自動収穫ロボットでめざす農業人口が減っても「農家が稼げる」仕組み〜作物の収穫期を自動で見極め摘み取る

INTERVIEW

inaho株式会社
電気設計エンジニア
小倉 啓

農林水産省の調査によれば、2019年時点で農業従事者の平均年齢は66.8歳。これからの15年で、農業従事者の人口は半数にまで減少すると予想されています。特に2020年は新型コロナウィルスの影響で外国人の就労者が減っており(外国人研修生もその多くが母国に帰国してしまっている)、人手の確保はさらに大変になっているのだそうです。特に人手が必要になるのが作物の収穫作業です。

そんな中で、「雇う人が半減しても、農家の所得が2倍になる未来」を目指し、挑戦を始めたのがinaho株式会社です。同社は、ロボティクスと画像解析のAIの技術を掛け合わせて、アスパラガスやトマト、ナス、キュウリ、いちごなどの作物の自動収穫ロボットを開発しているスタートアップです。

現在、すでに九州でアスパラガスの収穫ロボットの導入を開始しているinaho。同社が考える日本の農業の課題と、その解決策とはどのようなものなのでしょうか。inahoでロボット制御などを担当する電気設計エンジニアの小倉啓(おぐら・ひらく)氏に伺いました。


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「選択収穫」作物農家が抱える収穫の人手不足問題

inaho電気設計エンジニアの小倉啓氏
inaho電気設計エンジニアの小倉啓氏


inahoはいかにして誕生したのでしょうか。inahoの代表取締役CEOである菱木豊(ひしき・ゆたか)氏は、大学時代に米サンフランシスコに留学。帰国後、調理師専門学校に通ったのちに不動産投資コンサルタント会社に就職。2014年に起業し、音楽フェスの開催や不動産系ウェブサービスの開発などのビジネスを行っていました。そんななか、2014年から人工知能の勉強をしていたといいます。

そして2015年、地元鎌倉のアスパラガス農家さんとの出会いがありました。アスパラガスの収穫を手伝ってみたところ、その大変さを実感したのだそうです。

小倉啓氏は言います。
「アスパラガスの収穫は、適期のアスパラガスを目視するためにしゃがまなければならないので腰にかなりの負担がかかります。また、毎日のように収穫しなければならない上に、収穫期が2〜4月、6〜10月と長いので人手の確保も容易ではありません。現在、アスパラガスに関わる農作業全体のうち約6割の時間が、収穫に費やされています」(小倉氏、以下同)

そして、「この収穫作業はロボットで自動化しないと大変なことになる」と菱木さんは感じました。そして、作物の自動収穫ロボットの開発を行うことを決めたのです。そして2017年、菱木さんは仲間とともにinahoを立ち上げます。小倉氏はキヤノン株式会社での眼科検査装置やヘッドマウントディスプレイの開発を経て、inahoに参画しました。

日本では施設栽培の農家数、面積ともに過去15年で25%も減少。より少ない人手・面積でも効率的に収穫する手段が求められます。

作物の収穫で非常に重要なのは、収穫にちょうどいい適切なタイミングを見極めることです。お米や麦のように同じタイミングで一気に収穫する作物はいいのですが、アスパラガスやトマトやイチゴのように一つひとつが異なるタイミングで成長し、それぞれのタイミングで成熟する野菜や果物は、収穫が早すぎても遅すぎてもいけません。毎日一つひとつの収穫の時期を見極めなくてはなりません。

こうした収穫は「選択収穫」といい、これまで人の手によってしかできませんでした。近年、主にこの収穫作業を担っていたのは、近隣の方のパート・アルバイト(この方たちも高齢化が進んでいます)か、外国人の研修生でした。

しかし、この選択収穫に必要な人手が足りないと、どうなってしまうのでしょうか。アスパラガスやキュウリやナスなど成長が非常に早い作物は、1日タイミングが遅れるとサイズが規格外になってしまったり、固くなってしまい、売り物にならなくなってしまいます。トマトやイチゴも熟れすぎると出荷できなくなります。そうなってしまった作物は収穫しても廃棄するか、あるいは収穫そのものをあきらめて放置せざるをえなくなります。

農家が収入を増やすためには作付面積を大きくするということが一つの方法です。しかし究極の人手不足の今、育てることはできても、収穫ができないために面積を広げることができないというジレンマに陥ってしまっているのです。


アスパラガスの自動収穫ロボットを開発

左右についたセンサーで収穫に適したアスパラガスを探す
左右についたセンサーで収穫に適したアスパラガスを探す


こうした現状を改善すべく、菱木氏はまず、アスパラガス収穫ロボットの開発を開始しました。

農業における収穫の人手不足の問題は、かなり前からわかっていた問題です。そこでこれまでも、いくつかの会社が選択自動収穫のロボットを開発しようと試みてきたそうです。ただしこれは非常に難しい技術です。

