テクノロジートランスペアレント時代のなかで進化を続ける半導体技術と「スマート社会」の姿〜半導体入門講座(11)

私たちの生活に溶け込んでいる家電製品やスマホ等は、ボタン一つで操作が可能なことから製品の中身(技術)に関してはあまり知るきっかけがなかったのではないでしょうか。これからはますます、テクノロジートランスペアレント(テクノロジーが見えない)の時代になってきます。今回は、このような最新製品の舞台裏で溶け込んでいる半導体技術、マイクロプロセッサ(MPU)、マイクロコントローラ(マイコン)、メモリなどの進化を紹介し、その技術の進歩がもたらす「スマート社会」について考えていきます。

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Intelによるの「マイクロプロセッサ(MPU)」の発明

Intelが1971年にマイクロプロセッサ(Micro-Processing Unit:MPU)とメモリを発表したが、マイクロプロセッサ(MPU)チップはIntel自身が電卓用チップの開発を受託した製品の変形だった。チップの開発は、当時、日本のビジコン社からの依頼によるものだったからだ。

Intelのエンジニアが汎用の電卓チップを開発すれば、次に注文を受けても容易にカスタム化できると考え、そこにコンピュータの概念を持ち込んだのだ。ALU(Arithmetic Logic Unit)演算回路と命令ROM(Read Only Memory)、一時記憶用レジスタ回路などを設け、コンピュータのようにソフトウエアを書き換えれば、別の電卓になる、という発想からマイクロプロセッサ(MPU)の発明にこぎつけた。

様々な「メモリ」の登場、SRAM,DRAMからフラッシュメモリまで

その後のIntelは、マイクロプロセッサ(MPU)に加え、DRAM(Dynamic Random Access Memory)やSRAM(Static Random Access Memory)、EPROM(Erasable Programmable Read Only Memory)、EEPORM(Electrically Erasable and Programmable Read Only Memory)<図1>など多彩なメモリも開発した。Intelの開発した3トランジスタ/セル方式のDRAMメモリに刺激され、TI(テキサス・インスツルメンツ)社は、現在のDRAMの元となる1トランジスタ/セル方式のDRAMを開発、これが集積度を高める上で最も小さなセル面積を持つメモリであり、DRAMの主流となった。

<図1> 紫外線消去型のEPROM (提供:Intel Corporation)
<図1> 紫外線消去型のEPROM (提供:Intel Corporation)


メモリセルとしてトランジスタ数は最も多い6トランジスタ/セル方式のSRAMは、マイクロプロセッサ(MPU)のレジスタやキャッシュメモリとして確立した。不揮発性のメモリは命令セットを格納するROMとして、最も早くから使われた。書き換え可能な不揮発性メモリの開発も進んだ。

当初は、電気的に書き込めるが消去には紫外線を当てる方式のEPROMや、電気的に書き換えられるがセル面積が最も大きなEEPROMなどもあったが、主流にはなれなかった。電気的に書き換えられる不揮発性メモリは1985年ごろにフラッシュメモリが発明されるまで細々としか生産できなかった。


IntelがMPUメーカーとして生き残ったのは、PCIバスの公開と標準化

Intelの開発はその後、4ビットのマイクロプロセッサ(MPU) i4004に続き、8ビットのマイクロプロセッサ(MPU)である8080、さらに16ビットの8086へと続く。Intelに触発され、モトローラやAT&T、IBM、ザイログ(Zilog)、ナショナルセミコンダクター、AMDなど多くの半導体メーカーが乱立しマイクロプロセッサ(MPU)を生産した。

結局、Intelと、その互換機メーカーのAMDが主力メーカーとして生き残った。Intelの成功は、マイクロプロセッサ(MPU)=コンピュータの頭脳という位置づけを明確にし、コンピュータ内部のバスをPCI(Peripheral Component Interconnect)という規格で統一することを提案したことにある、と東京大学 藤本隆宏教授のグループが分析している。

PCIバスを公開したことにより、マイクロプロセッサ(MPU)につながるチップセットも開発することでコンピュータのマザーボードを簡単に作れるような設計にした。マイクロプロセッサ(MPU)とチップセット、メモリ、さらに入出力インターフェースがあれば、ほぼコンピュータは動く。


「マイクロコントローラ(マイコン)」、組み込みシステムで無くてはならないICチップ

マイクロプロセッサ(MPU)以外でも、簡単な制御に向けたマイクロコントローラ(通称マイコン)には、CPU、ROM、RAM、周辺回路、入出力インターフェース、タイマー、など1チップでもコンピュータ動作を行えるように回路が集積されている。制御用のマイコンもさまざまな用途に使われるようになった。

