聖火の後ろを走った男《アシックス~オフィシャルスポーツウエア:後編》Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(17)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第17回は、引き続きアシックスからオリンピック/パラリンピックのオフィシャルスポーツウエアを紹介します。同社はスポーツウエアについて通気性を担保しながら保温力を高めるなど「矛盾をひとつひとつ解決していくのがスポーツ用品の基本的なモノ作りの考え方」だといいます。今回は、ポディウムジャケット開発ストーリーに加え、1964年当時中学バスケット部員として聖火ランナーの随走者だった同社尾山代表取締役会長CEOに創業者から引き継がれているスポーツ製品開発の考え方を伺いました。

ポディウムジャケットを着る

「今回の大会のためにいちばん苦労したし、着てもらいたいのはポディウムジャケットです」
 そこまで言うので、レプリカを着てみた。

 まず、見た目から言うと、上着には通気性をよくするためのメッシュがいくつも空いている。しかも、メッシュの分布が一様ではない。
 それは「アシックススポーツ工学研究所で立証されたボディサーモマッピングに基づき、体温が上昇する場所を特定し、温度を下げるための効果的な構造」のようだ。つまり、メッシュの位置は汗をかく量が多くなる箇所にある。クーリングスポットを研究し、メッシュをその位置に重点的に配置したわけだ。

 面白いのはメッシュの位置を確認することだろう。「へえ、人間はこんなところに大量に汗をかくんだ」ということがわかる。
 羽織ってみると、とにかく軽い。しかも、早く乾くし、水をはじくという。いずれも新合繊の特徴である。メッシュの位置と数で通気性を向上させ、新合繊の特質をさらにグレードアップしたわけだ。



汗をかく位置にメッシュが入っている
汗をかく位置にメッシュが入っている


 わたしはポディウムジャケットを着た途端、中学生の頃、真夏に木綿の丸首シャツと白いトレパンで校庭をぐるぐる走ったり、うさぎ跳びをしたりして、全身が汗だくになったことを思い出した。あの頃のスポーツウエアと現在のそれはまったく別の種類の衣料だ。
 現在のアスリートたちは競技中に衣服から感じる不快さやストレスは激減している。不快さが減少したことは記録の向上にも結び付いていると思われる。

 話はポディウムジャケットの特徴に戻る。一部のパラリンピック選手にとって動作が楽になるのが新感覚のファスナーだ。


新開発のファスナー
新開発のファスナー


 ファスナー(スライドファスナー 滑り式留金具)をはめるのは通常、両手で行う。ところが、アシックスのポディウムジャケットについているファスナーは片手でもはめられるし、外すことができる。また、摩擦を低減してあるため着脱がスムーズだ。量産品に採用されたのは世界で初めてだという。手に障がいがある選手でも脱いだり着たりが楽に行えるという配慮で、これもまた選手に対する尊敬と愛情だろう。ポディウムジャケットの価格は5万円弱である。

「結構な値段ですね」と伝えたら、松下は「いや高くはありません、リーズナブルです」と答えた。
「非常に限られた数を作っているからですし、また、量産するとはいっても何万枚という生産ロットで作っているわけでもないんです。そして、この価格は過去の大会のウエアとほぼ同じです」

 市販されるポディウムジャケットのレプリカについてだが、過去の大会でも、主に買っていくのはインバウンドの観光客だという。海外からやってきた観光客の需要が非常に高く、彼らはこれを買って、高揚した気分で自国の選手を応援する。そうしてみると、スポーツウエアには機能だけでなく、気分を高揚させ、スポーツに没入させる役割もある。選手たちはそうした応援を受けて発奮する。記録を向上させる。ウエアがスポーツや運動に占める位置は私たちが考えるよりもはるかに広く深い。

 松下たちの配慮はシューズにも表れている。シューズにもさまざまなくふうがあるのだが、ふと見るとベルトではなく、紐で結ぶ方式になっている。ジャケットのファスナーのように片手で扱えるものにはなっていない。手に障がいのあるパラリンピック選手のことは考慮しなかったのか?

