「酷い肩こり」から始まった高反発素材・機能性寝具の誕生ストーリー《エアウィーヴ~機能性寝具:前編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(7)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第7回は、株式会社エアウィーヴから機能性寝具を紹介します。五輪の選手村に寝具を提供し、多くのアスリートに寝具を使ってもらうというエアウィーヴの機能性寝具。2007年商品がリリースしてから4年の間殆ど売れなかったそうです。今回は、大手企業が寡占している寝具業界で、「機能性」という概念を取り込んだ高反発素材の寝具がどのように開発され、試行錯誤を重ねて誕生したのか探っていきます。

機能性寝具

 誰にでも「今日だけはぐっすりと寝ておかなくてはいけない」日がある。
 受験の前日、嫁ぐ日の前夜、大切なプレゼンを控えた前の晩など…。

 オリンピックに出場するアスリートにとっては決勝前夜だけは何が何でもぐっすりと寝ておかくなくてはならない。睡眠不足でパフォーマンスが落ちたら、勝ち抜くことはできない。せっかく頑張った10年、15年の努力が水の泡になってしまう。

 高岡本州(もとくに)は世界で初めて寝具に「機能性」を持ち込んだ男だ。だが、衣料に機能性という特徴を加えた柳井正が瞬時にそれを空前のヒット商品に仕立てたのに対して、高岡の挑戦は当初、陽の目を見なかった。

 彼は2007年に機能性寝具「エアウィーヴ」をリリースする。しかし、それから4年の間、まったくと言っていいほど売れなかった。それでも彼の心は折れなかった。売れなかった4年の間にさらに機能の研究を続けたのである。自ら開発した「ぐっすり眠れる寝具」エアウィーヴを愛用しているから眠れない夜はない。しかし、起きている間じゅう、ずっと、考え抜き、なんとか解決策を見出したのである。

 高岡は「東京2020大会が決まってから元気になりました」と言う。
「機能性寝具はアスリートに使ってもらったことで、売れるようになりました。ですから、東京2020大会は大きなチャンスです。
 アスリートたちにとってオリンピックは最高の舞台です。高い技術を問われる大会です。4年に1回しかない。なかには2度、出られる選手もいます。それにしても人生のうちにたった2回しかない。勝つためには前夜、寝るしかない。私はアスリートに寝てもらうために仕事をしようと頭を切り替えました」

 発売から4年後の2011年、彼はフィギュアスケート選手の浅田真央にブランドアンバサダーを委嘱した。その後もトップアスリートに寝具を提供している。そして、北京、バンクーバー、ロンドン、ソチ、リオデジャネイロ、平昌の各オリンピックでもアスリートたちに寝具を使ってもらった。東京2020大会では寝具の専業としては初めてオフィシャルパートナーとなり、五輪の選手村に約1万8000床の寝具を提供する。


肩こりから始まったこと

 高岡は1960年、名古屋市で生まれた。地元の私立高校を出た後、名古屋大学で応用物理を学び、慶応大学の大学院では経営学を学んだ。その後も勉強は続く。87年にはスタンフォード大学の大学院に留学し、帰国後は父親が興した配電機器メーカーに入社した。
 地方の富裕層のお坊ちゃんとして恵まれた人生を送っていたのである。98年には父親の跡を継いで、社長に就任。家庭を持ち、優秀な子どもにも恵まれ、事業も順調。順風満帆の人生だったのである。
 ただし、彼にも悩みはあった。ひどい肩こりに悩まされ、眠れないことが度々あったのである。肩こりのため寝つきが悪く、熟睡できなかった。

「24歳の時でした。東京にあった姉の家へ行こうと最寄りの駅からタクシーに乗ったら、トラックに追突されてむち打ち症になったのです。首をひねって、頚椎狭窄になりました。外から見ればわからないのですが、肩が凝るようになり、首が回らなくなるんです」

 彼は、当時、流行り始めた低反発のウレタン素材でできた携帯用の首をホールドするU型の枕を買った。長時間、飛行機を利用する時は携帯できる低反発ウレタンのU型枕で首を固定した。

「長時間の移動用には低反発のU型枕はいいんです。首を低反発素材がくるんでくれから、頭と首の重さを感じない。首が軽く楽になるんです。ただ、寝具には低反発素材は身体が動かないのでよくないと思いました。
 みなさん、気が付いていないかもしれませんが、人間は一晩に20回から30回は寝返りを打ちます。寝返りをすることで、体を楽にしている。低反発のウレタン素材で体を固めてしまうと、寝返りが打ちにくく、疲れてしまうんです。

