私たちの日常生活に欠かせないコンピュータと高速通信のインターネット。これらの機器で用いられている半導体は、どのように進化していったでしょうか。今回は、第2次世界大戦後急速の技術的進歩を遂げたコンピュータや通信に注目し、デジタルとアナログ回路という切り口から半導体ICの進化について解説します。
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トランジスタ、電子式デジタルコンピュータ、通信理論は約70年前に誕生
トランジスタは、米国海軍から「固体の増幅器を作ってほしい」という要求を実現するために生まれた。当時、電子回路で使われていた真空管は、真空管の中にある電極やヒーターが浮いた構造をしていたために振動に弱く、ヒーターが焼き切れることも多く信頼性が低かったからだ。コンピュータに使う場合は数千本も使うため、切れた真空管を絶えず交換しなければならなかった。
ベル研究所のウィリアム・ショックレーのグループは、当初は点接触トランジスタで増幅作用を確認したのち、接合型トランジスタの概念を生み出し、その試作までこぎつけた。そしてショックレーは、トランジスタを一般市場へ商用化するため、カリフォルニアにショックレー半導体研究所を設立した。
その後、ショックレー半導体研究所にいたロバート・ノイスとゴードン・ムーアら8名がショックレーと意見が合わずスピンオフして、フェアチャイルドセミコンダクターを設立した。ここからさまざまな半導体ベンチャーが生まれていくシリコンバレーの物語が始まった。ちなみに、ノイスとムーアはその後、フェアチャイルドを飛び出しIntel社を設立、今日のIntelの基礎をきずいた。

実は、アーサイナス大学(Ursinus College)のモークリー教授と旧陸軍のムーアスクールで電子工学を学んでいたエッカート両氏が電子式のデジタルコンピュータを発明したのは、トランジスタが発明される少し前の1946年、さらにベル研にいたクロード・シャノンが通信理論を発表したのは1948年である<図1>。つまり、コンピュータと通信と半導体というITの基本技術が、第2次世界大戦が終わった1945年から1948年までのわずか3年間に出そろったのである。約70年以上前のことだ。
デジタル回路(コンピュータ)も、アナログ回路(小型ラジオ)もトランジスタで構成
コンピュータは命令とデータをメモリに格納し、命令通りにメモリからデータを取り出し組み合わせて演算するマシンであり、その概念そのものは、第2次世界大戦中ドイツ軍の暗号を解くために英国秘密部隊に配属されたアラン・チューリングが生み出した<図2>。マシンを現実に試作したのは、エッカートとモークリー両氏であった。

トランジスタは、電流のオン・オフのスイッチング動作を簡単に行わせることができるため、2進数をベースとするデジタル回路に向いていた。しかも増幅作用ができるため、信号はほとんど減衰することなく回路基板上を伝わっていける。
このため、ANDやOR、EXOR、NOTなどの論理演算を行わせることを目的として、トランジスタを組み合わせた標準ロジック集積回路(Integrated Circuit:IC)が誕生した。トランジスタは次第にデジタル回路を使うコンピュータに搭載されるようになり、集積化が始まった。
一方で、増幅作用を活かしてアナログ回路にも使われ始めた。日本のソニーがラジオにトランジスタを使うことで、1955年に小型のラジオを商品化し、逆に米国をあっと驚かせた。
それまでの真空管式ラジオでは、直流300V程度の高電圧が必要で、交流100Vの商用電源からトランスなどで交流電圧を上げ、整流器を通して直流300Vを作り出していたため、大型で重かった。現在の電子レンジ程度の大きさのものが多かった。ソニーのトランジスタラジオは、さらに改良を重ね、軽く、電池でも動作し、持ち運べるラジオになった。
実は、最初にトランジスタラジオを発明したのは、米国のアンテナブースターを生産していたI.D.E.A.社で、TI(テキサス・インスツルメンツ)社のトランジスタを使ってラジオ「Regency TR-1」を1954年10月に作製、11月に発売した。しかし、1年間で10万台しか売れなかった。TIは米国の大手家電メーカーのRCAやフィルコ社、エマーソン・エレクトリック社らにトランジスタラジオの生産を呼びかけたが、見向きもされなかったという。
