地上でウインドサーフィンを体感できる新技術《NTT~超高臨場感通信:前編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(23)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第23回目は、日本電信電話株式会社(以後NTT)から超高臨場感通信を紹介します。ウインドサーフィンがオリンピック種目であることをご存じでしょうか。競技は海の沖合で行われるため、海岸からは見えないなどの理由から浜辺から見えるサーフィンに比べあまり人気がないといいます。同競技の認知・普及に期待される技術が、沖合での競技を見るものではなく、感じることができるという超高臨場感通信です。今回は同技術『Kirari!(R)(きらり)』を開発しているNTTの横須賀研究開発センタを訪問した野地氏が、2019年に初めて同技術を体感したときのエピソードをご紹介します。

NTT横須賀研究開発センタへ

「YRP野比の改札口で待ってる」
 変な名前の駅があるんだなと思って、調べたら、YRPとは「横須賀リサーチパーク」の略だと出てきた。

 2019年の5月、日本ウインドサーフィン協会会長(当時)だった長谷川浩はわたしをYRP野比駅まで呼び出した。彼自身は同競技のワールドカップが横須賀で開かれていたため、海岸の民宿に泊まっていたという。改札口で会った長谷川は真っ黒に日焼けしていて、わたしを抱くようにして迎えた。別に抱かなくてもいいのだけれど、それくらいの歓待だったのである。

 昔からの友人、長谷川は興奮していた。58歳の投資家だ。彼の一族は健康食品の会社を持っていたが、それを手放し、大金を手に入れた。長谷川自身は投資家として仕事をしながら、長年の趣味であるウインドサーフィンを普及することに打ち込んでいた。

 真っ黒に日焼けした彼はしゃべり通しだった。
「すごいものを見せる。いや、ほんとにすごい。半分はオレが作ったようなもんだ」と自慢しながら、わたしをタクシーに押し込んだ。NTT横須賀研究開発センタまでの車中でも「とにかく見ればわかる。こんなすごい技術は世界初だ」とまくしたてた。

「NTTにウインドサーフィンのプロみたいな人がいて、その人が開発した技術がうちの競技にぴったりなんだ。それ、見せてくれるというから、野地さん、取材してよ。いや、先方には、野地さんが興味津々だと言ってあるから」

 わたしは駅を降りて、長谷川に会った時に初めてNTTの研究所へ行くとわかったくらいだから、興味津々のはずはない。しかし、長谷川に腹を立てても仕方ないし、そんなことで机を叩いて怒るわたしではない。
 話はやりすごして、「で、一口で教えてくれないか」と、つっけんどんに訊ねた。

 長谷川はうーんと言って、内容の説明は難しいから、NTTの人ふたりに聞いてくれという。
 ひとりは川添さんというアメリカ帰りでウインドサーフィンの選手、もうひとりは長髪でおしゃれな木下さんだと言った。

「でも、木下さんはおしゃれだから、NTTらしくないんだ。それはそれとして、とにかく、百聞は一見に如かず。自分で体験するしかない。俺たちウインドサーフィンの業界にとっては救世主のような新技術なんだ。

 だってさ、ウインドサーフィンって、昔は人気あったけれど、今は大したことないんだ。オリンピック種目なのに、誰も知らないでしょ。オリンピックで見に来てくれと頼んでも、『陸上なら行くけど、ウインドサーフィンは見たくない』なんてやつばっかりだから。ウインドサーフィンって、海の沖合でやってるから、海岸から見えない。だから、浜辺から見えるサーフィンの方が人気がある。それが、NTTの川添さんのおかげで、これからはぐっと人気が出る…」

 そうこうしているうち、わたしたちは横須賀研究開発センタに到着した。丘の上にある立派な建物で、入り口の脇には巨大なパラボラアンテナが置いてあった。パラボラアンテナは無線通信用だが、光ファイバー網が発達した今では使用されていないようだった。


NTTの横須賀研究開発センタ(提供:NTT)
NTTの横須賀研究開発センタ(提供:NTT)


Kirari!(R)登場

「川添さん、久しぶり」
 長谷川がこれまた抱きつかんばかりに寄っていったのがNTTの常務で研究企画部門長の川添雄彦。
「お待ちしてました」
 恐ろしく腰が低い人で、しばし、最敬礼したかと思ったら、先に立って、歩き出した。40人以上が会議ができる部屋に連れていかれ、室内には10メートルかける1.7メートルのプロジェクター・スクリーンがあった。

「では」
 川添が合図する。部屋は暗くなり、目の前に海が映った。左の方から波を切る音がして、ウインドサーフィンが近づいてきたかと思ったら、画面から右に消えていった。同時に波切音が左からやってきて、目の前を通過したと思ったら、右の方へ遠ざかっていった。
 ステレオ音どころではない。音が近づいて、大きくなっていって、そして、遠ざかっていく。

