レースの技術でクラッチは磨かれる〜《エフ・シー・シー:後編》部品の仕事(18)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『部品の仕事』第18回はクラッチを開発・製造している会社エフ・シー・シー(F.C.C)の後編です。ギアシフトが必要ないとも言われるEV時代に今後クラッチメーカーはどういう形で対応し、クラッチはどう活用されていくのでしょうか。レースによって磨かれるというクラッチの技術をお伺いしながら、試作部門と開発研究部門がチームになって必死に考えて提案をしていくという部品会社での仕事の魅力や将来性を野地氏が探ります。

EV時代のクラッチの役割

 小菅知克技師から「EVの普及とクラッチ」について、話が出た。

 実は今回の部品の仕事でクラッチを取り上げた最大の理由は「EVが主流になったらクラッチはいらないのではないか」という主張が巷間なされていることだ。
 EVだけでなく、自動運転、コネクティッド、ライドシェアといったCASEと呼ばれる新しい技術、新しい使い方が広まってきた結果、自動車、二輪業界は揺れている。

 特にEVになり、モーターになるとエンジン回りの部品は大きな影響を受けるとされている。エンジンがある機械にはつきもののクラッチはどうなるのだろうか。

 これをクラッチ開発に携わる小菅と渡会雅人技師に質問しようと思ったのだが、実は、最新の情報ではEVが主流になったとしても、変速機、クラッチは必要だという主張が高まりつつある。

 現在、マーケットに出ているEV、たとえば三菱のアイミーブや日産のリーフにはトランスミッションはついていない。つまり、クラッチもない。それはモーターは停止した状態からスイッチを入れたとたんに最大トルクを発生することが可能だからだ。ただし、回転数が上がっていくにつれて発生トルクは下がる。それを補うにはやはりトランスミッションがあった方が便利だということが言われるようになっている。

 こうした説も含めて、渡会、小菅両氏に聞いてみた。

 渡会は言った。
「確かに、現在のEVにはクラッチはついていないです。クラッチがある乗り物の多くはトランスミッションが付いてます。トランスミッションは低速ギアから高速ギアに切り換えていくことでエンジンの回転を高くしたり、低くしたりする。それで低速や最高速を維持します。そういった役割をしているのがトランスミッションなんです。ですが、今のEVはそれを付けなくても、発進から最高速まで市場ニーズをまかなえる性能が出せるのでクラッチを付けないというケースが多いのです。

 たとえばエンジンだと仮に1万回転までしか回らないとして、でも、最高速120キロまで出したい。でも、減速比の関係でそこまでどうしても最高速が出ないからトランスミッションで増速させるみたいなやり方を今の車はやっています。

 ところがEVは1万5千回転まで。そのまま回ることができるので、変速機で増速しなくても同じ最高速度が出せる。そういった理屈ですね」

 では、やはりクラッチはなくなるのですか?

 渡会は「そうでもないと思います」とさらりと言った。

「我々クラッチメーカーとしてはEV化は大きなリスクとしてとらえてます。しかし、逆にクラッチが必要だとなれば、まだまだ仕事はあります。
我々は完成車を作ってないので、ある程度は市場の流れに委ねざるをえないんですけれども、そうやって指をくわえていてもしょうがないので(笑)、我々自身もEVの事業に参画しなければということで、見本を立ち上げて今、将来性を探っています。

 ひとつはクラッチだけに頼らないで新技術、新事業を立ち上げる。クラッチが果たしていた役割を持った製品、その周辺の製品を開発すること。

 もうひとつは小菅が言ったクラッチの持つ部品を保護する機能です。
 たとえば二輪でコケないためのスリッパークラッチです。マニュアルトランスミッションの四輪車で半クラの状態をイメージしてください。とても微妙な操作をしながらみなさん、発進されます。あれはクラッチを乱暴にがくんとつなげるとエンストしたり、部品が傷むから。

 モーターから単純にゼロから100の力を伝えたとしましょう。四輪車ではエンストで済むかもしれないですけれども、二輪車の場合はそれが大きなショックにつながる。そのショックを軽減させるためにもクラッチの機能というのが使えるんではなかろうかと考えています。

 結局、EVがどうなっていくかは私たちだけではなく、完成車メーカーの方たちだってまだ想像がつかないのではないでしょうか。すべてがモーターでまかなえるかどうかは誰もわからないのです。

 私たちとすればクラッチを開発する、クラッチの周辺部品も開発する。『エフ・シー・シー(以下F.C.C.)にまかせておけばいいよね』と言ってもらえるような製品を作る。そういうような製品を提供していくことがF.C.C.の将来です」



