SBG(ソフトバンクグループ)がArmをNVIDIAへ売却を決定した背景になにがあるのか

2020年9月14日、ソフトバンクグループ(以下SBG)は、半導体CPUコアベンダーのArm Limited(以下Arm)を400億ドルでNVIDIA Corporation (以下NVIDIA)に売却することで合意したと発表した。NVIDIAは、グラフィックス用半導体(GPU:Graphics Processing Unit)を中核技術とするファブレス半導体メーカー。ArmはSBGが2016年に買収したCPUコアのトップメーカーで、携帯電話やスマートフォンのCPUとして100%以上使われている。100%以上といったのは、1台のスマホの中に、Wi-FiやBluetoothコントローラ、周辺回路コントローラなど複数個使われているからだ。この買収劇の背景をArm、SBG、NVIDIAのそれぞれの視点で探っていく。

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ArmとSBGの蜜月、その後亀裂の始まり

Armはそれまでロンドン証券取引所に上場されていた企業だが、SBGに買収されて以来、非上場となり、短期的な利益や配当を求める株主の声にいちいち応える必要がなくなった。このため買収直後は、「ソフトバンクに買収されて良かった。5年後、10年後の技術開発ができるようになったから」と経営陣の一人が述べていた。

ArmのCPUコアはモバイル機器に向いており、IoT端末のCPUとして有望と見られていた。加えて、CPUコアをメモリと近づけるコンピュータアーキテクチャで高速コンピュータ分野でも使えるため、3兆円以上の投資をしてもSBGは回収できる見通しはあった。

ところが2018年8月にSBGとArmとの関係がぎくしゃくし始めた。SBGはIoT用のハードウエア開発ボードPelionと、ソフトウエアプラットフォームのトレジャーデータを手に入れ、Armに組み込んだことから亀裂が入り始めた。ArmにとってIoT端末用のボードは半導体企業のユーザーが提供するもので、半導体企業はArmの顧客である。つまりArmの位置づけが半導体企業から見るとサプライヤであり顧客でもあるという中途半端な位置づけになった。

Armの中核技術はIPベンダーであり、顧客である半導体メーカーにライセンス提供してきた。Armは半導体メーカーになる実力はあるが、かつてのArmのCEOは決して半導体メーカーにはならないと述べており、半導体メーカーにCPUコアを提供するIPベンダーにこだわっていた。半導体を設計するなら、顧客であった半導体メーカーを敵に回すことになるからだ。Armは今の中途半端な自分の位置づけを許せなかった。このため、2020年6月にはIPコアに専念することを公表した。

加えて、今年になりArmの中国での子会社であったArm ChinaのCEOに不適切行為があったとして解任命令を伝えたところ、Arm ChinaのCEOは何もやましいことはないので通常業務を続けている、と反論した。なぜ反論できたか。実はArm Chinaの株式の51%を中国系のファンドにSBGが2018年に売却していたのである。Arm ChinaはArm本社が49%、中国系ファンドが51%という株主構成となったため、英国本社のArmはもはやArm Chinaをコントロールできなくなっていた。


SBGがArmを手放した理由は、SBGの台所事情か

こういったぎくしゃくした関係の中で、SBGがArmを手放すという決断をしたのは、SBGの台所(財務)が火の車になっていたからだ<図1>。そもそもSBGは通信オペレータのソフトバンクを傘下に持つ持ち株会社(ホールディングカンパニー)である。SBGの役割は、持ち株会社でありながら投資会社の側面も持つ。傘下に純粋な投資会社のSoftBank Vision Fund(以下SVF)も持ち、SBGとSVFの両方が企業に出資することが多かった。

<図1>2019年度(2020年3月期)ソフトバンクは大赤字に(SBGの決算資料より編集部作成)
<図1>2019年度(2020年3月期)ソフトバンクは大赤字に(SBGの決算資料より編集部作成)


2020年8月時点では、86社に出資している。そのうちの1社である、シェアオフィスのスタートアップWeWorkに5,000億円を出資していながら、追加投資としてさらに5,000億円を出してしまった。追加投資には銀行などの金融関係は応じなかった。WeWorkがお金を使うスピードがあまりにも早すぎることを懸念したためだ。普通、スタートアップは社員への給料をはじめ活動経費が見る見るうちに減っていくため、慎重に事業を進めていく。運転資金の減り方があまりにも早かったのに、SBGが単独で追加投資したのだ。

この結果、2020年3月期(2019年度)の営業損益(注1)は、1兆3,646億円という大赤字に転落した。通信のソフトバンクが稼いだ利益9,233億円は吹っ飛んでしまうほどの赤字になった。2020年4〜6月期はSprintとTモバイルの株式も売却し、何とかして黒字化はした。しかし、これだけではまだキャッシュが足りないため、Arm売却に踏み切った。

昨年までの孫正義会長は、AI革命を標榜し、そのためにAI関連企業に出資していく、と述べていた。しかし、WeWorkがAIとは直接関連ない。間接的にAIベンチャーがシェアオフィスを利用するとしてもこの考えには無理がある。SBGはAI革命を推進するよりも投資会社としての顔を持つようになった。いわば赤字になれば、出資企業を売却、黒字になれば再投資する、というファンド会社になった。