「いえ、ちゃんと考えたのです」と松下は首を振った。
「選手にヒアリングをしました。『ワンタッチで履けるベルトにしたらいかがですか?』 。
すると、『ベルトで着脱する靴はカッコ悪いから嫌です』と言われました。パラリンピックの選手は専用の道具を作っても、それがカッコ悪いものだったら、一切受け付けないんです。そして、思えば、彼らは普段から靴の紐を結ぶ場合はくふうしているんです。そうした選手たちに不格好な道具を渡しても使ってくれませんし、かえって選手のモチベーションやテンションを下げてしまう。私たちはつねに使う人の意思を尊重しないといけないんですよ」


進化したもの

 松下は別れ際にこう言った。
「ほんとにスポーツウエアの進化は一般の衣料を超えています」と訴える。
「進化は他のアパレルより間違いなく早いです。絶えず、新しい機能を探して、それを付け加えていかないと競争に勝てませんから。西さんが作ったジャージが原点です。当時、伸びる繊維は画期的だった。そこに今度は通気性が出てきた。吸汗、速乾、接触冷感、蓄熱、つまり保温力、加えて透湿性。スポーツウエアには非常に矛盾する性質をすべて入れていかなくてはいけない。

 通気性を担保しながら保温力を高めるのは基本的には矛盾する話です。ビニールの通気性のない表面素材のなかが中綿入りのジャケットだと思ってください。ちょっと走っただけで、体は汗でびちょびちょになります。それは通気性がないから起こる。僕らは中綿を入れながら通気性を担保するにはどうすればいいかを考える。だからといってビニールでなくただの布にしたら、今度は雨が降ったら濡れてしまう。では、どんな素材を使おうか、メッシュの配置はどうしようかと考える。

 靴でも同じです。テニスシューズの場合、ジョコビッチのように非常に踏み込みが強い選手に対して、ソールをデザインするとします。踏み込みを受け止めるだけではなく、最後に靴をちょっとすべらせるというデザインが必要です。ほんのちょっと滑らせないと、足を痛めてしまう。矛盾をひとつひとつ解決していくのがスポーツ用品の基本的なモノ作りの考え方なんです。特に当社の場合は、ひとりひとりの選手にあわせて物を作っていく。ひとりひとりの意見を聞いて改良をしていきます。今度の大会に合わせた製品は夏のスポーツに対しては100%快適であるように作りました」

 フリースやヒート性のアンダーウエアが登場してから、一般の衣料も機能性を追求することが当然のようになってきた。軌を一にして、「今年の流行は何々」といった外形デザインの流行という勢いが失われてきた。一般の人でも「流行りの服」ではなく、ストレスの少ない楽な服装をするようになった。
 楽な服とは、つまり伸縮性に富み、軽く、吸汗、冷涼感があり、しかも保温性のある服のことだ。つまり、それはスポーツウエアである。スポーツウエアが現在のファッションの主流となった。

 そして、アスリート用スポーツウエアと一般のカジュアルウエアの違いと言えば、前者はひとりひとりの選手を見つめたオーダーメードになっていることだろう。代表選手が着るウエア、シューズは極め付きのサービスからできあがっている。

 オリンピック、パラリンピックは4年に一度、開かれる。アスリートはそれに向かって練習を積み、試合に出てパフォーマンスを上げていく。スポーツウエアのメーカー、公式服装のメーカーもまた4年に1度の舞台で開発の成果を発表するために研究を重ねている。


聖火の後ろを走った男

「私は1964年の東京オリンピックで、聖火ランナーの後ろを走ったんです」
 そう言うのは尾山基。同社の代表取締役会長CEOだ。
 彼が生まれたのは石川県白山市美川町である。金沢と小松の間にあり、日本海にそそぐ手取川沿いの美しい町だ。

