「クルマは動物」の思想が予防安全技術アイサイトを生む!《スバルの仕事:後編》部品の仕事(特別編)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

 『部品の仕事』特別編後編では、引き続き「スバルの仕事」をお送りします。今回は、「クルマは動物」の思想から生まれた予防安全技術“アイサイト”の開発経緯に加え、どのような技術進化が行われてきたのか紹介し、中島航空機時代より「技術のパイオニアであれ」と叩き込まれてきた「スバルの仕事」の魅力を野地秩嘉氏独自の視点でひもときます。

スバルが考える自動運転

 スバルの前身は中島飛行機。戦前は東洋有数の航空機メーカーだった。そして、スバルには航空機会社だった頃の開発魂が残っている。航空機、特に戦闘機は他社のマネではない新技術を入れることが必然だ。他社のマネをした既存技術だけの戦闘機を出したら、研究されて撃墜されてしまう。また、つねに最新の技術を採り入れていないとすぐに陳腐化してしまう。

 中島飛行機の開発技術者が叩き込まれたのが「技術のパイオニアであれ」「他社のマネをするな」だった。
 自動運転、運転支援システムにしても、同社は初期から研究開発をしている。


────ぶつからない車、運転支援、自動運転にしても、初期から研究されてますね。

樋渡:
 それこそ、事故や人間に対しての安全の研究は軽自動車のスバル360を出した頃(1958年)からやってました。

 スバル360を開発した百瀬(晋六)は当時、工場内にコンクリートの壁を作り、時速40キロで壁に衝突させる実験を繰り返していました。実験をやったのは、たとえ、ぶつかって、車がつぶれても乗員を守るような構造にしたかったからです。

 その後も、歩行者をはねたら、車の下から大きな網がスルスルッと出ていって、歩行者をキャッチする車を開発しようとしたり……。まるでマンガのような発想でしたけれど、乗員を守ることを優先して車を開発してきたんです。
 

────その後はどのように安全に取り組んだのですか。

樋渡: 
 1990年には当社の研究所に自動運転の研究チームができました。20人ぐらいのチームで、本格的に自動運転の研究開発をやったんです。かなり早い方だと自負しています。

 自動車業界としては1985年から、三菱ふそうが大型トラックにレーザーレーダーを付けて、前方に車や歩行者が近づくとピピッと警報を鳴らしてドライバーの注意を喚起するシステムの研究が嚆矢でしょう。トラックのような大型車の方が事故を起こすと大変だという観点からですね。

 1990年からは国土交通省が音頭を取ってASV(アドバンス・セーフティ・ビークル)という運転支援の五カ年計画ができました。現在は第6期です。

 第1期にやったことは高速の上信越道が開通する前の実験でした。まだ一般の人が使う前、道路に自動運転用のレーンマーカーという磁石が入った丸い部品を50メートル間隔で置いて、その上をトレースするように走る実験です。ゴルフ場のカートが進んでいくような感じで、ごく初期の自動運転はレールの上を走るという想定だったのです。
 

────しかし、スバルは独自のステレオカメラを使う方式を開発したのですね。

樋渡:
 そうです。最終的にアイサイトになるのですけれど、元々はピストンの中の燃焼の様子を16ミリのカメラで撮影をして、それが立体で見ることができるかどうかの実験だった。

 ちょっと難しい話になりますが、ピストン内のガソリンと空気を混ぜた混合気の過流(渦巻き)を計測する時に使っていた技術でしたね。透明なシリンダーを作って過流の動きを計測するために、ふたつの視点の映像データを作ったんですが、そこからステレオカメラで物体を検知する技術が生まれました。
 
 さらに簡単に言えば、ふたつのカメラで撮影すると対象までの距離が検知できる。これを何か応用できないかと……。

 最初に商品化したのは実は自動車でなく、ヘリコプター用だったんです。うちは航空機の事業部もあるので、そこで商品にならないかと研究しました。

 そして、できたのがヘリコプターの着艦用センサーでした。船は波で上下に揺動します。そこに上空からヘリコプターが近づいていく。波の上に船がせりあがってくる時にヘリコプターが近づいていくと、バーンとぶつかってしまう。ちゃんと距離を合わせて着艦しないといけない。下向きにステレオカメラで距離を測ろうとしたわけです。

 それまではパイロットが波の上下動を見て、着艦していました。パイロットの技術頼りだったわけです。


────それで商品化されたのですか。

樋渡:
 はい、一度は商品化したのですが、結局、波ってひとつひとつ違うので、不具合が出て、撤退したんですよ。これはヘリコプター用には向かないから、自動車用にしようじゃないかと考えたのがアイサイトでした。


30年以上のデータ収集が活かされた予防安全の技術「アイサイト」

 アイサイトは同社が考える予防安全の技術だ。人の目と同じような働きをするふたつのカメラ(ステレオカメラ)で歩行者、自転車、オートバイ、車などを検知し、近づき過ぎたらブレーキをかける機構である。昼間だけでなく、夜間でも雨でも霧でも猛吹雪でもちゃんと対象を検知する。

アイサイトのステレオカメラ
アイサイトのステレオカメラ


 他社も車を止めるための支援技術を開発しているが、検知するために使う手段が違う。カメラを使うところもあれば、電波やレーザービームを用いる会社、カメラとレーザー、電波を併用している会社もある。

 しかし、たとえば電波の場合であれば金属ならば反応するけれど、段ボールなどの物体だと検知しないからぶつかってしまう。レーザービームは雪が降ると光が乱反射して狂いが生じる。


────アイサイトはぶつからないために対象を検知する技術から出発したのですね。

樋渡: 
 はい。なんといってもデータです。僕らは30年以上も前からデータを収集しています。どこよりも早くから数多くのデータを集めているから、アイサイトは物体の検知にすぐれている。だから止まります。

