【対談企画】『TOKYOオリンピック2020と技術レガシー』野地秩嘉新連載に向けて(前編)

INTERVIEW

日本電信電話株式会社
常務執行役員 研究企画部門長
川添 雄彦

コロナ禍により、延期決定された2020年東京オリンピック。オリンピックはスポーツの祭典でありながら、さまざまなレガシーを生み出してきた新技術のショーケースでもあります。今回、『部品の仕事』を連載した作家 野地秩嘉氏の新連載『TOKYOオリンピック2020と技術レガシー』に先立ち、野地氏とオリンピックの通信技術を担う日本電信電話株式会社 常務執行役員 研究企画部門長 川添 雄彦氏の技術革新に関する対談が実現しました。


はじめに

 今年度、新連載『TOKYOオリンピック2020と技術レガシー』が始まる。
 オリンピックはスポーツの祭典であるのと同時に、さまざまなレガシーを生み出してきた新技術のショーケースでもある。

 前回、1964年の東京オリンピックではコンピュータシステムによる記録の集計、記録の電送が行われた。これは後に銀行のオンライン決済や新幹線のチケット発売システムにも結び付く当時の新技術だった。

 今回の東京大会でも、すでにいくつかのレガシーとなるべき新技術が開発されている。
 この連載では各社がそれぞれ満を持して発表する技術レガシーとなりうるものを取り上げていく。

 さて、連載が始まる前にNTTの常務理事で持ち株会社の役員、川添雄彦さんにオリンピックと技術レガシーの開発について聞いた。
 川添氏は同グループ研究開発部門のトップでもある。


日本電信電話株式会社 常務執行役員 研究企画部門長 川添 雄彦氏
1987年NTTに入社。2008年研究企画部門担当部長、2014年サービスエボリューション研究所長、2016年サービスイノベーション総合研究所長を経て、2018年6月より現職。工学博士。
日本電信電話株式会社 常務執行役員 研究企画部門長 川添 雄彦氏
1987年NTTに入社。2008年研究企画部門担当部長、2014年サービスエボリューション研究所長、2016年サービスイノベーション総合研究所長を経て、2018年6月より現職。工学博士。


基礎・応用研究を幅広く行う電話会社の研究開発部門

野地:
 NTTというと、電信柱の保守管理をしている電話会社で、携帯電話のドコモの親会社というのが一般のイメージなのですが、川添さんがやっている仕事を聞くと、新技術の研究開発に力を入れている会社だとわかります。

川添:
 はい。NTTグループは全体で30万人を越える社員がいますし、売上も11兆9千万。連結子会社が920社。大きなグループになりました。
 実は30万人いる社員の40%以上はすでに日本国籍ではありません。NTTといえば日本だけの企業、電信柱を保守管理している企業と思うかもしれませんけど、すでに海外の人が半分近くいる多様性のある会社なんです。

 そして、私がいる持株会社の中に研究開発部門があります。ドコモのようないわゆるNTT事業会社は一生懸命働いて、利益を生み出すわけですが、上がってきた利益は持株会社に回して、研究資金にする。そして、研究成果が上がってきたら、事業会社にフィードバックしていく……。持ち株会社の大きな役割は研究開発です。

野地:
 他の電話会社、キャリアもそうした会社も研究開発部門を持っているわけですか。

川添:
 むろん、電話の技術に関して言えば同業他社にもR&D部門はあるでしょう。しかし、うちは何も電話や無線の研究ばかりをしているわけではありません。基礎研究、応用研究を幅広くやっています。企業の持つ研究所というより、大学の研究所がやっている分野と競合している部分もあります。

野地:
 電電公社の頃からやっているのですね。

川添:
 野地さん、電電公社と言う人、もう、そんなに多くないですよ。

野地:
 すみません。


医学系、物性、光などベーシックなことを幅広く研究

川添:
 電電公社、さらにその前の逓信省の時代から、うちは研究をやっています。NTTは現在、国内に12の研究所があって、海外には3つの拠点が全部で15の研究所を持っている。特徴としては、何と言っても研究対象が幅広いこと。
 
野地:
 たとえば?
 