 美川中学1年生でバスケット部に所属していた彼は練習で毎日のように長距離走をしていたこともあって足が速かった。そこで、聖火ランナーの後ろを走る随走者に選ばれたのである。随走者は20名ほどで中学生、高校生が主体だった。ユニフォームは聖火ランナーと同じものをプレゼントされ、彼はそれを着て1キロほど走った。聖火ランナーは石川県出身の競歩の選手だ。中学生だった彼は全力で付いていった。

「上着は日の丸が付いたニットのシャツで下は白い短パンだった。聖火の後ろを走っていると、たなびく白い煙が顔に当たっては後ろに流れていった。ところが不思議。煙でせき込むこともなかったし、きな臭いこともなかった。僕がいちばん覚えているのは聖火の白い煙なんだ」

 当時の聖火トーチ燃料は火薬メーカーが製造している。赤リン、二酸化マンガン、マグネシウムなどの薬剤が詰めてあったため、白い煙が上がった。だが、今大会のそれはLPガス(液化石油ガス)だ。環境への配慮で、煙が出ないタイプになっている。


アシックス株式会社 代表取締役会長CEO尾山 基(おやま・もとい)氏。 
1951年生まれ。1974年日商岩井株式会社(現 双日株式会社)入社。1982年株式会社アシックス入社、アシックスヨーロッパB.V.代表取締役社長などを経て、2008年アシックス株式会社代表取締役社長就任。2018年同社代表取締役会長CEO就任。現在に至る。
アシックス株式会社 代表取締役会長CEO尾山 基(おやま・もとい)氏。 
1951年生まれ。1974年日商岩井株式会社(現 双日株式会社)入社。1982年株式会社アシックス入社、アシックスヨーロッパB.V.代表取締役社長などを経て、2008年アシックス株式会社代表取締役社長就任。2018年同社代表取締役会長CEO就任。現在に至る。



 随走者として、また、スポーツ総合用品メーカーの代表としても長くオリンピックパラリンピックに関わった尾山は鬼塚喜八郎の娘婿でもある。アシックスが創業以来、大切にしてきたものを創業者を通してずっと見てきた。

「創業者はサービスの達人だと思います。もの作りの職人というより、つねにお客さまを見ていた人です。靴を履く人、ウエアを着る人を見て製品を企画、開発していたんです。
 展示会を開くと、メーカーというものはついつい目の前にいるバイヤーや店舗の従業員の好みだけを頭において、製品を作ろうとしてしまうことがある。
 しかし、創業者はそうではなかった。バイヤーや店舗の先にいるお客さまを見ていました。うちの製品はそうやって作っています。

 今でも忘れません。海外の店でも日本の店でも、店を見に行く時、すぐに入っていかないんです。必ず店舗の前で10分間は立っている。どういう人が買いに来るのか、どういう人がどういう靴を履いていて、店では何を買うのか。僕も同じです。うちの店へ行っても、すぐに入っていくことができません。やっぱり、10分はお客さまを見てしまいます」
 そう言って、彼は笑った。

 オリンピックパラリンピックは競技種目が増えるにつれて、ウエアやシューズ、グッズの種類がどんどん増えていく。アシックスの開発陣は創業者以来のやり方で、スポーツの現場を訪ね、選手の話を聞き、それに合わせて製品開発をしている。

 スポーツウエア、グッズは一般の服よりもなお、使う人間に寄り添い、かつ探求心がなければ改良はできない。尾山、松下たちは朝から晩まで、一心に選手のことを考えている。それはもう愛とでも呼ぶしかない感情が芽生えているからではないか。


野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。


▽連載『Tokyoオリンピック2020と技術レガシー』シリーズ一覧
    1. NTT「光の最新実用技術」前編 / 後編
    2. NTT「光ファイバー」前編 / 後編
    3. NEC「顔認証」前編 / 後編
    4. エアウィーヴ「機能性寝具」前編 / 後編
    5. セコム「警備システム」前編 / 後編
    6. ブリヂストン「バリアレス縁石」前編/ 後編
    7. AOKI「公式ユニフォーム」前編/ 後編
    8. ASICS「オフィシャルスポーツウェア」前編 / 中編/ 後編
▽【対談企画】新連載に向けて

 

 

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