民間警備業でなければできない恩返し!異常の早期発見に貢献する統合監視システム《セコム~警備システム:後編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(10)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第10回は、引き続きセコムの警備システムを紹介します。「オリンピックの警備は恩返し」というセコム。本大会に向けて、不審者など異常を早期発見する民間警備業の視点から生まれた、上空(俯瞰)、陸上(仮設)、警備員(対人)という3つの視点から統合監視システムを開発しました。今回は、現場担当者に抜擢されたセコムの高橋哲也氏に、技術レガシーとして残っていくことが期待される「統合監視システム」の開発ストーリーをお伺いします。

システム警備

 高橋は新しい警備システムを開発するため、セコムが担当する前から陸上競技、マラソン、駅伝といった大会を見学し、警備システムを調べてみた。わかったことは「まったくのローテクと思ったこと」だった。ローテクとはハイテクの反対。つまり、スポーツイベント警備の現場は2000年代でも、機器を使わずほとんど人間まかせだったのである。

 警備員は会場や沿道にばらばらと散開して、警備にあたる。決まった時間になるとトランシーバーを取り出して、警備本部と連絡を取る。本部に行ってみたら、仮設のテントのなかにパイプ椅子が数脚あるだけ。本部詰めの職員はトランシーバーで聞き取った警備状況を手書きでメモする…。

 事務所や店舗にはセンサーが付き、画像もわかるオンライン警備が当たり前になっていたけれど、屋外で開かれるイベントの警備ではIT機器は導入されていなかったし、また、警備本部もせいぜいノートパソコンが置いてあるくらいだったのである。

 セコムが担当したマラソン大会で、高橋は警備員にウェラブルカメラを持たせることにした。ウェラブルカメラとは要するにスマホである。スマホで動画を撮影し、映像はモニターを多数、設置した警備本部に送るようなシステムを整えた。警備員と警備本部のふたつの目がマラソン大会の沿道や群衆を見守ることにしたのである。


セコム株式会社技術開発本部/Tokyo2020推進本部 シニアマネージャー高橋哲也(たかはし・てつや)氏
セコム株式会社技術開発本部/Tokyo2020推進本部 シニアマネージャー高橋哲也(たかはし・てつや)氏


「いろいろ試行錯誤しました。最初はスマホを防水の袋に入れて胸につけ、そのまま歩いて回ってくれと言いました。映像は警備本部のモニターで監視するから、と。実は胸につける前は頭にカメラを載せたこともあったんです。その方が遠くまで見えるんじゃないか、と。でも、頭に付けたら、映像が揺れてしまって、警備本部で見ていた人間が気持ち悪くなりました。

 それで、胸に取り付けることにしたのです。また、ずっと周りを映しているのも具合が悪いとわかりました。たとえば、警備員がトイレに入ったりした場合、中が映るのはまずい。ただし、電源を切ったりすると、立ち上がるのに時間がかかるから、スイッチのオンオフが一瞬でできなければならない。

 すると、一緒に開発を担当した画像グループのリーダーが奥さんに頼んで、袋を作ってもらったんです。映してはいけない時は袋の中に入れる。カメラはオンのままです。ただ、現場に持って行ったら、警備員たちが『嫌だ。使いにくい』。そこで今度はスマホに蓋を着けました。蓋を開けたら、撮影中になる。蓋を閉めたら、撮影停止になる」

 蓋をスライドさせて開けたら、「撮影中」という文字がスマホの表面に表示される。それは、「現場を撮影していますよ」と群衆にオープンにしておかないと、盗撮と思われるからだ。そして、スマホはつねに胸に装着するようにした。取り出して、さまざまな操作をすると、「あいつは遊んでいるんじゃないか」と周りから思われてしまうからだ。 
 通話する場合でもスマホを取り出さずに、ヘッドセットで対応することにした。


開発したウェアラブルカメラ
開発したウェアラブルカメラ


 最初に開発したのは警備員のウェラブルカメラだが、高橋はその他に2種類のカメラを用意した。コースに設置する仮設の監視カメラと上空から監視するカメラである。こうして3種類のカメラで統合して監視するシステムを整えた。

