高強度「ダブルネットワークゲル」は実験中の偶然の産物~ゲル研究開発が社会にもたらす可能性(中編)

INTERVIEW

北海道大学
先端生命科学研究院 先端融合科学研究部門
教授 グン・チェンピン

北海道大学大学院のソフト&ウェットマター研究室(先端生命科学研究院、先端融合科学研究部門)では、例えば、耐破断性の高い高強度ダブルネットワークゲル、金属よりも丈夫なソフト・ハード複合ゲル、切っても元通りにくっつく自己修復ゲル、二枚貝の成分を参考にした水中で何度でも接着できるゲル、高靱性ゲルを用いた人工軟骨材料などを研究テーマにしています。

前回は、グン教授のゲル研究の始まりについてお話を伺いました。今回は、同研究室の研究の中でも高い耐破断性をもつ高強度ダブルネットワークゲルの研究と開発について、指導教官のグン教授と中島祐准教授に詳しくお話いただきます。

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人工的なゲル作りは、自然界のゲルの性質を理解することから

────我々に身近な存在としてのゲルは、どんな製品や場所に使われていますか。

グン教授:
ゲルはコンタクトレンズ、紙おむつなどに使われていて、豆腐、寒天、こんにゃく、プリンなどもゲルであり、我々の生活に密着した物質といえます。例えば、紙おむつのゲルは吸水ゲルとして使われていて、乾燥させたゲルを細かく砕いて紙おむつの中に入れています。

こうした多種多様なゲルは、分子レベルで言えばそれぞれ素材が違います。食品なら天然の素材でできた高分子ですし、コンタクトレンズなどは人工で合成して作った高分子、またコラーゲンや保水・保湿成分の多糖類であるヒアルロン酸、軟骨などの生体組織もゲルの仲間といえます。

これらのゲルは高分子の化学構造としては違っていますが、水と親和性があって保水性が高く、かつその網目状構造のために柔らかく弾力に富むという、水を内部に含むハイドロゲルとして共通の性質をもっています。


────グン先生の研究室では、これらのゲルをどう研究しているんでしょうか。

グン教授:
我々の研究テーマとしては、それぞれのゲルの共通点を見出したり、天然のゲルをいかに同じ性質を再現して人工的に合成したり、なぜ固有の性質をもつのかを探るといった内容になります。


ソフト&ウェットマター研究室の測定装置の例。これは熱物性を観察する装置。物質の温度を一定の速度で上げるときに必要な熱の量を測定することで、その温度の時になにかイベントが起きたかどうかがわかるそうです。例えば水の場合、凍った状態から温度を上げていくと、0℃に達したときに突然大きな熱流量が必要になります。この結果から、0℃付近で水の融解が起こったことが分かるそうです。
ソフト&ウェットマター研究室の測定装置の例。これは熱物性を観察する装置。物質の温度を一定の速度で上げるときに必要な熱の量を測定することで、その温度の時になにかイベントが起きたかどうかがわかるそうです。例えば水の場合、凍った状態から温度を上げていくと、0℃に達したときに突然大きな熱流量が必要になります。この結果から、0℃付近で水の融解が起こったことが分かるそうです。


────ゲルを人為的に作るのは難しいのでしょうか。

グン教授:
そうですね。人為的にゲルを合成して作るのは、ある意味では難しく、ある意味では簡単です。ゲルの構造は網目状になっていますが、この網目状の構造が無秩序で単につながっているようなゲルは簡単に作ることができます。

しかし、例えば生体のゲルなどは、何段階もの高次構造をもっていたり、方向性や秩序性をもっていたりして複雑な構造になっています。ちょっとでも構造が違っただけでまったく特性が異なってしまいますが、こうした複雑な構造を人工で作るのは、我々の最も重要な研究テーマでもあるのです。


────我々の身体などの生体にあるゲルを人為的に作ることができますか。

グン教授:
それは我々が取り組んでいる研究テーマの一つでもあります。自然界のゲルのほうが複雑で緻密ですから、例えば生体の軟骨などを人工で作ろうとするとなかなかできません。ある程度は自然界のゲルに物性を近づけることはできていますが、まだまだ人為的に作ったゲルは非常に原始的です。

例えば、クラゲもゲルです。どちらかといえば、ほかの生体と比べれば単純な構造です。あんなにシンプルなゲルも人間はまだ作ることができません。もちろん、軟骨のゲルのおおよその構造はわかっています。

軟骨の場合、硬くて伸縮性の高いコラーゲンと柔軟性に富んで保水性の高い高タンパク質のプロテオグリカンとヒアルロン酸が複雑な構造を作っていて、強い圧力を加えても構造が壊れにくくなっています。その粘弾性で衝撃を吸収し、摩擦抵抗も低いという生体力学的な特性があります。


