性能を表現するタイヤのトレッドパターンデザインの世界〜《ブリヂストン:前編》部品の仕事(11) (2/2)

静粛性の表現

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

静粛性の表現

 林は「当社の商品で説明します」と言い、わたしをタイヤの前に連れていった。

「こちらはレグノという商品で、走行音が静かなことが特徴の商品です。この溝の横にある『部屋』を見てください」
 林はタイヤのある一部を指さした。

「小さな部屋が作ってあります。ただし、排水のためのものではありません。音を静粛にするためのデザインです。タイヤには周方向(タテ方向)の溝があります。溝は管楽器で言えば管にあたるもので、溝に勢いよく空気が流れると音が発生します。ですので、周方向の溝だけだと大きな音が発生する。溝の横に作った部屋は周方向の溝が発生させる音を打ち消す機能があります。

 音は空気の振動です、ですから、周方向の溝が発生させる音を小さな部屋が作る空間で共鳴させる。そうして、周方向の溝で鳴っている音を打ち消して、音を低減させる。これは昔のタイヤにはない技術です」

REGNO(レグノ)のトレッドパターン
REGNO(レグノ)のトレッドパターン

 タイヤは自動車が発明された頃から使われている。一見、黒いゴムの塊で、進歩も進化もないように見えるのだが、彼らは素材、デザインの双方に、新しい技術を付加している。
 部品の仕事は新しい技術の追求がなければ成り立たない。

環境性能から快適性能へ。

 林は「タイヤの歴史はどの機能に重点を置くかという歴史です」と語り始めた。

「タイヤが最初に追求したのは耐久性、安全性です。壊れない、パンクしないという点です。その次はおそらく排水性でした。周方向の溝を刻んで水を排水し、雨の日に滑らないようにする。
 大昔のクラシックカーについてるようなタイヤは、同じ幅方向(横方向)の溝だけでした。そして、排水性が必要と注目され、周方向の溝が加わったわけです。

 さらに進化したのはタイヤのセンターとショルダーの役割の違いでした。ショルダーはコーナーリングしたときに一番ふんばってくれる部分です。ですから、タイヤのショルダーは横方向の力に対して強くないといけません。

 また、タイヤのセンター部分はブレーキを踏んだ時、前後方向に強い力を受けます。センターのエリアはオールラウンドに強さが必要でありながら、なおかつ前後方向に強いものでなくてはならない。

 トレッドパターンもそうした役割を考えてデザインするわけです。ショルダーの部分は幅方向に長細いブロックになっているから幅方向に強く、センターの部分は前後方向(周方向)に強いデザインにすることが多いですね。
 昔のトレッドパターンと比べていただけると、パターンにもトレンドがある。求められる性能に応じてどんどん変わってきているんです」

 その後の大きな変化は何ですか?
 林は「はい、環境性能と快適性能の追求です」と答えた。

「環境性能とは省燃費のことです。具体的には、タイヤの転がり抵抗を減らすこと。タイヤは転がりながらグリップを発生する。ゴムが変形してグリップを発生しているのですが、一方でそれが抵抗にもなってしまう。そこでグリップを発生させつつも、抵抗を減らさなきゃいけない。素材とデザインで解決しているわけです。そして、その次が快適性能。先ほどの静粛性も含まれますが、要は音とか乗り心地のことです。

 快適性能は現在、車自体にも要求されていると思います。走る、曲がる、止まるという基本機能から始まり、省燃費になった後、現在はミニバンのように、できるだけ室内が広い、走るリビングルームみたいなのが求められている。走るリビングルームだからこそ静粛性能がいるのではないでしょうか。
 昔は求められなかった性能が追加で求められるようになってきていて、タイヤもそれに合わせた開発が必要になってきています。

 このように、タイヤにはさまざまな性能が求められるのですが、音は他の性能と背反してしまう部分があります。例えばドライのグリップを上げていくと一般的に音が大きくなってしまう。そして、ドライのグリップを上げていけば、一般的に排水性は落ち、ウェット性能が悪くなる。そして、ひとつの性能だけを上げるのは比較的楽なんですけど、他の性能をなくしてしまうわけにはいきません。乗り心地もあるし、音もあるし、グリップもある。いかに他の背反する性能を犠牲にせずに全体を底上げするかが大事なんです」

 こうした開発をするために、ブリヂストンにはさまざまな専門家がいる。ゴムや素材の専門家はもちろんのこと、ゴムの摩耗を研究している人、振動の専門家、音のスペシャリストもいる。
 その分だけ、タイヤにはさまざまな知恵が詰まっている。

「その通りです。ゴムを研究していたからといって入社できるわけではありません。かといって音楽大学を出た人がいるわけではない。ただ、我々はデザイン部なので、美大出身者はいます」

溝のデザインを見る

 インタビューの後、林はさまざまなデザインのタイヤを見せてくれた。

「こちらはポテンザ。もっともスポーティな商品です。サーキットで走るような方がスポーツカーに装着するタイヤですね。サーキットで走って、そのまま自宅まで乗って帰ってこられるタイプです。私たちはサマータイヤって呼んでいます。

 隣にあるのがスタッドレスタイヤ、雪道で走れるようなタイヤです。見比べていただくと、スポーティなタイヤはスタッドレスタイヤに比べてブロックが大きいし、溝も少ない。サーキットでかなり大きな力が加わるので、剛性が高くてブロックが変形しないような素材を使用しています。かつ、ブロックも大きくなっています。スポーツ走行のタイヤはほかの一般的なタイヤよりも力がかかるからブロックが大きくなっている、と。

 この1本目のタイヤも同じサマータイヤなのですが、これはブロックが小さくなっています。逆にこれはどうして細かくブロックを切っているのか?

 サマータイヤってべつに夏だけ走るわけじゃなくて、雪以外のところを走るというのがサマータイヤで、ここまで溝がいっぱいあるという理由は、ブロックが大きくて、剛性が高すぎるとその分、一般的に振動がそのまま伝わってきやすい。そこで、ブロックを小さくして入力を分散する。ブロックが小さいと一個一個の衝撃が小さくなるので、乗り心地とか音に対しては細かく切った方が有利になります」

POTENZA(ポテンザ)のトレッドパターン
POTENZA(ポテンザ)のトレッドパターン
スタッドレスタイヤのトレッドパターン
スタッドレスタイヤのトレッドパターン

《後編に続く》



野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。近著『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。


▽連載『部品の仕事』シリーズ一覧
  1. 日本精工(NSK)「ベアリング」前編 / 後編
  2. BOSCH「二輪車用ABS」前編 / 後編
  3. GSユアサ「自動車用バッテリー」前編 / 後編
  4. NTT(日本電信電話)「コネクテッドカー」前編 / 後編
  5. 村田製作所「車載センサー」前編 / 後編
  6. ブリヂストン「トレッドパターンデザイン」前編 / 後編
  7. 矢崎総業「ワイヤーハーネス」前編 / 後編
  8. クラリオン「カーオーディオ」前編 / 後編
  9. エフ・シー・シー「クラッチ」前編 / 後編
  10. ソミック石川「ボールジョイント」前編 / 後編
  11. 林テレンプ「内装部品」前編 / 後編
▽番外編・特別編

 

 

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