 仮設のカメラも2種類ある。競技が行われるコース沿道、中継地点は電信柱などにカメラを設置した。スタート、フィニッシュ地点には案内ボードに小型カメラを固定した「クリップ式仮設監視カメラ」を置くことにした。
 そして、上空からの監視には気球を使った。高さ60メートルの上空に気球を上げて、そこにパンチルトズームカメラ(※レンズが上下左右に自由に動く広範囲の確認が可能なカメラ)を取り付け、ライブ映像を警備本部に送るようにした。

 なぜ、ドローンでなく気球を使うのか。それは飛行音を発することなく滞空時間が長いからだ。ドローンはバッテリーで動くものだから長時間、飛行することができない。小型のドローンならばせいぜい15分程度しか空中に浮かんでいられない。長い時間を飛ばそうと思えば大型のそれになってしまう。そうなると、今度は飛行音が大きくて、競技をしている選手の邪魔になる。また、万が一でもドローンが落下したら事故につながる。

 その点、気球であれば風船と同じだ。動力はないから、飛行音もなければバッテリー切れもない。イベントを見守る観点から言えば、ローテクではあるけれど、気球がもっとも向いている。それに、2020東京大会では期間中、ドローンの飛行は禁止されている。たとえ競技の見守りであっても、ドローンの使用はできない。

上空から安全を見守る気球
上空から安全を見守る気球


 こうして、上空(俯瞰)、陸上(仮設)、警備員(対人)という3つの視点から映像を収集し、立体的かつシステマティックに警備をするシステムを整えることができた。高橋たち開発陣はイベントの警備を体験していくにつれ、さまざまな発見をし、アイデアを加えてシステムに応用していった。


AIの利用

 屋外イベント用に数多くのカメラを導入したのだが、ここでまた問題が起こった。あるイベントでは100台以上のカメラを設置したのだが、その映像をすべてライブで見続けようと思ったら、10人や20人ではできない。交代要員を考えるとさらに多くの人員が必要になってしまう。そこで、高橋はAIを使うことに決めた。

 高橋はこう説明する。
「100台ものカメラ映像を見ることはできません。そこでAIを使って画像のなかから異常な状況を認識するための実証実験を3年かけてやったのです」

 AIに判断をさせること自体は難しいことではない。企業ホームページに必ずある「よくある質問」などにチャットで瞬時に返答してくるのはAIだ。最初に質問と答えを学習させておけば後はAIが判断する。
 問題は「警備において、異常な状態とは何か」を論理的な説明でAIに伝えることにあった。
「それがいちばん難しかったんです」と高橋は即座に言った。

「私もあるスポーツ団体の責任者から『いったい、どういう状態が警備上の異常なの?』と聞かれて、すぐには返答できませんでした。そこで、これは明らかにおかしいという例を思いつくままに挙げていくことにしたんです。最初におかしい例として挙げたのはスポーツイベントの会場なのにスーツケースなどの大きな荷物を持って歩いてる人…。そこで、大きな荷物の人を検知できるように、AIに学習させました」

 実証実験をやったマラソン大会の現場でAIは瞬時に「大きな荷物を持った男」を見つけた。ただし、それはテロを企図する怪しい人間ではなく、大会スタッフがマラソンに使う荷物を運搬していたのだった。人間がモニターで見ていれば「異常ではない」と判断する映像だった。

「結局、AIは人間の目にはなれないんです。私たち人間は目だけでなく、勘で『どこかおかしい』とピンときます。しかし、AIには勘を教えることはできません。できたとしても、膨大な時間がかかるから、そういうケースは人間が判断した方が早い」

 結局、高橋は「大きな荷物を持ち歩く」「警察官のような制服の人が多数集まる」など、いくつもの状況を少しずつAIに学習させた。加えて、何人か警備のエキスパートも監視画面をチェックする。人間とAIが協力してモニターをチェックするのである。
 杉本は「異常の発見は警備の本質にかかわるものです」と語る。

