「ムーアの法則」の限界を克服する3次元構造トランジスタと、半導体ICの高集積化が進む理由〜半導体入門講座(6)

半導体業界では「ムーアの法則」は限界だという声もあり、集積回路(IC)のトランジスタを微細化することは物理的に限界にきているといわれています。それでは、この微細化の限界を克服できる技術はないのでしょうか。今回は、「ムーアの法則」が限界に近づく理由と、その限界を克服する3次元構造トランジスタを解説しながら、半導体ICの高集積度が進む理由について考えていきます。

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「ムーアの法則」が限界に近づく理由

半導体チップはますます複雑になり、最もトランジスタ数の多いスマホ用のアプリケーションプロセッサでは100億トランジスタともいわれている。チップ上に集積されるトランジスタの数は実はもっと増えていくだろう。

ではなぜ、ムーアの法則が限界にくるのか。それは、ムーアの法則の定義が変わってしまい、微細化の限界をムーアの法則の限界とみるようになったからだ。微細化の限界は確かにくる。それは半導体チップの寸法が原子と原子の距離に近づいてきたからだ。

実際にどの程度に近づいてきたのか?

固体では元素によって結晶構造と原子間距離が違うことから一概に言えないが、固体中に含まれる原子の数は1cm3あたりに1024個程度ある。これは最新の5nm寸法を基準として、5nmを1辺とした立方体に原子が何個あるのか計算してみると、12万5,000個しかない。この中に、ドナーやアクセプタはその10万分の1個入れるとすると、12万5,000個のシリコンに対してドナーやアクセプタは1個あるかないかということになる。

実際には5nm×20nm〜5nm×30nm程度の平面寸法はあるため、もう少しシリコン原子の数は多いものの、ドナーやアクセプタの数はせいぜい2個か3個しかない。となるとトランジスタは大きくばらつくことになる。電流を制御するためのゲートしきい値電圧は、ドナーが1個と2個では2倍の電流値が異なることになり、0個だと電子が湧き出てこないため電流は流れない。これではトランジスタは大きくばらついてしまう。

もちろんトランジスタそのものの設計がドナーやアクセプタ密度に依存しないような設計になってはいるが、従来の半導体集積回路(Integrated Circuit:IC)よりはバラツキが大きくなってしまうことは否定できない。この上に100億個のトランジスタを形成する場合には、バラツキが大きすぎて動作しないトランジスタも出てくる。そのための技術的な工夫はもちろんしているが、その難しさはどんどん増すことになる。

 

「3次元構造トランジスタ」で限界を克服する

そこで、考え方をがらりと変えてしまおう。ムーアの法則では、「シリコン上に集積されるトランジスタ数は毎年2倍になる」だったが、これをパッケージに入った半導体ICのトランジスタ数で定義し直すのである。

半導体ICのシリコンを空気中に露出させたまま使うことはない。空気中の水や酸素で電極などが錆びたり特性が変わったりしないように防ぐためだ。必ずパッケージでシリコンチップを封止する。ユーザーからはICとして何ら変わらない。ならば、1個のパッケージに入ったICのトランジスタ数は毎年2倍になる」と定義を変えれば、実はムーアの法則は成り立つことになる。

シリコン上に集積すると限定してしまえば、シリコンの物理限界がくるため、一つのパッケージとして制限を緩めると、3次元的に集積することも可能になる。すでにNANDフラッシュメモリは実はシリコン内部に64層あるいは96層ものメモリを積んでおり、積層方向にトランジスタを集積しているのだ。

従来、半導体チップは、厚さ800µm(0.8mm)程度の直径300mmウェーハ上にトランジスタを形成してきたが、トランジスタ部分の厚さはせいぜい数µmしかない。ということは、厚さ795µm程度のシリコンはただ捨てていたのである。

厚み方向にもっと多くのトランジスタを集積すれば、ウェーハを有効に使える。従来は完成ウェーハからチップに切り出すのに800µmも厚いと作業効率が悪いため、薄く削り取り、50µm程度まで薄くしていた。いわば750µmのシリコンを、研磨剤を使って削り落とし捨てていた。これは資源の重要性から言えばとても無駄なことだった。

だったら、最初から薄いウェーハで処理すればよいと思うかもしれないが、実際には薄すぎると途中で割れてしまい、作業性が悪くなった。このためウェーハはほぼ800µm程度で処理するようになった。

 

