搭乗者を守るクルマはこうして造られた《スバルの仕事:前編》部品の仕事(特別編)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

 野地秩嘉氏の連載『部品の仕事』特別編として、“スバルの仕事”をお送りします。戦前「中島飛行機」という東洋有数の軍用機メーカーを前身とする、日本の自動車メーカーSUBARU(スバル)。全世界に“スバリスト”と呼ばれる熱狂的なファンを持つ『スバルの仕事』とは、どのようなものなのでしょうか。戦前に技術指導を行ったアンドレ・マリー技師の教え「搭乗者を守る」をルーツに持つ、スバルの安全に対する考え方を詳しく野地秩嘉氏が聞き出します。

飛行機も作る自動車会社

 スバルは自動車と飛行機の事業部門を持つ会社だ。改称される前は富士重工と言い、それ以前は中島飛行機という社名だった。

 中島飛行機は戦前、東洋有数の軍用機メーカーで、戦闘機の隼、鍾馗、疾風などを開発している。三菱航空機が作ったゼロ戦も量産した機体数は中島飛行機の方が多かった。

 戦後になり、富士重工となってからは軽自動車スバル360、小型車スバル1000という名車を作り、独自の水平対向エンジン、四輪駆動で個性ある自動車会社となった。


スバル360 スーパーデラックス
スバル360 スーパーデラックス


 また、現在でも同社は飛行機、ヘリコプターを作っている。飛行機はボーイング「777」「787」の中央翼を担当し、ヘリコプターはアメリカのベル・ヘリコプター・テキストロン社とともに大型ヘリを作ってきた。航空機部門を持っている世界でもユニークな自動車会社だ。

 樋渡穣(ひわたし・ゆたか)は同社の技術部門を統括する技監で上級プロジェクトマネージャー。入社は1984年。

 ちなみに樋渡が新人だった頃、同社の生産台数は約50万台で現在は100万台。うち72万台はアメリカ、カナダで売れている。また、売り上げは当時が約8,000億円で現在は3兆円。簡単に総括すれば、樋渡が入った頃は青息吐息の会社だったのが、近年は他社を圧倒し、成長し、利益を上げていることになる。


──── 樋渡さんにはスバルの会社の特徴、技術の特徴をうかがいたいと思います。84年頃、売れていた車は何でしたか?

樋渡:
 まだバブルの前のことですね。マーケットで売れていたのはトヨタのカローラ、日産のサニーといった定番の車でした。日産はフェアレディとかスカイラインも売れていた。80年の中ごろはカーエレクトロニクスが始まった頃で、デジタルインパネが登場して、ピカピカした車が人気だった。

 その頃のスバルはまだ1971年に発売したレオーネを売っていて、89年に出すレガシィを一生懸命、開発している段階でした。もし、レガシィが出てなければ、うちの会社は終わってました。瞬殺でしたね。

 今、うちはアメリカ市場で人気なのですが、それはレガシィの車幅をアメリカ向けに拡幅したからです。そして、続いて出したアウトバックがまたあたった。それで、今ではアメリカマーケットの方が日本よりも売れるようになったのです。

 結局、うちの会社は運がよかった。レガシィが出たこと、拡幅したことがいいタイミングだった。


初代レガシィ
初代レガシィ


──── 運ですか?

樋渡:
 運です。ただし、運だけに頼らず、僕らは技術の開発を続けてきました。

 僕が入る以前の当社はこう言っちゃなんだけれど、思いつきで新車を出しては引っ込めていたという印象がある。80年代はもう何のヒット車も出なかった。一方、他社はしっかりしてましたよ。トヨタさんは盤石だし、日産さん、マツダさんは出す車のラインナップをきちんと整理して、デザインを強化した。うちは思い付きで出しただけ。

 ただし、どの社もあの頃は「ヒット車を造る」ことが自動車会社としての目標だったんです。

 一方、僕らにはヒット車造りよりも、根本的な技術の方向性があった。それが安全。安全を技術の目標に置いたことは、思えば運がよかった。他社の開発はヒット車を出すこと、つまりは自動車、メカニック、エレクトロニクス寄りの開発だった。しかし、うちは自動車よりも、乗る人間の方を注視する開発だったんです。


「搭乗者を守る」アンドレ・マリー技師の教え

──── 車よりも乗る人を考えること?

樋渡:
 そうです。うちは元々、中島飛行機です。戦前に技術を指導してくれたフランス人のアンドレ・マリー技師の教えは「搭乗者を守ること」でした。

 飛行機の技術を発達させるためには操縦していたパイロットからの意見や感想を聞くことが重要です。
「旋回性能は思ったほどではなかった」「舵の利きがよくない」といったように……。

 たとえ、撃墜されてもパイロットだけは帰ってこられるように操縦席の後ろに分厚い鉄板を入れ、燃料タンクの内側にもゴムを張って、漏れるのを防ぎました。パイロットが帰ってくれば飛行機の不備な点がわかるからです。

 一方、三菱航空機の指導にやってきたドイツ人技術者の設計思想は機体のスピードや戦闘能力を高めることでした。

 ですから、うちは最初から人間のことを考える会社であり、そのための技術を優先して開発してきました。まあ、優先というより、そこにつぎ込むお金しかなかったというのが正直なところです。

 そうそう、お金がなかったことも当社の大きな特徴ですね。自動車が売れている今でさえ、大きな会社に比べると研究開発費用は大したことはない。必然的にうちは研究開発の目標を絞らなくてはならなかった。それが安全なんです。

 スバルの安全に対する考え方は同業他社とは根本的に違っていた。中島飛行機として戦闘機を製造していた時、同社の航空機に使うねじは先端がすべて平らになっていた。もし、機体がつぶれた時、先端がとがったねじを使ったら、搭乗員がけがをするというのがその理由だった。そして、スバルの自動車には現在でも先端が平らのねじが使われている。


──── 具体的に樋渡さんが研究されてきたのは何ですか?

