「静かさ」を追求する!部品の仕事を極めるために必要な設備と人物像とは?〜《林テレンプ:後編》部品の仕事(22)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『部品の仕事』第22回(最終回)は自動車内外装のトータルサプライヤーである名古屋の林テレンプ後編です。EV時代を迎え自動車業界が大きく変化していくなか、車の内装部品の一つであるフロアカーペットの機能を高めるためにはどのような研究開発が行われているのでしょうか。万人が好きな静かさを追求するために当社が構築した「音」の研究開発現場を伺いながら、「部品の仕事」をする人物像について野地氏が迫ります。

音の研究、無響室で車の内外音のエビデンスを集める

 林テレンプの事業所には実験室、研究施設があるが、松浦が見せてくれたのはふたつの部屋だった。
 ひとつは無響室。音が響かない、反響がない部屋だ。そこに車を持ち込んで、さまざまな音を調べるという。

「ここにあるのが車を載せて、下のドラムが回転する装置です。車が走った状態を作り出して、ロードノイズ、エンジンノイズを計測します。プラス、風切り音も再現できるようにしてあります。
車は平坦な道を走るだけではないので、路上の凹凸を作り、ロードノイズを再現する。舗装がきちんとしたスムースな道やラフロードの音も再現できます。この装置は時速250キロまで回せます。マイクが仕掛けてありますが、これで音を拾って、フロアカーペットの材質、デザインを変えたら、音がどうなるかを調べるようになっています。

 日本の内装メーカーで、こうした試みを始めたのは我々が最初でしょう。1996年からのことで、当時の経営者がこうしたレベルまで踏み込んで研究しないといけないと考えたわけです。それまでは単に部品のなかだけで静粛性を考えていたのですけれど、車の外界から来る音を調べて、車トータルの防音性能を計測し、そこから部品を開発できるメーカーにならなければいけないと考えたのです。

 視野を広くしないといけない。これまでと同じやり方ではシェアを取っていくことはできない。いかにトータルでやれるかが内装部品メーカーのサプライヤーとしての力だと感じたからです。

 こうした部屋があることによって、車の内外の音を詳細に研究できるようになりました。
 繰り返しになりますが、それまでは材料サンプルの遮音度を測ったり、吸音力を測ったりということで、部品を提案していたんです。ところが、これができてからは車にある音のエビデンスを元にした提案ができるようになりました。車の音をコントロールする第一歩といえます。

 たとえば、車外からの音を小さくするだけでしたら、吸音材を多く張り巡らせばいいでしょう。それをやると無響室にいるみたいなもので、会話が届きにくくなりますし、オーディオの音が平板になってしまいます。ライブ感が欲しいのにデッドな音になってしまうとか……。まあ、実際の車には窓ガラスがありますから、いくら吸音材を増やしても車内が無響室のようにはならないのですが……」


林テレンプ株式会社 取締役兼主席執行役員 技術本部長 松浦昭博氏
林テレンプ株式会社 取締役兼主席執行役員 技術本部長 松浦昭博氏




部品の組み立てやすさ、カーメーカー現場で敬遠されないための工夫

 部品は性能を問われるだけではない。林テレンプのように、静粛性能を徹底的に突き詰めていたら製造コストも上がってしまうと思われるのだが、だからといって製品価格に転嫁できるわけではない。効率的な生産、できあがった製品が組み立てやすいようにするといったくふうも合わせて提案している。

 林テレンプに限ったことではないけれど、カーメーカーが部品を採用する場合、性能と価格だけを見るわけではない。
「組み立てやすい部品かどうか」ということは意外に重要なのである。性能がよくて、価格が安くても、組付け、組み立てに手間がかかる部品は現場から敬遠されてしまう。

 松浦は「むろんです。ちゃんと考えています」と大きくうなずいた。

「当社のフロアカーペットは床面に接着するわけではありません。床に置いて、部分的に止めるだけです。フロアカーペットは面積が大きい部品ですから、作業の手間も考えないといけないのです。組付け作業で言えば、床と天井はやりにくい。特に天井はなかに乗り込んで、上に向かって持ち上げるわけですから、重量制限が出てきます。フロアカーペットだって、重いと持ち上げるだけで大変ですし、燃費が悪くなります。

 面積が大きくて、真っすぐには室内に入らないのですから、畳んで入れるのですが、折り曲げていれても、折り目やすじがつかないようにしてあります。しかし、ある程度は曲がらなきゃいけない。使っているうちにこすれて毛玉が出てもいけない。静粛性を高めるだけではなく、カーペット本来の保温性、耐久性といった点もちゃんとクリアさせているわけです」


