor Graphics社は、半導体設計からICパッケージ、プリント回路設計、検証ツールだけではなく、IC製造でのマスクを最適に修正するOPCツールやプリント回路基板でも定評がある。特にアナログ設計のシミュレーションツールにも強い。さらに熱解析ツールが充実しており、システム上のモデリングも手掛けている。車載のシステム設計にも強く、ワイヤーハーネスの設計までできるツールを揃えている。車載用のツールまで手掛けていることから、Siemens Digital Industries Software社が買収してSiemensの製品ポートフォリオを広げようとしたようだ。



これら3社のツールは半導体設計・検証にはなくてはならないソフトウェアであり、これらを使わない半導体企業やファウンドリ(Foundry,設計せずに顧客の設計データに基づいて製品作る会社)企業はもはやないと言えそうだ。米国から中国のHuawei(華為科技)社への輸出が制限される項目に、米国製半導体製造装置やソフトウェアを使って設計したICチップは輸出が制限されている。事実上は輸出禁止措置だ。


ファウンドリ事業を台湾の中核産業に

ファブレス(Fabless、工場を持たず設計などを行う企業)半導体ベンチャーが生まれたことで、ファウンドリという製造専門の請負半導体企業が生まれた。最初にこのビジネスモデルを生み出したのがTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)社の創業者であるモーリス・チャン氏だ。彼はTexas Instruments(TI)社の経営陣の一人だったが、台湾で半導体産業に力を入れ始めたことで台湾政府が彼を呼び返した。当初は、工業技術研究院ITRIで半導体研究をしていたが、シリコンバレーでのファブレス企業が続々と生まれるのを見て、ファウンドリを手掛けることを思いついたとされている。

1990年ごろの台湾では、これまでの半導体後工程に加え、前工程にも力を入れて国全体の経済成長を進めていた。90年頃までの台湾はパソコンの製造・組み立てをEMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の組み立てを請け負う業者)として手掛けており、半導体でも後工程は強かった。しかし、前工程はまったくやっていなかった。しかも、この当時の半導体の付加価値は、ウェーハプロセスを扱う前工程の方が、ウェーハからチップに切り出しアセンブリする後工程よりも価値が高いとされていた。このため、台湾は自身の産業を強化するため前工程を中核産業とし始めた。

最初に半導体企業を立ち上げたのがUMC(United Microelectronics Corporation)社で、当時はどのような製品を作るべきか模索していた。時計やおもちゃ用半導体、ROMメモリなど台湾は日本や米国とは違う半導体ビジネスを探していた。DRAMメモリは日本が強く、プロセッサは米国が強かった。そして、TSMC社はファウンドリ事業を立ち上げ、そのUMC社もTSMC社のファウンドリモデルを見て、それに習った。


微細化技術に力を入れた台湾が日本を逆転

台湾勢が半導体事業を始めた1990年ごろは日本の半導体の絶頂期であり、米国よりも高い市場シェアを誇っていた。しかも日本の得意なDRAMは微細化技術の先端を行っていた。台湾のファウンドリは前工程の付加価値が微細化にあることを知りながらも、微細化すればするほど投資金額が増えていくことから、まずは身の丈に合った投資から始めた。それは日本の先端プロセスよりも2世代も3世代も遅れた技術であった。しかし、1歩ずつ、しかも着実に投資し続けた。

当初の顧客は米国シリコンバレーのファブレスたちで、微細化しなくても機能で勝負できたため、TSMC社は無理に微細化しなくても製造に徹することができた。そして、顧客の設計情報の秘密を厳守し、信頼を勝ち取ることで少しずつビジネスとしてその地位を上げていった。

10年が経ち、2000年になると日本の半導体メーカーは大事なビジネス機会に投資をしなくなった。日本の大手半導体メーカーはすべて総合電機会社の傘下にあり、内部の半導体事業部門にすぎなかったため、総合電機会社のトップ経営者に半導体事業の重要性を理解してもらえなかったためだ。同時にビジネスに目ざとい台湾のTSMC社は金融機関からの資金繰りも取り込み微細化を進め、日本を逆転した。台湾人は、日本人と同様、プロセスの立ち上げ時に歩留まりが悪い状況では、残業はもちろん徹夜も厭わないほど働くため、懸命な努力が実った。


デザインハウスの登場、設計請負の専門会社でエコシステムを形成

TSMC社は、さらにファウンドリを不動のものとするために、設計ツールや設計人材を揃え、顧客とディスカッションできる設計営業部門も充実させるとともに、標準仕様となるPDK(Process Design Kit)を揃えた。さらに、顧客のために設計するデザインセンターあるいはデザインハウスと呼ばれる設計請負の専門会社とエコシステムを形成した。

