車のEV化でますます進化するワイヤーハーネス〜《矢崎総業:後編》部品の仕事(14)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

『部品の仕事』第14回はワイヤーハーネスの開発・製造を行う矢崎総業後編です。EV化へとシフトしていく自動車業界のなかで、ワイヤーハーネスの設計にはどのようなことが求められるのでしょうか。また、今後ワイヤーハーネスの構造はどのように進化していくのでしょうか。最終的にはまったくユーザーには見えない部品、すなわち「縁の下の力持ちとして活躍する」部品の仕事に野地氏が迫ります。

車への組み付け作業のしやすさも考えて設計する。

 自動車工場の作業者に聞くと、ワイヤーハーネスの組み付けは、かつては狭いスペースに両手を差し込んだりして、つらそうな姿勢で行わざるを得なかったという。

「むろん、お客さまの組み付けやすさを考えて設計しています。工場現場には班長さん、組長さんという現場の長がいるのですが、設計した製品の組み付け作業を確認いただいて、組み付けやすさを考えて直すこともあります。

 昔一度、組長さんに、すごい剣幕で叱られたことがありました。
『お前、こんなの組めるわけないだろ』とか『どうやって組むんだよ。こんな作業させるのか』とお叱りを受けて……。
 わかりました。直しますと手直しをしたら、『ああ、よくなった。ここまでやってくれてありがとう』と。そういうのがいちばん嬉しいですね。

 配線だけでなく、ワイヤーハーネスの構成部品を固定する時にインパクトレンチを差し込んでボルトやナットで止めるわけです。その時、インパクトレンチが入るスペースとか、インパクトレンチの構えやすさ、作業姿勢を頭のなかで考えて製品設計をするのです」

 前編では高級車1台分のワイヤーハーネスの銅線の総線長は3,000から4,000メートルと書いた。銅線の束は重い。

「ええ、1台分だと小型車でも少なくとも重さにして10キロ以上はあります。大型トラックになると30から50キロというのもあります。ですから、分割して、たとえばインパネならインパネ、フロアー部分ならフロアー部分、エンジンならエンジンまわりといったようにして取り付けられるようにします。

 お客さまのなかには、部品のなかにワイヤーハーネスを組み込んでモジュール化されているところもあります。たとえば、作業姿勢がつらい天井部分ではパネルにワイヤーハーネスが張り付けてあり、そのまま組み付ければいいようになっている場合もあります。

 ワイヤーハーネスは重要保安部品です。車の振動などによりボデーのバリ、他の部品に、ワイヤーハーネスが干渉し、ショートや断線する可能性があります。ですから、できるだけ他の部品にあたらないように隙間を確保する。もしくは干渉しても大丈夫な保護材をつける。保護材もコルゲート(蛇腹状の樹脂部品)や、プロテクター等を条件により使い分けています。ワイヤーハーネスという部品は設計して工場で量産して、それをそのまま取り付ければいいというものではないということです。

 設計者は経験値があり、生産現場を踏んだ人間ですが、それでもまだ試作したときに、『やっぱりここはこうしてほしい』といった要求が出てきます。カーメーカーのお客さまが期待されるような、組み付けやすい部品に改善しながら作る。そうでないと、選んでいただけないわけです」


説明してくれた矢崎部品株式会社 技術開発室 空(そら) 正浩センター長
説明してくれた矢崎部品株式会社 技術開発室 空(そら) 正浩センター長

人の手作業を主体とした製品生産

 ワイヤーハーネスの生産は電線を切断し、先端に端子をつけてたくさんの電線を束ねることだ。自動化も進んでいるが、細かい作業だけに人力に頼っている部分が多いという。


 組み電線は人が作るものです。しかも大勢の人が確保できるところでないとできません。当社が事業展開しているところで言えば、タイ、インドネシア、ベトナム、中国などアジアだけではなく全世界さまざまな国、地域で、工場には2,000人から3,000人の従業員が働いています。それだけの規模を確保できるところでないと生産はできません。

 電線の工場やコネクタの製造工場もあります。それをワイヤーハーネス生産工場で必要な長さに切ってから端子、コネクタをつける。それを何本かまとめてテープを巻いて製品にします。テープだけではなく、コルゲートなどの保護部材を取り付ける場合もある。そうして、カーメーカーの車それぞれに合った形状のものを納めることになっています。