アスパラガス収穫ロボットの作業フローは、主にビニールハウス内のルートを探知して自律走行する「移動」、収穫すべき果実を判断する「探索」、アームの軌道をコントロールしながら作物をカゴに収納する「収穫」、収穫した果実の情報を記録して定期的にクラウドにアップする「データ」の4つに分けられます。

鍵となるテクノロジーは2つあります。1つ目は作物と作物以外を見分けること、収穫に最適なタイミングを見極めることです。大きさ、形、色などで見分けることが必要になります。これは画像認識AIの領域です。画像認識による判別では天候や太陽の位置、水やりの直後といった条件が少し変わるだけでも、AIが判断を誤る可能性があります。

この判断精度を上げていくためには、AIの判断が正しかったのか間違いだったのか、たくさんの正誤のデータをコンピューターに読み込ませていく機械学習が重要になります。

「創業間もない頃からひたすら佐賀のアスパラガス農家に通い、画像を収集してきた積み重ねのおかげです。私たちの本社は鎌倉ですが、開発をより早く進めるために農家さんの圃場が近い佐賀に2~3週間泊まり込んで作業することも珍しくありません」

もう1つは、ロボティクスです。環境が安定した工場の中などとは違い、土の上を走り、アームを伸ばして、成長中の作物やポールを避けながら、収穫対象の作物をカットし、作物をつぶさないようにかごの中に並べて入れる収穫作業を人の見ていない場所でロボットが自動で行うというのは非常に高いロボティクスの技術が必要です。

細長く小さなアスパラガスは通常の産業ロボットのアームで掴むのは難しい上に、親木やまだ収穫適期でないアスパラガスを傷つけずに、込み入った空間にアームを伸ばし、掴んでカットしなければならないので、オリジナルのハードウェア(アーム)とソフトウェア(制御システム)の開発が必要です。

「カゴやアームなどの各機能をどこに配置すれば効率的に収穫を行うことができるのか、50度近くになることもある炎天下でも正常に動作させるにはどうすれば良いかなど、効率性と耐久性を考慮したロボットの設計を行うことも役割の一つです」

菱木さんたちは約2年間の研究開発期間を経て、2017年には最初のプロトタイプを完成させ、inahoを創業。初期は大学との共同開発でしたが、現在はハードウェア・ソフトウェアともにすべて自社で開発しています。数多くのデモを経て、2019年9月に正式にサービスをリリースしました。

「現在、ロボットがアスパラガスを最適に収穫できる確率は最大75%程度にまで上がってきた」と小倉氏は言います。残りはロボットが通った後に農家さんが人の手によって収穫して回る必要があるのですが、それでも農家さんにとっては大幅な労力削減となり、現場では非常に大きな助けになっているといいます。

inahoは現在、アスパラガスの収穫ロボットの精度を高めつつ、次の対応作物の検討を始めています。


製品を販売せず、「従量課金型」で農家と一緒に成長

ロボットアームでアスパラガスを根元から収穫する
ロボットアームでアスパラガスを根元から収穫する


現在、選択収穫の自動化には大企業を含む複数の企業が取り組んでいますが、いずれもまだ製品化には至っていません。一方、inahoはすでにサービスをリリースしており、この点では業界をリードしています。それが実現している理由の一つに、同社のサービス形態があると小倉氏は言います。

同社は通常の販売の形や、レンタル、リースの形でロボットを提供するのではなく、RaaS(Robot as a Service)とよばれる従量課金型で提供しています。これは農家に対して無償でロボットを貸し出し、収穫高に応じて手数料をもらうモデルです。

農家からすれば初期費用がかからないので手元に資金がなくても利用しやすい上に、例えばその年が不作だったり価格が暴落したといった場合は、手数料も少なくなるので資金がショートするリスクが少なくなります。

また、ロボットはソフトウェアもハードウェアも開発が進むごとにアップデートされるので、ユーザーは常に最新のバージョンを使うことができます。

RaaSはスタートアップであるinahoにとっても有効なモデルです。販売モデルでは販売時点で製品のスペックを完璧に仕上げなければなりませんが、定期的にアップデートできるRaaSならユーザーの声を聞きながら徐々にロボットのスペックを高めることができるからです。

「大企業と同じ耐久試験を実施するのは難しいですが、RaaSなら都度メンテナンスしながら品質を高めることができます。100%の完成度ではなくても、利益を得ながらお客様と一緒に成長していければいいと思っています」

今年中に100台以上の導入を目標にサービスを拡大しつつ、今後もロボットの精度を高めていくinaho。地盤が整い次第トマトやキュウリといったほかの選択収穫の自動化に取り組みつつ、農業大国であるオランダへの進出も視野に入れています。

「農業における人手不足は深刻な状況です。農業従事者の減少を止めることはできませんが、雇う人が半減しても、農家の方々がきちんと稼げる環境をつくりたいです」



文/野口直希


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