スポーツプレゼンテーションの進化《ハーフタイムミュージック:前編》Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(18)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第18回は、ハーフタイムミュージックを紹介します。プロスポーツの試合の合間にあるハーフタイムショー。元々トイレ休憩や飲み物などをお替りして後半の試合に備える時間でしたが、1993年NFLのスーパーボウルでマイケル・ジャクソンのハーフタイム出演以来、舞台美術、音響、照明などが組み合わさり、スーパースターが出演して観客を楽しませるスポーツプレゼンテーションの一部になったといいます。今回は、1964年東京大会のハーフタイムショーから克服した技術的課題やハーフタイムショーの歴史について野地氏が迫ります。

静岡の戦いで

 2019年9月28日、ラグビーワールドカップ日本大会の予選リーグは静岡県袋井市にある小笠山総合運動公園エコパスタジアムで行われた。同スタジアムの収容人数は5万人。試合は1次リーグA組の対戦。初の決勝トーナメント進出を目指す日本(世界9位)は到底かなわないと思われていた優勝候補のアイルランド(同2位)に立ち向かったのである。

 試合が始まってすぐにアイルランドは日本チームに襲いかかった。前半13分にはアイルランドがトライ。その後、日本はスタンドオフの田村優がペナルティゴールで3点を返す。しかし、アイルランドは前半20分に再びトライし、スタンドオフのジャック・カーティがコンバージョンキックも決めて、12-3とリードした。

 点差から見れば日本は劣勢だ。しかし、試合内容は絶望的ではなかった。わたし自身、テレビで試合を見ていた(平均視聴率22.4パーセント)が、日本選手たちの顔に焦りの表情はなく、不敵な笑みすら浮かべていた。事実、その後、日本は2本のペナルティキックを成功させ、前半終了時には6点差に詰め寄ったのである。

「スタジアムで観戦していて、負ける気がしなかった」
 と、当時を振り返る音楽評論家。彼の専門ジャンルはプログレッシヴ・ロックだけれど、スポーツについても精通している。

「あの日、日本は19対12で勝って、それで決勝リーグへ行けることになりました。ラグビーの本場、特に欧州では試合前後、皆がビールをがんがん飲むと聞いていたし、周りの観衆もみんな飲んでいたから、僕も始まる前からできあがっていました。ただ、一緒に行った友人の話では、僕はカラオケタイムで、『カントリーロード』をがなり立てていたらしい…」

 ラグビーは前後半が40分ずつの試合時間で、間に10分間のハーフタイムがある。ワールドカップ日本大会の競技会場ではハーフタイムにカラオケが流れるのが定番となっていた。それをカラオケタイムと呼ぶ。

 カラオケタイムが始まると、大画面に歌詞が映り、曲が流れる。歌詞を追いながらみんなが一緒にうたう。選ばれる曲はいずれも明るい曲調のポップミュージックである。ただし、歌詞は英語だから、観衆はすべてをうたうわけではない。曲名となっている歌詞のサビ部分、あるいはコーラスの部分だけを大声でシャウトする。

 彼は「ビールのことしか覚えていなくてすみません」と、わたしに頭を下げた後、「そういえば、カラオケタイムはいつ頃から始まったのですか? スポーツ界のレガシーですよ、間違いなく。オリンピックでもサッカーみたいなハーフタイムのあるスポーツでは必ずカラオケタイムをやるようになるんじゃないですか。だって、カラオケは日本の発明ですからね。カラオケタイムだって日本発のレガシーですよ」

音響設備とシステムの改善

 彼は「僕が覚えている限りですけれど」と付け加えた。
「カラオケタイムの時の音響はよかったです。Youtubeに残っている映像を見ても、競技場のなかで音が遅れたり、音響が悪かったということはありません」
 さすが音楽評論家である。酔っぱらっていても、音質をチェックしていたのである。

 オリンピック・パラリンピックを見据えて建設した新国立競技場にはパナソニックが大型映像・音響設備をはじめとした設備を納入している。照明はフィールドを照らすだけでなくファンサービス用の演出にも活用できるものであり、国内のスタジアムでは最多の約600枚のデジタルサイネージシステムもある。ラインアレイスピーカー(競技用音響)は8連式×24基、4連式×14基の全38基だ。

 音響の特徴は次のとおりである。
 1. 広い空間で近距離から遠距離までクリアな拡声を実現
 2. 高分解能のシミュレーションソフトとの連携で理想的な音場づくりが可能
 3. 施工性と安全性を両立した(音響設備の)金具構造

 要は新国立競技場で行われるイベントではどの席に座っていても、観客は遅延のないクリアな音を楽しむことができる。それは音響機材だけが進歩したのではない。機材、設備とともにシステムが発達したからだ。
 カラオケタイムが生まれたひとつの要因は間違いなくスタジアムの音響設備が改善し、整備されたことだ。

 なんといっても、かつての東京オリンピックの際は音の遅延がないようにすることは人が自分の手でコツコツやらなくてはならなかった。
 1964年の東京オリンピック開会式で昭和天皇、皇后陛下が入場する時の音楽を作曲した黛敏郎は「音の補正が大変だった」とわたしに語っている。

「音は1秒間に333メートルしか進みません。ところが国立競技場(旧)はその倍以上も広いのです。8方向から電子音楽の曲をステレオ再生したのだけれど、端と端に置いたスピーカーの音は2秒近くズレるわけです。コンピュータのない時代だから、自分で計算して、補正し、それぞれのスピーカーから音をずらして再生しなくてはならなかった。そのために国立競技場で何度もリハーサルして練習しました」