 ロボットすなわち自動機も開発しているのですが、さまざまなお客さま、車個々にあった製品を生産するには、現状は人間の手作業が主体となっています。
 なんといっても同じ長さのものを単純にまとめるだけではないのです。製品形状もさまざまに枝分かれしている部分があり、お客さまからは、『枝分かれした電線をまた枝分かれしてほしい』といった要望が来ます。この部分はこういった保護部材もつけてほしいといったニーズもあります。どうしても車個々に合わせた形状になるため、自動機ではなかなかそこまでの要望をかなえるのは難しい状況です」

 空の話を聞いていると、ワイヤーハーネス作りとはまさしく神経や血管を作る仕事だと思える。大勢の人手が必要とされる仕事であり、しかも単純労働ではない。熟練した人手が数多くいるという仕事だ。


EV化によってワイヤーハーネス製造の仕事は変わるのか。

 自動車業界の大きな課題がEV化への対処だ。EV化ということはバッテリーが大型化、高圧化することでもある。当然、ワイヤーハーネスもまた変化する。

「はい、ワイヤーハーネスも高電圧系のニーズが増えています。高電圧になると電線が太いものになります。そうなると重くなります。バッテリーも増加して重くなると走行距離に影響するため、やはりワイヤーハーネスの軽量化が求められます。

 ハイブリッド車用のワイヤーハーネスも一部は高圧系です。

 また、EVであれ、ハイブリッド車であれ、今は外部との通信も含め、通信に関する部品が増えています。通信量が増え、通信スピードが上がり、今後、5Gも実用化されるでしょう。そのように車がコネクテッド化していった場合、ワイヤーハーネスには信号を確実に伝送し、車と車、さらには車と社会をつなげるという部分での進化を要求されます」


ワイヤーハーネスは外から見えてはいけない。

 部品には外から見える部品と見えないそれがある。タイヤ、計器類、ウィンドウ、ライトといったものは外から見える。装着されていることがわかるから部品設計者は「うちの部品だ」と満足感に浸ることができる。

 一方、センサー類、ワイヤーハーネスといったものは外からは見えない。矢崎総業のようにトップクラスのメーカーであっても、自社製品が装備されているかどうかは、一般ユーザーの目線ではまったくわからない。
 その辺を技術者はどう考え、自分のなかではどう理解しているのだろうか。

「外から見えないことは大切なんです、ワイヤーハーネスの場合は。
 ワイヤーハーネスをむき出しにするわけにはいきません。外から見えない方がいいのです。



 ワイヤーハーネスは最終的にはまったくユーザーには見えない部分です。ですから、安全、安心、故障しないという部分を保証することがユーザーへの最終的なアピールです。信頼していただくしかない製品だけに、我々も真剣に作る。矢崎総業の製品だとわからなくとも、安全、安心は保証します。

 ……でも、製品には一応、当社の名前は書いてあります。今までに見たことのある人はいないと思います。これからもまあいないでしょう(笑)。だからといって不満ということはまったくありません」

 ワイヤーハーネスという部品は単純だけれど精密でなくてはならない。人の手で作らなくてはならない。いい仕事をしたからといってユーザーが製品をほめることもない。縁の下の力持ちという言葉がもっとも適切なのが彼らの仕事だろう。



野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『スバル ヒコーキ野郎が作った車』(プレジデント社)。


▽連載『部品の仕事』シリーズ一覧
  1. 日本精工(NSK)「ベアリング」前編 / 後編
  2. BOSCH「二輪車用ABS」前編 / 後編
  3. GSユアサ「自動車用バッテリー」前編 / 後編
  4. NTT(日本電信電話)「コネクテッドカー」前編 / 後編
  5. 村田製作所「車載センサー」前編 / 後編
  6. ブリヂストン「トレッドパターンデザイン」前編 / 後編
  7. 矢崎総業「ワイヤーハーネス」前編 / 後編
  8. クラリオン「カーオーディオ」前編 / 後編
  9. エフ・シー・シー「クラッチ」前編 / 後編
  10. ソミック石川「ボールジョイント」前編 / 後編
  11. 林テレンプ「内装部品」前編 / 後編
▽番外編・特別編

 

 

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