バイクや自動車だけの部品ではありません!動力伝達装置「クラッチ」の奥深さ〜《エフ・シー・シー:前編》部品の仕事(17)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

 F.C.C.は二輪車、四輪車のクラッチを製造する会社だ。むろん、その他の製品もある。だが、自動車部品の業界では長くクラッチのリーディングカンパニーとして知られてきた。二輪車では世界の5割強のシェアを持ち、四輪車でも10パーセント以上を占めている。

 さて、クラッチとは、たとえばディスク型の動力伝達装置をいう。

 わたしがF.C.C.の会議室で、「はい、これです」と見せてもらったものはリング状の金属盤(ディスク)にテープ状の摩擦材が貼ってあるものだった。つまり、クラッチ自体は金属プレートと摩擦材からできた部品だとわかった。


金属盤は左のようにクラッチに組み込まれる
金属盤は左のようにクラッチに組み込まれる


 通常、四輪のクラッチはクラッチプレート、クラッチディスク、クラッチカバーの3つからできている。このうち、エンジン側とつながっているのがクラッチプレート。クラッチディスクはトランスミッション側とつながっている。クラッチカバーはその名の通り、装置を覆うカバーだ。

 クラッチはエンジンとトランスミッション(変速機)の間にある。

 そして、クラッチディスクとクラッチプレートを圧着させると、エンジンの動力がトランスミッション側に伝達される。また、クラッチディスクがクラッチプレートから離れると、当たり前だけれど、エンジンからの動力が遮断される。つまり、クラッチの役割はエンジンの動力をタイヤに伝えたり、遮断したりすることだ。



クラッチの働き 提供:F.C.C.
クラッチの働き 提供:F.C.C.


 加えて、クラッチにはもうひとつ役割がある。それはクラッチを滑らせている場合であり、俗に「反クラ」と呼ぶ状態だ。エンジンの動力を一気に伝えるのではなく、徐々に伝えていくことで、エンジン側、トランスミッション側の部品に突然の過度な負荷が生じないようにしている。つまり、思いっきりエンジンを回して、その状態のまま、すぐにクラッチをつなげると周辺部品に過度な負荷がかかってしまう。すると部品の毀損につながる恐れがある。

 クラッチは周辺部品に負荷がかからないような調整機能も持っている。

 さて、この辺までが基礎知識で、F.C.C.の研究開発陣の仕事、生産技術センターの仕事について、話を聞いていく。


クラッチの特長

 渡会雅人技師は地元の静岡大学工学部を出た温和な人で、入社して22年。

「私はバイクが好きで、就職活動のときにバイク関係の会社に就職したいなと思ってました。構内の求人案内を見たら、F.C.C.という会社がレースをやっているのを知り、面接を受けて、採っていただいたという経緯です。実際、当社は今でも二輪レースに力を入れていますよ。
 今、やっている仕事は主にスクーターの製品開発をしている部門の設計とテストの統括担当管理職です」


株式会社エフ・シー・シー 技術研究所 製品技術開発部 渡会雅人(わたらい・まさと)技師
株式会社エフ・シー・シー 技術研究所 製品技術開発部 渡会雅人(わたらい・まさと)技師


 同社は創業当初はピアノの白鍵などを作っていたが、地元発祥のホンダと仕事をするようになったのを好機として二輪クラッチに進出した。現在ではヤマハ、スズキ、カワサキなど日本の二輪メーカー、そして、ヨーロッパ、中国など世界の二輪メーカーにも製品を納入している。四輪にも進出しているが、二輪ほどのシェアを占有しているわけではない。

 渡会は「クラッチはバイクや自動車だけの部品ではありませんよ」と教えてくれた。

「すべての乗り物にクラッチがついているわけではありません。しかし、当社はヘリコプターにも供給していますし、草刈り機、除雪機などの汎用エンジンにもクラッチをおさめています。ヘリコプターの場合は回転するローターがありますし、芝刈り機もブレードがあります。原動機で回転運動をするものに対して、クラッチは役割を持っているということでしょう。そうそう、船のスクリューにもクラッチは使われています。乗り物に限らず動力の遮断と伝達をするのがクラッチです」

