コロナ禍でも通用するエンタテインメント技術《NTT~超高臨場感通信:中編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(24)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第24回は、引き続き日本電信電話株式会社(以後NTT)から超高臨場感通信を紹介します。「自分の体を現地に持っていかれたと感じる」超高臨場感通信技術は、「光ファイバーネットワーク、高速通信技術を進化させたもの」だといいます。一方で、私たちはコロナ禍で、リモートもしくはリアル、安全かそれとも経済かという二極化された状態に置かれています。今回は、同社研究企画部門長の川添雄彦氏に、本技術の開発経緯、およびコロナ禍でのスポーツやエンタテイメントにおける本技術の意義について伺いました。

コロナの後

 2019年の秋に初めてKirari!(R)を見て、その後、数回、NTT研究所を訪ねた。横須賀だけでなく、武蔵野へも行った。取材というより、いったい、どういう仕組みなのか、不思議だったからである。すべてではないが、最初の2度は長谷川が同行してくれた。

 ウインドサーフィンだけでなく、野球、空手、バドミントン、卓球、歌舞伎…と、さまざまなスポーツ、エンタテイメントを映したものを見せてもらった。取材というよりも、テーマパークで体感エンタテイメントを楽しんでいる気持ちだった。

 しかし…。新型コロナウイルスが蔓延したため、オリンピックは1年延期となった。
そのうえ…。
 わたしを研究所に案内してくれたウインドサーフィン協会の会長、長谷川浩が新型コロナに感染し、命を落とした。

 誰よりもウインドサーフィンを愛し、誰よりもKirari!(R)の技術を世の中に広めようとしていた長谷川浩。自分が開発者ではなかったけれど、開発者だと思い込んでいた長谷川が亡くなった。緊急事態宣言のなかだったので、葬儀は行われていない。この先も行われることはないだろう。わたしにとっては亡くなったというよりも、どこかへ長い旅に出たまま帰ってきていないように感じる。

 訃報から3か月ほどして、わたしは川添を大手町のオフィスに訪ねた。
 川添は「Kirari!(R)の大切な理解者がいなくなってしまいました…」と呟いて、床を見つめた。
 お別れをしたいと妻とふたりで長谷川の故郷、福岡を訪ねて、お参りしてきたと言う。彼らふたりはいつもウインドサーフィンの話をしていた。仕事上の付き合いではなく、趣味を通じた友だちになっていたのだろう。

 顔をあげて、川添は微笑した。
「長谷川さんの代わりに、野地さんにはKirari!(R)のすべてを知ってもらいます」

 以下、川添がKirari!(R)の開発を始めた頃の話である。
「私自身は入社してから通信そのものよりも、メディアにかかわる研究をしていたんです」

 まだスマホも普及していないころからネットの動画の研究をしていた。しかし、彼のチームが研究開発を始めた1990年代から2005年までは動画と言えばテレビ放送だ。
 ネットフリックスもダゾーンも当然ながら生まれていない。映像はテレビと映画しかなかったから、ドラマでもスポーツでも視聴者が喜びそうなコンテンツはまずテレビで流し、その後、DVDとして売り出すものと決まっていた。
 そもそもネットの動画とテレビを比較しようなんて考える人すらいなかったのである。

 転機は2005年だ。YouTubeがスタートした。翌年、GoogleはYouTubeを買収し、以後、視聴者は増えていく。2010年には、オバマ大統領がYouTubeでインタビューをライブストリーミングした。そのあたりになると、YouTuberが生まれ、ファンと収入手段である広告を獲得している。
 川添がライブコンテンツの研究を始めたのはYouTubeが生まれるよりも以前のテレビ放送がメディア界に君臨していた時代だったのである。

「1990年代でしょうか。私がある会議で、通信放送融合という言葉を使ったら、放送業界の重鎮から、その言葉は何だと怒られました。なんで通信が先なんだ、放送通信だろうと。そのうえ、融合とは何だ。とんでもない。連携くらいにしとけ、と。メディアにおけるメインコンテンツは放送コンテンツだ。ネットなどという品質の悪いもので番組を流すことはありえないと言われ、はあ、すみませんでしたと謝りました」