次Armの買い手は、半導体メーカーNVIDIA

SBGというファンド会社から見て、実はNVIDIAも出資企業の一つだ。GPUのゲーム会社からAI企業へと転身しているNVIDIAはAIを推進する企業としてSBGが出資することは納得できる。しかしSBGはArmの買い手としてNVIDIAに声をかけた。NVIDIAはArmのユーザーであったが、Armを買い取ることにはほとんど抵抗がなかった。

しかし、半導体業界は、Armに同情した。Armは一つの半導体メーカーに買ってほしくなかったからだ。これまでArmは、ほとんどすべての大手に平等に中立的な立場でCPUコアをライセンス供与してきたが、1社の支配下に入ると中立性は失われる。10年前にもAppleがArmを買うという噂がシリコンバレーで持ち上がった。しかし、ArmのCEOがそれはありえない、と明言したため、噂は消えた。

今回は、ソフトバンクが出資しているNVIDIAがArmを買うという決断に至ったが、Armはこれまでの立ち位置を明確にしていたビジネスから中立性が消えることで、今回の買収を快く思っていないはずだ。


NVIDIAにかかっている、Armの中立的立場と開発方向の行方

買収する側のNVIDIAは、Armの中立性を完全に理解していないように見える。Armのオープンライセンスビジネスモデルと中立性を維持する、と述べているが、中立性を評価するのはユーザーである半導体メーカーだ。

NVIDIAは今回のArm買収に関して、Armの広いエコシステムを利用してAIのリーダーになると述べ、Armに寄り添う声明を出している。上述した中立性だけではなく、Armが開発してきたGPUコア「Mali」シリーズへの投資は継続し、ArmのIPポートフォリオにNVIDIAのGPUを追加する、としている。ソフトバンク同様、雇用も増やすと表明している。

Armを手に入れたNVIDIAが目指すこと

さらに、Armが本社を置く英国ケンブリッジでの拠点はそのままに継続するだけではなく、Armの持つ強力な研究開発力を強めるため、ケンブリッジにAI研究所を設立する。ArmのIPコアの最大の特長は、性能がそこそこでも消費電力が圧倒的に低いことだ。NVIDIAは、かつてモバイル分野への進出を試み、タブレット用のアプリケーションプロセッサを開発した。Motorola Mobilityのタブレットに採用されたが、消費電力は大きく、事業は失敗した。

NVIDIAはArmの低消費電力技術が欲しかったのだ。またNVIDIAはスーパーコンピュータやデータセンター用途では強いが、エッジで使う端末には弱い。しかしエッジへ行くほど市場は広くなる。データセンターが展開するパブリッククラウドから、フォグコンピューティング、エッジコンピューテング、エンドポイントコンピューティングへとクラウドを下流へ展開していくことを狙っている。そのためにはArmの低消費電力技術が必要になる。

ArmのCPUコアはメモリと一緒に集積して近くに置くことでコンピュータのスピードは上がる。実際、世界一のスーパーコンピュータを実現した富士通の「富岳」はArmのCPUコアを超並列に集積し、近くに配置したメモリとのボトルネックを解消したアーキテクチャを使っている。Armアーキテクチャを採用した富岳は、超並列で性能を上げただけではなく消費電力も低いスーパーコンピュータとなっている。

ケンブリッジにAI研究所を設立するのは、NVIDIAがArmと共にAIを組み込んだスーパーコンピュータを構築するためだ。ケンブリッジは、英国からだけではなく、欧州からも米国からもアジアからも優秀な人材が集まってくる。グローバルなエコシステムを作るのなら、ケンブリッジで研究、シリコンバレーで製品化、日本で製造、台湾か中国で量産、という生産チェーンが海外では理想的だとよく話題に出る。


ライセンスフリーのCPUコア「RISC-V」、脱Armに向けて

加えて、2020年のNVIDIAの業績は好調だ。前年度(2020年1月期)の売上額は109億ドルに留まったが、今年度はすでに上半期(2〜7月期)で前年同期比50%増の69億ドルとなっており、第3四半期(2020年8〜10月期)の見通しは44億ドルと予測している。今年好調なのはデータセンター需要であり、第2四半期(5〜7月期)はデータセンター向けの売上額は何と167%増の17.5億ドルになった。

NVIDIAがArmを手に入れることで、CPUはArm、GPUは自社、超並列配線スイッチは買収したMellanox社、というスーパーコンピュータ、データセンターの基本仕様ができあがる。NVIDIAは最悪の場合、Armの中立性が失われたとしても、成長はできると見ているようだ。

Armの中立性が失われると、ユーザーだった半導体メーカーはどこに向かうか。答えは一つ。ライセンスフリーのCPUコアであるRISC-V(リスクファイブ)だ。すでにルネサスがCPUコアとしてRISC-Vの採用を決め、ドイツのInfineon Technologiesは、Industry 4.0のCPUコアにはRISC-Vを採用することを公表している。RISC-Vコアを組み込むLSIを設計するデザインハウスのSiFive、IPベンダーのAndes Technology、日本のIPベンダーのNSITEXEなどRISC-V陣営が広がり、徐々に脱Armは現実になりつつある。

RISC-Vコアは、CPUに加えGPUやDSP(Digital Signal Processor)、ISP(Image Signal Processor)などヘテロプロセッサを集積するSoCの命令セットを統一しようというISA(Instruction Set Architecture)を使う。スーパーコンピュータやHPC(High Performance Computing)に向いた仕様でもある。


注1)投資ファンドは売り上げが立たないため、投資した企業の「時価総額-投資額」で営業利益を表現している。



著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


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