川添:
 医学系、材料系、あるいは物性、つまり光の技術などです。たとえば光の技術に関わる研究はすでに1960年代から始めています。

 現在、多くの企業がやっている研究開発は、たとえばAIと、IoTに特化して、そこを集中的にやっている。しかし、我々は目の前のことではなく、ベーシックなことを幅広くやっている。流行りの研究は注目されますが、浮き沈みがある。一方、我々がやっている流行りとは呼べない技術は、それほど注目されないけれど、時間をかけてやっているからいずれ必ず花開く時が来る。

 また、幅広いジャンルをやっているわけですから、さまざまな研究員がいます。心理学の博士もいますし、医者もいます。

野地:
 それもまたダイバーシティですね。

川添:
 はい、フェローのうちの一人は、もともと外科医でした。しかし、彼は外科医を辞めてNTTの研究所で研究をやりたいと来たんです。実は臨床医だった頃、患者さんの身体に電極を付けて、値を測定することをやっていた、と。彼が身近で見ていると、あまりにも患者さんへの負担が大きい。そこで、彼は負担がないような新しいセンサーを開発したくて、うちに来ました。うちはそういう社会貢献の志を持つ人を大いに歓迎します。

野地:
 そういった基礎的な研究所から他の分野までの研究をしているところはいくつもあるんですか。

川添:
 アメリカでいえばAT&Tのベル研究所が有名です。国を代表するキャリアの研究所は昔はどこもそういう広範な研究に携わっていたのですが、現在、残っているのはNTTくらいになってしまいました。

野地:
 すると、あとは大学の研究室ですか。

川添:
 大学は学問としてやっています。ただ、私たちは社会実用に結びつけるところをイメージしていますから、大学よりは一歩、進んだところにいると思っています。


東京オリンピック2020で披露する技術レガシーは光の技術

川添:
 野地さん、長野のオリンピック(冬季 1998年)のときの端末を覚えてますか?
 弊社が出したんです。当時、電話屋の究極の夢だった腕時計型電話で、大会運営側のスタッフが全員、連絡とかに使っていました。でも、考えてみれば、あれはPHS。今はもうなくなったんですが、あの時が初めてのPHSの登場でした。

野地:
 それまではPHSってなかったんですか。
 
川添:
 はい、ちょうどその時でした。以降、PHSが普及するきっかけになったのです。

野地:
 さすが川添さん、歴史をよく知っている。
 
川添:
 いや、これは実は、一部は私自身が設計したから覚えているんです。オリンピックっていうのは、新しい技術をアピールするには非常にいい場なんです。

野地:
 では、今度も、NTTはかつてのPHSに比するような技術レガシーを発表するんですね。

川添:
 はい。しかし、うちだけではなく、各社、これはという技術を用意していると思います。ですから、この連載は私自身が読者としても楽しみにしているんです。

野地:
 ありがとうございます。では、具体的にはどういった技術レガシーがあるのですか。

川添:
 kirari!(きらり)という映像的な体験だったり、試合会場への道案内のための新しいシステムといったものがありますが、まずは光の技術です。

野地:
 光、ですか?

川添:
 はい、光です。電気に変わる媒体と言いますか。
 いま、みなさん、インターネットがあることが当たり前ですよね。でも、『スター・ウォーズ』とか『スター・トレック』を見ていると、インターネットは出てこないでしょう。それでも登場する人たちは誰もが通信をしている。

 あの通信はインターネット、つまり電気ではなく光とかレーザーでやっているのです。それは電気よりも光の方が速度が速いから。
 SF映画の制作者たちの発想は「未来の通信メディアは光が行う」というものなんですね。

野地:
 なるほど。『スター・ウォーズ』の場合、武器も光ですね。

川添:
 いろいろなところに光が出てますが、インターネットという言葉は一回も出てこない。

野地:
 つまり、電気というメディアはすでに未来型ではない?
 
川添:
 まあ一部ということですね。すべてが電気から光に変わるわけではありません。



通信が電気から光の時代に変わる時に必要な技術革新とは

川添:
 今回打ち出したのは、昨年5月に発表したIOWN(アイオン)。
 
野地:
 IOWNというのは何かの略なんですか。
 
川添:
 Innovative Optical and Wireless Network(イノベーティブ・オプティカル・アンド・ワイヤレス・ネットワーク)
 
野地:
 つまり……。
 
川添:
 革新的な光と無線のネットワーク。
 ネットワークと聞けば、イコール電線というイメージがありますが、我々が言っているネットワークとは、あらゆるICT (Information and Communication Technology)基盤です。それこそスマートフォンもそうだし、コンピューターもそうだし、サーバーもそうだし。すべて、光の技術に置き換わる。
 
野地:
 光ファイバーから始まって、光配線の時代になる?
 
