
『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第22回目は、引き続き日本電信電話株式会社(以後NTT)からバリアフリー道案内技術を紹介します。これまで同道案内サービスが集めたバリアフリー通行情報は、夏季大会とラグビーワールドカップが開かれた競技場の周辺地区に過ぎません。今後もっと広い範囲でデータを取得すべく多くのボランティアに加わってもらうため、高齢化社会のなか将来的には自分自身に返ってくるデータだと訴えているといいます。取材を通して取りかかったらやめられない仕事と感じた道案内アプリの開発。今回も引き続き開発チームに、データ収集方法の詳細や同サービスに込めた想いについてお話を伺いました。
3種類を上手に使う
多磨駅近辺で行われたデータ収集では参加者は3種類のMaPiece(R)を使っていた。
「測ってMaPiece」はタブレットに地図が表示してあり、調査する道路が載っている。歩きながら、道路の幅員、段差を記録していく。
測った数値そのものを入力するのではなく、段差が2センチ以上か、以下かを選べばいいようになっている。紙の地図に手で書き込むのではなく、入力さえすれば自動的にデータとして整理される仕組みだ。
「みんなでMaPiece 」はスマホ向けのツールだ。データ収集イベントに参加しなくとも、仕事や私用で移動する時にタブレットを使ってバリア情報を投稿すればいい。道路工事をやっていたり、段差が解消されたのを見たら、すかさず投稿すればマップの情報が更新される。
ただ、情報を誤って入力する場合もあるので、 MaPiece(R)にはユーザーやコンテンツの信頼度に基づいて正しい投稿を抽出する機能が備わっている。
「みんなでMaPiece」は参加する人が増えれば増えるほど情報が多くなり、また、正確度も上がる。この存在を宣伝して参加者を増やすことも深田たちの仕事だろう。
小西は「その通りです」という。
「『みんなでMaPiece』は日常的に使う、普通のスマホアプリにしたのは集めた情報を参照できるようにしたかったからです。そのためには障がい者の人たちだけでは人数が少ないので、一般の人にも使ってもらわなくてはなりません。
その時ですけれど、ボランティア精神に訴えるだけではなく、いつかあなたも必要になるツールなんですよと伝えることにしています。
実際、高齢化社会ですから、私たちもいつかは杖を持って歩くことになる。将来的には自分自身に返ってくるデータだというと、みなさん、うなづいて積極的に参加してくださいます」
「歩いてMaPiece」はアプリを起動したスマホを持って歩けばいい。スマホのセンサーが移動中に情報を読みとって、どこに段差があるとか、傾斜がどこにどれくらいあるかを自動的に収集して集めてくれる。
ただ、段差、傾斜はわかるが道路の幅員は「歩いてMaPiece」では収集できない。それを補うために、NTT 未来ねっと研究所が航空写真と地図から道路の幅員や横断歩道などの歩道の形状情報を自動生成する技術を追加し、データを補正している。
それにしても、深田や小西がトライしたように、バリアフリー技術は自らが車いすに乗ってみたり、多機能トイレへ車いすで入ってみたりという実践がなければ情報の価値を判断できない。
「いつかは自分も段差やきつい傾斜の道を歩くのがつらくなる」と自覚して、参加するといい。バリアフリー情報は決して他人事ではない。

