夢は終わらない《AOKI~公式ユニフォーム:後編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(14)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第14回は、引き続きAOKIのオリンピック/パラリンピックの公式ユニフォームを紹介します。通気性、伸縮性を重視したポリエステル製の編み地使用や縁起の良さを取り入れたジャケットデザイン、そして標準の体形ではない選手一人一人に合わせた採寸の精度など、ユニフォームに込めた「日本の本物のサービス」について伺いました。創業者が1964年東京大会で抱いた無邪気な夢がどんな思いで技術レガシーとして実現されたか野地氏が迫ります。

開会式用と式典用

 東京2020大会の公式服装には2種類がある。開会式用と式典用だ。式典用とは結団式などの式典に着用する。
 開会式用は男女とも白のジャケット赤のパンツで、女子はパンツの他、キュロットのタイプもある。いずれもポリエステル100パーセントだ。

 式典用は紺のジャケットに白いパンツを合わせる。これも女子はキュロットタイプも用意されている。式典用ジャケットはポリエステルではなく、麻100パーセントだ。式典用は屋内での着用を想定しているので、麻になった。だが、麻は伸縮性に欠ける。そこで、本田は麻を編み、ニット地に仕立てるというくふうをした。


金ボタンが光る式典用公式服装
金ボタンが光る式典用公式服装


 開会式用の白いジャケットには「縁起の良さを入れる」ことにした。工字繋ぎと呼ばれる紋様で、「工」という漢字が続く地紋になっている。工字繋ぎは芯を貫く意志の強さを表現したもので、着物の地紋によく使われるものだ。また、ネクタイ、スカーフには七宝柄、うろこ柄を用いた。和風の粋な紋様で、これもまた縁起の良さに通ずる。

 シャツは通気性、伸縮性を重視したポリエステル製の編み地である。
 加えて、本田が費用をものともせずにこだわったのが式典用ジャケットに付ける金ボタンだ。

「アスリートはみなさん、ゴールドにこだわりがあります。ですからジャケットには金ボタンと決めました。
 それに、選手の方々はオリンピックのユニフォームをとても大切にされています。かつての1964年大会のユニフォームを保管されている代表の方々も大勢いらっしゃるくらいですからね。ボタンの金メッキは50年経っても色褪せないようなタイプにしたんです。

 洋服は仕上げの段階で検針機という機械を通します。万が一、針が洋服に残っていたら大変なことになります。それで金属探知機みたいな検針機を通すのですが、検針機を通すためのメッキ加工は表面が剥げやすい。ですから、ボタンだけは別に検査をして、服だけを検針機を通すことにしました」

 本田としてはやるべきことはすべてやったのである。新合繊という技術レガシーになりうる素材を使い、デザインには縁起の良さを取り入れ、耐久性のある金メッキをボタンに施した。
 そして、審判団のユニフォームもまた同じようにポリエステル素材を用いて、冷涼感のあるものに仕立てた。


縁起の良さにこだわった開会式用公式服装
縁起の良さにこだわった開会式用公式服装


 審判団のユニフォームには2種類ある。ジャケットとパンツはAOKI、ポロシャツとパンツというカジュアルな審判ユニフォームは同じく公式スポンサーのアシックスが担当することになった。
 なお、両社の審判用ユニフォームはどちらもウォッシャブルで速乾性もある。
 真夏の東京では選手よりも審判の方が屋外にいる時間が長い。汗だくになるのはわかりきったことだ。伸縮性、通気性もさることながら、毎日、洗濯機で洗うことも計算に入れないといけないのである。


採寸

 公式服装を作成するうえで、大切なのは採寸の精度である。AOKIには日頃からオーダースーツの採寸をしているエキスパートがいる。今回は全社員5,000名のなかから300名を選抜した。選抜された者たちは正確を期して、採寸する講習を受け、代表選手たちの採寸と製作に臨んだのである。なんといっても1,600人の採寸だ。しかも、代表選手は開会の直前まで決まらない。採寸に携わるスタッフは不眠不休を覚悟した。

 だが…。
 2020年3月、オリンピック・パラリンピックはコロナ禍で1年延期と決まる。
 採寸、製作ともあらためてやり直すことになったのである。東京2020公式ライセンス商品としてスーツも売り出しはしたが、いったん、白紙となった。
 なかには1年延期になっても代表のままでいる選手もいる。しかし、あくまで少数だ。大半の代表選手はやはり21年の春から初夏に決まる。結局、採寸、製作スタッフにとって負担は変わらないのだった。

 本田は「採寸とは測ることだけではありません」と言う。
「単に寸法を測るだけでしたら、ITやオンラインで測ってもいい。しかし、私たちは選手のみなさんと対話することで服を作りたいのです。コロナ禍で、ひとりひとりが孤立している今こそ対話しながら採寸したい。マスク、フェイスシールドをして測ります。対話から生まれてくるものがちゃんとあるんです。選手のみなさんが自信を持って着て、自らが輝ける雰囲気の服を作るのはお好みを直接聞くしかないからです」

