3Dプリンターの材料の種類は多く、さまざまな特性を持つ材料から、作りたいものや目的に応じて選定します。一方で、3Dプリンターの機種と材料の物性によっては造形時の制御が難しいものもあります。造形が難しい材料は機械の制御機能でカバーします。これら材料の特性とその長短を踏まえた材料選定についてご紹介します。
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材料の選定は、要求事項の断捨離から
3Dプリンターは使える材料がどうしても限定されます。すべての機能を備えようとするのではなく、最低限確保したい機能、捨ててもかまわない機能をしっかり選んで「要求の断捨離」を厳しくする必要があります。例えば、人の目にはほとんどふれない製品なのに外見の美しさを重視したり、力がまったくかからない部品なのに剛性を重視したり、ということなどは材料選定する上で加味する必要のない要求ということがほとんどでしょう。
使いたい材料に合わせ、装置を選ばなくてはならない場合も出てきます。また材料費も高くなります。こちらの要求が多ければコストもかかってくる可能性もあります。「これだけお金がかかるけど、本当に必要か?」と考える必要があります。
3Dプリンターであっても、一般的な工業材料の選び方と基本は同じです。以下の項目を考慮して、材料を選定していきます。
・形状の寸法精度が必要か
・強度が必要なものか
・意匠性は大事か(人目によく触れるものか)
・ラッチ機構など、力を入れてたわませる使い方をするか
・室内で使うか、屋外で使うか
・電気を通したいか、逆に通してはダメか
・使用時にどれくらいの温度にさらされるものか
・口に入れる可能性があるものか
・着色をしたいか
これらの条件を踏まえながら、汎用プラスチック、エンジニアリングプラスチック、プラスチック以外の素材について、3Dプリンター向け材料の特徴や用途などを紹介します。
汎用プラスチックの特徴と用途

PLA樹脂:3Dプリンター初心者向け
3Dプリンターの初心者におすすめな汎用プラスチックが、PLA樹脂(Polylactic Acid、ポリ乳酸)です。30,000円を下回るようなFDM(熱溶解積層法)の安価な3Dプリンターでも使用できる、最もオーソドックスな材料だといえます。
成型時の収縮率が小さいため、造形物がそりにくく、造形の失敗がしにくいという特徴があります。またPLA樹脂は融点が約170℃で、比較的低めなため扱いやすい材料だというのも特徴です。形もあまり変形しないため、初心者が安い3Dプリンターを使用して造形してもほぼイメージ通りのものができます。またPLA樹脂はほかの樹脂と比べて比較的安全性が高いとされています。
ただし、PLA樹脂の造形物は負荷をかけると「ペキッ」と割れやすいという欠点もあります。そのため高い強度が必要なものにはあまり向いていません。
ABS樹脂:3Dプリンターでメジャーな材料
身近にある雑貨や家電でよく使われているABS樹脂(Acrylonitrile、Butadiene、Styreneの合成樹脂)は、3Dプリンターでもメジャーな材料です。PLA樹脂に比べると強度が高く、とても丈夫で靭性がある(ねばる)ため、使いやすいプラスチックです。そのため、装置の筐体などにも向いています。
一方で、PLA樹脂に比べると成形時の収縮率がやや大きく、若干反りが出やすいといわれています。とはいえ数ある樹脂の中では造形の難易度はとても高いというわけでもなく、初心者でも恐れずに扱えるでしょう。低価格の装置であっても今は性能が進化しているため、わりと安定した造形ができます。
なお、Stratasys社が特許を取得したポリジェット式3D プリンターの材料として、「ABSライク樹脂(レジン)」という素材があります。こちらはABS樹脂に極めて近い物性の専用材料ではありますが、ABS樹脂そのものではありません。
ASA樹脂:屋外用の造形品向け