車に乗る人を落ち着かせる加飾性

 カーペット本来の機能で言えば、加飾性、つまり、見た目の美しさも重要だ。そういった部分も、研究していると思われる。

 松浦は「はい。それはもうやっています」と当然ですといった顔をした。

「色やデザインは材料の開発でやっています。車は毎日乗る人もいるわけですから、どういった配色にしたら、落ちついた感じになるかをまずは考えます。また、ユーザーの年齢、性別などによって色の好みは違います。そして、車種が変わるとユーザーも変わります。その辺を考えて、カーメーカーさんに色やデザインは提案します。

『この車の一番の年代層はここですから、この色でどうですか』あるいは『グレードを分けて、こちらはシックなグレーだけれど、若い人のためにはビビッドな色がいいでしょう』とか。

 シートや内装は色別に選べたりしますよね。ただ、フロアカーペットの場合はだいたい2色、ですね。黒か淡いベージュです。今の車の色は黒か、濃いグレー、ベージュ、もしくはアイボリーです。かつてのような赤、青、黄色といった車はありません。明るい色の車は減りました。

 まあ、正直に言えば、残念ながらフロアカーペットがいい色だから車を買うという人はいないでしょうね」


開発から量産品製造までの時間とコストを下げる音響シミュレーションとは

 無響室を出て、松浦が案内してくれたのは音響シミュレーションの部屋だった。壁面にはやはり吸音材が張ってある。ふたつの区画に分かれていて、ひとつには放送局のようなコンソールとパソコンがある。
 もうひとつの区画には車の運転席、助手席、後部座席があり、目の前に大きなモニターがある。

 運転席に座ればたとえばカムリという車種でケンタッキー州の道路を走った画面が前のモニターに映る。同時に座席ではケンタッキー州の道路の振動が再現される。さらに、実際に走った時のエンジンノイズ、ロードノイズが再現される。

 何のためにここまでの装置を作ったかといえば、林テレンプが「これから開発しようとしている内装部品」を車に装備した時の音を創り出すことができるからだ。

 カーメーカーの担当者が「もっとロードノイズを軽減したい」と注文を出せば、実際の製品を作らなくとも、製品を装備して路上を走った時の音を再現することができる。狙い通りの量産品を製造できることになる。

 松浦は「世界で初めての試みです」と胸を張った。

「これまではテストコースなどで試作品を載せた車を走らせて、音を計測し、グラフ波形に出して、カーメーカーさんに提案していたんです。つまり、実際に、やりとりするのはグラフであり、数字で、音は聞けなかった。まあ、実際に走った時の音を録音して、オーディオで再生したこともあります。しかし、臨場感がない。そこで、本気で再現する装置を作りたいとずっと構想してきて、やっと完成したのがこれなんです」

 わたしは実際に座って、ミシガンの道路を走った。エンジン音、ロードノイズだけでなく、風切り音もするし、踏切で止まったら、カンカンカンカンという警告音も車内に聞こえてくる。
 テーマパークにあるライドのようなものだ。ミシガン州まで行かなくとも、実際に走っている気分になる。また、この時はある特定の車種だったが、違う車で走った時の音も再現することができるという。

 松浦は言った。
「多方向のスピーカーとウーファーで音を再現します。全方向からの音を録音できる3Dマイクロフォンというのがあって、それでもって全方向の音の音色、強弱を取り込めるようになっています。それをコンピュータ処理して、座席に座った人に聞こえるようにします。リアル録音再生装置です。

 ただ、もう一つ大きいのは、さっき申し上げたように、グラフでやりとりしていて、カーメーカーさんに『現行車の音はこういうグラフです』と伝える。

 そうすると、カーメーカーさんは『じゃあ、ここを何dB(デシベル)よくしてください』と要求値が出てくる。車両開発では、そういう目標値が出て来るんです。

ただ、問題はその目標値が、どれくらい静かになるかは、やってみないとわからないんです。目標値に向かって我々は改良するんです。そして、仕立て上げてみると、『いや、ちょっとフィーリングが違う』と。数値はクリアしているのですが、実際に音を出してみると、ちょっと違う……。

 そういうことができるだけないように、初期の段階で、目標値の音をほぼ再現して聞くためにこの装置を作ったわけです。

 つまり、音をただ下げればいいのではなく、同時に快適な静かさを求めなくてはいけないわけです。現在、フロアカーペットに求められていることって、そんなことなんです。
 私たちにとっては開発初期の段階で、改良の期待値の音を先に聞くことができるのです」
 
 部屋の名前は「アドバンスド・アコースティック・シミュレーター」だ。
 実際に試作しなくとも、音が出せるわけだから、開発から量産品製造までの時間が短縮されたという。つまり、製造にかかわる時間が短くなったのだから、コストも下がる。



