食事、ユニフォームに続き個別化される「睡眠」《エアウィーヴ~機能性寝具:後編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(8)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第8回は、引き続き機能性寝具を紹介します。眠ることは幸せであり、健康と考えるエアウィーヴ。今回は、アスリートに注目しスポーツビジネス、スポーツマネジメントの進化をうながしたとも言える同社の広告宣伝戦略を紹介します。また、東京2020大会におけるスポーツ記録の進化に注目し、食事、ユニフォームに続き個別化される「睡眠」を実現するふたつの技術レガシーを探ります。

アスリートのブランド

 高岡は売るためにやらなくてはいけないことをひとつずつ解決していくことにした。
 最初はブランドの構築だった。2011年、同じ愛知県の出身でもある浅田真央にアンバサダーになってもらった。彼女は契約金をもらったからという理由だけでアンバサダーを引き受けたわけではない。

 フィギュアスケートのジャンプを見ていればわかるだろうけれど、着氷の際にひざを痛めるし、腰をひねる。彼女は競技をやっていた間じゅう、腰に痛みを抱えていた。ところが、高反発のマットレスパッドを試したところ、腰痛が治り、ぐっすりと眠れるようになった。

 また、彼女のようなトップアスリートは海外を転戦する。時差ボケがあるから寝つきがよくない。しかし、高反発のマットレスパッドをベッドの上に敷くと、これまたよく眠れるようになった。熟睡して体の疲れを取ることができたのである。高岡からの依頼にうなづいたのは、エアウィーヴが体を楽にしてくれたからだった。

 この時が高岡にとっては運命の分岐点だった。一般の寝具会社の経営者であれば広告キャラクターには女性モデルもしくは芸能人を選ぶだろう。
 だが、高岡は「睡眠の質にうるさい」アスリートを起用した。彼は自社商品を無理やり売るよりも、まず「睡眠には質がある」ことを世の中に知らせようと思ったのだった。

 王様でも庶民でも誰でも夜になると眠る。そして、どうせ眠るのであればぐっすりと眠った方がいいに決まっている。熟睡した後の朝は爽快であり、幸福感に包まれる。彼が商品だと決めたのはエアウィーヴそのものではなく、ぐっすり眠った後の幸福感だった。
 そして、従来からある寝具業界の人間には「幸福感を売ろう」という発想はまったくなかった。

 浅田真央、錦織圭、石川佳純といったオリンピック選手を起用してから商品の知名度は上がっていき、ブランドは確立していった。そして、ブランドが知られるようになると、売り場も自然と取れるようになった。さらに、宅配便の進化により、マットレスパッド、布団、ベッドマットレスに関しても、宅配業者が請け負ってくれたのだった。
 こうして、彼はブランド、売り場、ロジスティックスという越えなくてはならないハードルをいっぺんに3つ、飛び越すことができた。

 一息ついた高岡は攻勢に出た。マットレスパッドだけでなく、敷き布団、ベッドマットレスにも高反発素材を使い、製品化していったのである。
 むろん、アスリート、スポーツイベントへの提供は続けた。


エアウィーヴ高岡本州(たかおか・もとくに)社長
エアウィーヴ高岡本州(たかおか・もとくに)社長


 2007年にはかつて「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた水泳界のドン、古橋広之進の紹介で、国立スポーツ科学センターにエアウィーヴを提供することができた。
 同センターに合宿したアスリートのうち、「これがいい」と感じた選手は遠征にマットレスパッドを持っていくようになる。パッドを収めたポータブルバッグには大きく商品名が書いてある。海外の大会に行った選手が優勝すると、報道陣は空港で帰国を待ち構える。出口から出てきた選手の荷物のいちばん上に「airweave」と書いてあるのを目にとめた人たちから「売ってくれ」と連絡が入るようになった。トップアスリートならではのPR効果だった。

 以後、寝具だけでなく、スポーツブランドの担当者はアスリートを広告キャラクターとして本格的に起用していく。「健康」につらなる商品の場合、芸能人よりもトップアスリートの方が広告効果が高いことがわかったからだ。浅田真央を起用したことはスポーツビジネス、スポーツマネジメントの進化をうながしたとも言える。

 なおもオリンピック選手への提供は続いた。北京、バンクーバー五輪では70本、ロンドン五輪では250本程度を提供した。ソチでは日本選手団へ120本、リオデジャネイロでは日本選手団約700本のマットレスパッドを用意した。そして、東京2020大会では選手村に約1万8000床のベッドを設置する。すべてのオリンピックアスリートが高反発の寝具を体験するのである。

 高岡は快進撃を続けている。はたから見れば何の問題もないように見える。しかし、狭い業界で突出した彼の存在は従来の寝具業界にとってはめざわりのようだ。
 高岡は困った顔になってつぶやいた。
「寝具の業界の人から言わせると、僕は本当に嫌なやつみたい。でも、何も悪いことやってないんですよ。肩こりがひどくて、何とかしたいと思って始めた仕事なんですから」


