
野地秩嘉氏の連載『部品の仕事』第15回は、車載エレクトロニクスに特化した会社のクラリオンです。同社が製品開発を行うのが、自動車を購入すると標準で搭載されているオーディオシステム。ベアリングやワイヤハーネスなどの自動車会社と部品会社の技術者が一体で行ってきた自動車部品開発とは異なり、ユーザーの好みを知ることが重要です。今回は、カーオーディオの変遷と車内空間におけるサウンドチューニングの必要性など伺いながら、ユーザー起点の「部品の仕事」を探っていきます。
カーステレオからオーディオシステムへ
初めて車のなかに音楽や放送が鳴り響いたのはカーラジオが登場してからだ。第二次大戦前のことで、1930年、アメリカのガルビン・コーポレーションが世界で初めてAM用カーラジオを取り付けた。
以後、車内の音楽機器は進化していく。AMラジオにFMラジオが加わった。さらに8トラックのカセットが付き、カセットテープへ変わった。この頃まで車内の音楽機器についての呼称はカーステレオだった。
その後、CDが搭載された頃からカーオーディオと呼称されるようになり、カーナビとの一体型になり、サウンドシステムと呼ぶようになっている。そして、現在ではスマホをUSBケーブルやブルートゥースを通じて接続し、音楽を楽しんでいる人が多い。
さて、自動車部品の進化は自動車会社と部品会社の技術者が一体で行ってきた。部品会社の技術者は自動車会社の開発室を訪ね、自動車の新車発売やモデルチェンジに合わせて部品を設計した。自動車の進化を見つめなければ部品開発はできなかった。
だが、車のサウンドシステムは少し事情が異なる。これまでの歴史を見ればわかるけれど、部品会社の技術者が注視してきたのは自動車会社の技術者ではない。
ユーザーだ。
ユーザーが自宅で楽しんできた音響環境に近づけようと努力してきたのが車のサウンドシステムの進化の歴史である。
サウンドシステムのようなアフターパーツは自動車会社の技術者の考えよりも、むしろ、ユーザーの好みを知ることの方が重要になっていたのだろう。
クラリオンの部品
クラリオンは車載エレクトロニクスに特化した会社だ。日本で初めてカセットテープを使ったカーステレオを開発している。昨年の4月からはフランスの部品会社フォルシアのグループに入り、サウンドシステムを開発、販売している。

なお、フォルシアのグループ売り上げは約2.2兆円。設立は1997年。同社の成長を見ると、自動車部品の会社はまだまだ可能性がある産業ジャンルだとわかる。
そして、グループに属するクラリオンはサウンドシステムだけでなく、フォルシアが提唱している「コックピット・エレクトロニクス」の一端を担っている。車内の内装設備に合わせたサウンドシステムの開発に取り組んでいるわけだ。
今回、話を聞いたのは武藤慧(むとう・あきら)氏。音響の技術者、開発者であり、車に載せたサウンドシステムのチューニングを行う担当でもある。
まず、車内サウンドシステムを開発している部品会社は業界に何社もあるのだろうか。
武藤氏は淡々と教えてくれた。
「国内、海外、複数のメーカーがあります。
ですが、どこの社も他社をライバルとは考えていません。自動車会社と合わせた、すみ分けがありますし、1台の車のなかに各社の製品が設置されるというケースがあるからです」
すみ分けにはなっているけれど、1台の車のなかのサウンドシステム製品がすべて1社というわけではないという。
「例えばシステムがクラリオンであれば、サウンドチューニングはクラリオンで担当させていただきます。ただし、その場合でも、スピーカーだけは他社さんというケースはよくあることです。
海外の高級ブランドメーカーだとシステムからスピーカーまで一式を納めている場合が多いのですが、自動車会社の純正オーディオに関してはいろいろなメーカーの製品が混在しているのが今は当たり前です。
サウンドシステムに限らず、ある車種の部品すべてを1社にまかせてしまうとリスク管理ができないのではないでしょうか。大きな台風が来て、工場が止まったりするとサプライチェーンが
寸断されて部品が手に入らないといったことがあります。そういったリスクを回避するために各社の製品を混在させているのではと思っています」

1986年 栃木県生まれ。2009年の入社以来、一貫して各自動車メーカー向け純正製品、クラリオンアフター製品のオーディオ、ナビゲーション、スピーカーの音質評価、音響チューニングを担当。国内市場向けだけでなく、海外向け製品にも携わる。
かつてのスピーカーとの違い
武藤さんによればサウンドシステムのなかでも以前とまったく違っているのがスピーカーを置く場所だという。
「現在はドアにスピーカーを組み込んで、高音用のツィーターをふたつ前方の下の方につけるのが一般的ですね。そして、6つのスピーカーを車内に置くので、音の調整、チューニングが必要になってきます。
そもそも1970年代はスピーカーを付けるスペースなど考えずに車を設計していました。ですから、スピーカーを置くスペースがあればどこでもよかったのです。セダンでいえば、パーセルシェルフに置くケースがほとんどでした。リアシートのヘッドレストが付いている後ろがパーセルシェルフです。