 私は大学時代、体育会のゴルフ部にいました。運動をやっていた人間からすると、寝返りは重要なんです。眠っている間に寝返りをすることで血流の流れをよくする。ぐっすり眠って疲れが取れるのは知らないうちに体の体位を変えているから。ですから、ベッドには低反発素材よりも高反発素材がいいんじゃないかと考えるようになりました。ただし、その頃の私はまだ寝具を売っていたわけではありません」


株式会社エアウィーヴ代表取締役社長高岡本州(たかおか・もとくに)社長
1960年愛知県生まれ。1983年名古屋大学工学部応用物理学科卒業後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。その後日本高圧電気株式会社入社。1987年スタンフォード大学大学院経済システム工学科修士課程修了。1998年日本高圧電気株式会社 代表取締役社長就任。2004年株式会社中部化学機械製作所(現株式会社エアウィーヴ)を引き継ぐ。
株式会社エアウィーヴ代表取締役社長高岡本州(たかおか・もとくに)社長
1960年愛知県生まれ。1983年名古屋大学工学部応用物理学科卒業後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。その後日本高圧電気株式会社入社。1987年スタンフォード大学大学院経済システム工学科修士課程修了。1998年日本高圧電気株式会社 代表取締役社長就任。2004年株式会社中部化学機械製作所(現株式会社エアウィーヴ)を引き継ぐ。


借金

 父親の会社を継いで6年目の2004年。彼は大きな借財を背負う羽目に陥った。
 当時、父親の兄、つまり彼にとっての伯父がやっていた会社が経営不振になった。伯父は資金繰りのために高岡に「オレが持っているお前の会社の株を買ってくれ」と頼んできたのである。

 株を買わなければ伯父の会社は行き詰まる。また、株が他人の手に渡れば高岡の会社が支配されてしまう。いずれにせよ、買い取るしかなかったのだが、父親に相談したところ、「お前が個人の金で買え」と言う。
「会社の金で買う理由が見当たらん。ついでに、兄貴は会社をお前に譲りたいと言っている。お前はふたつの会社の社長をやれ」

 高岡は悩んだけれど、親の言いつけでもあるので、他に選択肢はなかった。高岡自身と父親の退職金を担保に入れ4億円の金を借りて、伯父から自社の株を買い戻し、また、伯父の会社も経営することにした。

「4億円もの借金すると、一生、お金の奴隷ですよ。金を借りる前に計算しました。4億を借りて30年で返そうと思うと、毎年2000万円以上は返さなくてはならない。収入が4000~5000万あったとしても、そこから税金を引かれると、実際の手取りはサラリーマンの平社員と一緒です。しかし、社長だから出ていく金は大きい。あの時僕は車を買い替える余裕はありませんでした。毎日、ひいひい言いながら働いてました。」

 個人的な借金もさることながら、引き継いだ会社もまた先が見通せなかった。その会社は釣り糸の押出成形機を製造しており、椅子などに使うクッションや緩衝材を作る技術は持っていた。製品の質は悪いものではなかったが、競合する会社が多かったから大きな利益を上げることはできなかった。

「製品の原料はポリエチレンでした。ポリエチレンを釣り糸のように引き延ばして、それをまとめると糸が絡まったような状態になり空隙が出ます。それが高反発の緩衝材になるわけです」

 大きな借金を背負って、持病の肩こりがさらにひどくなっていた高岡はふと思った。
「この素材で寝具を作ればどうだろうか。体の筋肉は楽になるんじゃないか」

────高反発の寝具になるから、寝返りが打ちやすくなる。それに繊維の塊だから通気性がいい。夏は涼しく感じる。冬は暖かくなるわけではないが、それは部屋に暖房を入れたり、上掛けを厚くすればいいじゃないか。
 こうして、彼は高反発のファイバー素材を寝具にすることにしたのである。

エアウィーヴの素材はポリエチレン樹脂で作られた独自素材エアファイバー(R)だ。写真は車椅子用のクッション。
エアウィーヴの素材はポリエチレン樹脂で作られた独自素材エアファイバー(R)だ。写真は車椅子用のクッション。


売れなかった日々

 高岡はエアファイバー(R)をマットレスパッドにして発売した。マットレスパッドならば布団でもベッドの上でも敷くだけでいい。また、丸めて持ち歩くことができる。
 自分では最高のアイデアだと思ったのだが、発売後、4年間はさっぱり売れなかった。