 カメラの性能というよりも、30年以上にもわたる制御プログラムのデータが豊富に蓄積されているのです。

 また、アイサイトは前方の対象物を検知し、対象物との距離を測る技術でもあります。ですから車線の中央を維持して運転をアシストすることもできる。つまり、自動運転にも応用できるわけです。実際、うちの車には自動でハンドルをコントロールする装置が付いています。
 結局、いずれも制御の技術の延長なんです。アイサイトは検知するセンサーですから。

スバルが持つビジョンと航空機の制御センサーの組み合わせで生まれた技術

樋渡: 
 僕らのビジョンって、車は動物だと考えることなんです。動物は速く走っていても他の動物にぶつかったりしない。四足で踏ん張るし、目で見て物にぶつからないように走っている。動物は安全の思想で走っている。

 アイサイトはさまざまなセンサーからできたもので、それこそ動物が持っているようなセンサーの組み合わせですよ。

 まずは横滑り防止装置というのがあって、これはヨーレートセンサーというセンサー。回転する速度を計るセンサーです。それからアクセルを突然、強く踏んだ時にスピンしちゃうことを防ぐのがトラクションコントロール。ブレーキ、発進、これはすべて車輪の速度が関係してくる。縦方向の動きを検知したりコントロールするセンサーはすでにありました。

 ただし、横方向の動きは車輪の速さではコントロールできないので、いいセンサーはないかと探していたんです。

 しかし、うちにはありました。ヨーレート・ジャイロというもので、飛行機が自動で飛ぶための左右方向のセンサーです。うちは飛行機部門があるからヨーレート・ジャイロの研究をずっとやってきた。それが自動車用に安くなってきたし、横滑りの検知もできるようになったので、アイサイトの開発に結びついたわけです。


ハンドル角に対するヨーレート及び横Gの応答時間
ハンドル角に対するヨーレート及び横Gの応答時間


「ぶつからない」と、「ぶつかってくるものを避ける」のは別の技術

──── 「ぶつからない」とはあくまで、自分が乗っている車がぶつからないという意味ですね。相手が飛び込んできた場合はぶつかってしまうのですね?

樋渡:  
 はい、程度にもよります。相手がゆっくりならばなんとか止まるかもしれない。仮にぶつかってもダメージを最小限にすることもできるかもしれない。しかし、走っている車の直前に子供がポンと飛び出してきたとか、飛んできた鳥を避けるのは絶対に無理です。慣性力があるのだから、物理的に止まらない。

 アイサイトは「ぶつからない」システムではあるけれど、「ぶつかってくる」人や自転車には当たってしまうんです。つまり、どんな検知システムをいれても「当たり屋」を防ぐことは無理です。ぶつからない検知装置とはあくまでも、相手に悪意がない場合に通用するものなんです。


──── 運転支援についてもアイサイトは有効ですか?

樋渡:  
 対象物を検知するというシステムは運転支援にも役に立ちます。たとえば、車が対向車線にはみ出したとか、間違えてアクセルを踏んじゃったといったことに対してはアイサイトは当初からやっています。

 特に踏み間違い防止装置については昔からやっているんです。コンビニの入り口に向けて駐車しました。出ようとしてバックすればいいところを間違えてシフトをドライブに入れたままアクセルをバーンとふんじゃうというのが踏み間違いのほとんどです。

 アイサイトはステレオカメラで壁を見ています。だからシフトがドライブに入っていても、アクセルを踏もうとしても、壁があるのがわかっているから、ピピピッと警報を発して動かないようにする。

 そういうのがあるのは最初からアイサイトだけです。アイサイトが発明した仕組みで、他社がみんな真似したんです。


──── レーンをまたごうとして車がはみ出すのを防ぐのも同じ装置ですか。

はい、道路の先をステレオカメラで追跡しているわけです。
 うちのホームページには「アイサイト搭載車は非搭載車に対して約6割事故が減っています」と書いてあります。
 この数字の根拠は交通事故総合分析センター(ITARDA)のデータを基に独自に算出したもので、決していい加減なものではありません。

 そして、アイサイトは今も進化してますよ。現在の「バージョン3」では、視野角と視認距離を約40%拡大していますから認識性能が上がっています。また、カラー画像にしましたから、ブレーキランプ視認して、ブレーキを踏んだか踏まないかもわかるわけです。

 前を走る車の運転挙動がつかめるから、運転支援機能を進化させることができる。加えて、宣伝みたいですけれど、ステアリング操作のアシストや先ほど言った誤後進の抑制機能も搭載しています。

 逆光などの悪環境下での作動安定性も高めました。とにかくスバルのアイサイトは「止まる」というのが定評なんです。初期の頃は「まさか、あのスバルがこれを開発するなんて」とみんなが驚いたくらい。

「アイサイトショック」という単語だってあるんですよ。


──── これからスバルが出す車にはすべてアイサイトが付くんですか。 

樋渡:   
 軽自動車、マニュアル車は今のところは考えていませんが、他は全部つける予定です。それ以上はちょっと答えられませんが。 
 僕が思うに、スバルの車はすべて乗る人を見て開発してきました。自動車の性能向上ではないんですよ。

 スバル360は大人4人が乗れるような車がコンセプトです。スピードよりも空間の広さを追求しました。その後の車も空間、乗り心地のよさを追求してきました。そうして、アイサイトは乗員の安全です。歩行者の安全も考えています。

 人間とか、命のことを考えた技術がスバルのいちばんの特徴だと思います。

スバル360コンバーチブル。大人4人しっかりと乗ることができるのがよくわかる。
スバル360コンバーチブル。大人4人しっかりと乗ることができるのがよくわかる。


野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。


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