米国では、トランジスタでデジタル論理ICを作り、コンピュータを作っていた。1970年代くらいまではIBMが半導体を大量に社内で消費する企業であった。IBMは半導体チップの内製も手掛けていた。半導体チップの生産メーカーとしてもトップに立っていた。
ただ、工業統計上は内製半導体をカウントしておらず、市場に出ている半導体チップを中心に統計を取っていたため、IBMは長い間、半導体メーカーとみなされなかった。一般市場向けの半導体を作っていたTIやモトローラが世界半導体ランキングの1位、2位を占めていた。
通信でも半導体ICが採用され飛躍的に発展
トランジスタはコンピュータと歩調を合わせながら発展してきたが、1971年にIntel社がマイクロプロセッサ(MPU)とメモリを発明したことが今日の発展を築く元となった。当時の4ビットマイクロプロセッサ「i4004」は、コンピュータ技術者からは「おもちゃ」的な扱いを受けていた。
1980年代後半に32ビットプロセッサを開発した頃から、標準ロジックやゲートアレイを多数使った中央処理ユニット(CPU)を一から設計するよりはIntelのチップを買う方が性能、コストの面からもメリットは大きくなった。Intelの快進撃は1990年前後から圧倒するようになった。
1980年代の通信は一般の回線ではアナログが中心で、先端的な基幹システムだけがデジタル化を進めていた。デジタル方式の方がアナログ方式よりも回線容量を圧倒的に増やせるからだ。もちろんデジタルにはトランジスタやICが向いていた。IC化が遅れていた電話通信分野(当時はダイヤル式の黒電話)にも1990年代に入り、ようやく半導体ICが使われ始めた。
通信では高周波交流に音声を乗せて送るわけだが、音声信号を変調(modulation)させ、受信する側は変調された信号を復調(demodulation)させるため、送受信するための変復調回路をモデム(Modulation-Demodulationを縮めてModemと呼んだ)を必要とした。当初はアナログモデムだったが、デジタルモデムに代わり、以降、モデムは急速にデータ速度を上げていった。
1980年代後半のモデムは1024ビット/秒程度しかなく、半導体ICを本格的に採用するようになってからは、9,600bps、19kbpsと速くなったが、夢の通信技術ISDN(Integrated Services Digital Network:サービス総合ディジタル網)と言われたデータ通信網でさえ、わずか64kbpsしかなかった。現在4GのLTEでは100Mbpsが実現され、次世代の5Gでは数百Mbpsが得られており、目標の上り10Gbps/下り20Gbpsとけた違いの高速化を目指して進化を続けている。
コンピュータはインターネットでつながり、それを支える演算に半導体ICを駆使する、という3つの要素が、現在のクラウドや5G通信、インターネットなどを支えているのである。今やコンピュータ制御がなければ基地局での回線切り替えは実現できない。
アナログ回路から、小型が可能なデジタル回路へ変遷
コンピュータと通信、半導体の基本要素技術は、アナログからデジタルへと大きく促したが、その中核となった技術はやはり半導体であった。トランジスタを多数集積するにつれ、ICはアナログよりもデジタルに向いていることが次第にわかってきた。
アナログ回路では、トランジスタの他にコンデンサやコイルを使って増幅や発振、フィードバックなどを動作させることができるが、実はコイルやコンデンサは小さく集積させることが難しいのである。コンデンサは容量を大きくするためには面積を大きくせざるを得ず、コイルも同様に何回も巻いて磁力を強める必要があった。
しかし、デジタル回路では基本的にコイルもコンデンサもいらない。トランジスタのオンとオフだけで、1と0を表現するため、トランジスタだけあれば済む。そのトランジスタも、最初のバイポーラ型からMOS型に変えることで小さくしやすくなった。しかも、MOS型トランジスタは、前述したように小さくすればするほど性能が上がり、消費電力は下がる、という理想的な特性を持っていた。