 同社のクラッチにおける大きな特長はふたつだ。
 セグメントディスク方式と摩擦材である。


歩留まりがよいセグメントディスク方式

 インタビューを始めたら、「クラッチの実物を見ながら説明しましょう」と渡会は前述の二輪用クラッチディスクを1枚、わたしの目の前に置いた。
 ドーナツ状の薄い円盤で金属の表面にはサンドペーパーみたいな薄いペーパーベースの生地が貼ってあった。大きさはCDと同じくらいだ。


F.C.C.の「セグメントディスク方式」クラッチディスク
F.C.C.の「セグメントディスク方式」クラッチディスク


 渡会は言う。
「普通、ドーナツ状の円盤を作る時は板を丸くくり抜いて作ります。しかし、そうすると、残りの部分、つまり材料のほとんどは捨てることになってしまい、歩留まりがよくありません。そこで、私たちは切り出し方を変えることで、材料の歩留まりをよくしました」

 くり抜くやり方だと歩留まりは材料全体の約15パーセントである。一方、同社独自の「セグメントディスク方式」で加工すれば歩留まりは約60パーセントから100パーセントになる。

 この生産技術については「社外秘」ということだ。だが、推測するに、くり抜くのではなく、材料の配列を曲げてリングにするということだろう。ドーナツだって、生地をくりぬいて作る方式と一本の線状にした生地を丸くつなげるやり方がある。当然、一本の線をつなげた方が歩留まりはいい。

 そして、歩留まりがよくなると、コストを下げることができる。コストを下げたら競争力が増す。競争力が増すと同社製品を採用する会社が増えるからシェアは上がる……。

 このように、部品を作る会社は製品それ自体だけでなく、生産技術、工法についても絶えずアイデアを出していかなくてはならない。製品の質を上げるとともに原価を低減していくことが求められているからだ。


クラッチの性能を左右する摩擦材

 摩擦材とはクラッチディスクの表面にある機能材料である。
 摩擦材には大別してオイルを使用する「湿式摩擦材」と、オイルを使用しない「乾式摩擦材」がある。そして、主な摩擦材の種類は、材料別に次の5タイプに分かれる。


 1.コルクモールド
 2.ゴムモールド 
 3.ペーパーベース
 4.ガラスヤーン
 5.セミメタリック


  わたしの目の前にあったクラッチディスクには紙みたいなものに「何か」が塗ってあった。しかし、「何か」の成分は社外秘だから教えてくれない。
 摩擦材はクラッチの性能を左右する重要材料だ。同業他社と違い、F.C.C.は自社で摩擦材を研究・ 開発・製造している。

「そうなんです」

 渡会は説明する。摩擦材については話すことが多いようだ。

「摩擦材にはさまざまな材料があります。主にはケミカル剤をベースにした特殊な配合をしたものを鉄板だったり、アルミの板であったりに接着成形したものや、ペーパーベースのものなど……。

 大切なのは動力を伝えたり、遮断したりする時のフィーリングを左右するのが摩擦材なんです。マニュアルの四輪でしたらクラッチペダルを押す足にクラッチのフィーリングが伝わってきます。二輪の場合は手に振動が伝わる。スクーターではライダーはクラッチを操作するわけではないのですが、シートとか、車体に伝わってくる微妙な振動がある。

 そこにもっとも寄与するのが摩擦材で、いわばクラッチの核となるものです。当社は摩擦材の独自配合、研究、製造のすべてを一からやっていて、そこは他社と違います」

 自動車やバイクに乗っていて、ドライバー、ライダーが快感を感じるのは、速く走っている時だけではない。マニュアル車であればクラッチのつなぎの感覚、あるいは気持ちよく停止した瞬間なども快感と呼べるものを感じる。乗物に限らず、機械類は操作した感触が気持ちがいいと楽しくなる。
このようにクラッチはドライバーに快、不快を感じさせる部品でもあるわけだ。

「F.C.C.はクラッチをやり始めた頃から摩擦材の研究をしています。むろん、うちの摩擦材だけが優れているわけではなく、摩擦材の研究に関しては他社に追いつかれたり、引き離したりを繰り返しているのが正確な答えでしょう。

