株式会社シグマ
代表取締役社長
山木 和人氏

「ものづくり」の雄のトップから「ものづくり日本」再興の指針へのヒントを伺う連載第5回では、引き続きシグマの山木和人社長に、本インタビュー総括としてニューノーマルにおける日本のものづくりの展開についてお伺いました。日本のものづくり空洞化で製造業を希望する若者が減っているなかでも、「おしなべて優秀で倫理観、道徳意識も高く、ミニマリズムみたいな美的感覚も持っている日本の若者」は十二分に競争力はあるそうです。
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ユーチューブで新製品を配信

────新製品の発表をユーチューブで実施されています。
「コロナの前では展示会があって、展示会で発表するのが基本でしたが、日本でいうと横浜の『CP+(シーピープラス)』(2月27日〜3月1日開催予定だったが中止)、今年の5月予定されていたドイツのケルンで行われる『フォトキナ』(5月27日〜30日開催を中止、2022年5月に延期予定)という世界最大の写真映像関係の展示会が中止になりました。
『フォトキナ』で発表すると、世界中のメディアが取材に来て、“フォトキナ特集”として大手メーカーに加え、シグマも取り上げてくれます。自社イベントで世界中の人をよぶのは難しい。メディアが限定されている時代はこの展示会が一番パブリシティ効果が高かったのです。しかし、なくなったのでやむをえず、 ユーチューブでオンライン配信したのですが、これで十分ということがわかってしまいました。
中国では2月にロックダウンして活動ができなくなりましたが、彼らはオンラインマーケティングに切り替え、オンラインのコンテンツを配信したら、お客様も家から出ずずっと見てくれる。我々も手作りベースでもいいから、ユーチューブでやってみることになりました。
従来のメディアが不必要になったという意味ではありません。自ら発表イベントを行い、レビューを従来メディアの方にフォローしていただいています。メディアミックスの中で重層的に我々ができること、メディアにお願いしなければならないことが見えてきたと思います。アフターコロナでも(ユーチューブ発表を)続けるかについては、総括をしたうえでディスカッションする必要があります」
────社長自らがプレゼンされていますね。
「本当は恥ずかしいです。娘二人と息子がいるのですが、下の娘がお腹を抱えて笑うんですよ」(笑)
ワインのような開発ストーリーを
────コロナをきっかけに宣伝広報についてもよい気づきがあったということになりますね。
「当社は、(新製品について)レビュアーにレビューしていただいています。基本的にはメインはそっちだと思います。私だけじゃなく、開発者が自らの言葉で自分たちが作った作品を語ることは重要だと思っています。最近、ワインや日本酒も、造り手や造り酒屋が実際に直接客に能書きをしてくださいますが、それはとても面白いし、ためになります。
ソムリエさんの話もいいけれども、実際に造っている人がどういう気持ちで作ったのかを聞いているだけで飲みたくなってきます。造り手からどんどん発信するのがこれからは重要だと思います。カメラやレンズも同じです。
開発を始めるときに、この製品はお客様の何の問題点を解消するのか、どういうコンセプトで作るのか、今までにない価値は何かを話し合います。そういういうところがコアとしてあります。そして、開発者が工夫してそれを実現する過程があります。どういう目的で、技術者のどんな努力で製品ができたのかということを系統立てて話すと、それが最終的に作り話ということではなく、(真の)『ストーリー』になります」

「私自身もものを買うとき、ブランドにどういう歴史、思想があり、どういう人か関わっているのかを重視します。今後、ますます選択的に選ぶという、消費者の行動の意味が重要になりますので、それを発信していかなければならない。一生懸命作っているエンジニアや工場で働く人の努力に報いる必要があります。単に製品を作り、製品とは違うコマーシャル、そして最後はキャンペーンにお金をつぎ込むより、技術、開発、作業する人たちの込められた努力、思いを伝えるのが一番だと思います」
ものづくりにおけるミニマリズムの日本の有利性
────海外の工場展開でものづくり、日本の空洞化が言われて久しい。そしてコロナという危機的状況の中、モノづくりメーカーとして、日本のものづくりの展開は?
「人口減少、高齢化が進み、製造業を希望する若者が減っています。当社の会津工場では、地元の高校卒業者の有数の就職先の一つのため、人手確保に困ることはありませんが、日本全体でいえば、ものづくりについて言えばよい環境にはありません。
しかし、日本人はおしなべて優秀で、ものづくり、特に当社のような多くの部品を緻密に作り上げ、すり合わせるのには非常に向いています。倫理観、道徳意識も高く、良いものをお客様に届けようとする責任感があり、仕事に自分の人生のやり甲斐や意味を見出そうとする人が比較的多い。日本人だけが高いということではなく、相対的にという意味です。
もう一つ。今の日本の若い人は、生まれたときから豊かな先進国の環境で育ち、世界中のいいものを目にして素養があります。世界でもてはやされているミニマリズムみたいな美的感覚も持っています。ものを作る意味では文化的バックグラウンドがあり、有利です。マスプロダクションは難しいでしょうが、いいものを作るという意味では、競争力は十二分にあると思います」