川添:
 はい、そうしたICT基盤からいくつものオリンピックの技術レガシーが出てくると思います。通信の世界でも映像の世界でも。
 
野地:
 なんといっても、住宅のなかの電気ネットワークがすべて変わる……。
 
川添:
 ええ。消費電力が光技術になると、従来技術に比べて100分の1ぐらいになるとされていますからゲームチェンジが起きますよ。
 今までのエレクトロニクス、電気から、光、光子、フォトニクスに技術のベースを変えてしまうと、あらゆる技術革新をさらに生み出すことができる。
 
野地:
 では、電気から光に変わって、何がいちばん変わるかを、ものすごくわかりやすく説明してください。
 
川添:
 たとえばノートPCを買ったとします。以前は、新しいノートPCを買ったら必ず性能アップしてましたよね。でも、今はそれほどでもない。スマートフォンだってそうです。
 PCもスマートフォンもこれ以上、機構を入れるとエレクトロニクスの容量が大きくなり、機械が熱くなってしまう。これはあきらかに今のエレクトロニクスの機械、ネットワークが限界を迎えている証拠です。

 今までは必ず成長する、性能がアップするということを前提にいろんな技術革新をなし得たんですけど、電気という基盤の能力が限界に来ている。

 それでも、人類はそこであきらめちゃダメです。さらに伸びていくことを目指さなくてはならない。それを実現するポイントのひとつとして光という技術に希望を託したい。それが我々の考えです。
 そうすれば消費電力とか、パフォーマンスの壁を越えられる大きなものになると思っているんです。
 
野地:
 要するに電気よりも処理速度が速いという意味で光だと。
 
川添:
 はい。我々は前にも触れましたけれど、1960年代から未来を見据えて光の研究をやってきたのです。
 
野地:
 そのうち実用化されているのが光ファイバーですね。電気じゃないから、いくら容量が増えても、電気ほどは温度が上がらない。
 
川添:
 はい。しかも遠くまで飛ばせる。
 
野地:
 ということはスマホの中の回路を光ファイバーにすればいいってことですか。
 
川添:
 簡単にいうとそうです。
 
野地:
 では、なぜできていないのですか?
 
川添:
 まだそういう技術ができていなかったからです。光ファイバー自体はあります。光ファイバー用の伝送装置もできました。しかし、光で動くプロセッサー、CPU、メモリができていなかった。
 
野地:
 それを早く作ってもらうしかない。
 
川添:
 それが課題で、我々は長年、ブレークスルーを求める研究をやってきたのですが、遂に2019年の4月、光トランジスタができました。世界に先駆けたNTTの発明です。世界で初めてNTTが開発に成功して、『ネイチャー・フォトニクス』という雑誌に掲載され、注目されています。
 
野地:
 実物はあるのですか、写真とかも。
 
川添:
 はい。写真もあるし、『ネイチャー・フォトニクス』を見ていただいたら、ちゃんと載ってます。


ナノ受光器とナノ光変調器の集積によるO-E-O変換素子
ナノ受光器とナノ光変調器の集積によるO-E-O変換素子


野地:
 ものすごい発明じゃないですか。でも、どうして、誰も知らないのだろう?
 
川添:
 いやいや、知ってる人は知ってます。たとえばインテル。インテルも光の技術しかないと思っていて、ずっと追い求めていた。しかし、一歩だけ早くNTTが発明できたわけです。
 
野地:
 ノーベル賞じゃないんですか。
 
川添:
 いえいえ、でも、たぶん、くれるんじゃないか、と。なんてことを言ってはいけないですね(苦笑)。
 
野地:
 まあ、僕が思う分にはいいでしょう。では、PCもスマホも変わるということですね。
 
川添:
 はい、昔でいえば真空管ができたようなものですから。しかし、まだスタートにすぎません。
 
野地:
 そうか、機械が熱くならないって、わかりやすいですね。新しい技術を組み込もうとしても、機械が熱くなってしまえば、もう、それ以上のことはできない。だから、スマホも性能はアップしない。
 
川添:
 ええ、そうなんです。究極のエコというか、まさに今注目されている、ESG経営とか、環境の話にも関わってきます。

 野地さん、NTTが日本のすべての電力の何%を使ってるか、知ってます? 1%も使ってるんですよ。ですから、NTTには電力消費を下げる責任がある。光の技術を使うと、確実に電力消費が下がります。あらゆる電子デバイスに光の技術を搭載していくと、まさに環境問題も解決に近づくかもしれません。


《後編に続く》

野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。


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