NANDフラッシュメモリ〜3次元構造トランジスタの導入事例

NANDフラッシュメモリは、すでに3次元化を進めている。最初に製品化したものは、シリコン内にメモリセルとなるトランジスタ部分を32層にも渡り、深く掘り込み形成していた。このためにかかる工数はたいへん増え、シリコンウェーハが完成してくるまでに最低でも3〜4か月はかかるようになった。

NANDフラッシュメモリは、その後、64層、96層へと高層ビルのような3次元化が進んできた。1個のメモリセルの周りに木の年輪のように、ゲート酸化膜、窒化膜、酸化膜で囲んでいく。最後に制御用ゲート電極を形成する。このセルを縦に64個あるいは96個のセルを、セル間の隙間を開けながら積み重ねていく。

このようにしてメモリ容量を増やしていくのだが、かつては2次元平面上で、セルを微細にしながら集積度を上げてきた。しかし、メモリセルでは微細化を無理に追及するよりも、3次元的に縦に積む技術を10年以上前から開発してきたため、リソグラフィで無理に微細化せずに3次元化を進めてきた。この結果、最先端の開発では、1チップで1.33Tb(テラビット)と極めて大容量のNANDフラッシュメモリをキオクシア株式会社(旧東芝メモリ株式会社)が試作している。

 

電子機器の小型化、それは半導体ICの集積度向上の結果

ICは、これほどまでに集積度を上げてきたが、さらに集積度を上げる必要はあるのか。大きなシステムを小型にするという技術は、半導体ICが実現できるようになったからこそ可能になった。半導体ICの集積度向上によって、これまでとどう変わってきたか、簡単に歴史を振り返ってみよう。

 

現在のiPad(小型)は80年代のスパコン(大型)と同等の性能

1980年代中ごろのスーパーコンピュータであった米クレイ・リサーチ社のCray-2は、現在のiPad 2と同等の性能だとよく言われている。Cray-2は巨大なコンピュータであり、とても持ち運べるものではなかった。消費電力もキロワットと、とても大きかった。バッテリで動くiPadとはまったく比較にならなかった。

半導体ICの高集積化技術によってiPadは実現され、これから先もまったく次元の異なるコンピュータやデバイスができることだろう。かつて、携帯電話ができたときでさえ、電池をショルダーバックのように肩から吊り下げ、大きな電話機本体を持っていた。とても携帯ではなかった。このため自動車に設置する電話という位置づけだった。

可搬型から携帯型へ、小型・軽量・薄型という携帯できる制限をクリアするためには半導体チップの高集積化が必須だった。半導体ICは、小型・軽量・薄型、という要求に十分応えられるデバイスであった。

 

半導体ICの高集積化が進む理由

ではこの先も高集積化は要求されるのだろうか。答えは、イエスだろう。まだ大きすぎて持て余している装置は多い。例えば、CT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)スキャナーやMRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像法)装置などは狭い空間に人間が閉じ込められ、人によっては恐怖を感じると言われている。

脳内の3次元投影画像を撮るためだったら、椅子に座った状態で小さなフラフープ程度の大きさで頭の上から首まで空間的に走査できる超小型のシステムなら患者は恐怖を感じないだろう。現実にIBMは病院の医師からの要請で、こんな輪のような装置を試作してみたという。小型化のためには回路の高集積化、すなわちICの高集積化は避けて通れない。

医療機器がもっと小型になれば、回路部品の小型化などにもつながり、集積化できているため作業工程が短縮でき低コスト化につながる。CTスキャナーやMRIのように大病院に1台の医療機器が町医者でも1台持てるようになる。また、町医者が1台持っている超音波診断装置は、妊婦が赤ちゃんの様子を確認できるようなスマホになる。医療機器の小型化・IT化が進めば、安心安全につながる。

 

ICの高集積化が進み、MRIが小型になれば町医者も導入できるようになる。
ICの高集積化が進み、MRIが小型になれば町医者も導入できるようになる。


今日では、AIという機械学習システムは、未だに巨大なクラウドベースになっている。もし、スマホ程度の大きさでAIシステムができるのなら、AIはあらゆるところに入りこむ。それを生むのがやはり半導体ICである。

さらに集積度を上げて、コンピュータ能力を増し、AI専用ながらプログラム可能なICチップがAI時代のインテルになりうる。このためには、いかに集積度を上げられるか、同時に消費電力をいかに食わせずに高集積化できるか、が問われている。これらを使いこなす企業が時代をリードすることになるだろう。高集積化で便利に、安心・安全が与えられる社会になることは、半導体の高集積化がいつまでも続くということになる。

 


著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。



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