高速通信の要、光ネットワークの基盤を作る光ファイバー《NTT〜光ファイバー:前編》 Tokyoオリンピック2020と技術レガシー(3)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『TOKYOオリンピック物語』の著者、野地秩嘉氏の連載第3回は、日本電信電話株式会社(以後NTT)から光ファイバー技術を紹介します。2021年夏のオリンピックでは光のネットワークがさまざまな新技術の基盤となって、新しい技術レガシーを生むことは間違いありません。一方で、私たちがごく自然に日々使っている無線通信の先には、電線ではなくガラス質の光ケーブルが使用され、光ネットワークが構築されていることを認識したことがあるでしょうか。今回は、光ネットワークの基盤を作る光ファイバーに注目し、その歴史や研究の進み方を解説頂きました。

電線ではない、光ファイバーだ。

 日本に初めて電気の明かりがともったのは1882年(明治15年)のこと。東京、銀座に灯されたアーク灯で、今も銀座には記念のアーク灯がある。

 一方、初めて国内で電話が通じたのはそれより8年後の1890年(明治23年)だった。NTTの前身、日本電信電話公社のこれまた前身、逓信省が東京〜横浜間での電話サービスを開始したのである。当初の加入数は、東京で155世帯、横浜で42世帯の197世帯だった。

 照明も電話も電線を伝って家庭までやってくる。しかし、前者の線は電線のうち電力線という。電力会社のものである。
一方の電話やパソコンに信号化された情報を送っている線は通信用ケーブル。NTTが所有、管理している。

 明治時代から現在まで、電力会社とNTT(前身も含む)は営々と電柱を建て、電線を引いてきた。むろん地下にも電線は走っているが、発電所及び電話局から家庭までやってくる電線の大半は電柱を経由している。
 日本にある電柱の数は約3,400万本。電力会社もしくはNTTが所有していて、他社が使っている場合は使用料を払う。

 さて、外に出て電線を見あげてみる。複数の電線が走っているのが見て取れる。地上から離れた上の方にあるのは電力線で、高圧線は低圧のそれよりも上にある。高圧線が手で触れられる高さに張ってあったら、うっかり感電する人が出るかもしれない。だから、高圧線は地上からもっとも離れた空中にある。そして、いちばん地上に近いところにある線が通信用ケーブルだ。よく見ると、くるくるとスパイラル状の線が巻いてある。ハンガーと呼び、スパイラルのなかを走る電線を支持しているものだ。

 そして、ハンガーに支えられた電線が光ファイバーだ。わたしたちは何気なく「電線」と呼んでいるけれど、日本にある通信用ケーブルの98.8パーセントはすでに光ファイバー(世帯カバー率)になっている。

 日本よりもカバー率が多い国にはUAE、クウェート、シンガポールが挙げられるが、いずれも人口は多くない。
 1億人以上が暮らす国でこの比率まで光ファイバーになっているのは世界中で日本だけだ。

 インターネット、データや動画の伝送など日本のIT技術と高速通信を支えているのは張り巡らされた光ファイバー網だ。高精度の映像も、自動運転の車に送る情報も光のネックワークが充実しているからこそ実現できる。

「5G、6Gの無線通信があるじゃないか」という意見もあるだろう。

 しかし、たとえばスマホから遠距離にあるスマホに電話をかけたり、あるいはメールを送る、SNS会話するとしよう。電波は空中だけを飛んで先方のスマホにたどり着くわけではない。一度、近くの無線中継器まで飛んで、その後は光ファイバーネットワーク網を進んでいく。そして、無線中継器からまた無線で先方のスマホに到達する。
 5Gになろうが、6Gになろうが、無線通信は光ネットワーク網がなければ成り立たないのである。

 そんな光ネットワークの優位は速度にある。なんといっても光は速い。速度は1秒間に30万キロメートル。1秒で地球を7.5周する。電気も光と同じ電磁波なので、速度自体は変わらない。だが、1秒間に送ることのできる信号量が違う。たとえば、2時間分の8K映像を日本からアメリカまで送る場合、最新の光伝送システムであれば数秒だ。一方、電気の回線を利用すると数百時間になってしまう。


光ファイバー一筋の男

 中島和秀は茨城県の筑波にあるNTTアクセスサービス研究所で光ファイバーの研究をしている。なお、同社では通信線を研究する人間、現場で敷設する人間など通信線に関わる人々を「線路屋」と呼んでいる。1994年の入社以来、光ファイバーに関わっている中島は生粋の線路屋だ。