────日本の若者よ、ものづくりの世界に来たれですね。
「サービス、観光、金融業なども大切な仕事で人気がありますが、ものづくりは何もないところから価値あるものを生み出す、作る楽しさがあります。すべて自分たちの手の中にある。景気が悪いからどうにもならないではなく、自分たちの力でいいものを作ってお客様にお届けして支持されれば生き残れる自助努力ができるよさがあります。努力の甲斐があるといいますか。どの産業もすばらしいですが、私としては、やはりものづくりは楽しい、いいもんだと言いたいです」
────アフターコロナも含めて、ピンチをチャンスにする、今後の展開をおきかせください。
「各国の財政出動とか経済政策にもよりますが、基本的には悪くなる要素が大きいと思います。コロナ以外にも不測の事態がさらに起こることもあり得ます。まさに今何が起こってもおかしくない。予測できないことが起きた場合、臨機応変に俊敏に迅速に対応することが重要です。
テクニカルでは実際にできることはあまりないですが、高い技術力がまず絶対条件。2つ目がお客様からの信頼。それがブランド力で、この2つがあればかなり強い。3つ目は社内がいかに結束しているかです。人間関係が良好であることがとても大事。有事に足を引っ張りあっては自滅する。この3つがそろっていればなんとかなると思います」
────景気悪化で、工場閉鎖や雇用調整など影響が広がっています。
「雇用を守るということが大前提であり、守れるビジネスボリュームを維持することを目標にしています。しかし、やりきれるかどうかの保証はどこにもありません。交換レンズの市場は私が社長になってから半分以下になっていますが、当社は生産を維持し雇用は増えています。これが今後も続けられるようにするのが最大の目標で、日々頭をひねっています」
────開発や研究費などの投資にも影響がありますか。
「長期的視点で行っています。設備や人に対する投資は継続的にしないと、やがて会社に死を招きます。売上・利益は極力維持して、きちんと明日への投資を通じ技術力をつけ、ブランド力を上げ、未来、食べていける種をたえずまかなければならないでしょう」

「Anything Goes」アートはアナーキー
────最後に、座右の銘を教えてください。
「Anything Goes」
「これは、科学哲学者のポール・ファイヤアーベントの言葉で、日本語だと『何でも構わない』です。彼はもともと物理学、化学の研究者ですが晩年は科学哲学者になり、『方法への挑戦:科学的創造と知のアナーキズム』という本を書きました。経営も本質はこれだと思います。固定観念で縛られず物事をみる、判断すると違うものがみえます。
経営だけではなく開発研究も同じです。クリエイティブな仕事ですがパターン化するとルーティン作業になります。常に疑って考えてないと進化が止まります。科学の発展の中、いろんな考え方を否定していったら最後に残ったのが『Anything goes』。本の副題が知のアナーキズム。パンクっぽくて格好がいいと思っています」

【取材後記】
新型コロナの影響でテレワークがあたりまえになり、アフターコロナもオンライン、テレワークへのシフト、働き方もジョブ型へと見直される流れですが、濃密な人間関係から生まれる気づきを重視して新製品を開発、ニッチで生き残りをかける、というシグマの哲学は新鮮でした。従業員の雇用を守ることを経営に掲げていることも、家族的なありし日の日本の企業の良さを感じます。もちろん、利益を出し続ける前提があってこそですが、社員を大切にする心意気は、社の結束力につながります。
最近まで新聞社で働いていました。カメラは一瞬を切り取るツールです。ただ、事件、災害現場で速報性を求められるときはスマホで撮影してLINEなどを使って送信してきました。スマホのカメラ機能もよくなり従来のカメラ、レンズ市場が縮小していることを肌で感じてきました。その中でシグマがどう生き残るのか、という経営方針は、擦り合わせ技術の最たるレンズの特性があるからこそ、ものづくり日本のDNAとマッチしているという指摘も、心に残りました。
プロカメラマンの夫と、シグマのカメラで消えゆく昭和の赤線時代の建築物の取材で東京中を徘徊したことがあります。木や古い鉄のサビを浮かびあがらせる質感を出すためにはシグマのカメラがよく「仕事で使えるカメラはたくさんあるが、趣味で使えるカメラはそうはない」というのが彼の持論でした。もう一度、あのときの写真を見てみたいと思います。
文・人物写真/杉浦美香
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