東京大会の技術レガシー《最終回》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(26)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第26回(最終回)は、今までの連載の総論として、東京大会の技術レガシーを取り上げます。本連載で取り上げた技術レガシー、「顔認証技術」「警備システム」「公式ユニフォーム」「オフィシャルスポーツウェア」「超高臨場感通信」などには、長い開発の歴史があり、数多くのスタッフがかかわって「今まで実現できなかった技術を世界の人たちに体験してもらう」という心意気が込められています。最終回では、これら技術レガシーの取材を行ってきた野地氏に、これまでのオリンピック・パラリンピックのレガシーを振り返りつつ、オリンピック・パラリンピックや技術レガシーの意義や価値について語って頂きます。

レガシーとはなんだ。

 オリンピック・パラリンピックはスポーツイベントであるのと同時に新しい考え方や技術の見本市でもある。
 過去の大会では新しい考え方や技術がいくつも生み出され、それがレガシーになった。

 1896年、第一回近代オリンピック競技大会はギリシャのアテネで開催された。提唱者はピエール・ド・クーベルタン。この時のレガシーは大会そのものだ。
 参加したのは14か国から241名の男子選手だけである。女子選手の参加は1900年のパリ・オリンピックから。

 第一回オリンピックの競技は陸上、自転車、フェンシング、体操、射撃、水泳、テニス、重量挙げ、レスリングの9競技。参加人数も少なかったし、観客も少なかった。
 開催時にたまたまアテネに滞在していた旅行者が選手として参加していたという話もある。
 スポーツの技術レガシーを作ったのは陸上の100メートル競技で優勝したアメリカのトーマス・バーグだ。バーグはひとりだけクラウチング・スタートで他の選手を圧倒した。新しい技術、クラウチング・スタートは今や小学生でもその方法でスタートするようになった。

 また、パリ大会に女子選手が参加できたことは女性の地位の向上につながるレガシーだ。
 回を重ねるにつれ、オリンピックの規模は膨らんでいき、レガシーが誕生する。
 1914年、オリンピック大会ではなかったが、IOC設立20周年の大会で五輪マークが披露された。大会エンブレムの登場だ。
 1924年、フランスのシャモニー・モンブランで初めての冬季オリンピックが開かれた。成功するかどうか危ぶまれた大会だったが、16か国から258人の選手が出場し、4つの競技14種目を実施している。
 スキー、スケートなどの冬季競技に使われるスポーツ用具が進化したのは冬季大会の役割が大きい。

 同じ年の夏季パリ大会では、競技の案内にマイクロホンが使われるようになった。音響技術の登場である。それまで競技運営の連絡などにはメガホンが使われていたのだが、大観衆の歓声でかき消され、選手や役員に連絡や指示が行き届かないことがあった。マイクロホンの登場で、悩みは解消されたのである。
 また、選手村が登場したのもパリ大会からだ。それまで選手たちはホテルに宿泊していたのだが、パリの大会ではメーンスタジアムであるコロンブ競技場の周囲に1軒4名収容のコテージが建てられ、選手たちはそこに泊まった。


聖火と聖火リレー

 1928年、アムステルダム大会で聖火台が設置され、聖火が灯された。
 1936年のベルリン大会では初めて聖火リレーが行われている。
 ふたつのレガシーはオリンピックが競技大会だけでなく、世界的イベントとなったことを意味する。セレモニーが採用され、オリンピックにはプレステージが備わった。

 以後、オリンピックに限らず、ワールドカップなど世界的なイベントでは、さまざまな演出セレモニーが行われるようになっている。
 先ごろ、イギリスのコーンウォールで開かれたG7サミットも世界的なイベントのひとつだろう。世界の首脳が参加するような大きなイベントでは開会式や歓迎式が行われるのが当たり前になり、イベント独自のロゴマークなども作られるようになった。

 1948年のロンドン大会には第二次世界大戦の責任を問われ、ドイツと日本は招待されていない。
 ロンドン大会ではベルリン大会で感動を呼んだ聖火リレーが踏襲され、1951年のIOC総会で聖火リレーは「オリンピック憲章」に正式に加えられている。また、この大会では判定機器が進歩した。着順を決めるための写真判定器、跳躍距離測定器が登場している。スポーツにかかわる技術レガシーのひとつだ。

 1960年のローマ大会、マラソン競技ではエチオピアのアベベ・ビキラ選手がはだしのまま石畳のコースを走り優勝を飾った。
 現地で見ていたスポーツシューズメーカー、アシックスの創業者はアベベにほれ込み、次の東京大会でアシックス製のスポーツシューズを履いてもらうよう頼む。しかし、アベベは他社製を選んだ。
 それでもアシックスは「裸足のように軽い」スポーツシューズの技術開発に邁進する。スポーツシューズの進化は靴を履かなかったアベベの優勝が影響を与えている。


東京大会の技術レガシー

 1964年、東京大会ではいくつものレガシーが生まれている。

 グラフィックデザイナー、亀倉雄策がデザインした大会エンブレムとポスターがその筆頭だ。亀倉の作品はそれまでのポスターとはまったく違う美的なそれで、日本にグラフィックデザインというクリエイティブな技術が存在することを世界に知らせた。
 そして、デザイン評論家の勝見勝が率いたグラフィックデザイナー・チームが作り上げたピクトグラムもレガシーだ。ピクトグラムは世界中に広まり、携帯電話、スマホの絵文字に発展していく。


