AIというと大量の情報を処理する「ソフトウェア」のイメージが強いと思います。実は、このAIも半導体という「ハードウェア」がその進化の鍵を握っているといえます。また、今より高速計算が可能だと言われている量子コンピュータでも、この半導体による制御が重要になります。今回は、AIと量子コンピュータにおける半導体の重要性と、日本の半導体企業の市場状況について紹介します。
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AIと量子コンピュータにおける半導体の重要性
今、世界的に半導体が見直されてきた最大の理由はAI(人工知能)チップである。機械学習やディープラーニングを使ったAIを使った検索エンジンをグーグルは、2015年にTPU(Tensor Processing Unit)と呼ぶ新しいAIチップを開発し、このチップで動かしたところ、消費電力が1桁下がった。その1年後にグーグルがこのことを発表した後、これまでの汎用GPUではなく、AI専用チップのブームが続いている。
AIチップが低消費電力であるということはそれを使っているデータセンターの消費電力が下がるという意味である。データセンターはクラウドコンピュータを実現するためのハードウェアであり、多くの人たちがクラウドコンピューティングを利用すればするほど、コンピュータの規模を大きくしなければならず、消費電力も大きくなりすぎてしまう。データセンター1ヵ所で、原子力発電所1基分に相当する電力を消費すると言われているほどである。ここの電力を少しでも減らしたい。
AIはソフトウェアアルゴリズムの開発から始まった
AIチップが登場するまでAIはソフトウェアアルゴリズムの開発が主なテーマだった。目的とする学習を効率よく短時間で行うためのアルゴリズムの開発がAIを実用的に使うために重要だった。学習させるのに何カ月もかかるようなアルゴリズムだと、実用にならない。短時間で終わらせるために、アルゴリズムのどこを手抜きするか、ということも重要なテーマだった。
AIが注目を集めたのは、IBMの機械学習コンピュータ「ワトソン」が米国のクイズ番組で人間のチャンピオンを破った時からだった。専門家によってはマイクロソフトが機械学習で音声認識の認識率を大きく上げたときが今日のAIブームだという人もいる。また囲碁の名人を破ったグーグルのAlphaGoがきっかけだという人もいる。この当時は、いかに優れたアルゴリズムで学習させ、推論させることができるか、というソフトウェアに重点が置かれていた。
しかし、ソフトウェアだけの進展では性能に限りがある。ハードウェアも進展させなければ、優れたAIマシンはできない。AIの学習に適したチップはNVIDIA(エヌヴィディア)のGPU(グラフィックスプロセッサ)だった。しかし消費電力は大きかった。このためNVIDIA 1社が消費電力を下げるために苦戦していた。
機械学習では、学習した後、推論することはクイズ番組の本番に臨むようなものだが、学習してきたデータと問題・課題のデータを比較して答えを出す「推論」という作業が必要になる。例えば人間や動物を学習させて人間だと判断する特長データを、学習したデータとしてクラウド上に保存しておくが、この学習データと比較して人間だと判断する。
学習した結果のデータはさほど大きくはない。このため、エッジと呼ばれる端末側にも人間であるという特長データを保存しておけば、エッジ側で学習データと比較して判断する推論エンジンを備えることができる。
例えば、端末で人間を識別する場合、まず人間であることをこれまでの学習データから判別する。つまりA氏、B氏とも人間であることは学習データから推論できる。次にA氏とB氏をそれぞれの顔の特徴(目や額の大きさ、両目の距離、鼻や口の位置、耳の奥行と大きさなど)をデータとして端末のチップに登録しておくと、A氏とB氏の特徴の違いから二人を見分けることができる。
このようにしてAIには、学習と推論という過程を踏み、まるで人間のように瞬時に見分けることができるようになる。現在のAIは、認識と判断、分類の技術に集中している。とはいえ、認識と判断、分類だけでもこれまでのコンピュータでは何時間もかかっていた作業を短縮できるようになる。
AIチップ化は、従来とほぼ変わらぬ性能で消費電力を削減
AIの原理がわかってくると、今度はそれをハードウェアに組み込んで高速に処理しようと考えるようになる。今のハードウェアこそが半導体チップなのである。最初にAIをチップ化して、その威力をまざまざと見せつけたのがグーグルだった。その後、AIチップは欧米アジアの大学や企業が競って開発してきた。
ただ、最近のAIチップは、演算精度を落として消費電力を下げる方向にある。従来は32ビットが中心だったが、これを16ビットに落としてもそれほど性能は落ちず消費電力が大きく下がることがわかってきた。さらに16ビットを8ビットに落とすと性能は、99%とわずか下がるものの、消費電力が1/10と大きく下がることもわかってきた。
AIの学習チップは未だに消費電力が大きいが、推論チップは消費電力の削減効果がとても大きい。学習させる場合には少しでも精度を上げるため、どうしても32ビットや64ビットが求められ、消費電力は増加してしまう。しかし、ある程度、学習が終わると、学習結果を保存しておき、実際にはそれを使って推論するシーンが多い。
