娘や年老いた母親を思って作るボールジョイントとは?〜《ソミック石川:後編》部品の仕事(20)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『部品の仕事』第20回はボールジョイントなどの自動車部品を開発・製造している浜松のソミック石川の後編です。自動車には欠かせないボールジョイントですが、『利益の10%は耐久試験、開発にまわす』同社において、その性能を高める技術や方法には何があるでしょうか。さらに、技術者が語るボールジョイントに対する思いと「完成車開発の一端を担っている」部品の仕事へのモチベーションについて野地氏が探ります。


一度入れたら10年はそのまま使えるグリース(潤滑油)

 潤滑状態を保つにはスタッドとカバーの設計だけでなく、さらに潤滑油自体の性質も重要になる。
 かつては潤滑油の性質が今ほどではなかったために、グリースを補充する必要があった。「グリースニップル」という注入口を設けておいて、古いグリースを出し、新しいグリースを補充したという。
 しかし、今はその必要はない。現在ではメンテナンスフリーだ。一度、入れたグリースを10年はそのまま使えるのである。

「ただ、一部のトラックメーカーさんからはグリースニップルをつけてくれという注文もいただきます。絶えず、新しいグリースを補充したいからです。
 一般にグリースが切れ始めるとさまざまなことが起こります。つねにグリースが回っていないと、スタッドとの接触部がこすりあわさって摩耗してしまう。そうすると、さまざまな状況が起こってきます。つねにグリースが全体に供給されていることが重要なんです」

 グリース(潤滑油)はベアリングには必ず使われている。ボールジョイントもベアリングの範疇に入るからグリースが必要なのだが、連載第一回で紹介したベアリング大手、日本精工ではグリースを自社開発し、製造していた。

 では、ソミック石川はグリースをどうやって調達しているのか。

 斉藤は教えてくれた。
「NSK (日本精工)さんはグリースを自社で調合されますよね、あそこはそういう意味でもすばらしい会社だと思います。うちは調合こそしていませんが、当社なりの要求スペックを出して作ってもらっています。

 出光(興産)さん、協同油脂さんなどメジャーな3社から調達しています。それは私どもよりも、専門会社の方が知見もあるわけですから。グリースのレシピはもちろん社外秘です。各種製品によっても違います。

 ボールジョイントはこれまで話したように、スタッド、カバーの設計、材質、さらにグリースの成分まで、すべて独自の技術を持っていないと生き残れません。

 ただ、新興国へ行けばコピー品は山ほどあります。製品の形状だけをコピーすれば、7割程度の性能のものは作れてしまうからでしょう。しかし、7割では危険なんです。耐久性がない。どこか摩耗してきて、水が入ってきて破損してしまう。
 そして、いくら真似しようと思って、分解しても気がつかないところは山ほどあります。

 コピー製品でも、普通に路上を走っていれば壊れないかもしれません。しかし、自動車自体を運搬する時に壊れてしまうことがあります。これは他のベアリングメーカーさんも困られていると思いますけど、ロシアなどで、車を列車にのせて輸送するという場面があります。あの場合、タイヤは回転しないけれども、列車の上下動がずっとあって、しかも長い距離を移動します。タイヤは回転してないのに、車自体は走っているような上下動を受けるわけです。

 そうすると、ボールジョイントやベアリングの一部の箇所だけに負荷がかかります。長距離の列車移動では想定していない負荷がかかりますから、当社の製品は大丈夫ですけれど、形状だけを真似したコピー品ではトラブルになるのではと思います」



株式会社ソミック石川 取締役 専務執行役員 ボールジョイント事業本部長 斉藤要(さいとう・かなめ)氏
株式会社ソミック石川 取締役 専務執行役員 ボールジョイント事業本部長 斉藤要(さいとう・かなめ)氏


ボールジョイントの仕様とコストを抑える独自の加工技術

 ボールジョイント自体の構造と材質に関することはだいたい、わかった。
 では、次は部品会社として、ボールジョイントは完成車メーカーから示された仕様に基づいて作るのか、それとも自主的に開発を進めていくのか。

 斉藤は言う。
「大きな流れからすると、当社で開発したものを提供します。例えば『今度、こういう低摩擦にしたのがあります』と、売り込むわけです。ですが、個々の車種の新車に関しては完成車メーカーから要求仕様が来たのを受けて当社がエンジニアを送り込む。そして、要求仕様を考えながら一緒になって開発する。ただし、これは当社が100パーセント、ボールジョイントを作っているトヨタさん、スズキさんといった会社の場合です。

 そうではない場合はコンペです。要求仕様が出てきて、それに対して幾らで作れますか、図面を出してくださいと言われてコンペに出す。この場合のスタート点は完成車メーカーさんということになります」

 どちらの場合でも、単に仕様に合わせたものを作るのではなく、独自の技術を入れる、そして、コストを抑える。

 これはボールジョイントだけではなく、どんな部品でもそうだし、完成車メーカーだって、新車を出す時は独自の技術を入れ、さらにコストも抑制する。そうしなければ車はベストセラーにはならない。新車はすべてとは言わないまでも、個々の部品もブラッシュアップされているものだ。