大勢が参加してくれている。しかし、まだ足りない。
これまでのデータ収集だがオリンピック/パラリンピック等経済界協議会と連携し、延べ参加人数で約1,900名、調査距離は700キロメートル以上の歩道をカバーしたことになる。
なお、主にデータ収集したエリアは東京2020オリンピック/パラリンピックが開かれる競技場とラグビーワールドカップが開かれた競技場の周辺地区に過ぎない。日本のなかのほんのわずかな地域の情報を集めただけだ。
日本全国にある道路の総延長は 1,279,651.9 キロメートル (2018年現在)。また、江戸時代に地図を作成した伊能忠敬が歩いた距離は約4万キロ。4万キロとはだいたい地球を一周した距離である。
わたしは3つのMaPiece(R)を完成させるのは伊能忠敬がやった偉業に比すべきプロジェクトだと思う。ただし、まだ歩いた距離は少ない。
百万キロのデータを収集しようと思えば10年、20年でも足りない。4万キロを完成させるには大勢の力を結集しなくてはならない。そのためにはボランティアに加わってもらうことだ。
そして、ボランティアを増やすには「令和の伊能忠敬を求む」くらいの大げさなコピーで宣伝しなくてはならない。
深田たちもそれはよくわかっている。
彼は言う。
「伊能忠敬は自分で集めたんだから、それはすごいことです。ただ、我々は、みんなの力を結集しなくてはいけない。まだ700キロです。しかし、それでも世界では稀です。これほど正確で、しかもICTで集めているバリア情報はどこにもありません。
また、この情報は一度、収集したらそれでおしまいではありません。つねに最新の情報にしないと使えません。持続的にどうやって整備していくかも大きな課題です」
日本のあらゆる道とまではいかないけれど、主要な道についてデータを収集することが第一の目標だろう。さらに、それを継続的に更新していかなくてはならない。加えて、彼らが取りかかっているうちに、あらたにわかったことがある。
それは季節の情報だ。
北海道や東北に住む障がい者が望む通行情報とは階段、段差だけではなく、冬に道路が凍結してしまい、滑りやすくなっているところだ。
集めるとなると、担当者は冬の間、北海道、東北各地へある程度の期間、暮らしてみなければならない。そして季節だけではない。災害が起こると通れなくなる道が出てくる。そういう場合は緊急にデータを集めて、知らせる機能を付加しなければならない。
道案内アプリの開発はいったん、取りかかったらやめられない仕事だ。この仕事には終わりがない。

これがあれば外に出たくなかった人たちが安心して出られるようになる。
チームの一員である寺中は「私も実際にデータを収集していて気が付いたことがあります」と言った。
「障がい者の方は出かける前にみなさん、すごく詳しく調べるんです。私たちだって乗換案内のアプリを使っていて、駅へ行ってみたら、書いてあるよりもホームとホームの間の距離が長くて乗り換えができなかったなんてことがあります。
障がい者のみなさんはもっと丁寧に調べます。乗り換えルートにはエレベーターはあるのか、駅のトイレは車いす対応になっているのか、駅から出てイベント会場までは平坦なルートなのか…。地図やスマホの現場写真を駆使して、すべてチェックしてから初めて出かけていく。もっと言えば、予行演習して出かける人もいます。現場の写真を見れば坂の傾斜もある程度、わかりますからね。
ただ、そこまでやるのってものすごく手間がかかる。そこまでやって、行けないとわかったら、自信をなくして外に出ること自体をあきらめてしまったり…。
個人個人の障がいの程度が違ってますから、『ここはバリアフリールートです』と書いてあっても、自分にとっては通れなかったみたいなこともあるんです。ひとつのルートだけが提示されていても実際には使えません。それで外出に対してトラウマみたいになっている方もいらっしゃいます。
私はなるべく多くの行けるルートを載せたマップにしたいです。見ているだけで外出するのが楽しくなるようなマップにしたいんです。あれもダメだ、これもダメだではなく、安心して出かけてもらう、積極的に外に出てもらうためのアプリにしたい」
寺中の話を聞いていると、やはりこの仕事はビジネスの効率を求めているのではなく、限りなく社会貢献に近いと感じる。

さて、多磨駅のデータ収集をやっていた時のことだ。メンバーのなかのひとりが「あ、サーバーが重くなった」と呟いた。データはクラウド上に保存してあり、そこへ送る。手元のスマホに保存してあるだけでは活用できないので、サーバーに保存して簡単に素早く取り出せることが重要だ。
そうすると、MaPiece(R)が機能するためには全国の道路のデータ、季節のデータが充実するだけでなく、スマホを持って歩いている人が困らないような低消費、高速、高品質、低遅延の通信サービスが必要になる。オールフォトニクスネットワークを完成しなければMaPiece(R)もまた完成にはならない。
野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。
参考情報
・MaPieceは、日本電信電話株式会社の登録商標です。
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