設計経験のないシステムベンダーが顧客として、半導体チップの製造を依頼しても、前述したLSI設計言語を習得しなければLSIは設計できない。そこで、その代わりとなる、設計データの作成を請け負うデザインハウスを充実させたのである。その結果、どのような客でも設計し、マスクまで作成すれば、ファウンドリは製造できる。デザインハウスは、そのつなぎの役割を果たすのだ。

日本国内のデザインハウスは、前回ご紹介した大日本印刷の関連会社であるDNPエル・エス・アイ・デザイン社のほか、日本システムウエア(NSW)社、凸版印刷の関連会社であるトッパン・テクニカル・デザインセンター(TDC)社などがある。これらは代表的なデザインセンターであり、しかもいずれもTSMC社のデザインセンターアライアンスに属している。


ファウンドリの急速な成長、大手IDMさえファブレス指向に

TSMC社やUMC社がファウンドリビジネスを確立したことで、ファブレス半導体メーカーは安心して半導体設計に注力できた。しかも工場を持たなくて済むため、これまで以上に多くのファブレス半導体メーカーが生まれるようになった。逆にファウンドリは、顧客が予想以上に増えた。ファブレス半導体メーカーだけではなく、IDM(Integrated Device Manufacturer、設計から製造まで請け負う半導体メーカー)からも、そしてシステムメーカーからも注文を受けるようになった。このためファウンドリもファブレスもIDMより年平均成長率(CAGR)は高くなった<図1><図2>。

<図1> ファブレス半導体の年平均成長率(CAGR)は16%だが、IDMは3%。(出典:IC Insights)
<図1> ファブレス半導体の年平均成長率(CAGR)は16%だが、IDMは3%。(出典:IC Insights)


<図2> ファウンドリの成長率は常にIDMの上を行く (出典:IC Insights)
<図2> ファウンドリの成長率は常にIDMの上を行く (出典:IC Insights)


結局、IDMは工場を維持するためのコストがかかる割に、従来のような大量生産品が少なくなってきたことから、IDMはファブライト、あるいはファブレスを指向するようになった。中には、設計も製造も行っていたAMD社のようにファブレス部門とファウンドリ部門に完全に分離する企業が出てきた。AMD社はファブレスとなり、製造部門はGlobalFoundries(GF)社となった。GF社は、アブダビ首長国の資本を導入、ファウンドリとして自立した。

GF社は、シンガポールの国策会社からスタートしたChartered Semiconductor社や米国のIBM社の工場を買収し、ドイツのドレスデン、そしてシンガポールにも拠点を築いていった。しかしながら2019年にIBM社の工場をON Semiconductor社へ、シンガポール工場も台湾へ売却することを決めた。現在はドレスデンの工場に加え、ニューヨーク州のマルタ市に土地を確保しており、事業の再構築を図っている。


メモリメーカー、大量生産できる製品を持っている企業はまだIDMを維持

日本の半導体だけがヨロヨロしながら、静かに沈んでいき、現在に至った。現在でも好調なキオクシア(旧東芝メモリ)社とソニーセミコンダクタソリューションズ社は、それぞれNANDフラッシュメモリ、CMOSイメージセンサを大量生産するIDMであるが、IDMとして成り立っているのは、昔ながらの大量生産できる製品を持っているからだ。キオクシア社に限らず、サムスン電子社やSK Hynix社、MICRON社などのメモリメーカーはすべてIDMである。

メモリは製造が中心の製品で、ロジックのような複雑な設計と違い、メモリ設計はセル設計がメインであり、センスアンプやアドレスデコーダなどの周辺回路は少ないからだ。メモリは、少しの設計技術と膨大な製造技術が必要なため、IDMの方が有利な業態と言える。CMOSセンサも同様に、大きなマトリクス状の受光アレイと小さな周辺回路からなる製造リッチなテクノロジーである。

国内でもファウンドリと称する部門がないことはないが、ファウンドリビジネスに至っていない。例えば、東芝に残っている半導体部門の内、ジャパンファウンドリと称している子会社はあるが、東芝のラインが余った時だけ使ってもよいという姿勢であり、TSMC社やUMC社のような独立系ファウンドリではない。実質的に日本にはファウンドリの法人はない。唯一、Tower Partners Semiconductor社が日本の工場(旧パナソニックの富山県砺波市、魚津市、新潟県妙高市)をファウンドリ専門工場としている。



著者:津⽥建二(つだ・けんじ) 
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


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