「なんだ、ここは。研究所ではなくテーマパークなのか」
 それがわたしの感想だ。
 その後も数回、この新技術を体験する機会があったが、何度、体験しても、ただ驚いてあきれる。リアル過ぎて気味が悪い。


巨大なスクリーンに映し出されるウインドサーフィンの様子(提供:NTT)
巨大なスクリーンに映し出されるウインドサーフィンの様子(提供:NTT)


 NTTの新技術というから通信速度が世界一とか映像のダウンロード時間が一瞬といった、すごいけれど、面白いとは感じないものとばかり思っていた。
 しかし、新技術Kirari!(R)は誰もが面白いと感じる技術なのである。技術を形作る理屈は難解なのだろうけれど、でき上がったものはただただ面白い。ちっともNTTらしくないのである。
もうひとつ、驚いたのは画面に映ったウインドサーフィンの速度だ。

 とにかく速い。ウインドサーフィンは中級者以上になったら、時速50キロで海面を滑走できるという。ボードは波に乗るのではなく、風の力で帆走する。そのため、ウインドサーフィンはセーリング(ヨット)競技のカテゴリーに入る。

 見ていると、ボードは海面を飛んでいくように走る。オリンピックに出るくらいの選手になると最高速度は100キロ近くなるというから、サーキットでレースカーを見ているようなものだ。
 目の前にあったのは映像ではなかった。海そのもの、ウインドサーフィンの選手とボードそのものだった。

「なんか海のなかから顔だけ出して、海面上のウインドサーフィンを見ているような気がする」
そう言ったら、「こんなに近くでウインドサーフィン見られるなんて、すごい技術でしょ」と長谷川がそっくり返って、胸を張った。
 何も長谷川が胸を張る必要はないのだが、続けて言った。
「野地さん、これ、映像じゃないよ。テレポート(瞬間移動)だよ。昔、漫画に出てきたテレポート。僕たちを海のなかへ連れて行ってくれるキカイなんだ」

 キカイという表現が古いなと思ったけれど、テレポートという長谷川の表現は正しい。海のなかにいるような気がしたのは確かだから。
 Kirari!(R)は見るものではなく、感じるものだ。

 川添と木下はにこにこしながら、素人の長谷川の説明にうなづく。ウインドサーフィン協会の会長である長谷川の立場を尊重する人たちなのである。そして、長谷川はなおも話をやめない。
「これね、正確には『超高臨場感通信』と言うんだけど。知ってた?」
 もちろん、知るわけはないのである。

 木下が後を引き取って言った。
「超高臨場感通信では難しいから、川添はこの技術に『Kirari!(R)(きらり)』と名付けたんです」
その後、わたしたちは別室で川添から説明を聞いたのだが、わたしにとってほんとうに「すごいこと」は、この直後に起こった。

 画面はいつしか海の映像だけになっていた。カメラを撮影する船の上に置いたと見えて、海面と波の音だけが映っていた。まるで、波が打ち寄せてくるような気がしたし、波の間に漂っている気持ちになった…。

 そして、わたしは気持ちが悪くなってきて、トイレへかけこんだ。船酔いして吐きたくなった。
「大丈夫?」と看病してくれたのが、長谷川と川添である。
 ふたりに醜態を見られたので、その日は横須賀から早々に帰ってきた。しかし、映像を見て、船酔いしたのは後にも先にもあの時だけだ。

日本電信電話株式会社 NTTサービスエボリューション研究所 木下真吾(きのした・しんご)氏
日本電信電話株式会社 NTTサービスエボリューション研究所 木下真吾(きのした・しんご)氏


《中編に続く》


野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。


参考情報
・Kirari!は、日本電信電話株式会社の登録商標です。


▽連載『Tokyoオリンピック2020と技術レガシー』シリーズ一覧
    1. NTT「光の最新実用技術」前編 / 後編
    2. NTT「光ファイバー」前編 / 後編
    3. NEC「顔認証」前編 / 後編
    4. エアウィーヴ「機能性寝具」前編 / 後編
    5. セコム「警備システム」前編 / 後編
    6. ブリヂストン「バリアレス縁石」前編 / 後編
    7. AOKI「公式ユニフォーム」前編 / 後編
    8. ASICS「オフィシャルスポーツウェア」前編 / 中編 / 後編
    9. 「ハーフタイムミュージック」前編 / 後編
    10. NTT「バリアフリー道案内」前編 / 中編 / 後編
    11. NTT「超高臨場感通信」前編 / 中編 / 後編
▽【対談企画】新連載に向けて

 

 

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