 彼は上席特別研究員であり、世界初の「曲げフリー光ファイバー」を開発した権威だ。しかし、中島はあくまで謙虚で、「私はただの線路屋です」としか言わない。

 中島はトレードマークのサスペンダー姿で、わたしに光ファイバーと光ネットワークについて講義をしてくれた。彼がサスペンダーを愛用しているのは実験中にシャツが裾からはみ出して、機器に触れるのを防ぐためだという。

「光ファイバーは物理基盤であり、社会インフラを発展させる可能性を持った基盤でもあります」

 オリンピックは技術のショーケースだ。日本では前回の1964年オリンピックの時に初めてコンピュータによる記録、集計が行われ、その後、コンピュータシステムが発達した。2021年夏のオリンピックでは光のネットワークがさまざまな新技術の基盤となって、新しい技術レガシーを生むことは間違いない。


中島和秀(なかじま・かずひで)氏。1994年入社。以来、多様な光ファイバーの設計と評価に関する研究に従事。2000年から国際通信連合電気通信標準化部門(ITU-T)における光ファイバー技術の国際標準化活動に参画。
中島和秀(なかじま・かずひで)氏。1994年入社。以来、多様な光ファイバーの設計と評価に関する研究に従事。2000年から国際通信連合電気通信標準化部門(ITU-T)における光ファイバー技術の国際標準化活動に参画。


 さて、中島が光ファイバーでやった業績は多々あるのだが、素人でもパッと理解できるのは、おそらく、そのうちのふたつだろう。

 ひとつは新しい種類の光ファイバーを研究開発していること。
 もうひとつは曲げたり、折ったり、結んだりできる「曲げフリー光ファイバー」を開発し、特許を持っていることだ。
 中島はふたつの業績を説明する前に、光ファイバーについて簡単に歴史を教えてくれた。

「光ファイバーについて、最初に理論を発表したのはノーベル物理学賞を受賞された香港人のカオさん(チャールズ・クエン・カオ)です。1965年、カオさんは石英ガラスの中の不純物をとりのぞけば非常にエネルギーロスが少なく、遠くまで高速に伝送できるという理論を発表しました。その後、アメリカのガラスメーカー、コーニング社が測定できるレベルの低損失な光ファイバーの実現性を初めて実証(1970)したのです。そこからはAT&T、当時の電電公社・日本のメーカ各社を交えたグローバルな研究開発競争が始まりました」

 そうして、民営化した1985年、NTTは北海道の旭川と鹿児島間をつなぐ日本を縦貫する光ファイバーケーブル網を完成させ、その後も光ファイバーについてシステム、構造、材質の3つの要素を同時に進化させていった。

 中島は研究の進み方について語った。
「80年代から90年代の間は、いかに通信の速度を速くするかが研究者たちの課題でした。1秒間に何ビットの情報を送れるかをどんどん上げていく研究だったんですね。そして、私が入った94年は、その次のフェーズです。それまでひとつの波長でしか通信してなかったのが光ファイバー1本のなかで10個の波長を使って、10倍送るという研究を始めました。

 光ファイバーで送る情報量を増やすとは光を明るくするのではなく、点滅を速くすることです。1秒間に10回パチパチするのを100回パチパチするようにしたら10倍のデータが送れるわけです。今の光通信は基本はデジタル通信ですから、オン、オフで1か0で信号を送ります」

 従来型の光ファイバーの構造は断面を見ると、2つの層になっている。
 コアと呼ばれる中心層の周りをクラッドと呼ばれる外側部分が包んでいる。クラッドは光に対して透過率が高い石英ガラスでできており、コアは石英ガラスにゲルマニウムが混ぜてある。
 ガラス部材が異なっているので、コアの屈折率はクラッドのそれよりも高く(大きく)なる。そのため、全反射や屈折作用により光は中心部のコアに閉じ込められる。

 中島は入社後、光ファイバーの研究を始めるのだが、敷設が進んでいた従来型の改良がテーマではなかった。上司からは「将来、使うことになるかもしれない次世代型を追究しろ」と言われた。いわば、ガラケーがやっと普及し始めた時代に、5Gスマホの研究をしろさ命令されたようなもので、当時の中島にとってみれば「途方もない」テーマだった。


《後編に続く》

野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。


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