「民間警備業の仕事は早期発見です。私たちは市民で、法執行機関ではありません。やることは異常の発見なんです。会場の異常を空、陸、対人といった視点から統合監視する。そうして、情報を一元化し共有して、総力を挙げて対応をする。多くのカメラとAIを使った統合監視のシステムはこれまでになかったものです。しかも、このシステムの情報はリアルタイムで警察、消防、救急の皆さんと共有しています。私たちは他の人が見つけられないものをプロの目で見つける。あとは法執行機関の方々が対応する。世界で初めてのことです。飯田が言っていた恩返しとは民間警備業でなければできない、新しい警備システムを提供することです」

 警察には警察の、消防には消防の、異常を検知するシステムはある。しかし、それは共有されていない。一方、セコムのシステムからの情報は他の機関も共有できるようにした。ただし、何でもかんでも情報を共有するわけではない。あくまでもテロ、犯罪、災害、救急といったものに限られる。


移動祝祭日

 杉本は統合監視システムができた後、彼は過去のオリンピック警備の担当者を招いて、システムを紹介した。すべてを見た担当者は「アンビリーバブルなシステムじゃないか」と感嘆したのである。
「セコムがやったことはオリンピック警備のパラダイムを根本から変えた。世界初の試みだ」

 ただ、杉本に言わせれば少し事情が違う。
「セコムという会社の在り方が世界では特殊なんです。世界の警備会社は警備員を擁している会社、警備のための機器、器具、装置などを開発する会社のふたつに分かれています。セコムのように両方をやっている会社は稀です。しかし、両方をやっているからこそ、統合監視システムを開発することができました」

 開発したシステムは屋外の競技会場だけではなく、屋内の会場にも通用する。オリンピック、パラリンピックでは競技会場が45になるが、そのうち、約半数の会場でこのシステムが持ち込まれる。
 そして、オリンピック、パラリンピックが終わった後はG7、G20といった国際会議、万国博覧会、大規模スポーツイベント、国際空港などで使われることになっていくだろう。

 国際会議、スポーツイベントは進化している。会議を開いたり、競技をして帰っていくだけではなく、複合的なイベントとなった。会議やスポーツイベントに合わせてライブイベントが行われるようになり、開会式、閉会式が華やかに開催されるのが通例になった。コロナ禍で人が集まるイベントは休止されているけれど、再び、以前のようにイベントが開催されるようになる。世界中の都市ではオリンピックに限らず、毎日のように人が集まるイベントが行われるだろう。そういう場合、統合監視システムは力を発揮する。

 ヘミングウェイの著書に『移動祝祭日』がある。本来は日にちが年によって移動することを表した言葉だけれど、ヘミングウェイは「パリは移動祝祭日だ」と書いた。町自体が祝祭空間になったと言っている。
 オリンピック、パラリンピック、国際会議、スポーツイベントは町を祝祭空間に変える。統合監視システムは祝祭空間の装置のひとつとしてなくてはならないものになる。都市に必要な電気、ガス、水道のようなインフラでもある。

 杉本は「そうなるといいですね」と笑いながら、「前の大会が終わった後のことですけれど」と付け足した。
「セコムは仕事が増えたんです。帝国ホテルやデパートなどの大企業の警備をやるようになりました。すると、帝国ホテルにいた警備員を見たTBSのディレクターから飯田に連絡があったんです。
『飯田さん、ホテルの玄関の前に立っていた警備員がスマートでカッコよかったからドラマにしたい』。
 飯田は喜んでOKしました。ただ、最初に出てきたタイトルを蹴飛ばしたんです。

『東京用心棒』でした。飯田は、それじゃ、お前、ごろつきかやくざだろう。変えなければ協力しない。酒や女の話もダメだ。汚い言葉遣いもダメ。それで始まったドラマが『ザ・ガードマン』なんです」

 統合監視システムが人に知られるようになったら、今度はシステムを主人公にしたドラマもしくはアニメができるかもしれない。




野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)、『トヨタに学ぶカイゼンのヒント71』(新潮選書)。

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