 当時、川添たちはネットワーク回線を通して安定したライブコンテンツを流す技術を開発していた。しかし、ネットワークの容量が足りなかったため、動画は遅延したものだった。ザッピングしようとチャンネルを変えると、テレビなら一瞬で他局に代わる。しかし、通信では一度、画面が黒くなり、しかるのちに他のコンテンツに代わる。通信の遅延とは動作の遅れにつながるのである。
 しかし、そんな状態もすぐに改善はしていくのだが…。

「さまざまな問題を解決して、今ではネットの動画は放送の電波で見ているのとクオリティは変わらないところに来ています。遅延もかなり解消されています。そして、Kirari!(R)は光ファイバーネットワーク、高速通信技術を進化させたものなんです」

 Kirari!(R)についての詳しい解説は川添も共著者になっている『IOWN(R)構想―インターネットの先へ―』に次のように書いてある。

「遠隔地にネットワークを介して、リアルタイムに競技空間やライブ空間を『丸ごと』伝送し、遠隔地においてもあたかも本会場にいるかのような体験を可能にする技術である」

 書いてある通りだ。実際に何度も体験したわたしにとってはやはり瞬間移動なのである。画像を見ているのではない。自分の体を現地に持っていかれたと感じる。それは、リアルタイムだからだ。
 動画でも音でも一度、録画録音してからの編集はできる。マルチカメラでスポーツを撮影して、さまざまな角度から映して見せたり、また立体映像のようにすることは実現している。しかし、リアルタイムでは不可能だ。
 今のところ、世界各地のスポーツ、エンタテイメントイベントをその瞬間に別の場所で体験できるのはKirari!(R)だけと言っていい。


日本電信電話株式会社 取締役 研究企画部門長 川添雄彦(かわぞえ・かつひこ)氏
日本電信電話株式会社 取締役 研究企画部門長 川添雄彦(かわぞえ・かつひこ)氏


ライブスポーツファンのために

 川添がKirari!(R)構想したのは、現地へ行って見るライブでなく、自宅で見るテレビ放送でもない、第3の楽しみ方があるのではないかと、ふと思いついたからだ。
「圧倒的多数の方はスポーツを見る時はテレビを利用します。テレビの画面は決まったサイズです。縦と横の比率は16対9。そして、テレビのスポーツ中継はライブのそれとは違うものです。感動を呼ぶための演出、くふうがあるのです」

 たとえば、ピッチャーやバッター、フライを追う選手の姿や顔がアップになる。だが、スタジアムの観客席にいたら、どの席でもアップになった選手の表情は見えないのである。また、スローモーションでもう一度、ホームランを見たりはもちろんできない。スタジアムの大画面ビジョンに映ったりはする。しかし、自分の目がスローモーション映像を作り出すことは今のところ、まだできない技術なのである。
 つまり、テレビのスポーツ中継には演出がある。テレビのスポーツ中継とは劇場中継を下敷きにして生まれた演出された動画表現なのである。

 川添は演出のないスポーツ現場をそのまま持ってきたいと考えた。
「野地さん、テレビ中継の分野ではプロにはかないません。ですから、僕らはまるごとウインドサーフィンが走る海、野球をやる球場を再現しようと思ったのです。
 現場に行ったら、観客はいろいろなところを見ています。つねに何かを発見している。

 テレビ放送は見るだけです。発見はありません。たとえば野球場へ行ったら、選手だけでなく、三塁コーチのサインの出し方を見たりしている。アンパイヤがストライクとかボールとコールしている様子を真剣に見ていたりする。あるいはビールが飲みたいからと売り子さんを探していたりする。ライブの面白さは発見です。自分が主体的に何かを発見することなんです」