このためMOS型トランジスタを極限まで小さくする技術が半導体技術の進展であった。これはムーアの法則と言われるように、集積されるトランジスタの数は指数関数的に伸びていった。今日の高集積ICにおけるトランジスタ数は100億個を超えている。
デジタル技術のメリットと半導体ICの高集積化を行う工夫
デジタル回路やコンピュータ技術も半導体の高集積化の恩恵を十分享受できた。コンピュータは、8ビット、16ビットから32ビットの時代が長く続いた後、64ビットの時代に入っている。大量のデータを演算するためのコンピュータ技術も進展し、パイプラインや並列処理などの技術が進んだ。
デジタル技術のメリットを整理してみると、圧縮がしやすい、誤り訂正ができる、トランジスタはいくらでも集積できる、というアナログでは実現しにくい技術がデジタルにはある。
一方のアナログ技術は、増幅や発振が容易にできるため、トランジスタが生まれた時でさえ、最初からトランジスタを使ったアンプや送信機に使われていた。ただし、真空管がMOS型トランジスタと同様、電圧駆動だったのに対して、pnpやnpnなどのバイポーラ型トランジスタは電流駆動だったため、トランジスタ回路を確立するようになった。電圧駆動とは、入力のゲートに電圧をかけると出力のドレインとソース間に電流が流れる。電流駆動とは入力のベースに電流を流すとコレクタとエミッタ間により多くの電流が流れる、という動作を表す<図3>。

<図3> 電流駆動のバイポーラ型トランジスタ(左)と電圧駆動のMOS型トランジスタ(右)
バイポーラはベース(B)とエミッタ(E)にベース電流IBを流すとコレクタ電流ICが流れる。MOS型トランジスタはゲート(G)に電圧をかけてもゲートとソース間には電流は流れない。ゲート電圧VGがあるしきい値を超えるとドレイン(D)とソース(S)の間にドレイン電流IDが流れる。
すでに述べたように、MOS型トランジスタは集積化しやすく、1と0のデジタル論理回路をMOS型トランジスタで表現すると、その回路面積はバイポーラ型トランジスタで表現するよりも小さくできた。このため、集積度を上げるにはMOS型トランジスタが圧倒的に有利だった。
しかもデジタルでコンピュータ回路を構成しようとすると、トランジスタ数は多数必要になるが、MOS型トランジスタで回路を構成するとその回路面積はさほど増えないのである。このため、経済的にICを作ろうとすると、MOS型トランジスタで構成することになる。
しかし、MOS型トランジスタにも弱点はあった。電流を駆動するためには、ゲート幅といわれるゲート領域を広げなければならなかった。となると面積は大きくなってしまう。
そこで、電流駆動能力が欲しい回路、例えば長い配線を駆動する回路、などのMOS型トランジスタのゲート幅だけを広くとるようにして、単なるオン・オフだけのデジタル動作には小さな面積のMOS型トランジスタを使い、MOS集積回路の面積をできるだけ抑えようとした。もしくは、少し製造プロセスが複雑になるが、バイポーラ型トランジスタを用いることもあった。この方が面積を小さくできるためだった。
ICの面積を小さくすればするほど、1枚のウェーハから取得できるICの数が多くなり利益を生むからこともIC産業の重要なポイントだ。詳細は後述するが、IC製造では1枚のシリコンの薄い結晶(ウェーハ)を写真露光技術の応用と化学反応や物理的にイオンをぶつけるなどの方法を使い、n型領域、p型領域、絶縁領域、配線金属などを設けていく。
1枚のウェーハを反応炉の中に入れ、ウェーハ上に数十個ないし数百個のICチップを一度に加工する。このため加工する手間や時間は、数十個のICでも数百個のICでもそれほど大きく変わらない。だからICチップの面積が小さければ小さいほど経済的なのである。一度の手間でたくさんのチップができるからだ。
著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。
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