光ネットワーク技術を駆使した効率的な情報整備《NTT~バリアフリー道案内:前編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(20)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第20回は、日本電信電話株式会社(以後NTT)からバリアフリー道案内技術を紹介します。未来のための情報通信基盤を作るべく、オール・フォトニクス・ネットワーク(APN)に注目し、低消費電力、大容量、高品質、低遅延のネットワーク実現に向けて取り組んでいるNTT。今回は、光ネットワーク技術を駆使した効率的なバリアフリー情報の整備に動いたNTTが、バリアフリー情報をなるべく簡単に収集するバリアフリー向け道案内技術に取り組む背景をご紹介いたします。

低消費、大容量、高品質、低遅延に加えて、誰もが使えること。

 NTTが進めている未来のための情報通信基盤を作る構想がIOWN(R)(Innovative Optical and Wireless Network)だ。
 実現の目標は2030年。
 その頃になれば自動車の自動運転、空飛ぶ車の実用化も始まり、スマホの機能は一段と進化して社会の形は大きく変わっているだろう。ワクチンだけでなく特効薬も開発されているだろうから、さすがの新型コロナも猛威を振るっているとは考えにくい。

 そんなIOWN(R)構想の中核がオール・フォトニクス・ネットワーク(APN)だ。
 日本は世界のなかでも光ファイバーネットワークの整備が進んでいる。そのネットワークをもとに、光ファイバー自体の通信性能を高める。また中継器の技術もなお進化させる。さらに5G、6Gの無線技術を研ぎ澄ましていく。


ふたつの課題

 しかし、構想の実現までにはふたつの課題を克服する必要がある。
 ひとつはインターネットの限界だ。この30年の間にデータの流通量は急激に増えてきた。日本国内のインターネット内の1秒あたりの通信量は2006年から20年間で190倍になるという推計がある。世界全体のデータ量についても2018年から5.3倍になるともされている。
 通信量、データ量がこのまま増えていくとネットワークは複雑になる。輻輳による遅延の増加が出てくる。インターネットの機能が低下してしまうこともありうる。

 もうひとつの課題が消費する電力量の増大だ。
 インターネットに接続するデバイスはPCとスマホだけではない。自動車ではすでにコネクティッドサービスが始まっている。家庭電化製品でもIoTが進展しているからインターネットに接続するものが続々、登場している。そうして、またネットワークの負荷を高めている。加えて情報通信システムの構築やクラウドサービスには必須のデータセンターが大量に電力を消費している。
 電力消費が増えていけば発電量を増やす必要が出てくる。発電に化石燃料を使わざるを得ないとなれば、世界が目標とする脱炭素社会の実現は程遠くなる。

 あちらを立てればこちらが立たない。消費電力量を増やすには発電を増やすしかない。発電して通信量の増加に対応したとしても、今度は脱炭素社会からは遠く離れてしまう…。
 このように、世界には多くの問題があり、問題をすべて解決するのは簡単ではない。

 そのうち、情報通信、生活分野の問題解決ともなりうるのがIOWN(R)構想にも入っている低消費電力、大容量・高品質、低遅延のネットワークを実現することだ。前記のAPNでユーザーの手元までは光技術を使ったネットワークが届きつつある。
 問題はスマホ、家庭電化製品や自動車、ユーザーが持つデバイスの集積回路だ。光技術を導入すること。これが実用化されなくてはAPNは完成しない。

 しかし、それにもやっと目途がついた。2019年、納富(雅也)が率いるチームがイギリスの科学誌『Nature Photonics』に「世界最小の消費エネルギーで動く光トランジスタの開発について」論文を発表した。光トランジスタの実用技術は開発段階に来ていることを斯界に伝えたのである。

 電気で動く現在のトランジスタは電気信号を増幅しスイッチングすることで演算素子や記憶素子を構成し、情報処理の中核的な役割を果たす部品だ。トランジスタの数が増加すれば性能は向上する。さらに、トランジスタを小さくすれば製造コストも抑えられる。そうして集積回路はますます小さく性能も向上してきた。しかし、電気で動くトランジスタの大きさはすでにnm(ナノメートル、1nmは髪の毛の太さの約10万分の1)となっていて、これ以上、小さくするのは難しくなっている。

 そこで光トランジスタが注目されている。
 光トランジスタは電気で動くトランジスタに比べて消費電力を94パーセントも低下させることができる。2030年までに光トランジスタが実用化され、普及すれば人々の生活は次のように大きく変わる。


(低消費電力)
 現在の百分の1の低消費電力で各種情報通信サービスが提供できる。
(大容量・高品質)
 瞬きの間(0.3秒)に2時間の映画を1万本ダウンロードできる。ちなみに、5Gでは1本の映画をダウンロードするのに3秒だ。
(低遅延)
 低遅延とは画像や音声がリアルタイムよりも遅れて届く現象がほぼなくなることを言う。インターネットテレビの画像が衛星放送、デジタルテレビと同じようにリアルタイムで伝送されてくる。