ただし、セダンやツードアクーペでしたら、パーセルシェルフがあるのですけれど、今は主流になっているミニバンやコンパクトカーにはそういうスペースはありません。
パーセルシェルフというスペースがなくなったこともあって、今はドアのなかにスピーカーを組み込むのが一般的です」
スピーカーから一式の交換へ
純正のカーオーディオをそのまま使っている人が大多数だろうが、音楽好きの人、音にうるさい人が最初に変えるのがスピーカーだ。そして、そこからハマってしまった人は次々と買いそろえていく。そういう状態を「沼にハマった」と表現するらしい。
「沼」の人たちが揃えるサウンドシステムの値段だが、売れ筋のシステムでだいたい30万円程度。高級システムでフル装備すると、50万円といったところになる。高いと言えば高いのだけれど、高級なスタッドレスタイヤを買って、毎年付け替えることを考えると、音楽が好きな人ならば払える金額だろう。
武藤さんは言った。
「スピーカーを変えるだけで、ぜんぜん違いますよ。一度、体験したら、もう後戻りはできません」
事実、わたしはインタビューした後、デモカーのエルグランドに載ってサウンドシステムを体験したのだが、自宅のオーディオルーム(持っていないけれど)で、ブランデー片手に音楽を楽しむくらいの音質だった。
システムやスピーカーだけでなく、内装やワイヤハーネスまで変える
クラリオンが属するフォルシアグループのビジネスは自動車部品だが、そのなかの大きな事業が内装部品だ。
確かに、音響機器だけの性能を追い求めるのではなく、車内の内装材の材質などと合わせると音質はより向上すると思われる。
「その通りです。フォルシアは今後、さまざまな部門が一体となって取り組んでいきます。
かつては、それこそカセットデッキからドアスピーカーに変わっただけで、ユーザーはほぼほぼ満足されてました。音質がよければけっこう満足していただけたんです。しかし、CDになってデジタルメディアが登場してからはユーザーの耳が肥えてきて、車の中にいても、自宅でオーディオを聴いているのと変わらないクオリティを要求されるようになったわけです。
そこで、私たちも自宅で聴くような音を追求するようになりました。そして、私たちが力を入れたのが『音像』の部分なんです。音像はサウンド・イメージとも言います。
音像とは、オーディオ装置で音楽等を再生した場合、楽器や声が、その場所に姿、形が見えるように再現されることです。
自宅でのステレオ再生をイメージしてください。2つのスピーカーがあって、真ん中でご試聴いただくとします。ボーカルものであったら、ボーカルが真ん中にいて、バックの演奏は左右に広がる音になっているはずです。
しかし、自動車ではなかなかそれが再現できませんでした。右ハンドルの車の運転席に乗った状態を想像してください。右側のスピーカーはドアの足元にある。一方、反対側のスピーカーは助手席側のドアの足元にある。ドライバーは2つのスピーカーの真ん中で聴くのではなく、右側に寄った状態で音を聴くしかないんです」
要するに、運転席は車の真ん中ではないので、右ハンドルの場合は右側のスピーカー、左ハンドルの場合は左側からのスピーカーの音が大きく聴こえる。ドライバーが「自宅の音と違う」と思ってしまう原因は音質よりも、音像にあるわけだ。
「自宅のスピーカーで聴いたようなボーカルが真ん中にあって、音響が左右を始めとする全体に広がるということが車内空間では物理的にできなかったのがこれまでの技術だったのです。
それをわたしどもはソフトウェアの信号処理で自動車空間のなかに音像を作り出しました。若干、技術的な話になりますが、音像を作る場合、問題は距離なんです。
右のスピーカーまでがたとえば50センチ、左のスピーカーまでが1メーターあったとします。その場合、右のスピーカーも1メーター遠いところから鳴ったように遅延させることをDSP、つまりデジタル・シグナル・プロセッサーを通じて行うわけです」
音のチューニング
音を遅延させるだけでなく、近い方のスピーカーの音のボリュームをさげることもやる。車内の音をチューニング設計するわけだ。
「車内オーディオには、もうひとつ大きな問題があります」
武藤さんが言った。
「ホームオーディオとカーオーディオの違いですが、自宅のオーディオは音の部分はそれほど加工はしない。部屋の壁材などを整えて適度に音が響くようにします。マニアになると壁に吸音材を張って音楽室のようにして、音を再生させる。
ところが、車内空間はそうはいきません。車の内装材はまだくふうの余地がありますが、問題はガラスです。ガラスを取り払うわけにはいきません。音を反射するガラスを生かしたまま音を作らなくてはならない。そこでサウンドチューニングが非常に重要になってきます。
『いいスピーカーを買いました、車に組み付けました』では、いい音になるだろうと言われれば、実際、いい音質にはなるのですが、ホームオーディオの音像を再現することはできません。そこでまたDSPのなかで音のチューニング調整をする。ピアノの調律のようなもので、そこが僕の仕事なんです」
《後編に続く》
野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。
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