────人工のゲルはどこまで自然界のゲルに近づいているのでしょうか。

グン教授:
そうですね。まだ自然界の構造のゲルを完全に人工的に再現できるまでにはなっていませんが、ある物性、例えば強度だけに特化すれば人工的に作ったゲルのほうが高い性能をもつこともあります。しかし、生体の軟骨には、衝撃の吸収性、低摩擦性、耐久性、自己修復性、あるいは酸素の透過性など、バランスがとても良くとれていて優れた多機能性があります。総合的な性能でみれば、人工のゲルはまだまだ原始的で自然界のゲルの足元にもおよびません。

その一方、自然界のゲルと同じものを作るアプローチと同時に、なぜその構造がそうした特性をもつのかを理解するというのも重要な研究テーマになります。例えば、生体の軟骨の場合、軟骨がもつゲルの複合体の特性の一つを外してみるとどうなるか調べるという実験方法もあります。


お話をうかがったグン・チェンピン教授(右)と中島祐准教授(左)。
お話をうかがったグン・チェンピン教授(右)と中島祐准教授(左)。


人工的なゲルの作り方と必要な材料

────人工的なゲルはどのようにして作るのでしょうか。

中島准教授:
基本的にゲルは高分子の原料となるモノマーと架橋剤を混ぜ合わせて純度の高い水を加え、化学反応(重合)を起こして作ります。生体応用を考えて我々の研究室では主に水を使っていますが、溶剤によって違う性質のゲルができます。高分子はヒモ状の分子ですが、ゲルは高分子が網目状のネットワークになった物質です。

なぜモノマーと架橋剤で網目状の物質ができるのかといえば、反応点が1か所のモノマーだけだと重合して単に長いヒモ状の高分子になりますが、架橋剤は反応点が2か所なのでモノマーと混ぜて高分子を重合させると網目状のネットワークになるんです。ゲルを作る場合、モノマーと架橋剤の配合が最も重要です。一般的に架橋剤が多いほど固いゲルができます。


────ゲルを作るためにはモノマーと架橋剤の組み合わせが必要というわけですね。

中島准教授:
そうです。モノマーには多種多様な種類があり、モノマーの種類が違うと化学構造が変わってくるため、できるゲルの性質も違ってきます。水に親和性のあるハイドロゲルの場合、この網目状のネットワークの中に水を含み、保水性をもつことになります。


ゲルを作るモノマー(左)と架橋剤(右)。両方とも粉状の物質で、これに水などを混ぜて紫外線を当てるなどしてゲルを作るそうです。
ゲルを作るモノマー(左)と架橋剤(右)。両方とも粉状の物質で、これに水などを混ぜて紫外線を当てるなどしてゲルを作るそうです。


────生体のゲルも同じ構造なんでしょうか。

グン教授:
違います。軟骨のような自然界のゲルは、このネットワークが複雑かつ精緻であり、高分子を構成する分子が一種類ではありません。コラーゲンのような分子もあればヒアルロン酸のような分子もあり、構造自体も硫酸基がたくさん入っている放射状のブランチ構造になっていたりします。


────モノマーと架橋剤と水があればゲルができるんでしょうか。

グン教授:
モノマーと架橋剤を使って高分子のゲル構造体を作るためには、さらに開始剤という薬品を加えて365nm(ナノメートル)の紫外線を当てることで重合を起こします。また、紫外線を当てる方法のほかに加熱してモノマーの分子をつなげる方法などもあります。こうした高分子の構造体を作る方法は、これまでの長い研究によって考え出されたものですが、ゲルに特化した研究は世界でもあまり多くありませんでした。


────ゲルの高分子研究は歴史が浅いんでしょうか。

グン教授:
そうです。高分子という概念が生まれてちょうど100年経ちますが、ゲルが研究テーマになるのはこの4〜50年くらいです。

ですから例えば、かつて高分子の研究分野では、モノマーがつながって網目状のネットワークができてしまうとその実験は失敗という時代もありました。なぜなら、高分子研究ではヒモ状の直鎖状高分子を作ることが長くメインの研究テーマだったからです。本来、単純なヒモ状であるべきモノマーの高分子が枝分かれしたり、環状に絡み合うなどし、網目状のネットワーク構造になってしまうと失敗とされていたんです。


────先生方は、従来のゲルよりも格段に強靭なゲル、ダブルネットワークゲルの研究と開発で有名ですが、これはどのようにしてできたのでしょうか。

グン教授:
先程、ある物性だけに特化すれば人工的なゲルのほうが自然界のゲルより性能が高いといいましたが、例えば構造を最適化すれば軟骨を超える強度を持つゲルを人工的に作ることはできます。我々のダブルネットワークゲルがそうですが、せめて力学的な特性を真似しようと考え、ダブルネットワークゲルを作って生体の軟骨に近づけたんです。我々のダブルネットワークゲルは、従来のゲルの概念をくつがえすような力学物性をもっています。