株式会社F.C.C. 技術研究所 製品技術開発部 渡会雅人(わたらい・まさと)技師(左)と小菅知克(こすが・ともかつ)技師
株式会社F.C.C. 技術研究所 製品技術開発部 渡会雅人(わたらい・まさと)技師(左)と小菅知克(こすが・ともかつ)技師


同業他社との大きな違い

 次にF.C.C.の製品が他社と比べて違う点がある理由について大島宏介、柴田善康、鈴木隆宏の各氏が話をしてくれた。
 3人とも所属するのは試作、量産技術開発をする生産技術センターである。

「クラッチっていわゆる一般的に言うと自動車部品というイメージがあるんですが、できあがったものはアセンブリー製品です。設計を担当するにあたって、通常は『このスペースに入るクラッチを設計してくれ』といったことが多い。その場合、うちの強みはサイズに合わせて、要求された容量のものを設計できること」(大島)

 次に、わたしが訊ねたのは「クラッチは小型化、軽量化が求められているのですか?」であるる。

 大島は答える。
「小型化は軽量化に結びつくわけです。ただし、ただ単に小さくすればいいというものではありません。同じ性能を維持するためには、たとえば摩擦材の摩擦力を上げていく。その分、摩擦材の数を減らしてサイズを下げたり、枚数を減らしたりすることができます。そして、つねにさらなる小型化をめざす」

 実際にはどれくらい小型化しているのだろうと、わたしが呟いたら、小菅がフォローしてくれた。

「たとえばホンダさんのレース用クラッチがあります。10年前、最初にアシスト&スリッパークラッチの量産を始めた時に比べると、最新モデルではクラッチの重量を1キログラム軽減しています。クラッチ全体の重量は3キロくらいですから、相当、軽量化したといえます。

 要は二輪車は四輪車以上に軽量化が求められているのです。さらにいうと特にレース用は求められています。1グラムでも軽くすることがコンマ何秒の世界に対してはすごく重要なインパクトを与えるのです」


左から生産技術センター 製作ブロック 試作推進グループ 柴田善康(しばた・よしやす)氏、大島宏介(おおしま・こうすけ)技師補、試作加工組立グループ 鈴木隆宏(すずき・たかひろ)氏
左から生産技術センター 製作ブロック 試作推進グループ 柴田善康(しばた・よしやす)氏、大島宏介(おおしま・こうすけ)技師補、試作加工組立グループ 鈴木隆宏(すずき・たかひろ)氏


レースと試作

 レースの話が出たが、F.C.C.は二輪のモーターレースに力を入れている。同社ホームページにも次のようなことが書いてあるように、「レースの世界で部品を鍛えていく」方針がある。

「卓越した技術力からうまれる高性能なクラッチは過酷なモータースポーツの世界でもその力を発揮。
 F.C.C.のクラッチテクノロジーへの信頼を、さらに確かなものとしています。
2006年鈴鹿8時間耐久レースでの優勝は、F.C.C.のブランドと技術力を全世界のモータースポーツファンにアピールします」

 渡会以下、レースに関心のあるF.C.C.マンは多い。
 では、レースに出ると、部品のどこが鍛えられるのか。

 小菅の意見である。
「F.C.C.のレースでは鈴鹿にあるTSRというチームのメインスポンサーを30年ずっとやらせてもらっていて、バイクにもF.C.C.のロゴが入ったバイクで、参戦しています。そこのサポートをしながら、従業員がチームのスタッフとして、毎年10人くらい参加しています。まずは従業員のモチベーションアップに役立っています。

 また、レース車両というのはパワーがあるので、クラッチも量産品そのものでは持ちこたえられないケースがある。そういう場合はレース用のクラッチというのを作らなきゃいけない。レース用を作ることを通じて技術が得られます」


レース用のクラッチ製作を通じて技術が得られるという
レース用のクラッチ製作を通じて技術が得られるという


 小菅の話を受けて、鈴木が補足をした。
「クラッチに対する精度要求が市販車向けよりも厳しいので、自分としては鍛えられている感じがします。そして、鍛えられた技術は四輪クラッチの開発をする際に役に立ちます。弊社は四輪のシェアがまだ低い。ですから、仕事を取っていく立場にあるんです。今まで僕らが得意としていないところにもチャレンジしなくてはならない。レースに参戦していると、チャレンジ能力、適応能力という部分がすごく鍛えられると思っています」