 採寸スタッフがあくまで対面を望んだのは、やらずにはいられなかったからだ。
「やらずにはいられないからやる」
 サービスの本質とはそれだ。スタッフは採寸を通して、代表選手たちに自分たちの接客、自分たちのサービスを感じてほしかったのである。

 今回のオリンピックでレガシーと呼ぶものは自薦、他薦、いくつも出てくるだろう。だが、私は思う。レガシーとはサービスだ。それもただ笑顔がいいとか、「おもてなし」だといった単純なそれではない。

 やらずにはいられない気持ちから出てきたもので、しかも、とてつもなく手間がかかることが本当のサービスだ。理事の高橋がスポーツマーケティングを日本に根付かせたこと、オリンピックを東京に呼んできたのも、やらずにはいられなかったから、バカになって突っ込んでいったからだ。今回のオリンピックにおけるレガシーとは日本の本物のサービスだ。
 そして、AOKIの公式服装にはそれがちゃんとある。


採寸の取り組み

 作製が決まった時点では想像できなかったけれど、実際に選手のサイズを測ってみたら、大きな問題が出てきた。選手たちはいずれも標準の体形ではないのである。
 オリンピックの代表になるくらいだから選手の体は一般の人間よりも、必ずどこかの筋肉が発達している。柔道、レスリングのような格闘技、そしてパワーリフティングの選手は胸や肩の筋肉が発達しているし、腕も太い。

 サッカー、ホッケー、陸上短距離選手は太ももが発達している。マラソン選手はやせ形の標準体型に見えるけれど、実際に見ると、太もも、ふくらはぎは一般の人よりも太く、強靭だ。
 格闘技の選手のスーツを仕立てるとする。AOKIにある一般人の型紙を使おうとすれば上から下まで大きなサイズの寸胴デザインになってしまう。
 また、マラソン選手の服をやせ型の型紙で作ったら、上着はフィットしたとしても、パンツはまるっきり入らない。既製の型紙では対応できないのがアスリートのスーツだ。

 過去のオリンピックで開会式に入場してきた日本選手たちの服装を見ていると、奇抜だったり、どこかあか抜けないように感じることがあった。それはデザインの問題、デザイナーの技量と思っていたけれど、実はそれぞれの選手は体にフィットしない服を着ていた可能性もある。自分が気に入らない服を着ていると、だらけて見えることも少なくない。



採寸の極意

 本田はアスリートを採寸する時、気を付けるポイントを教えてくれた。
「通常、ジャケットは胸、肩周りが重要なので、そこをまず測ります。パンツは腰周り、太ももから合わせます。
 アスリートのみなさんのなかには腿がすごく太い方がいらっしゃる。太ももの寸法を測り、既製の型紙を利用すると、ウエストが96センチとか1メートルになってしまうんです。通常の体形の人ならば太ももが太いとウエストも大きくなるからです。結局、ウエストがぶかぶかで、膝下まで太いままのパンツになってしまうんですよ。すると、若い選手から必ずクレームが来ます。

『僕は太ももが太いのはわかってます。でも、裾の方まで太いとダボダボになって、カッコ悪くないですか?』

 通常体形の型紙は使えません。ひとりひとりの採寸をしたうえで、型紙もまたひとりひとり作らないといけない。お客様の声ですから、私たちサービス業はそこを見逃してはいけないんです。テニスの選手でしたら手が長いから、それもまた型紙を作るのです」

 ある女子の選手はそうやって作られた体にフィットしたジャケット、パンツに対しても、ダメ出しをしたという。
「もっとぴったりした服にしたい」

 採寸の難しさとはここにある。
 プロのフィッターが採寸して「これが適正です」と伝えても、着る人間が「ノー」と答えたら、それまでだ。オーダーの服とは本人が気に入ったサイズが「適正」であって、フィッターがいくら「このサイズです」と伝えても、本人は受け入れない。
 フィッターはつねに着る人の意見と感覚を尊重しなければならないのである。

 同社のフィッターのなかで、もっとも多くのサイズを測ってきた小野太郎は言う。
「私は店頭でパーソナルオーダーというサービスをずっとやってきました。スーツ一着の価格は2万9千円からですから、オーダーとしては相当、安いです。採寸してきて、大きめにしてくれというのは年配の男性だけです。あとはみんな、とにかくスマートなシルエットにしてくれ、と」

 こうして、AOKIのスタッフたちは着る本人が「これがぴったり」と納得するまで採寸し、それから製作に入ることになった。
 なお、審判団は5,500人もいる。ただ、彼らの場合は標準体型の型紙を利用できるから、ひとりひとりのサイズを測るわけではない。外国人審判も含めて通常の型紙で対応し、いくつかのサイズを作り、試着してもらってから縫製して仕上げることになっている。そうは言っても5500人分の服を作るのは簡単ではない。膨大な手間と時間がかかるのである。