 光トランジスタがさまざまなデバイスに採用されれば自動車のコネクティッドサービス、MaaSといったサービスがぐんと進化する。
 APNが実現すればスマホの充電は1年に一度くらいでよくなるだろうし、電動車(HV,PHV,EV)は今よりも小容量の電池で走るようになるだろう。むろん、家庭での消費電力も激減するから全体の発電量を抑制できる。


NTTが開発した光トランジスタ (提供:NTT)
NTTが開発した光トランジスタ (提供:NTT)


光技術を応用する技術のひとつ―MaPiece(R)

 NTTは光技術の実用化で大きく前進する技術サービスを開発している。生体信号を計測するウエアhitoe(R)もそのひとつだし、超高臨場感通信Kirari!(R)もそうだ。宇宙通信、AI音声認識もそうだ。
 そのなかで、今回から3回にわたって取り上げるのがバリアフリー向け道案内技術のMaPiece(R)である。


バリアフリーを進める。

 NTTグループにはNTTクラルティという会社がある。「クラルティ(CLARUTY)」は、「clarte=光輝く(仏)」と「universal=全員の(英)」と「ability=才能(英)」を組み合わせた造語であり、「個々人の持ち合わせている才能が宝石のように多彩に輝く」という願いを込めている。

 同社の業務内容は「NTTグループの障がい者雇用支援、障がい当事者による障がい者に役立つポータルサイトの運営やWebアクセシビリティ診断、手漉き紙製品の製作・販売、NTTグループからの受託業務等」である。従業員数は452名(うち障がい者340名/重度障がい比率47.7% [2020年6月1日現在])
 また、障がい者の内訳は次のとおりとなっている。
 肢体不自由109名、視覚障がい26名、聴覚障がい7名、内部障がい40名、知的障がい54名、精神障がい104名。


NTTクラリティでは車いす利用者の社員も数多くいる (提供:NTT)
NTTクラリティでは車いす利用者の社員も数多くいる (提供:NTT)


 バリアフリー道案内技術MaPiece(R)が企画されたのも、NTTクラルティというユニークなグループ会社があるからだろう。事実、MaPiece(R)の開発、実用化については同社で働く障がい者が重要な役目を負っている。

 バリアとは例えば車いす利用者、ベビーカーを押す人、杖を持つような肢体不自由者が移動する時に邪魔になる段差や階段、傾斜のある道といったものだ。そして、バリアフリー通行情報とは障害がなくスムーズに行けるルートである。
 これまでにもバリアフリー通行情報は公的な機関やNPOなどが作成している。筆頭は 国交省だ。2011年に「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様案」を策定し、それに基づいて、大手の測量会社にデータ整備を依頼している。

 しかし、測量会社が人手をかけて道路をチェックするわけだから、当然、コストがかかる。広範囲にやるには大きな予算を獲得しなければならない。ところが、財務省は道路整備それ自体にはお金を出すけれど、バリアフリーについてのデータ集めは後回しとなってしまうのだろう。要するに、道路の整備は進む一方で、バリアフリー情報を集めるのはなかなか進まなかったと言える。

 また、公的な機関以外では各自治体やNPOが作成している。しかし、こちらは国よりもなお予算が少ないから測量会社などには頼むことができず、それぞれができる範囲でデータを整備することになってしまう。自治体やNPOは連携しているわけではないから作成基準はバラバラで、しかも、その土地の公的施設の周辺だけの通行情報に偏ってしまっていた。

 そうしたバリアフリー情報をなるべく簡単に収集する技術がMaPieceであり、同技術のデータ収集には一般の人からでもすぐに協力を得られるようなくふうがある。
 MaPieceを開発したのはNTTサービスエボリューション研究所だ。同研究所は東京2020大会の招致が決まった後の2015年から、ネットワーク技術を駆使した効率的なバリアフリー情報の整備に動いたのである。


《中編に続く》

野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。




参考情報
・IOWNは、日本電信電話株式会社の登録商標です。
・hitoeは、日本電信電話株式会社と東レ株式会社の登録商標です。
・Kirari!は、日本電信電話株式会社の登録商標です。
・MaPieceは、日本電信電話株式会社の登録商標です。

▽連載『Tokyoオリンピック2020と技術レガシー』シリーズ一覧
    1. NTT「光の最新実用技術」前編 / 後編
    2. NTT「光ファイバー」前編 / 後編
    3. NEC「顔認証」前編 / 後編
    4. エアウィーヴ「機能性寝具」前編 / 後編
    5. セコム「警備システム」前編 / 後編
    6. ブリヂストン「バリアレス縁石」前編 / 後編
    7. AOKI「公式ユニフォーム」前編 / 後編
    8. ASICS「オフィシャルスポーツウェア」前編 / 中編 / 後編
    9. 「ハーフタイムミュージック」前編 / 後編
    10. NTT「バリアフリー道案内」前編 / 中編 / 後編
    11. NTT「超高臨場感通信」前編 / 中編 / 後編
    12. 東京大会の技術レガシー 最終回
▽【対談企画】新連載に向けて

 

 

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