 ただ、そうやって一生懸命、計算しても、座る場所によっては音がズレるのがはっきりとわかったとも黛は語っていた。


もうひとつの要因 スポーツプレゼンテーション

 カラオケタイムがいつ発祥したかだが、実ははっきりしない。カラオケ関連のサービスと専用装置ができたのは1971年というのが通説だが、競技会場の大画面に「Karaoke Time」と文字が浮かび上がって、会場映像と歌詞が流れるようになったのは近年としか言いようがない。

 そして、カラオケタイムはスポーツプレゼンテーションの一部として始まった演出だ。
 スポーツプレゼンテーションとはスポーツイベントで音響、映像、照明を使った演出をし、観客を楽しませることを言う。

 アメリカでは、アメリカン・フットボール、バスケット、カーレースのNASCARなど、ハーフタイムがあるプロスポーツではかなり以前からハーフタイムになると、催しが行われていた。
 会場に音楽を流す。地元出身の歌手が歌う。チアリーダーとチームがダンスをする。マーチングバンドが演奏するといったものだった。

 それが大掛かりになり、舞台美術、音響、照明などが組み合わさり、スーパースターが出演するようになった時から本格的なスポーツプレゼンテーションが誕生した。斯界では1993年に行われたNFLのスーパーボウルが大きな一歩とされている。それはマイケル・ジャクソンの登場だった。アメリカン・フットボールのハーフタイムとは第2クォーターと第3クォーターの間の20分間である。マイケル・ジャクソンはその時、通常のライブと同規模の演出でショーを行い、満員の観衆とテレビの視聴者を熱狂させた。

 それまでプロスポーツのハーフタイムは観客もテレビの視聴者もトイレに行ったり、ビールやポテトチップスをお替りして、後半の試合に備える時間だった。実際、マイケル・ジャクソン登場以前のスーパーボウル中継ではハーフタイムになると視聴率は落ちた。主催者はそれを挽回するためにマイケル・ジャクソンに出演を依頼したのだが、この時は前半の試合を見た視聴者よりも、ハーフタイムにマイケル・ジャクソンを見た人の方が多かった。

 以後、スーパーボウルのそれにはレディー・ガガ、マドンナ、ブルース・スプリングスティーン、ポール・マッカートニー、ローリングストーンズ、ザ・フー、U2とスーパースターが登場している。スポーツの添え物ではなく、スーパーボウルのハーフタイムショーはその年の「スーパーショー」となったのである。

2021年のスーパーボウルハーフタイムショー。Super Bowl LV Halftime Show - Tampa Bay Buccaneers v Kansas City Chiefs ©REUTERS / EVE EDELHEIT - stock.adobe.com
2021年のスーパーボウルハーフタイムショー。Super Bowl LV Halftime Show - Tampa Bay Buccaneers v Kansas City Chiefs ©REUTERS / EVE EDELHEIT - stock.adobe.com


 以後、スポーツプレゼンテーションは進化し、洗練されていく。オリンピック・パラリンピックの開会式にもスーパースターが登場し、ショーアップされていった。2000年に開かれたシドニー大会からはその傾向が定着し、東京オリンピック・パラリンピック2020大会57.2億円の予算をかけることが決まっている。

「競技会場内で円滑な競技進行を推進し、会場内の一体感を醸成することで、選手のベストパフォーマンスを引き出す環境を提供する」(2019年6月7日作成、東京都の資料より)
 重要なのは次の点だ。
「アナウンサー・音響・映像・演出照明等の専門スタッフの確保が、急務である。
  特にアナウンサーは、そもそも日本に競技のアナウンス経験者が少なく、 テストイベントを活用しながら、早い段階から人員確保を行い、IFが納得する競技知識レベルまで教育する必要がある」

 日本にはNHK、民放各局にスポーツアナウンサーはいるけれど、競技会場で場内アナウンスをする専門アナウンサーが充実しているのは野球、サッカーくらいのものだ。それ以外の競技については新たに採用して、教育しなくてはならないのである。
 海外で行われるオリンピック・パラリンピックであれば中継を担当するアナウンサーがいればいい。しかし、日本で行う場合は各競技会場にそのスポーツに詳しいアナウンサーが必要だ。

 自転車競技の場合、BMXフリースタイル、BMXレーシング、トラック、マウンテンバイク、ロードと競技は5種類に分かれている。5種について知識を持ち、ルールを知っているアナウンサーがいなければ観客は楽しむことができない。組織委員会は人を採用し、テスト大会を通して熟練の域に達するような教育を施さなくてはならないのである。

 組織委員会の人々は大会の延期、コロナ禍、会長の交代などで追及されたり、攻撃されているけれど、彼らはやることはちゃんとやっている。疲弊しながら、膨大な仕事に立ち向かい、じりじりと前へ進んでいる。誰かが評価しなければならないのである。


《後編へ続く》

野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。


▽連載『Tokyoオリンピック2020と技術レガシー』シリーズ一覧
    1. NTT「光の最新実用技術」前編 / 後編
    2. NTT「光ファイバー」前編 / 後編
    3. NEC「顔認証」前編 / 後編
    4. エアウィーヴ「機能性寝具」前編 / 後編
    5. セコム「警備システム」前編 / 後編
    6. ブリヂストン「バリアレス縁石」前編 / 後編
    7. AOKI「公式ユニフォーム」前編 / 後編
    8. ASICS「オフィシャルスポーツウェア」前編 / 中編 / 後編
    9. 「ハーフタイムミュージック」前編 / 後編
    10. NTT「バリアフリー道案内」前編 / 中編 / 後編
    11. NTT「超高臨場感通信」前編 / 中編 / 後編
    12. 東京大会の技術レガシー 最終回
▽【対談企画】新連載に向けて

 

 

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