 コロナ禍で在宅勤務が多くなり、スーツを買う人が増える見込みはない。それでなくとも、スーツの市場規模は3年前の7割しかないのだから、企業環境がいいわけではない。それでも彼らは採寸をする。丁寧に縫製する。アイロンで仕上げて選手ひとりひとりに渡す。
 それでもオリンピック・パラリンピックにかかわる本田以下の社員たちは満足している。
 自分たちの報酬は金ではないとわかっている。真の報酬は選手たちの目の輝きだ。選手たちにとって、体に合った服で舞台に立つことは何よりの喜びだから、そのために本田たちは働く。


夢は終わらない

「コロナ禍で時計の針は10年進んだと思います。洋服のカジュアル化はその前から始まっていましたから、コロナ禍ではそれがいっそう進んだわけです。しかし、時計の針が進んだとはいえ、スーツはなくなりません。
 それは、いいスーツが似合う人は仕事ができるからですよ。いやいや、僕は自分のこと言っているわけじゃないよ。気合を入れて仕事をする時には格好いいスーツが必要だという意味なんです。

 当社が公式服装の応募をして勝ち取ることができたのは商品の質、センスがあり、機動力があるからです。審判団5,500人の5,500着をあらかじめ作っておくのは、資金がなければできないし、能力もいる。選手ひとりひとりの採寸をするのもそういう技術を培っていたからできる。
 でも、これはうちだけの力というよりね、日本人の力です。日本人がサービスが得意だからでしょう。

 このオリンピック・パラリンピックで日本は観光立国としての立場が盤石になります。日本の魅力を世界に知らせるベストチャンスですから。観客数が少なくなったとしても、それでも世界中から観光客がお見えになる。日本ってこんないい国なんだ、おいしい料理だ、やさしい人たちだ、約束を守るんだ、マスクしろと言えば全員がするんだ。日本は真面目な人たちが住んでいて、四季があって風光明媚な国です。こんないい国って世界中にないです。ほんと私は日本にオリンピック・パラリンピックを持ってきてくれた高橋さんをはじめ、本大会に関わるすべての皆様に感謝しています」

 青木はオリンピックとスーツとサービスの話をさせたら止まらない。それはどうして? と尋ねると、「そりゃ、私はあの時、世界新記録を見たからね」と澄まして答える。


株式会社AOKIホールディングス 代表取締役会長 青木拡憲(あおき・ひろのり)氏。
1938年、長野市生まれ。58年「洋服の青木」を長野市で創業。76年8月AOKIホールディングスを設立し、代表取締役社長に就任。当時、大卒の初任給で1着しか購入することができなかったスーツを、毎日日替わりで着替えることができるようにとスーツの流通革命を実現。79年、全国にチェーン展開スタート。91年9月、東証一部上場。以後、アニヴェルセル・ブライダル、エンターテイメントと事業を拡大。2010年6月代表取締役会長に就任。
株式会社AOKIホールディングス 代表取締役会長 青木拡憲(あおき・ひろのり)氏。
1938年、長野市生まれ。58年「洋服の青木」を長野市で創業。76年8月AOKIホールディングスを設立し、代表取締役社長に就任。当時、大卒の初任給で1着しか購入することができなかったスーツを、毎日日替わりで着替えることができるようにとスーツの流通革命を実現。79年、全国にチェーン展開スタート。91年9月、東証一部上場。以後、アニヴェルセル・ブライダル、エンターテイメントと事業を拡大。2010年6月代表取締役会長に就任。


 同社の目的は「1000年続く会社になること」だ。しかし、会社はただ、続けばいいってものではない。
 同社が誇るべきは歴史の長さではない。創業者が無邪気な夢を持ったことだ。無邪気な夢を実現させたことだ。

 経営評論家ならば「オリンピックへの献身は創業者の自己満足」と言うかもしれない。経営者が若い頃の夢に耽溺するようでは会社の将来は危ういとも考えられる。
 しかし、少年や青年は目を見開いて物事を見るものだ。目を丸くして、何かに驚いて、それに向かって一直線に突き進む。それが若さだ。

 子供の頃に目を丸く大きくして物事を見たことのない人は、きっとすごく退屈な大人になるんじゃないか。
 スポーツマーケティングを確立した高橋、選手たちの公式服装を一着一着採寸した青木…。ふたりとも、いくつになっても目を丸くして、物事を見つめる人間だ。


野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。


▽連載『Tokyoオリンピック2020と技術レガシー』シリーズ一覧
    1. NTT「光の最新実用技術」前編 / 後編
    2. NTT「光ファイバー」前編 / 後編
    3. NEC「顔認証」前編 / 後編
    4. エアウィーヴ「機能性寝具」前編 / 後編
    5. セコム「警備システム」前編 / 後編
    6. ブリヂストン「バリアレス縁石」前編/ 後編
    7. AOKI「公式ユニフォーム」前編/ 後編
    8. ASICS「オフィシャルスポーツウェア」前編 / 中編/ 後編
▽【対談企画】新連載に向けて

 

 

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