 では、完成車メーカーが部品メーカーに出す仕様とは、どういったものなのか。

「ボールジョイントで言えば、グリースとか樹脂シート(カバー)は、うちから提案していきます。形状のほうは、完成車メーカーさんが、強度ですとか、存在できるレイアウトですとか、軽くしたいんでアルミにしたいとか、いろいろな条件を伝えてきますから、当社がそれに合わせて設計することになります」

 ボールジョイントの技術の流れで言えば、グリースを補充しないで済むメンテナンスフリーへの変化がもっとも大きなものだった。その後の新技術はコストを抑えるという方向性になった。鍛造方法を変化させ、高い温度で鍛造する熱間鍛造よりも冷間鍛造の工程を増やすことで、エネルギーコストを下げることにした。

 ただし、これは前提として冷間鍛造の技術の進歩があるから成り立つ。部品作りには部品の材質を考えるだけでなく、加工技術の進展も採り入れなくてはならない。

 そして、斉藤は「自動車がEVになっても、自動運転になってもボールジョイントの役割は必要であり、かつ、形状、性能も左右されない」と言った。

「サスペンションの形式が変わらなければ変わらないです。ただ、トヨタの自動運転車で、EV車のバス、『e-Palette』のようなものが出てきて、タイヤのサイズやサスペンションの形態が変われば、それにあったボールジョイントを開発して出していきます。

 今後、ボールジョイントという部品は材質、フリーメンテナンスなどはあまり変わらないと思います。変わるとすればサイズくらいですね。重い車のほうが大きなサイズになってきます。
 大きなサイズになればコストもかかります。ちなみにコストの6割強は材料です。

 ですから、たとえば車自体を軽くするのが目的であれば、ボールジョイントに限らずアルミを使えばいい。ただし、アルミは鉄よりも高い。1.5倍にはなります。また、もっと軽くするのではあれば炭素繊維(CFRPカーボン・ファイバー・リフォースド・プラスチック)を使えばいいです。しかし、これだと軽くなりますけれど、価格が鉄の3倍にはなる。

 アルミにせよ、炭素繊維にせよ、使えば車体が軽くなって燃費がよくなりますけれど、その分、車両価格が高くなる。だから、今のところは量産できないわけです」


二つの目的を達成するために繰り返し行う試作品テスト

「今、私が開発陣に言っていることは、『自分の娘の車につけるとしたらどんなボールジョイントにしたいんだ』と。
 絶対に壊れてくれるな、絶対に事故を起こすなという部品じゃなきゃダメなんだ、と。しつこいくらいに言います。とにかく壊れないのが1つ目。

 2つ目は、『年老いた母親を病院に連れて行く時に、どんなボールジョイントをつけたいのか』と。
 乗り心地がよくて、滑らかに動くということです。

 このふたつの目的のためにうちの部品はあります。そのために、いろいろ開発した部品を付け替えるために、テストコースを借りて乗り比べするんです。

『どう思う?』、『いや、全然わからない』とか、『いや、こっちのほうがいい』とか、『スラロームをやった時に、最初のやつの方がハンドルが切りやすい』とか。いろいろなテストを繰り返しています。開発というよりも、テストに時間をかけています。

 あと、うちの会社の自慢といいますか、大きな利益を出しているわけではないのですけれど、先代の社長から今の社長まで、『利益の10%は耐久試験、開発にまわす』。耐久試験機をずらりと並べて置ききれなくなったから、違う建物を借りてまで試験をしています。

 それくらい、試作品を壊しまくってテストしています。なぜならボールジョイントという部品は初期不具合が出る部品ではありません。10年間、走って、そこで初めて亀裂が入るといったことが起こる部品です。しかし10年くらいでダメになってはいけない。自分の娘の車に付けるわけにはいきません。だから、テストを長時間やるのです。

 運転していても、ボールジョイントの不具合はなかなかわかるものではありません。コトコトコトって音がしたり、ハンドルが震動してきたり、真っすぐ走っているのに車が震動してきたりすればおかしくなっているかもしれません。しかし、そこまでには相当の時間がかかります。

 新車では絶対に壊れません。買ってから5年、6年でもありません。10年でも大丈夫です。ただし、縁石にぶつけちゃったとか溝に落としたといった事故を起こした車であれば別です」

 斉藤が繰り返し強調するのは「壊れない」である。

 ただし、「カバー部分の劣化はあります」。
 そう付け加えたのは実験部部長の山口隆。彼もまた中途入社だ。部品開発がやりたくなって入社したという。

 そして、実験部という部があるくらい、同社は試作品の試験、実験を繰り返している。

「当社の部品は普通に乗っていたら10年、15年、20年でも大丈夫ですが、カバーがたまにオゾンで劣化することがあります。オゾンとはOが3つある気体です。O 2が酸素で、オゾンはO 3 。大気中に存在しているものなんです。

 オゾンは重たい気体で、盆地にたまります。オゾンがたまったところに通常のゴムがさらされていると、劣化することがあります。ゴムって、表面が時々、白くなっていることがありますね。あれはなかに練り込まれていたワックスが出てきて、表面を覆う働きをするからです。ワックスでブロックしているから白くなる。

