二輪車用ABSは多方面からのニーズに応えるための開発が必要〜《BOSCH:後編》部品の仕事(4)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

 『部品の仕事』第4回は自動車部品の世界的大手メーカーBOSCH後編です。ボッシュのモーターサイクル&パワースポーツ事業部門のグローバル本部機能ももつ日本拠点で、研究・開発を行う二輪車用アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)は、どのようなテストを経て、またどのようなニーズから開発されているのでしょうか。前編に引き続き、官能テストから量産、模倣品対策まで、多方面から開発現場における部品の仕事にせまります。

ボッシュのABSの特徴

 ABSはボッシュを含む数社がほぼ独占して開発している部品だと書いた。では、ここがいちばん大切な点だけれど、ボッシュのABSと他社のABSの違いはどこにあるのか。

 篤部長は答える。
「ひとことでいえば、うちの製品は至れり尽くせりだということでしょう。たとえば、フェイルセーフ機能が付いている。今では当たり前ですが、当初よりうちのABSにはマイコンとASIC(Application Specific Integrated Circuit: 特定用途のために設計されるICチップ)が搭載されており、相互監視することができるようになっています。つまり、ICがふたつついているんです。

 ABSは安全を担保する部品でしょう、故障したら何にもならない。しかし、部品ですから、壊れるという可能性もありうる。そこで、マイコンとASICという形で、ICをふたつ搭載しました。それがボッシュ特有の安全思想ですよ。

 ICをふたつ付けてあるけれど、それでもなお小型化、軽量化しました。バイクだから車よりも重さにはシビアでなんですよ。メーカーの要求は『1グラムでも軽い方がいい。』あるメーカーさんはバイクの車体重量が2キロ軽くなっただけでも発表したくらいですから、それくらい車重を少なくすることを各社考えています。ですので、うちの第9世代のABSでは全世代のモデルよりも1キロ以上軽くしサイズも半分にしました。これは部品屋としては頑張ったかなと思ってます。

 そして、うちのABSはトラクションコントロールも入れることができるし、ABSの性能を拡張したモーターサイクル用スタビリティコントロール(MSC)では、コーナーリング中に、ちょっとスピード出したらコースアウトすることも防いでいる。ほんとに至れり尽くせりなんです。なんて、営業マンみたいなセリフですけれど」

二輪&パワースポーツ ビジネスユニット 技術本部 ハードウェア技術部 篤 浩明(あつしひろあき)部長
二輪&パワースポーツ ビジネスユニット 技術本部 ハードウェア技術部 篤 浩明(あつしひろあき)部長

開発は現場から

「篤さんみたいにバイク好きの人なら、ABS開発でも実際に乗るんですよね?」

「はい、乗ります。しかし、自分でテストするより、やっぱりプロのライダーの方に乗ってもらうのがいちばんです」 

「では、どういうライダーの人の話が一番役に立ちますか?」

 篤部長はこれまた即答した。
「速い人がいいわけじゃないんです。スピードと運転挙動をちゃんと定量的に示せる人が我々にとってはいい。コンスタントに同じ路面を同じ力でブレーキをかけて、同じ車速で10回繰り返してやってもぴったりあう人。テストライダーで瞬間的に300キロを出す人よりも、定量的な人が理想的です。そして、最終的に感応的な部分を確かめる時は自分で乗ります。たとえば音や振動とか?」

「音ですか? エンジン音とか? 官能テストですか?」

「はい、異音がしたらライダーは気になりますから。性能はちゃんとしてて、法規は満たしていても、ちょっと変な音がするとか、あるんですよ。二輪の場合はヘルメットかぶってるから音のことは言われない方ですけれど、それでもABSのなかのギアの歯鳴りとか、ギアのあたり音とか、今までにない音が出だすとバイクメーカーの技術者は反応します。

 人間は聞きなれない音を聞くと、気になってしまう。音圧レベルで小さな音であっても、聞こえてしまったら、気になる。ただ、そこからはもうフィーリングの話なんですよ。
 日本の会社の方が音にはうるさいですね。ドイツのメーカーの人はあまり言わない。ただ。フィーリングの問題だから、理屈では納得させられません。じっくり話し合うしかない」

 つまり、部品開発とは性能を上げて価格を安くすればそれで採用というものではない。音とか乗り心地のような官能の部分も評価される。そして、もっと言えばそれだけではない。量産するとなると作りやすさも必要だし、かといってあまりに単純化すると、真似されて質の悪い模倣品が出回るおそれもある。
 ひとつの部品として完成されているだけでなく、量産までを見据えて開発するのが部品の技術者の仕事だ。

「新興国の工場で作っている製品もあります。すると、新興国の工場でも量産できるような設計でなくてはならない。日本仕様で攻めた設計にすると、新興国の工場では不良品が多く出てしまう可能性がある。それに新興国で作るわけですから、安くしないといけない。

 かといって単純にして安くすると真似される。うちのABS、表から見るとネジが見えない。切断しないと内部構造がわからないように非分解の仕様で作ってあります。ネジがあると外せるでしょう。そうならないように表にはネジは使っていない。もちろん特許も押さえてありますが、ネジがあったらあけてみようって気分になっちゃうでしょうから……」

ボッシュ製二輪車向けABS
ボッシュ製二輪車向けABS

ハマると楽しい仕事

「官能から量産、模倣品対策まで、いろいろ気を遣って大変ですね」。
 思わず単純な感想を言ったら、篤さんは「いやあ、そういっていただけると本当に嬉しいんですよ。でも、仕事を細かいところまで詰めるのは楽しいことではあるんです……」。

 部品の仕事は想像力がなくてはできない。性能を上げるのも想像力だし、量産を考えるのも想像力だ。理科系の仕事ではあるが、物語の創作に似ている。

「僕にとって仕事は趣味なんです。子どもの頃の工作の延長ですよ。ボッシュは組織もタスクもきっちり、きっちり管理してる。でも、僕はぶっちゃけ、あまり管理も組織も気にしてない。
 それよりも自分が作ったものを自分で乗って、それが市場で販売されて、それを自分で買って試すことができる。

 自分が図面に線1本から引いた完成品が量産されて、お蔭様で会社の売上げにも貢献できて、みんなが乗ってくれて、お給料に反映される。仕事をしていて、これ以上の楽しさなんてないんじゃないですかね。だって、多くのバイクに自分の考えたものがのっかるんだから」

 部品の仕事は部品を使った製品が好きで好きで仕方ないという人に向いている。
 篤さんの仕事に対する傾斜を聞いていると、それを確信する。自分がハマる仕事を見つけることができるかどうか。それは部品会社の選び方でもあり、また人生の課題だ。




野地秩嘉(のじつねよし)
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。近著『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。


 

 

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