 最終的にはアイサイトに結びつくのですが、入社した時から、36年間、僕はずっと自動車制御の研究開発をやってきたんですよ。

四輪操舵という制御技術

──── 自動車の制御技術とはどういうことを指すんですか。

樋渡: 
 古典的技術と現代的技術があります。古典的なのは、たとえばサスペンションの上下振動をコントロールすること。あるいはハンドル切った時に、ふつうは前の車輪だけが動くのですが、後ろの車輪も切れる四輪操舵という技術などの研究です。

 現代的な制御技術とはエレクトロニクスや通信技術との融合ですね。

 四輪操舵についてスバルの研究は進んでいました。ただ、スバルだけでなく、ホンダのプレリュード、マツダのスポーツカーにも採用されていました。ただ、今はもう、ほとんどないです、一部のSUV車には残ってますけれど。

 四輪操舵に加えて、アクティブ・サスペンションというのも制御の技術です。これもずいぶん研究しました。

 アクティブ・サスペンションとはサスペンションに油圧の力を加えることで、車体の動きを積極的にコントロールして、乗り心地や操縦安定性をよくする機構です。通常のサスペンションは路面の凹凸など外からの力を受けて動くので、パッシブ・サスペンションとも呼ばれているんですよ。

 ともあれ、四連操舵にせよ、アクティブ・サスペンションにせよ当社の制御技術は安全のための技術です。


──── 四輪駆動も決して早く走るための技術じゃありませんね。

樋渡:
 そうです。四輪駆動を考える元は、これは四足動物だ、と。タイヤは地面と葉書四枚分の接地面積しかありません。この葉書四枚分の面積をどう使いこなすか、コントロールするかが制御のポイントです。アクティブ・サスペンションもそうです。

 たとえば98年、三代目レガシィの時に、当社はさりげなく量産したんですけど、スバルが世界で初めてやった技術があるんです。摩擦抵抗が少ない雪とか氷とか雨の道路だと、車は割と簡単にスピンしてしまう。その時、路面の摩擦係数が非常に少ないと判定したら自動的に四輪駆動に変更させて、安定を保つという制御ソフトウェアを入れたんです。

 通常はシフトレバーでFFと4WDを切り替えていたのですけれど、雪道、凍結した道にさしかかったら、自動でやるようにしました。これは当時、画期的だったんです。


──── 国産車で初めてABS(アンチロック・ブレーキ・システム)を付けたのもスバルと聞いていますが?

樋渡:
 いえ、国産車のなかの四輪駆動で初めてです。四輪駆動の車はそれ自体でもすごく安定するんです。しかし、雪道で強くブレーキを踏むと、ロックアップしてズズズーッと進んでしまう。それを防ぐために安全仕様でアンチロックブレーキ・システムを初めて付けたんです。それはまだレオーネの頃でした。1987年の話です。


人間を考える技術のパイオニア

樋渡:
 たとえば軽自動車のスバル360です。自動車開発の場合、まずは形を決めます。ところが、スバル360を作った百瀬晋六は飛行機の技術者だったから、図面にまず大人4人が自動車のなかにいる絵を描いた。そこから設計していったんです。自動車のかたちよりも人間、搭乗者を考える設計でした。こんなのヒコーキ野郎しか考えないですよ。

 次に百瀬さんが設計したスバル1000は日本で最初の前輪駆動の車。FF車です。これまた百瀬さんは大人4人をちゃんと座らせることを考えた。そうすると、車体の真ん中にあるドライブシャフトが邪魔なんです。それでFFにした。


スバル1000 4ドアスタンダードセダン
スバル1000 4ドアスタンダードセダン



 スバル独自の水平対向エンジンも人間がゆったりと座るためには小さなエンジンがいいからです。水平対向だと同じ馬力の普通のエンジンよりも2割は小さくできる。それで水平対向を採用した。

 ヒコーキ野郎の技術、スバルの技術とは人間を考える技術なんです。


──── 世界で初めてのモノを作りたい人たちなんですね。

樋渡:
 そうです。とにかくパイオニアでいたいという気持ちが強い。会社は小っちゃくて、金はない。でも、いいものを作る。そんなことを考えている自動車会社はうちくらいですよ。スバル以外はないと思ってます。


《後編に続く》

▽連載『部品の仕事』シリーズ一覧
  1. 日本精工(NSK)「ベアリング」前編 / 後編
  2. BOSCH「二輪車用ABS」前編 / 後編
  3. GSユアサ「自動車用バッテリー」前編 / 後編
  4. NTT(日本電信電話)「コネクテッドカー」前編 / 後編
  5. 村田製作所「車載センサー」前編 / 後編
  6. ブリヂストン「トレッドパターンデザイン」前編 / 後編
  7. 矢崎総業「ワイヤーハーネス」前編 / 後編
  8. クラリオン「カーオーディオ」前編 / 後編
  9. エフ・シー・シー「クラッチ」前編 / 後編
  10. ソミック石川「ボールジョイント」前編 / 後編
  11. 林テレンプ「内装部品」前編 / 後編
▽番外編・特別編

 

 

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