 しかし、それでもゴムはオゾンに対しては弱い。そこで、カバーについてはCR(クロロプレンゴム)というゴム材料を使っています。価格も安く耐候性がいい。耐候性とはさまざまな気候に順応するという意味です」


株式会社ソミック石川 実験部 部長代行 山口隆(やまぐち・たかし)氏
1971年生まれ。1997年ソミック石川へ転職。ボールジョイントの設計・実験経験を経て、2019年実験部を創設し現在に至る
株式会社ソミック石川 実験部 部長代行 山口隆(やまぐち・たかし)氏
1971年生まれ。1997年ソミック石川へ転職。ボールジョイントの設計・実験経験を経て、2019年実験部を創設し現在に至る




ソミック石川ではさまざまな試験が繰り返し行なわれている。
ソミック石川ではさまざまな試験が繰り返し行なわれている。


部品の仕事へのモチベーション

「これだけは言いたいことがあります」
 斉藤ははっきりと言った。

「私たちの部品の仕事のモチベーションは何かと聞かれることがあります。私の場合、やはり車に対する興味です。そして、私だけでなく、開発するメンバーを見ていると、完成車開発の一端を担っているという気概があることがわかる。

 うちには2柱リフトを置いてあるのですが、新車が出ると借りてきたり、また社員が買ったりしたものを持ってきて、リフトアップして、車の下回りをみんなで見るんです。2柱リフトとは自動車の修理工場にある車をリフトアップするもの。
 そうですね、月に1回、2回は上げて見ています。私や会社が『やれ』と言ったのではなく、もうずいぶんと昔から自然とやっている習慣なんです。

 みんなが下回りを見て、自社製品が付いているから満足するわけではありません。他社製品であっても勉強になります。
『ここ、こうやってつけてるね』とか、『ここのところ、こう変えてるね』とか、その製品に対する興味、及び車に対する興味が大変あるんです。なので、僕が感じとっているのは、車に興味があって、部品がこういうふうに使われているというのを感じとる人たちが働いているわけです。車の開発の一翼を担っていることがモチベーションなんです。

 特に、うちのボールジョイントの場合はシェアが50パーセントを超えているから、たいていはうちの部品が付いています。しかし、それを維持するのは大変なことです。車に対する興味を失ったらやっていけません。
 リフトアップした車を見ながら、みんなでしゃべるんですけれど、『やっぱり安全だな』って。

 うちの製品を付けといてもらえば、お客様は安全に車を運転することができる。それがうちの使命です。うちの部品が付いている車がいちばん安全なんだ、と。下回りの部品を見ながら話すとみんなが納得すると思うんです」。

 斉藤のように完成車メーカーから部品メーカーに移ってくるのは稀なことだ。それでも、彼自身は非常に満足している。
 それは、「現場との距離が縮まったからだ」という。

「設計部長をしていた時は間にティア1の会社さんが入っていて、本当の部品の現場を知らなかった。現場と自分自身の仕事との距離が遠いなと思っていたんですね。設計の人間として、相手先の設計の人間とやりとりするだけだったから……。

 現場に行って自分で構想図を描いて、シミュレーションして、詳細設計をして、物ができて、実験をしてといったことからずっと遠ざかっていたので寂しかったこともあるかもしれません。
 設計部長で、部分的な設計はしていたのですが、私だけでなく、完成車メーカーの設計部メンバーは総じて現場から遠ざかっていたように思います。それは、仕入れ先さんが描いた図面をどう見るかが主な仕事だからです。

 私はモノ作りが好きだから、現場に近づきたかった。目の前に生産の現場があって、そこに自分が描いた図面があってほしかった。もしくは自分が実験したものを現場で量産したかった。問題が起きれば自分のせいです。ダイレクトな感じがあります。自分の一挙手一投足が結果に響いてしまう。でも、私はこれがやりたかったんです」

 部品の仕事は決して下請けではない。要求されたままに手足のように動いて物を作るのではなく、客と完成車を頭に置いて、独自の新たな技術を創案することだ。
 そう言っているのは私ではなく、完成車メーカーの幹部だった斉藤である。




野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。



▽連載『部品の仕事』シリーズ一覧
  1. 日本精工(NSK)「ベアリング」前編 / 後編
  2. BOSCH「二輪車用ABS」前編 / 後編
  3. GSユアサ「自動車用バッテリー」前編 / 後編
  4. NTT(日本電信電話)「コネクテッドカー」前編 / 後編
  5. 村田製作所「車載センサー」前編 / 後編
  6. ブリヂストン「トレッドパターンデザイン」前編 / 後編
  7. 矢崎総業「ワイヤーハーネス」前編 / 後編
  8. クラリオン「カーオーディオ」前編 / 後編
  9. エフ・シー・シー「クラッチ」前編 / 後編
  10. ソミック石川「ボールジョイント」前編 / 後編
  11. 林テレンプ「内装部品」前編 / 後編
▽番外編・特別編

 

 

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