────ダブルネットワークゲルの構造はどのようになっているのでしょうか。

グン教授:
これまでにも相互に侵入する網目構造を作った研究もありましたが、我々のダブルネットワークゲルは2種類のネットワークを総合的に絡み合わせた構造のゲルです。2種類のうち、片方の網目は固くてもろく、片方の網目は柔らかくて伸びるという対照的な構造になっていて、こうした対照的な構造をもつゲルをダブルネットワークゲルと呼んでいます。

ですから、構造が異なるとまったく違う物性を示すという意味で、我々の対照的な構造のネットワークのゲルと、従来の相互侵入網目構造のゲルを区別するためにダブルネットワークゲルという名称にしました。


100N(ニュートン)まで測定できる装置によるダブルネットワークゲルの引張強さ試験の様子。
100N(ニュートン)まで測定できる装置によるダブルネットワークゲルの引張強さ試験の様子。


高強度「ダブルネットワークゲル」は実験中の偶然の産物

────対照的な構造をもっているのがダブルネットワークゲルの特徴なんですね。

グン教授:
そうです。生体の軟骨などのように力学的に丈夫な素材というのは、共通して対照的な特性を持っているものが多いんです。例えば、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)では、硬い繊維と(相対的に)柔らかい高分子を複合しています。自然界の真珠や生体の細胞の角層などのような構造を、ブリック・アンド・モルタル構造と言いますが、硬い材料の間に柔らかい材料をつめています。また、鉄筋とコンクリートも同様な構造です。

この構造は硬い素材と柔らかい素材の組み合わせという共通の構造をもっていますが、形はそれぞれ異なっていて、どのように配置すれば最も効果的な物性をもつことができるのかが重要です。


────ダブルネットワークゲルはどのようにしてできたのでしょうか。

グン教授:
我々の研究のアプローチは、基本的に自然界の物質がもつ物性からヒントを得て仮説を立てています。その仮説をもとにして、それに似たような構造をどうやって作るのかやってみます。こうして作ってみた成果の物性を調べて仮説を確かめます。同時に、期待される成果やそれより良いものができたら、それを応用して実際に使ってみます。

材料科学の最も大きな醍醐味は、こうして仮説を立てて実際に試してみることもありますが、多くの場合はそれだけではなく実験をやってみたところ、偶然、新しい材料や現象を発見したり、研究対象になるものを狙っていて別のものを見つけたりということも大きいのです。ダブルネットワークゲルもそうでした。


────ダブルネットワークゲルは偶然の産物だったのですね。

グン教授:
そうです。最初は、生体の軟骨がなぜ摩擦係数が低いのかを調べる研究をやっていました。ゲルの中にある高分子が抜け出て、それが潤滑する役割をして摩擦を低くしているのではないかという仮説を立てて、当時学生だった当研究室の黒川先生がゲルの中に直鎖高分子を充填することを目指して実験を行いました。

そうしたら実際にできたゲルは普通のゲルと違って強靭で柔軟なものだったんです。どうしてこういうゲルができたのかを後から調べてみると、我々は直鎖高分子を入れようとしましたが実はそれは直鎖ではなく網目状になっていたのです。これが直鎖高分子だったら、ダブルネットワークの効果が出なかったはずです。


生体適合性のある潤滑剤や耐摩耗性や防汚塗装などの用途でダブルネットワークゲルを使った物質コーティングの技術例。粒子状にしたダブルネットワークゲルを複雑な形状の物質(カエルのおもちゃ)表面に塗布したといいます。
生体適合性のある潤滑剤や耐摩耗性や防汚塗装などの用途でダブルネットワークゲルを使った物質コーティングの技術例。粒子状にしたダブルネットワークゲルを複雑な形状の物質(カエルのおもちゃ)表面に塗布したといいます。


────ダブルネットワークゲルができたのはいつ頃でしたか。

グン教授:
2001年くらいです。我々はてっきり直鎖高分子でそうした特性ができたのだと思っていましたから、では今度は直鎖ではない網目状高分子を入れてみようと実験を続け、対照的な網目構造を持つダブルネットワークゲルを作ることができました。

2003年に論文にしましたが、当時もまだ完全にダブルネットワークゲルの原理を理解できていたわけではありません。その後、当時学生だった中島先生など大勢の研究者が携わっていただき、研究を続けたところ、ゲルの中でどんな現象が起き、どんな構造になっているか、ダブルネットワークゲルの原理がわかってきたところです。しかし、まだ完全に解明できているわけではありません。

ダブルネットワークゲルができてから、北大のソフト&ウェットマター研究室の研究テーマは広がりをみせました。次回は自己修復するゲルや人工軟骨など生体に応用できるゲルなどについてお話を伺います。



文/石田雅彦


≪後編に続く≫

 

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