行政の支援で異分野向け製品開発に没頭!医療現場をサポートする「ウェアラブルチェア」開発秘話 〜横浜市発の事例から学ぶ(後編)

INTERVIEW

株式会社ニットー
代表取締役
藤澤 秀行

中小企業のものづくりを支援する日本版SBIR(Small Business Innovation Research)制度。国の制度だけではなく、各自治体は、自治体の予算規模によって助成額に違いはありますが、独自のSBIR制度で地元発の技術を支援します。技術が地方創生にもつながります。ここでは、横浜市のSBIR制度を活用して、工場などの産業作業者の立ち仕事の身体的負担を軽減する「ウェアラブルチェア」の開発を行った株式会社ニットーの藤澤秀行社長に、ものづくりの手法や工夫を伺います。

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金型の町工場が大ヒット作「振り回せるiPhoneカバー」を製作するまで

────ニットー(横浜市金沢区)の創業は1967年。もともとは金型をつくる町工場だったのが自社開発へとシフトした。

「ニットーは父親が始めた会社です。いわゆる町工場。お客様さんから製品の図面をもらって設計して金型を作り、それを売っていました。最初は自動車部品が多かったです。次第に金型だけじゃなくて、プレス板金や機械加工なども行うようになりました。

2004年、顧客だったプレス工場の社長が病気で倒れてしまいました。製造業あるあるで後継者はいません。奥さんは70歳近く、父が相談され、借金もありましたが従業員ごと引き受けることになりました。こちらもあちらも10人程度です。大変ではありますが、メリットもあった。技術力が上がり、仕事の幅が広がった。

自社一貫で生産したい、という思いもあったため4年かけ、同じような後継者問題を抱えるアルミ板金加工工場など2社をM&A、2010年、4社の工場を今の工業団地に集約しました」


────効率を求めると分業が主流になりますが。
 
「そのころリーマンショックと重なりました。お客様は安い人件費のところで製造コストを下げようとする。中国だと100円のところを20円でできるから、20円に値下げしろと言われたり、中国に一緒に進出しようと誘われました。価格競争では、海外の安い人件費のところでやることになる。でも、横浜、日本で製造業をやりたいという思いがありました。そのためには差別化しなければならない。

当時、経済のサイクルが早くなり、日本ブランドが海外ブランドに負けていました。かつては3年、5年かけて開発してもよかったのですが、その間にお客様のニーズも変わる。そのうえ、日本の企業もコストをおさえるのに派遣の人材を使うようになり、大手でも設計の技術者がいなくなったり、加工を知らなくて図面を描くといったことが起きていた。うちなら、自社で一貫してできると付加価値をつけました」


────自社開発の1作目が、iPhoneをヌンチャクのように振り回せるカバー「iPhone Trick Cover(R)」だった。

「製造者向けのポータルサイトMONOistは、ふだんは真面目な技術ノウハウのサイトですが4月1日だけ、おバカなものづくりを見せ合うというイベントがありました。誘われて、iPhoneをヌンチャクのように振り回せるカバーを作り、iPhoneをヌンチャクのように振り回す動画つきでネタとしてあげたところ、欲しいと反響がありました。

精密機械を振り回すのは普通NGです。商品化するという発想はなかった。試作の過程をネット公開したところ、いろいろな意見が来ました。ユーザーの『壊れないの?』という声で、耐久試験のための検査機器を一から作り、10万回振り回してiPhoneがこわれないことを証明しました。当時、珍しかったクラウドファンディングも活用、意見をキャッチボールしながら製品を作るのは初めてでおもしろかったです」


iPhoneを振り回せるヌンチャク型カバーケース「iPhone Trick Cover」を回す藤澤秀行社長
iPhoneを振り回せるヌンチャク型カバーケース「iPhone Trick Cover」を回す藤澤秀行社長


────このカバーの技術的に難しいところは?
 
「ヌンチャクとうたっていますが、発想はバタフライナイフです。ペン回しのように、意味ないけれどやってしまう手癖をiPhoneで実現しました。イメージが悪いのでヌンチャクとしましたが……。カバーの機構は正直、技術的には難しくはありません。溝があってスライドがあって、動きをつける。金型も自社で作れますし。

ただ、ケースを振り回してすっぽ抜けると危ないのでカシメの強度を工夫、調整しました。耐久試験機で10万回試し、その動画も一部ですがアップしました。振り回すスピードを上げる必要はないのですが、試験機の速度を変えて見せたのが、またおもしろがられました」


────製品はヒットしましたか?
 
「5万台ぐらい売れました。大ヒットといってよいです。動画がいわゆるバズりました。中国から模倣品も出ました。すぐに差し押さえしましたが。一応、製品を買ってみましたが、きれいに回転させられなかった。10万回はもたなかったでしょう。Trick Coverで初めて社としてプレスリリースを出し、東京キー局のテレビにもとりあげられました」


医療現場での立ち仕事をサポートする「ウェアラブルチェア」を開発

振り回せるiPhoneカバーを自社で開発、一貫製作できることをアピールしたのが医療分野という新しい分野の挑戦につながる。内視鏡などの長時間にわたる手術の立ち作業の負担を軽減するウェアラブルチェア「アルケリス」開発にとりかかります。


────SBIR制度支援にもつながりますが、最初は産業用ではなく医療現場に特化したウェアラブルチェアの開発に着手した。

「2014年、千葉大学フロンティア医工学センター准教授の川平洋氏(現・自治医科大教授)が、長時間に及ぶ内視鏡手術の立ち姿勢がつらく困っている、という話があり、打ち合わせしようということになります。内視鏡手術は開腹しないため患者の負担は減りますが、その分手術時間が長びき、6〜8時間に及ぶこともあります」


────開発の工夫、苦労は?