ASA樹脂(Acrylonitrile、Styrene、Acrylateの合成樹脂)はABSに似た物性を持ったプラスチックです。ABS樹脂との違いは、優れた耐候性です。屋外での環境においても変色や劣化が起こりづらく、屋外で日光や雨風にさらされるような部品に向いています。ASA樹脂は洗濯バサミなどにも使われている素材です。
PP樹脂:粉末焼結積層造形法ではメジャーな材料
PP樹脂(Polypropylene、ポリプロピレン)は雑貨や家電によく使われる汎用プラスチックです。耐熱温度に優れ、比重がとても軽い材料です。電子レンジの耐熱容器にも使われる素材です。その上強度も高く、靭性があり、耐薬品性にも優れます。
しかし非常に収縮率が高いため、過去にはFDMでは造形は難しいとされてきました。PP樹脂のフィラメントは比較的最近になって登場しています。一方、粉末焼結積層ではPP樹脂はメジャーな材料です。
エンジニアリングプラスチックの特徴と用途

PC樹脂:3Dプリンターによって制御の容易さ異なる
PC樹脂(polycarbonate、ポリカーボネート)は身近にある製品でよく利用されている材料で、エンジニアリングプラスチックに分類されます。エンジニアリングプラスチックは、工業製品に適した強度や耐熱性を確保した材料です。
PC樹脂は、設計の現場ではよく「ポリカ」とよばれます。衝撃にとても強いプラスチックです。低温でも高温でも耐えることができます。電子レンジ用の耐熱性容器にも利用されている材料です。切削性も良いことで知られており、研磨して磨くこともできます。
低価格のFDM機でも造形はできますが、とても制御が難しく、玄人向けといえるでしょう。ただし高価なFDMの3Dプリンターでは機械がコントロールしてくれるため、使い手のスキルはあまり関係ありません。PC樹脂を使用したい場合には3Dプリンターの性能が重要ということになります。
ポリアミド(ナイロン樹脂):FDMや粉末焼結積層で使用可能
洋服の素材などでもおなじみのナイロン樹脂(Nylon、ポリアミド合成樹脂)は、ポリアミドともよばれます。こちらもエンジニアリングプラスチックに分類され、とても強い材料です。靭性に優れ、耐摩耗性や耐薬品性、耐油性などもあります。工業部品にとってはありがたい特性だらけです。
ナイロン樹脂は、FDMでも粉末焼結積層でも使われます。粉末焼結積層ではメジャーな材料で安定した造形ができますが、FDMでは造形の難易度が非常に高くなり、かつ対応できる装置の種類もかぎられているので注意が必要です。こちらもやはり高級な機械では条件を制御してくれるため、安定した造形が可能です。
プラスチック以外の材料の特徴と用途
エラストマー:使用可能な3Dプリンターに制限あり
エラストマー(Elastomer)はポリマーの一種で、柔らかい材料であることが特徴です。まるでゴムのようですが、ゴムそのものではありません。難易度が高く造形はとても不安定で、対応できる装置は限られています。低価格の3Dプリンターでも造形はできますが、ある程度の精度で造形したい場合はエストラマーに対応した高級機が適しています。
なお、エストラマーに近いゴムのように柔らかい材料は、紫外線硬化樹脂を使うFDMや光造形向けには存在します。ただし紫外線硬化樹脂を使わない粉末焼結積層の装置には対応していません。
石膏:粉末固着積層だけ使用可能
石膏は美術材料として有名です。石膏は溶けないので、FDMでは使えません。これは粉末固着積層だけで使えます。石膏の良いところは、材料費がとにかく安く、着色がしやすいことです。アロマオイルなどをしみこませるなどもできます。
著者:小林由美(こばやしゆみ)
エンジニア、⼤⼿メディアの製造業専⾨サイトのシニアエディターを経て、2019 年に株式会社プロノハーツに⼊社。現在は、広報、マーケティング、イベント企画、技術者コミュニティー運営など幅広く携わる。技術系ライターとしても活動。
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