 そして、摩擦材に関してはドライバーのフィーリングが大事ですから、ユーザーさんの声も大事です。また、完成車メーカーさんのニーズも勘案したうえで、どういったものが求められるのかを意識して、次の製品を生み出していく。でも、当社のものがどうやって作っているか、何からできているかは企業秘密(笑)です」

 面白いのはクラッチのフィーリングは時代によって求められるものが変わっていくことだ。

「求められる方向性がガラッと変わることはないんですが、それでも変化はあります。我々がやっているスクーターでは、昔、クラッチを変えた時、『鳴き』という事象が出ました。キキッという音です。そういった音が出ることが多くて、摩擦材とか、周辺部分の構造とか、いろいろなことで手当をしました。

 すると、今度は音が出なくなったために、ユーザーさんは微妙な振動感が気になるようになったという……。微妙な振動はずっとあったのですが、『鳴き』がなくなったら、気になるようになったということです。フィーリングの問題にはこうしたことが付いて回ります」

 ここで、一緒に研究している小菅知克技師が「バイク、スクーターでは車種というかカテゴリーでまた要求されるフィーリングが違うんです」と補足説明してくれた。

「レース用のバイクでしたら、力強い発進フィーリングがほしいとなります。一方、ファミリー層のバイクだったらスムーズにつながってガツガツしないようなフィーリングがほしい、と。モータースポーツのカテゴリー、ファミリーユーザーや商用車両向けのカテゴリーにあわせた摩擦材のチョイスが必要です。

 単に動力を伝えたり、遮断したりするだけの機能のものただったら、どこの会社の製品もほぼ同じになってしまう。フィーリングの部分を突き詰めるのは難しいのですけれど、同時にそこが競争力になる」


株式会社エフ・シー・シー 技術研究所製品技術開発部小菅知克(こすが・ともかつ)技師
株式会社エフ・シー・シー 技術研究所製品技術開発部小菅知克(こすが・ともかつ)技師


 渡会も「そうです」と同意した。

「我々F.C.C.の強みはまさにそこなんです。摩擦材というクラッチの心臓部分を開発、研究することで、付加価値を与えている。
『だからこそ当社の製品を買ってもらっているんです』とうちの営業は言うはずです(笑)」

 ここで、彼らが言ったことが日本製部品の強さだろう。機能だけを持った値段の安い部品は中国をはじめとする新興国に行けばたくさん売っている。日本の部品会社が強みとする部分は機能プラスアルファであり、特にドライバー、ライダーのフィーリング、感性に適合する部品を作ることだ。

 そして、部品の集合体でもある自動車、バイク、スクーターについてもそれは同様だ。乗っている人が「気持ちいいな」と感じるような車、バイクを作ることが求められる。それには、乗っている人、つまり、人間を研究するしかない。


部品を守るトルクリミッター機能

 小菅はクラッチのフィーリングについて、さらに説明を加える。それは前述したクラッチの調整機能である。

「クラッチには周辺部品を守るトルクリミッターという機能があります。単純に動力を遮断したり、つないだりというだけの部品ではなくて、ほかの部品を保護したりだとか、スムーズに伝達をしたりだとかという機能があります。この機能は伝える、遮断すると同等に大事だと思っていて、この機能を伸ばすとたとえEVの時代になったとしても、クラッチという部品の可能性が増えると思います。

 トルクを遮断するだけではなく、ちょうどいい具合にクラッチを滑らせることで、突然の停止などから他の部品を守る。

 大きな動力をそのまま伝えてしまうと、トランスミッションやシャフトを壊してしまう可能性がある。そういう時には的確にクラッチが滑ることによって、それ以上のトルクを伝えない。それがトルクリミッター機能です。

 当社は『アシスト&スリッパークラッチ』、A&Sという商品を持っています。それは、まさにトルクリミッターの役割を担ってまして、バイクのライダーが急激にシフトダウンしたり、クラッチを無造作に乱暴に使ったとしても周辺部品を守る。

 アシスト&スリッパークラッチは元々はレースの世界で必要だったものなんです。急激にシフトダウンして、後輪がロックしてしまう。

 新興国でバイクにお子さんを乗せている人たちがいたとします。後輪がロックしてしまうと転倒の危険がある。A&Sクラッチがあれば転倒を防止することもできます。安全面から一般ユーザー用にも普及し始めているのがA&Sです」



《後編に続く》

野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。


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