1964年の第18回東京オリンピック第1号ポスター
1964年の第18回東京オリンピック第1号ポスター


 この時にはNTTなどが開発したコンピュータと通信の電送システムも生まれている。インターネットの原型とも言える技術だ。 
 また、セコムは選手村などの警備を担当した。日本における民間警備業が始まりだ。
 全国のホテルシェフたちは力を合わせて選手村食堂において、システム調理を行った。本格的に冷凍素材を使ったのもこの時だった。
 そして、当時、整備されたインフラはいまだに日本の交通の動脈となっている。インフラもまたレガシーだ。東海道新幹線、東京モノレール、首都高速道路はあの時の大会のために整備されたものだ。


レガシーは続く

 1972年、ミュンヘン大会で初めて、オリンピックのマスコットが登場。ヴァルディという名前のダックスフントだ。
 大会マスコットもまたレガシーである。

 1984年のアメリカ、ロサンゼルスで開催されたオリンピックの開会式では「ロケットマン」の名で呼ばれることになるロケットベルトを使った飛行が行われた。
 ロケットベルトはひとりの人間が空を飛ぶことのできる装置で、空飛ぶ車の原型とも言われている。空飛ぶ車は今では世界のいくつかのベンチャー企業が開発にしのぎを削っている。

 1988年のソウル大会ではドーピングが話題となった。
 陸上男子100メートルではカナダのベン・ジョンソン選手が9秒79の驚異的な世界記録で優勝した。しかし2日後、ドーピングが発覚し、ジョンソンは金メダル剥奪、記録抹消される。ドーピングという負の技術開発が顕在化し、摘発された大会だった。

 このように、オリンピック・パラリンピックは新技術が世界に向かってリリースされる。オリンピックの出場選手になれなくとも、新しい技術でオリンピック・パラリンピックに貢献すれば、それはレガシーになる。


技術レガシーを作った人たち

 今回、連載で取り上げた技術レガシーはひとりの力でできたものではない。ひとり、もしくはグループが代表しているだけで、それぞれの技術には長い開発の歴史があり、数多くのスタッフがかかわっている。彼らはコロナ禍になってからも歯を食いしばって開発と改善を続けた。大会が行われ、終了しても彼らのことを知る者は少ない。それでも、技術は残る。
 長い歴史と苦闘に裏打ちされた技術が絶えることはないからだ。

 たとえば公式服装、ポディウムジャケットについては白いトレパンやジャージを産んだ日本の繊維産業の長い歴史がなければできなかった。AOKI、アシックスのスタッフはそれをもとにオリンピック・パラリンピックのユニフォーム、公式服装を開発した。


東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の日本代表選手団公式服装(開会式用、式典用)
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の日本代表選手団公式服装(開会式用、式典用)


 セコムをはじめとする警備業は1964年の東京オリンピックで世の中に認知された。今回、業界を挙げて協力しているのはセコムの創業者、飯田亮が言ったように、「恩返し」だからだ。
 顔認証はNECが半世紀前から開発してきたさまざまな認証技術の歴史があるからだ。
 そして、NTTのKirari!が実用化されたのは逓信省以来、日本中に張り巡らされた通信線のおかげである。

 連載で取り上げた技術はいずれも少し前までは空想の世界にあったものだ。アシックスのスポーツ衣料のように通気性と保温性の両方を備えたスポーツウエアはこれまでなかったのである。
 ともあれ、今回のレガシーを開発した人々の頭にあったのはたったひとつである。
「今まで実現できなかった技術を世界の人たちに体験してもらう」
 それが彼らの心意気だった。


レガシーは未来のもの、子どもたちのもの 

 オリンピック・パラリンピック選手村の村長、川淵三郎は「スポーツに必要なのは地域密着と子どもたちを大切にすること」と言っている。
 子どもたちは未来だ。子どもたちがスポーツに関心を失ってしまったら、オリンピック・パラリンピックは先細りになってしまう。技術レガシーもまた未来のため、子どもたちのためのものだ。

 オリンピック・パラリンピックにおける大きなレガシーとは子どもたちがスポーツを好きになることだ。青い芝生の上で思う存分、走ったり飛び跳ねたりできることだ。競技場、プールや海のそばで一流選手の躍動を見守り、いつかは自分もやってみようと思うことだ。
 オリンピック・パラリンピックは未来のため、子どもたちのためにある。




野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。近著は本連載をまとめた「新TOKYOオリンピック・パラリンピック物語」(KADOKAWA)。


▽連載『Tokyoオリンピック2020と技術レガシー』シリーズ一覧
    1. NTT「光の最新実用技術」前編 / 後編
    2. NTT「光ファイバー」前編 / 後編
    3. NEC「顔認証」前編 / 後編
    4. エアウィーヴ「機能性寝具」前編 / 後編
    5. セコム「警備システム」前編 / 後編
    6. ブリヂストン「バリアレス縁石」前編 / 後編
    7. AOKI「公式ユニフォーム」前編 / 後編
    8. ASICS「オフィシャルスポーツウェア」前編 / 中編 / 後編
    9. 「ハーフタイムミュージック」前編 / 後編
    10. NTT「バリアフリー道案内」前編 / 中編 / 後編
    11. NTT「超高臨場感通信」前編 / 中編 / 後編
    12. 東京大会の技術レガシー 最終回
▽【対談企画】新連載に向けて

 

 

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