今やAIチップのメーカーはインテルやアップル、グーグル、IBMなどの大手だけではない。推論だけだが、イマジネーションテクノロジーズやフレックス・ロジック、日本のDMP(Digital Media Professionals)などのIP(半導体集積回路上にある一部の回路で、知的財産の価値のある回路)ベンダーも開発している。
量子コンピュータも半導体で制御
量子コンピュータは半導体の次に来る技術だろうか。量子状態は、電子や光子を1個の粒として確認できるための作業が必要で、例えば絶対零度の限界近く(例えば1/100K)まで冷やす必要がある。さもなければ熱振動してしまい、量子を観測できないからだ。
量子コンピュータの最大の特長は、量子力学上の重ね合わせの原理を使うことにある。量子状態にある電子はあるときは1、別のときは0になるという二重人格のような性質を利用する。このことは同時並列演算が可能という意味でもある。

しかし、量子ビット数を2ビット、16ビット、48ビットへと上げていくにつれ、その配線は複雑になってしまう。1,000本を超える配線を冷凍庫のチャンバに入れなくてはならない。量子ビット数を上げれば上げるほど精度は上がるものの、複雑になりすぎて数千本、数万本もの配線を冷凍機に納めることが難しくなってしまう。
そこで、インテルは、無線技術で電波を飛ばし冷凍庫内の量子コンピュータ回路を制御するという技術を半導体チップHorse Ridge<写真1>で実現した。このチップを使うと、量子ビット数をいくら上げても無線で制御できるため配線を何千本も冷凍機に入れる必要がなくなり、量子コンピュータの実現に1歩近づくことになる。つまり、量子コンピュータといえども、制御するのは半導体技術なのだ。
日本の半導体企業のシェアは下がり続けている
これからとても重要な半導体技術なのにもかかわらず、残念ながら日本は没落してしまった。<図1>のグラフにWSTS(世界半導体市場統計)が毎月発表している半導体市場の販売額を示している。ここでの市場とは、半導体メーカーの国籍ではなく、半導体製品をユーザーに納入する場所を指している。このため、日本国内で半導体製品の取引がほとんど増えていないことを表している。

かつては、日本の半導体市場は確実に20%~30%を維持していた。<図1>のグラフの1994~1995年までは世界の3割近くを占めていた。ただし、1994年から日本市場での半導体販売額シェアは落ちる一方で、2015年に10%を切り、2019年には8.7%まで下がった。つまり、半導体を買う人が日本では極めて少なくなった。このことを裏返せば、日本で半導体を使う企業が少なくなり、半導体をあまりたくさん使わずにモノづくりをやっていることになる。
しかし、半導体をあまり使わないモノづくりでハイテク産業はありえない。実は、かつて日本で半導体をたくさん買っていた企業はアジアに向かい、日本でモノづくりをしなくなっていたのだ。かつては、ソニーやパナソニックなどが大量に半導体を購入、テレビやDVDプレイヤーなどを国内で製造していたが、工場を売却したりアジアへ移管したりしたために、日本国内で製造しなくなり、半導体購入額が少なくなっていった。
国内半導体メーカーの市場シェアは6%に
日本では半導体メーカーそのものも没落していった。総合電機メーカーの一部門であった半導体メーカーは総合電機の没落と共に半導体部門も下降線をたどってきた。GSA(グローバル半導体連盟)によると、日本の半導体メーカーの市場シェアは1988年の最盛時には50%を超えていたが、今や一桁まで落ちた。2018年には9%に低下した。アメリカは45%、韓国は24%だ。
別の市場調査会社であるIC Insightsが調べた日本企業の2019年に市場シェアは6%まで落ちていた。
このようにしてみると、日本には半導体メーカーが没落し続けているように見えるが、現在、世界と競争できる半導体メーカーは、キオクシア(旧東芝メモリ)、ソニーセミコンダクタソリューションズ、ルネサスエレクトロニクス、ロームなどがあるものの、上位20社に入る企業は2社しかない。
では、日本の半導体製造技術は本当に弱くなったのか。実は、外国の半導体メーカーが日本企業を買収して日本の工場を残している所も少なくない。米マイクロン・テクノロジーのDRAM工場は広島県にある旧エルピーダメモリのDRAM工場であり、台湾のUMCの日本の工場は、三重県にある旧富士通セミコンダクタ―の三重工場である。
またファウンドリのタワー・セミコンダクターも日本に工場を持ち、旧パナソニックの魚津・砺波・新井の3工場を運営している。さらに旧三洋電機半導体工場は、新潟工場をオン・セミコンダクターが買収し、この工場をオンセミの拠点工場としている。
著者:津⽥建二(つだ・けんじ)
技術ジャーナリスト。東京⼯業⼤学理学部応⽤物理学科卒業後、⽇本電気(NEC)⼊社、半導体デバイスの開発等に従事。のち、⽇経マグロウヒル社(現在⽇経BP 社)⼊社、「⽇経エレクトロニクス」、「⽇経マイクロデバイス」、英⽂誌「Nikkei Electronics Asia」編集記者、副編集⻑、シニアエディター、アジア部⻑、国際部⻑など歴任。
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