 部品は完成車メーカーからの要求に合わせて開発する。むろん、各社の要求するポイントは違うし、また、同じ会社でも車種によって要求項目は違ってくるだろう。そんな時、レースに出ていると、幅広い要求に応えなくてはならないから、自然と要求に対する耐性が出てくる。
 一見、難度の高い要求が出てきても、経験値が多ければ解決する手段を考えられるようになる。

 小菅は「ええ、その通りです」と言った。

「お客さんからの要求は各社違います。私たちは要求項目に合致するクラッチを提供していく。スポーツカーとファミリーカーでは要求項目が違いますけれど、レースに出て鍛えていればいずれにも対応できるクラッチを提供することができます」

 柴田も「はい、そうです」と同意する。

「レースでなくてはできないこともあるんです。部品の強度はレースでライダーが走ると限界まで性能を引き出すことがわかる。自分の目で見ていてわかるのがいちばんです」


試作部門の役割

 一般メーカーの試作部門とは文字通り「試作」。量産品になる前のプロトタイプを作って、性能を評価するセクションだ。ところがF.C.C.の試作部門はそれ以外のこともやるという。

 柴田はこう言う。
「F.C.C.の試作部門は営業もやれば、購買もやる。加工、組立もやるし最後は梱包して出荷までします。弊社は試作部門が独立していて、試作期間で量産が安定して立ち上がるように活動しています。試作部門と開発研究部門がチームになって必死に考えて提案をしていこうというような活動を巧みにやっていると思っています」

 試作部門が営業にまで関わっているのがF.C.C.のひとつの特徴だろう。

 そして鈴木はもうひとつ補足する。
「生産技術センターは金型部門、工作機械の部門、試作部門の三つが一緒になっています。金型のチームは、海外の金型コストに負けないようにやっている。ですから、全体として国内生産の比率を下げずにできる」
それを受けて大島は言った。
「試作品、量産品をほぼ同じように作れることも重要です。実際、試作の時にすごく丁寧に作ったからよかったけれど、量産してみたらそれほどの精度はなかったといった試作品を作ってしまったら、お客さんの信用を失ってしまう、試作の時からなるべく量産に近い内容でやっていくことは大事です」

 同社のような独自スタイルの試作部門を持っていると、今後、EV、自動運転のような大きな変化に際して、対応できる。変動期ほど、もっとも効率的、精度が高く、そして、リーズナブルな価格で部品を作ることができる会社が選ばれるからだ。

 最後に話をまとめてくれたのは、やっぱり総括役の渡会である。

「当社に入って楽しい部分というか、レースはそのひとつです。レースが好きな人であれば、レースの現場まで行って、チームスタッフとして参加できるチャンスがある。まあそういったメーカーはほかにもあるんですけど、それはF.C.C.のよいところだとは思ってます。あとは摩擦材をはじめ、量産供給する製品の多岐にわたる関係部門がある会社ですので、いろんな能力の発揮、チャンスがある会社だということでしょう。


ピットで作業するのはF.C.C.の社員だと言う
ピットで作業するのはF.C.C.の社員だと言う


 ケミカル系の人が来れば摩擦材の開発ができるし、機械系の人は機構の開発もできる。ものづくりが好きなら試作、あるいは量産工場で活躍できる場がある。いろいろな活躍のステージがあるというのは魅力だろうなとは思います。ちょっと、上手にしゃべりすぎたかもしれませんけれど」

 彼らと話していると、「EV時代にクラッチは不要だ」という評を吹き飛ばすようなことをやる人たちだと思える。
 大きな変化に対して、ダメかもしれないと弱気になってはいけない。変化に対しては「こんちくしょう」歯を食いしばって、さらに大きく自分から変化していくことではないだろうか。



野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。



▽連載『部品の仕事』シリーズ一覧
  1. 日本精工(NSK)「ベアリング」前編 / 後編
  2. BOSCH「二輪車用ABS」前編 / 後編
  3. GSユアサ「自動車用バッテリー」前編 / 後編
  4. NTT(日本電信電話)「コネクテッドカー」前編 / 後編
  5. 村田製作所「車載センサー」前編 / 後編
  6. ブリヂストン「トレッドパターンデザイン」前編 / 後編
  7. 矢崎総業「ワイヤーハーネス」前編 / 後編
  8. クラリオン「カーオーディオ」前編 / 後編
  9. エフ・シー・シー「クラッチ」前編 / 後編
  10. ソミック石川「ボールジョイント」前編 / 後編
  11. 林テレンプ「内装部品」前編 / 後編
▽番外編・特別編

 

 

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