 川添は技術者だ。発見することが仕事だから、ただ、映像を与えられるだけのテレビ中継には不満があったのだろう。彼はどこへ行っても何かを発見したかったのである。
 現場を丸ごと持ってくること、つまり、臨場感を出すには現場にいるのと変わらない環境を作らなければならない。

 現場の空気感がいる。音もまた単なるステレオ再生ではまったく足りない。現場に漂うかすかな音もすべて拾ってこなくては現場そのものにはならない。球場であればビールの売り子の声、隣の観客が叫ぶ声も必要だ。こういう音声はテレビ、ネットのスポーツ中継では絶対に入らない。しかし、Kirari!(R)では再現されている。

 なお、彼自身がウインドサーフィンの選手だったこともKirari!(R)を開発するための大きな動機ともなった。
 ウインドサーフィンやヨットの競技はそもそもすぐそばで見ることができない。間近で見ようと思えばお金を払って船を雇わなくてはならない。それに、船酔いする人は乗船すらできないのである。ウインドサーフィンだけではない。冬季の登山、スキーといったエクストリームスポーツは現場に行くことが不可能だ。しかし、この技術があればリアルタイムに臨場した気分になることができる。

 川添は「コロナ禍でも通用する技術です」と言った。

「Kirari!(R)はライブとテレビ視聴の中間にあるものです。二極化された世界におけるもうひとつの解答ともいうべきでしょうか。今回のコロナ禍で、私たちは二極化された状態にいます。リモートもしくはリアル、安全かそれとも経済か。
 しかし、私たちが望んでいるのはどちらかではなく、ふたつとも、もしくは2極が融合した場だと思うんです。スポーツやエンタテイメントにおける融合ポイントがまさにKirari!(R)なんです。Kirari!(R)の実験は中村獅童さんが出た歌舞伎、Perfumeが出演したコンサートでも行いました。コロナ禍でミュージシャンが困っている今こそ、もっと役立てたいと思っています」

 彼が長谷川に恩義を感じているのは、すぐにKirari!(R)を理解して「ワールドカップ、オリンピックを映してくれ」と頼んだからだ。スポーツ競技の団体はそれぞれ放送局、ネット配信と結びつきがある。
「撮影させてください」と言っても、すでに各競技とそれを撮影するメディアは決まっているので、新興というかスタートしたばかりのKirari!(R)にはカメラを置く場所がなかった。

 長谷川は言ったという。
「川添さん、ウインドサーフィンは人気がありません。しかし、これからの競技です。これからの技術のKirari!(R)と相性がいいんです。ぜひ、大会を映してください」

 オリンピック・パラリンピックでこの技術が利用されるのはウインドサーフィンとバドミントンだ。ウインドサーフィンは何度も実験を繰り返したものだし、バドミントンはNTT所属の桃田健斗が出場するからである。


バドミントンもKirari!(R)で体感することができる。(提供:NTT)
バドミントンもKirari!(R)で体感することができる。(提供:NTT)


《後編に続く》

野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。


参考情報
・Kirari!は、日本電信電話株式会社の登録商標です。
・IOWNは、日本電信電話株式会社の登録商標です。

▽連載『Tokyoオリンピック2020と技術レガシー』シリーズ一覧
    1. NTT「光の最新実用技術」前編 / 後編
    2. NTT「光ファイバー」前編 / 後編
    3. NEC「顔認証」前編 / 後編
    4. エアウィーヴ「機能性寝具」前編 / 後編
    5. セコム「警備システム」前編 / 後編
    6. ブリヂストン「バリアレス縁石」前編 / 後編
    7. AOKI「公式ユニフォーム」前編 / 後編
    8. ASICS「オフィシャルスポーツウェア」前編 / 中編 / 後編
    9. 「ハーフタイムミュージック」前編 / 後編
    10. NTT「バリアフリー道案内」前編 / 中編 / 後編
    11. NTT「超高臨場感通信」前編 / 中編 / 後編
    12. 東京大会の技術レガシー 最終回
▽【対談企画】新連載に向けて

 

 

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