⾞両⾳響シミュレーター、AAS(Advanced Acoustic Simulator)リスニングルーム
⾞両⾳響シミュレーター、AAS(Advanced Acoustic Simulator)リスニングルーム


防音性能、カーメーカーに採用される一番のポイント

 わたしは松浦に言った。
「お目にかかってから話をしていることのほとんどは音についてです。カーペットの話なのに、音です。それほど大事なポイントなのですか」

 彼は「そうです」と言い、続けた。
「繰り返しになりますけれど、一番、要求される性能が音だということです。衝突安全とか、耐久性は、すでにスタンダードができています。ある程度の質を満たせば、もうそれ以上は要らないわけです。
 そして、競合する時には、色がどうのこうのではなく、防音性能で決まります。

 あのう、ひとことで言えば、何と言うのかな、今の人はうるさいのが嫌いなんです。人でも、うるさいやつは、嫌われるかもしれません(笑)。

 もうひとつ言えば、人は音にものすごく関心があるんですよ。結局、音は感覚の問題です。感覚は人によって違います。人種、年齢、性別によっても違います。万人が好きな静かさを追求するのは難しい。しかし、私たちはやらなくてはならない。そういう仕事をしているわけです」


EVと自動運転

 最後に、EVや自動運転の時代になると、フロアカーペットおよび内装品は変わるものなのか。

 彼は腕を組んで答える。
「どうなんでしょうかね。おそらく、それほどは変わらないでしょう。
 EVだとエンジン音はなくなりますが、ロードノイズと風切り音は逆に気になるでしょう。モーターになるとキーンという音になります、また、エアコンのコンプレッサーの音が目立つでしょう。ですから、この部屋でシミュレーションして対策を立てているところです。

 モーター出力を上げてみたりもしますよ。モーターは何もしなかったら、うるさいです。音は相当カバーがされて、ある程度静かにされている。

 ただ、単にモーターの音だけを対象にしているわけではありません。EV車という車をトータルで内装デザイン・設計をやっていますから、全体として、どうしたら快適になるかを考えています。

 自動運転については乗っている人は静かでなければならないと思うでしょうね。
 たとえば、運転していたら、人はある程度の音がある方が快適なんです。運転してるんだという感覚を確認できるわけですから、それはそれで必要なんですよ。

 ところが、完全自動運転になったら、今度は部屋が移動するようなものだから、静かじゃないとダメですね。何やるかといったら、寝るか、本を読むかでしょう。仕事をやる人もいるでしょう。そうなると、車内は今よりも静かでないと、受け入れられないでしょうね」


どんな人が活躍する場なのか

 フロアカーペットの設計デザインとは布地や繊維について詳しい人間がやることだと思っていた。しかし、松浦の話をじっと聞いていると、そういう人も必要だけれど、音響、車の設計などについて勉強した人が活躍する場のように思える。

 松浦は「その通りですね、さまざまな人がうちにはいます」とうなずいた。

「機械設計はいます。美術大学を出たデザイナーもいます。あと、化学ですね。私は化学出身ですから。それから、物理、音響工学。

 専門分野の勉強も必要ですけれど、やっぱり広い視野で見られるというのが大事ですね。部分的な開発もしたいけど、ちょっと待って、ユーザーの立場になったらこうじゃないかと考えられる人にならないと。また、ユーザーといっても人種もさまざまです。そして、これはチームでやる仕事ですから、幅の広いプロセスを、前後も理解できて、他の人の意見にも歩み寄れるような人……」

 松浦がひとつひとつ条件を上げたので、「そんな理想的な人たちの集まりなんですか?」と聞いた。

 すると、彼は笑いながら、「いや、そうなればいいな、そういう人になりたいなと思いながら、仕事をすればそれでいいんですよ」と言った。

 つまり、林テレンプに入ろうという人は最初から完成された人間でなくともかまわないということだ。


野地秩嘉(のじつねよし) 
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。



▽連載『部品の仕事』シリーズ一覧
  1. 日本精工(NSK)「ベアリング」前編 / 後編
  2. BOSCH「二輪車用ABS」前編 / 後編
  3. GSユアサ「自動車用バッテリー」前編 / 後編
  4. NTT(日本電信電話)「コネクテッドカー」前編 / 後編
  5. 村田製作所「車載センサー」前編 / 後編
  6. ブリヂストン「トレッドパターンデザイン」前編 / 後編
  7. 矢崎総業「ワイヤーハーネス」前編 / 後編
  8. クラリオン「カーオーディオ」前編 / 後編
  9. エフ・シー・シー「クラッチ」前編 / 後編
  10. ソミック石川「ボールジョイント」前編 / 後編
  11. 林テレンプ「内装部品」前編 / 後編
▽番外編・特別編

 

 

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