「知る楽しさ」と「オリジナリティ」にこだわった大人向け付録~科学実験雑誌『大人の科学マガジン』から学ぶ(後編)

INTERVIEW

学研『大人の科学マガジン』
統括編集長/科学創造研究所所長
西村 俊之

2020年3月に発売されたトイ・レコードメーカーは、音楽の再生だけではなく、レコードの溝を刻んで録音もでき、発売前から話題になり人気を博しました。しかし、夢を与えてくれる付録ができるまでは試作と失敗の連続です。小学生向けの学年別付録付き雑誌『科学』と『学習』の編集で培ったノウハウと、ものづくりへの情熱でハードルをクリアしていく大人の科学マガジン統括編集長の西村俊之氏にこだわりと苦労を伺いました。

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音楽の録音用針と再生用針の形状を設計するまで

これまでも蓄音機や、声をレコード盤に録音する付録やおもちゃはありましたが、音楽を録音でき、再生するものはありませんでした。その難関を突破したのがトイ・レコードメーカーです。

トイ・レコードメーカー(提供:学研)
トイ・レコードメーカー(提供:学研)


「大人の科学を立ち上げた上司が、エジソンが大好きで、蓄音機を何度も作っていました。PET(ポリエチレンテレフタレート)のコップに木綿針で溝を刻んで録音し、聴くという仕組みです。ただ、声は録音できるけれど、楽器が演奏する音楽は録音できませんでした。当然、こうした蓄音機の経験をもとに開発にあたったのですが、そのことが開発初期には仇になってしまいました」と西村氏。

製品版で発売されたプレミアム蓄音機=学研本社地下1階
製品版で発売されたプレミアム蓄音機=学研本社地下1階


試行錯誤の末、楽器の微妙な音を1本の溝に刻むためには、溝を削りとらなければならないということがわかりました。実は、今までの大人の科学の蓄音機はプラスチックの表面に傷をつけることで録音できていました。

「傷をつけるだけではカスが出ませんが、溝を削るとカスが出ます。これまではカスが出ると失敗だったのですが、今回の場合はそれが成功だったんです」と西村氏は振り返ります。

結果、音楽を録音するためのカッティング針は、従来のカッティングマシンに採用されているのと同じ、溝を切るために進行方向は平面で、その左右に鋭い刃が付いています。一方、再生針は、溝を傷つけないようにスムーズに進み、溝の波形を正確に読み取るために円錐形になっています。

針形状を決定すると、1年以上停滞していた開発が一気に進むことになります。


カッティングマシン(提供:学研)
カッティングマシン(提供:学研)


カッティング針。レコードに音のデータとなる溝を切っていく。素材は硬度の高い合金を使用している(提供:学研)
カッティング針。レコードに音のデータとなる溝を切っていく。素材は硬度の高い合金を使用している(提供:学研)


再生針は人工サファイアで作られた汎用品を採用。レコードの溝をなぞって、波形を正確に読み取っていくために、摩擦を極力減らすように、針先は正円の円錐形にカットされている(提供:学研)
再生針は人工サファイアで作られた汎用品を採用。レコードの溝をなぞって、波形を正確に読み取っていくために、摩擦を極力減らすように、針先は正円の円錐形にカットされている(提供:学研)


発売日延期になるか、製造現場でのトラブル発生からその解決まで

『大人の科学マガジン』編集部はスタート当時は4人。現在は西村氏を入れて3人。練りこんだアイデアを外部の試作者に持ち込みます。試作を検討し、製品化が決まると、製造会社に発注、製造は中国・深圳の工場で金型製作、成形から、量産、アセンブルまで行います。中国工場におもむいて最終チェックを行いますが、トイ・レコードメーカーでは最終段階にいたってもハプニングの連続でした。

通常の場合、編集長と、試作者の2人が深圳に出向き、量産のためのチェックを行いますが、今回はまだ解決しきれていない問題もあったため、西村氏も現地に赴きました。

現地では、まずレコード盤でつまずきます。プラスチックのシートを形にして抜く予定でしたが、工場に届いたサンプルのシートは湾曲していて真っ平になっていませんでした。レコード盤が平らでないと音揺れや音飛びの原因となってしまいます。何度もサンプルを出してもらいましたが、そもそもシートは購入時にロール状になっているため、解決は困難でした。そこへ製造工場の社長が提案してきたのはレコード盤を金型で作ることでした。

レコードの厚さは数ミリしかありません。西村氏らは、シートでできると思っていたので金型を作る発想はありませんでした。金型は1つ作ると数百万円かかり、製品のコストの中で大きな部分を占めます。