4ビットマイコンや8ビットマイコンなどは、ハードワイヤードで電子回路を組むよりも簡単なプログラムだけで、同じことができる上に、価格も安くなり、手軽に使える集積回路(Integrated Circuit:IC)となった。最近では制御だけではなく演算命令もある程度備え、安価なコンピュータとして車や家電製品にも入るようになった。マイコンは、電気釜や冷蔵庫、洗濯機、掃除機など一般的な家電製品にも入り込むようになっているのである。

コンピュータと違って、家電製品ではなにかを計算するわけではなく制御や手順をプログラム通りに行う手段が必要だが、家電にマイコンやCPUが使われるようになると、ほとんどすべての電子製品の機能を、CPUとメモリや周辺回路、入出力インターフェースなどで表現できる。このようにコンピュータではないのに、CPUやメモリや周辺回路などを搭載して自分の欲しい機能を実現するシステムを、「組み込みシステム」と呼ぶ。

例えば、携帯電話は通話するだけの機能の時代から、アドレス帳や写真のアルバムを搭載するためCPUとメモリなどを使っており、組み込みシステムの代表的な製品だった。現在の電子回路を使ったロボットや車などの製品ももちろん組み込みシステムであり、今やコンピュータシステムを使っていない製品を探す方が難しい。

Intelの発明したマイクロプロセッサ(MPU)とメモリは、私たちの生活からは見えないほど大量に溶け込んでいるのだ。


Arm社の「RISCプロセッサ」、低消費電力でゲーム機や携帯電話向け

命令セットが複雑なIntelのマイクロプロセッサ(MPU)に対して、命令セットを簡素化したRISC(Reduced Instruction Set Computer:縮小命令セットコンピュータ)プロセッサが出てきたことで、最初から32ビット、64ビットのCPUが使えるようになった。そのトップを行く企業がアーム(Arm)だ。

アームは、マイクロプロセッサ(MPU)を設計する際、性能よりも消費電力の少ないことを優先した。しかも、ファブレス半導体としてビジネスをするには資金がなかったために、CPU設計回路をIP(Intellectual Property:知的財産)コアとして半導体メーカーにライセンス提供するというビジネスモデルを生んだ。

アームの低消費電力の設計は、演算能力が必要なゲーム機や携帯電話に向いていた。携帯電話からスマートフォンに変わると、その威力はますます発揮するようになる。携帯電話やスマホは、できるだけ電池を長持ちさせたいため、消費電力の少ないチップが歓迎される。アームのCPUコアは、性能がそこそこ良いが、消費電力は圧倒的に低い、ということが特長で、Intelが性能を優先して開発してきたCPUの設計思想とは大きく異なる。

アームのCPUコアを搭載したICチップは、2019年末までに累計1,660億個が出荷されており、2019年だけで228億個にも上るとしている<図2>。


<図2> アームのIP(知的財産)を集積したICチップは累計1,660億個 (提供:Arm)
<図2> アームのIP(知的財産)を集積したICチップは累計1,660億個 (提供:Arm)


アームのCPUコアは、ほとんどのスマホに載っている。例えば、クアルコム(Qualcomm)がさまざまなアンドロイドフォンに集積しているアプリケーションプロセッサ(APU)のスナップドラゴンに入っているだけではなく、AppleのiPhoneの心臓部となるAPUのAシリーズもアームのCPUコアを集積している。

もはや、ほとんどすべてのスマホのAPUに集積されているといっても過言ではないと言う。しかも1台のスマホにはBluetoothやWi-Fiチップ、モデムチップなども搭載されているが、それらを制御するマイクロコントローラ(マイコン)にもアームのコアが集積されているものも多い。低消費電力の半導体製品にはアームのIPコアが集積されている製品が多いといえそうだ。

アームのCPUと言ってもさまざまあり、演算を主体としたCortex-Aシリーズに、リアルタイム動作のCortex-Rシリーズ、そしてマイコンのコアに向いたCortex-Mシリーズだ。最近ではさらにGPU(Graphics Processing Unit)コアのMaliシリーズやAIの機械学習向けのEthosシリーズへと展開している。

ただ、アームの運命は翻弄されている面がある。同社の経営陣の一人は、2016年にソフトバンクグループに買収された直後は、買収されて良かった、と述べていた。それまでは、ファンドを中心とする株主の要望が強く、せいぜい2~3年後までの製品展開しか許されなかったが、買収後は10年先までのロードマップを描き、長期展望を持って仕事ができるようになったと喜んでいた。