 そこで探求好きの彼は市場を回って感想を聞いて歩いた。
「エアウィーヴって何なの?」
「高反発ってどういう意味?」
「マットレスパッドって、どうやって使うの?」

 結局、消費者は商品の意味と意義をまったく理解していなかった。だが、それも当たり前だ。
 一般の人が頭に描く寝具とはベッドもしくは布団だ。エアウィーヴを見たことのない人がそれを「寝具」だと認識するには無理があった。高岡がいくら広告で「寝返りがしやすい」「高反発だ」と理屈を述べても、消費者には届かなかったのである。

 さて、ここで、寝具についての基礎知識を記しておく。
 まず、日本におけるベッドの普及率は所帯別では60.1%、人口比では45.3%。(2005年 全日本ベッド工業会)。この比率は今もほぼ変わっていない。人口比で言えば、ベッドと布団を使っている人は半分半分である。

 そして、ベッド、布団を買う人たちは突然、思い立って寝具の売り場へ行くわけではない。結婚、新築、引っ越しといった人生の節目の時に買いに行く。買い替え需要の商品なのである。そして、買い替えといっても2年や3年に一度、買うわけではない。標準で言えば10年から15年だとされている。

 高岡は壁にぶち当たった。
 どこで売るか、誰に売るか、どうやって説明して売るかを解決しなければならない。

 彼はこう思いだす。
「エアウィーヴを売ろうと思って布団とベッドの産業について調べました。わかったことは、事業に参入する壁は高いという厳然たる事実です。布団が欲しい人はデパートや布団屋さんへ行きます。その時、必ず布団を買うとすでに決めています。
 洋服を買う時はウィンドウショッピングで衝動的に買う人がいますけれど、布団を衝動的に買う人は絶対にいません。

 そして、布団なりベッドのメーカーからすれば必ず買いたいと思っている人が売り場に来てくれる商品なんです。買いたい人たちを相手にするのだから、その場で売らないといけない。寝具メーカーの仕事とは商品のラインナップを揃えることです。だって、売り場で売り逃したら少なくとも10年間は来ない。だから、売ることに最大限の力をかける。業界でトップを取ろうと思ったら、広い売場を取るしかありません。
 一方、うちは最初は売り場がゼロです。なるほど、これは売れるはずがないと妙に納得しました」

 布団、ベッドともにラインナップを増やすとはいえ、材料と構造はどれも同じだ。
 布団は綿が入っているだけだ。
 ベッドはポケットコイルもしくはボンネルコイルというふたつの構造になっているだけだ。ポケットコイルとは金属のコイルを袋に包んだものが並んでいる。ボンネルコイルとはコイルをワイヤーで連結したものだ。そして、ふたつともに、コイルをクッション部分が包んでいる。

 布団もベッドも材料、構造は昔から不変なのである。商品の種類を増やそうと思ったら、材料、構造を変えるのではなく、色、デザインでバリエーションを豊富にするしかない。
 つまり、表面の布を青、赤、ピンクにしたり、金色の糸で刺繍するといった方法をとるしかない。

 高岡は業界研究を続けた。
 わかったことは、ベッドや布団を売るにはロジスティクスを整えなくてはならないという事実だった。

「アメリカのベッド会社の歴史を調べていたら、大企業になっていったのは鉄道ができた時と高速道路網が完成した時でした。ベッドは大きな商品です。工場から販売店へ運搬するには自社のロジスティックスが重要でした。そうして、当初、小さなベッド会社があったのですが、近代化していくうちに寡占化して大企業だけが残った。
 日本の布団メーカーも同じで、やはり寡占化していった。新しいところが参入しようとしても、相手は大会社ですから、なかなかうまくいかない。
 道理で、うちの会社の商品は売れないわけだとこれまた妙に納得しました。

 そして、ベッドも布団も、大企業になったら消費者に認知されてブランドになります。消費者はベッドや布団の中身を検品して買うわけではないから、ブランドになった会社の製品を買う。
 うちみたいな、突然、現れた寝具の会社はブランドもないし、売り場もない。自前の配送網もない。ないない尽くしだから、当然、売れないのです」

 結局、寝具を売るのに必要なのは売り場、ブランド、ロジスティックスの3つだとわかったのは収穫だった。ふつうの人はここで撤退する。しかし、高岡はやりかけたことをやめるわけにはいかないので、自分がやらなくてはならないと勝手に奮起したのだった。それに、どうせ大きな借金を背負っていたから、後ろに戻ることは出来なかったのである。


《後編に続く》

野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。



参考情報
・エアファイバーは、株式会社エアウィーヴの登録商標です。

▽Tokyoオリンピック2020と技術レガシー 一覧

 

 

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