技術レガシーふたつ

 高岡は「これは私の大切な主張です」と言った。
「睡眠の質はアスリートのパフォーマンスの向上につながることが実証されたんです。私の母校、スタンフォード大学に依頼した研究です。錦織圭選手が拠点とするアメリカ、フロリダ州のアスリート養成施設、IMGアカデミーなどでデータを取ったのですが、当社のマットレスで眠った後は一般のそれに比べると、40メートル走で、平均0.1秒、速く走れるようになりました」

 そして、彼は東京2020大会に向けてふたつのことを考え出した。
 ひとつは寝具の個別化だ。そして、個別化のためのアプリを利用したフィッティングシステムである。
 高岡はスポーツの記録が進化したのは道具や食事を科学的に進歩させ、さらに個別化したからだという。

「たとえばテニスです。カーボンのラケットが登場してプレイヤーはドライブ型になりました。トップスピンを打つ選手が増えた。そして、食事もそうです。昔のスポーツ選手は水道水を飲んで頑張りました。『テキにカツ』と言って試合の前の日にステーキととんかつを食べる選手もいたくらいです。

 で、どうなりましたか? 今はカロリー計算をして、試合の前は炭水化物を摂ったりと科学的に行われて選手一人一人に個別化されています。ユニフォームだって機能性を持ったものを着るようになっています。
 スポーツの道具、食事、ユニフォームにサイエンスが持ち込まれ個別化されたわけです。そして、次は睡眠です。睡眠に必要な寝具も科学的に考えて個別化しなくてはいけないのです」

 具体的にはこうだ。
 エアウィーヴでは、アプリでひとりひとりの体を測定し、体形に合った寝具の硬さパターンを提案する。寝具自体も肩、腰、脚の3つの部分に分けて、それぞれ違う硬さにしてある。体形によって、3つの異なる硬さのマットレスを入れ替えて使えるようにしたのである。
 がっしりした体格で腰が重い人であれば腰の部分のマットレスは肩、脚よりも硬いものにするといった組み合わせだ。

 もうひとつの進化は新型コロナの蔓延後に役に立つ機能である。
 一般のベッドに使われている低反発のウレタン素材は水洗いが難しい、もしくは内部までは洗浄できない。
 一方、エアウィーヴに使われている高反発の素材は繊維の塊だ。樹脂だから、カバーを外して、シャワーヘッドで水を噴射すれば内部まで洗うことができる。

 特に3分割したマットレスであれば、より洗浄が簡単だ。こうした特性もあるからエアウィーヴは病院、介護施設などでも利用されるようになった。

マットレスは肩、腰、脚の3つの部分に分かれている
マットレスは肩、腰、脚の3つの部分に分かれている


実体験

 わたしはエアウィーヴを10年以上も使っている家庭の話を聞くことができた。4人家族全員が高反発の布団で寝ていると言った。アスリートではなく、一般の人たちである。

「それまで私は布団、ベッド、ウォーターベッドといくつも寝具を買いました。珍しい方だと思います。寝ていて、何より疲れたのはウォーターベッドでしたね。ただし、水の温度を調節できますから、夏は冷たくして、冬は暖かくして眠ることができました。
 エアウィーヴは硬さがいいんです。出張で柔らかいベッドに寝たりすると、なんとなく具合がよくないです。

 気がついたことがひとつあります。小学生の子どもがエアウィーヴで寝ているのですが、眠る前と起きた時の居場所が違う。寝返りどころではなく、頭と体が逆になっているんですよ。それくらい、夜中に動いて寝ています。それでも眠っているんだから、熟睡しているんでしょうね」

 わたし自身は高岡の商品がいいとか悪いとかは言えない。洋服と同じように寝具も好き嫌いがあると思う。高反発が好きな人もいれば、「布団がいい」「低反発のウレタンがいい」という人がいる。それは当たり前だ。
 だが、これだけは言える。新型コロナ蔓延後の時代に人々がもっとも求めていることは免疫力のアップだ。そして、ぐっすりと眠ることは免疫力のアップに通ずる。薬やサプリメントを愛用するよりも寝具に気を配る人は増えるだろう。

 わたしがそういう話をしたら、高岡は大きな笑顔になった。
「それ、同じことを主張しているんです。眠ることは幸せであり、健康なんです。私はもっと寝具に注目してほしいと思っているだけなんですよ」


野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。


▽Tokyoオリンピック2020と技術レガシー 一覧

 

 

▽みんさくメルマガ登録用メールアドレス

みんさくメールマガジンにご登録いただくと野地秩嘉氏の新連載「Tokyoオリンピック2020と技術レガシー」の最新情報や、みんさくの注目記事・キャンペーン情報をお届けします。ぜひご登録ください。

minsaku-cp01@ek21.asp.cuenote.jp

みんさくメルマガQRコード

【ご登録の流れ】

  1. 上記の登録用メールアドレス宛に空メールを送信
  2. 自動返信される「仮登録メール」内の本登録URLを押下
  3. 登録完了!

 

こちらの記事もおすすめ(PR)