「社長も自分たちの工員の働き方や歩留まりを考慮したのではないでしょうか。シートから作ると、平らでない不良品をはじく作業が想定されるので、コストをかけても、自分たちで管理できる金型を作った方がよいと判断したのでしょう」と西村氏は解説します。

技術力があるこの工場だからできたことだと言います。『大人の科学マガジン』の仕事を10年以上続ける間にも金型を作る技術が上がっており、かつては丸1日かかった金型修正の作業が、今では3、4時間でできるようになっています。今回も、翌日には金型で成形した平坦なレコード盤のサンプルが出てきたそうです。


金型から製作したレコード盤
金型から製作したレコード盤


しかしトラブルは続きます。肝となる「針」は金属加工工場で作りますが、よいサンプルが出てきません。削り方や金属の素材を何度変えても、うまく録音できません。

西村氏は予定していた4泊5日の日程では時間切れとなり、帰国することに。編集長と試作者はそのまま残り、録音できる針を造れる工場を探すことになりました。日本では、工場の試作針を人力で研磨してきました。製品化するにはそれと同じ精度の針を量産できなければなりません。

結局、針はいくつかの工場を試し、なかでも一番良かったものを最後に2度磨くことで、やっと商品として使える針が実現できたと言います。検品も抜き取りではなく、針先を大型のモニターに映し出し目視で全品行うという手間をかけました。

編集長たちの滞在日数は10日に及びました。現地の工場に行くときはすでに、製品の発売日が決まっています。工場に実際に行って問題が見つかり、問題解決の目処が立たない場合は、発売日延期も考えなければなりません。

トイ・レコードメーカーが幸運だったのは、完成から発売日までの間に中国の旧正月をはさんでいたため、時間に余裕があったことです。
「そうでなければ、『大人の科学』史上初めて、製造過程のトラブルで発売日を延ばす、というアナウンスをしなければなりませんでした」

過去にも発売日を延ばす瀬戸際までいったことがあったそうです。
 
2006年3月に発売された11号の「ニュートンの反射望遠鏡」です。この望遠鏡はレンズではなく凹面鏡を使います。望遠鏡メーカーにはこの凹面鏡をチェックする装置がありますが、高価なもので、付録のためにこの装置を用意するわけにはいきません。編集部としては、設計図通りに作ってもらえれば製品で使える凹面鏡ができると考えていましたが、実際に中国の工場に行ってみると、できた凹面鏡の精度にばらつきがあることがわかりました。


ニュートンの反射望遠鏡。名刺で凹面鏡を検品する(提供:学研)
ニュートンの反射望遠鏡。名刺で凹面鏡を検品する(提供:学研)


このため、一つひとつ実際に望遠鏡に鏡をセットして合格か否かを判断することになりました。そのときに、指標として使われたのは西村氏の名刺でした。

名刺の文字は名前、住所、電話、メールアドレスなど大きさがバラバラです。10m先に名刺を張り、望遠鏡で読める文字読めない文字、文字数がどこまで判別できるか、などいくつかのチェックポイントを決め、それらをクリアすれば合格にする、という基準で全品チェックをして、しのいだと言います。


「知る楽しさ」と「オリジナリティ」、大人向け付録にこだわっているもの

小学生のための付録付き月刊誌『科学と学習』は1963年から始まり、2010年に約50年の長い歴史を閉じます。『〇年の科学』の付録は、当初小学校の理科の授業で全員にいきわたらない理科教材を補完するために始まり、のちには理科の楽しさをより深く探るために組み立て式の教材となりました。ものの仕組みを知る楽しさは、『大人の科学』にも受け継がれています。

学研本社地下1階に、ショーケースで飾られた小学生の『〇年の科学』の付録の数々
学研本社地下1階に、ショーケースで飾られた小学生の『〇年の科学』の付録の数々


「小学生向けの付録は学年ごとの理科の単元に合わせて開発するため、テーマが決まっています。一方、大人向けの付録は特にテーマが決まっていません。ある意味なんでもありですが、こだわっているのは知る楽しさです」。『4年の科学』や『5年の科学』の編集長でもあった西村氏は言います。
 
そして、大人向けの付録開発において大切にしているのが「オリジナリティ」。 
「他と差別化できる決定的ななにかが思いつかないと、製品として形にすることはできません。創刊時に、50年後にも残っている本を作りたいと思っていました。あと3年で20周年。まだまだです」と西村氏。


二眼レフカメラを手に夢を語る統括編集長の西村俊之氏
二眼レフカメラを手に夢を語る統括編集長の西村俊之氏


大人を感動させ、知る喜びを与え続けるためには、作り手の「これでもか」というこだわりと粘りがなければ実現しません。50周年に向けて、試行錯誤の日々が続きます。



文・写真/杉浦美香


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