「最初は座れば楽かと思いましたが、医療現場は足元にいろんな装置があり、人も何人もいる。イスは一度立ってしまうと邪魔でしかない。座りたいときには座って、立ったらなくなってしまうイスはないかというところからスタートしました。装置は独立したセパレートにして足とモモ、スネの3点を止め、体重をスネとモモで支えて、つけたまま好きな場所に移動できます。フリーモードはしゃがむこともできます。電気を使わないので手術室で問題になる電波干渉もない。装着も1人で簡単にできます。

難しかったのは、身体にフィットさせる形状の設計です。普通、2、3回試作すれば、製品化できるのですが、これはトータル試作機を14号機まで製作しました。私がフィットしても他の人がつけると違和感があったりする。枕と一緒で人によって高いのがいい、柔らかいのがいいなど、感覚が違います。設計の数字だけでは表せない。何個も作っていろんな人々、1,000人以上に試してもらいました。身につけるものなので機能だけではなくデザインにもこだわり、2018年度グッドデザイン賞も受賞しました」

「材質はアルミと鉄を使っています。フィットするように、金型を絞り加工しています。形状加工も難しかった。アルミは軽いが強度はない。鉄は重いけれど強度がある。軽さと強度が相反しており、そのバランスが難しい。硬度を上げるため金属を熱処理しています。試作の途中で部品が何度も壊れました」


ウェアラブルチェア「アルケリス」
ウェアラブルチェア「アルケリス」


「アルケリス」の装着は自分でできる
「アルケリス」の装着は自分でできる


「もう一つ苦労したのはスネにあたるクッション部分です。最初はウレタンで作りました。臀部はぜい肉があるので問題ないのですが、1番力がかかるスネは直接骨にあたるため時間が経つと痛くなります。ゴムの発泡剤なども試しました。布の知識がないのでいろいろな会社に相談し、結局、ジェル状のものをクッション剤に使っている会社のものを使うことにしました。そのうえ大きさや厚さも何度も変えて試しました」


────耐久試験はやはり10万回?

「腰から下のモデルで膝が屈伸する耐久試験機を作りました。製品としては80キロとしていますが、試験では、130キロのモデルで10万回、動きを確認しました。パワースーツなど、福祉の現場などで重い物を持ち上げたり、歩くのをサポートするのは『動』の分野ですが、この製品は、『静』をサポートする新しい分野です。国内では競合社はおらず、今年2月、私たちの品質保証がものづくりの法律ともいえるJIS規格(作業支援用装着型下肢支持用具の構造と試験方法)になりました」


耐久試験のために造られた試験機。装着して、屈伸を10万回繰り返した
耐久試験のために造られた試験機。装着して、屈伸を10万回繰り返した


────アルケリスという名前の由来は?

「歩けるイスをもじっています。ギリシャ神話や、アキレス腱をイメージするでしょう」


SBIR制度を利用して実現した「ウェアラブルチェア」を幅広い分野へ展開

工場、警備、接客、美容業……。長時間の立ち仕事は医療に限らない。足腰の負担を減らすため、アルケリスを幅広い分野で使えるように開発を支援したのが横浜市のSBIR制度だった。


────産業用と医療用とに違いはありましたか。

「医療と食品などの工場で求めているものは違います。医療向けだと重くてもしっかりしてほしいが、工場は移動するから歩きやすい方がいいとか、食品加工工場では水を使うのでさびない方がいいということになる。色も医療向けでは白ですが、工場は汚れが目立たないようにダーク系がいいなどカスタマイズしなければなりません。片足で支えるという要望もあります」


「アルケリス」の組み立て作業のときに実際に装着して作業している
「アルケリス」の組み立て作業のときに実際に装着して作業している


────SBIR制度の応募ではなにをアピールしましたか。

「横浜市に委託された専門家がヒアリングに来られ、審査会では、私への質疑応答もありました。事業計画、コンセプト、目的がしっかりしていなければならない。この製品を世に広めたいということがあります。今、働き方改革といいますが、人手不足です。技術者に長く働いてもらうためには、職場環境を良くして離職率を減らすことが課題です。

負荷をかけずに健康に働いてもらう必要がある。ロボットやAIが進み、作業が機械に置き換わりますが、人でなければできないことがある。この装置で、無駄な体力やエネルギーを使わず人にしかできないことに集中してほしい。審査員にも共感してもらえました」


────2年連続で認められ、トータル約2,000万円の助成を受けました(※今年から2年連続の申請はできなくなっています)。

「国、県と制度はありますが横浜市の制度は相談しやすく、使いやすかった。この制度だけではなく、医療用の開発のときは、横浜市のライフイノベーション推進のプラットフォームで大学の先生を紹介してもらったりしています。装置開発には1億円弱はかかりました。経営者からすれば経費はすぐに売り上げにしたいのが本音。自社製品は時間をかけて開発してもお金がもらえるわけではない。行政の支援があると、安心して開発に没頭できます」

新型コロナウイルスの拡大で、営業や海外展開が難しくなっています。同社も今年、米国・ニューヨークで出展を予定していた海外展示会が延期になってしまいました。ものづくり業界も先行きが見えませんが、だからこそ、助成金を活用し、ピンチをチャンスにできる開発力が問われます。
 

文・人物写真/杉浦美香



参考情報
・Trick coverは株式会社ニットーの登録商標です


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