ところが、ソフトバンクグループが2018年にIoTハードウエア開発ツールとソフトウエアツールをアームに組み込まれた頃から、アームとソフトバンクとの関係がこじれるようになった。特に2020年に入りArm本社がArmChinaをコントロールできなくなった6月ころから関係がぎこちなくなった。一方のソフトバンクグループは、シェアオフィスのベンチャー企業WeWork社への1兆円もの過剰な投資によって1兆3,000億円もの巨額の赤字を2019年度に計上した。財務を立て直すためにこれまで出資した企業をいくつか売却することが迫られた。白羽の矢が立ったのはアームだった。

ソフトバンクはNVIDIAにも出資しており、NVIDIAがアームを買うように説得した結果、NVIDIAがアームを4兆円強で買うことになった。NVIDIAはAIシフトを加速している企業である。アームチップとメモリを集積することで高速コンピュータを実現できることを富士通がスーパーコンピュータの「富岳」で示し、アームチップはデータセンターやスパコン、AI向けに使えることが明らかになった。今後のアームの運命は、NVIDIA次第で決まることになる。


マイクロプロセッサ(MPU)とメモリの進化がもたらす「スマート社会」とは

テクノロジートランスペアレントの時代へ

CPUが目に見えない製品に入り込んでいるという状態は、テクノロジーの機が熟し時期になり、まさに世の中を変えたことになる。例えば、スマホに入っているAPUが最先端の製造技術である7nmプロセス技術を使って作られていることをほとんどの人は知らないが、たくさんの人々がそのスマホを使いこなしている。つまりスマホのテクノロジーが消費者には見えない状態になっている。

これからはますます、テクノロジートランスペアレント(テクノロジーが見えない)の時代になってくる。スマートシティやスマートビルディング、スマートオフィス、スマート農業など、スマートXXと付く言葉のシステムでは、100% CPUとメモリ、さらにセンサ、アナログICを利用する。例えばスマートビルディングでは、照明を賢くして窓の近くの人の場所ではLED照明の輝度を落とし、窓から離れた場所では輝度を上げ明るくしておく。部屋全体がちょうどよい明るさになり、無駄な消費電力を減らしながら快適に業務ができるようになる。

こういったビルでは、センサで照度を測り、その照度データを電子回路に送り、データに応じてLED照明を制御しており、その賢さを実現している。

照明だけではない。エアコンも人や場所によって寒すぎたり、暑すぎたりする。この場合でもエアコンごとにセンサを取り付け温度や湿度を測定し、暑すぎる場所では冷却を強め、寒すぎる場所では自動的に弱める、という作業をマイコンにさせている。まるで賢い操作のように見えるためスマートビル、スマートオフィスと言っている。

デジタルトランスフォーメーション(DX)という仕組みにもCPUやメモリ、センサを使う。これまで組み込みシステムが使われてこなかった現場にも組み込みシステムを導入することで、例えば、人の目の導線を解析して、ベテランエンジニアの目の付け所と、新人エンジニアの目の付け所がどれだけ違うかをよく分析することで、新人でもベテランに近づくことができるようになる。特にベテランエンジニアの停年退職により、技術が受け継がれなくなるという問題を解決する手段になりうる。ここでもイメージセンサのカメラでベテランの見る所を追いかけ、なぜそこを見ているのかを分析し可視化するシステムにもCPUやメモリが欠かせない。


スマート社会、自動化(Industry 3.0)から自律化(Industry 4.0)へ

これから成長が期待されるデジタルトランスフォーメーション(DX)やスマート社会を構成するシステムに、すべてCPUとメモリ、センサなどを搭載した組み込みシステムが使われていく。特にセンサを組み合わせることで、自律的に判断することができる。ここがこれまでの自動化とは異なる。従来のFA(Factory Automation)はコンピュータにシーケンスや制御をプログラムに書いたとおりにマシンが動いてきた。これらは自動化と呼ばれた。しかし、これからはマシンがセンサからの情報を元に自律的に改善(生産性が上がるとか、快適に過ごせるとか、良い方向)していくことになる。

Industry 4.0は自律化、Industry 3.0はプログラム通りに動く自動化の技術である。センサを組み合わせることで、自律化を実現できる。

こういった社会を変革するツールが、Intelの発明したCPUであり、メモリである。Intelがもし発明しなかったら、コンピュータやスマホは実現していないし、スマート社会はやってこない。まさに社会を変革した製品だと言える。

著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。


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