世界で初めて四輪車向けに量産化した自社技術を二輪車へ〜《BOSCH:前編》部品の仕事(3)

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

 野地秩嘉氏の連載『部品の仕事』第3回は自動車部品の世界的大手メーカーBOSCHです。自動車や二輪車のさまざまな部品を開発・製造している同社は、世界に名立たる二輪車メーカーがひしめく日本を開発拠点に選びました。今回は、二輪車用アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)に注目し、車輪のロックを回避する安全装置であるABSの研究・開発という仕事の真髄を探ります。

部品の仕事は未来の仕事

 自動車関係の部品会社で働いている人に聞くと、たいてい、こんな答えが返ってくる。「ええ、大学を出た時、自動車会社を受けました。でも、落ちたから……」
 これまでは「自動車会社に行きたかったけれど、でもダメだったから」という人が多かっただろう。だが、これからはちょっと話が変わってくる。

 それは自動車会社だけが社内で「将来の自動車」の開発をする時代は終わっているからだ。部品会社と一体になって協業しなければ「将来の自動車」を開発することはできない。それは自動車会社の開発陣だけでは人手が足りないという物理的な理由だけではない。
 部品会社しか持っていない技術やノーハウがあるからだ。逆に言えば、自社特有の技術とノーハウがあれば部品会社は将来的にも成長できる。
現在、自動車業界ではCASEという言葉が流行している。

コネクテッド(Connected)
自動運転(Autonomous)
シェアリング(Shared)
電動化(Electric)

 シェアリングをのぞけば、こうした技術の専門性を持っているのは部品会社だ。部品会社が成功、不成功のカギを握っているのである。

 そして、マスコミはまだ報じていないけれど、CASEに次ぐ大きなテーマはすでに3つある。
 ぶつからない車、空飛ぶ車、そして、個人向けの超小型車だ。この3つについてはいずれも開発は始まっている。

 進んでいるのが実はトヨタだろう。ぶつからない車もそうだし、空飛ぶ車についてもアメリカで開発している。2人乗りの超小型電気自動車(EV)については2020年に日本で発売することが決まった。

 むろん、この3つのテーマについても部品会社がやらなくてはならない部分は大きい。
話は大回りしたけれど、開発をしたくて自動車会社を受け、そして落ちたとする。しかし、部品会社に入れば、自動車会社に入ったのと同じ開発の仕事をすることができる。そういう時代なのである。


ボッシュのABS

 ボッシュ・グループは自動車部品など4つの分野で事業を行う世界最大の部品会社だ。ドイツで創業し、業員数は約41万人(2018年12月31日現在)、同年度の売上高は785億ユーロ(約9兆5000億円)。
 同社が日本に進出したのは1911年(明治44年)。現在の日本法人の従業員数は6,840人で、第三者向けの売上高は3,250億円。第三者向けとは日本で開発し、生産した製品をボッシュ・グループ以外に販売した売り上げという意味だ。世界のボッシュ・グループに販売している製品売り上げもあるけれど、それはさほど大きなものではない。

 同グループの日本事業のなかでアシスタンスシステムのグローバル開発本部があるのが、二輪車事業とパワースポーツ車両事業を統合した「モーターサイクル&パワースポーツ」の事業部門である。
 バイクに関するグローバル開発本部が日本にある理由は簡単だ。ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキという二輪車で大きなシェアを持つ4社があるから、開発部門も日本に置いたということだろう。

 さて、わたしに「ボッシュの開発と製品」について、話してくれたのはモーターサイクル&パワースポーツ事業部門 ハードウェア技術部の部長、篤(あつし)浩明氏。
 部長だけれど、灰色のスーツではなかった。着ていたのは白いシャツに、腕まくりしたソフトな生地のジャケット。下は細身のジーンズ。バイクのレーサーみたいな格好である。話も時々、「オレはさあ」という語り口になった。

 ボッシュはドイツの会社だから、謹厳で四角四面な部長が出てくるのかと思ったら、天真爛漫で自由な人だった。日本の会社の生産現場にはまずいないタイプだ。

モーターサイクル&パワースポーツ ビジネスユニット 技術本部ハードウェア技術部 篤 浩明(あつしひろあき)部長
モーターサイクル&パワースポーツ ビジネスユニット 技術本部ハードウェア技術部 篤 浩明(あつしひろあき)部長

 篤部長は説明を始めた。あくまで、ざっくばらんに。
「僕はバイクのABSの開発してますけれど、他にも、ボッシュは、四輪の技術では自動運転に関連するレーダーセンサー、カメラ、エンジンまわりのセンサーや電子回路を利用して制御する装置も開発しています。二輪の部品だとABSをはじめ、エンジンまわり部品などもやってます」

 自動車部品のうち7割は外製とされているが、オートバイでもそれは変わらない。ボッシュを始めとするサプライヤーがさまざまな部品を作り、バイクメーカーは組み立てる。バイクメーカーの実力とは完成品を企画し、構想する力、そして組み立て能力だ。この3つが製品の個性に結びつく。

 では、篤部長が開発している二輪用ABSについて、基礎的な説明をしておく。
 ABSとはアンチロック・ブレーキ・システムのこと。車にせよ、バイクにせよ、車輪の付いたモビリティは走行中に思いっきりブレーキを効かせたら車輪はロックしてしまう。ロックしたら転倒の危険性が生じ、重大な事故につながる恐れがある。スピードを抑制することもできなくなる。

 車輪のロックを防ぐためにブレーキシステムを調整するのがABSだ。そして、2018年10月から日本では二輪に関しては標準装備が義務となった。ただし、排気量125ccを超えるすべての新型車が対象で、2021年10月より排気量125ccを超えるすべての継続生産車へのABS装備の義務化が決定している。また排気量50ccを超える車両についてはABSまたはCBS(コンバインド・ブレーキ・システム)の装備が義務づけられている。四輪に関しては、乗用車は2012年10月から、トラック・トレーラー・バスといった商用車については、2014年11月から新型車へのABS装備が義務化されている。

 篤部長の説明である。
「ボッシュの二輪向けABSは、日本をはじめ、北米、ヨーロッパ、インドなど、世界各国の完成車メーカーにご採用いただいています。

 当社のABSは次のように機能します。まず、ライダーによるブレーキが入って車輪がロックする。車輪のロックを車輪速センサーが検知した結果に基づいてブレーキの圧力をコントロールすることにより、ロックを防ぐという方式です。そうして、二輪の場合は転倒を防ぎ、車両の安定性を確保します。

 ABSは元々1978年に当社が世界で初めて四輪車向けに量産化を開始した技術なんです。なぜ、当社が開発したかといえば、ヨーロッパの冬は道路が凍結するでしょう。すると事故が多くなる。それを少しでも減らそうと開発が始まったわけです。

 四輪車、二輪に共通することですが、開発といえば最初はエンジンなどの性能アップでした。それから低燃費化、環境性能に対しての配慮になります。四輪については、その後、エアバッグが登場してアクティブ・セーフティ、つまり能動的に自分から制御にしていくという風に変わってきています。ABSもアクティブ・セーフティ技術のひとつです」

 ざっくばらんな彼の言うように、四輪、二輪のABSはヨーロッパから始まったが、ボッシュの二輪車向けABSが初めて搭載されたのは日本のカワサキのモデルである。
 また、ABSの開発はボッシュだけが手がけたわけではない。数ある自動車メーカーも当初は社内で開発していた。しかし、今ではボッシュを含めた数社の部品会社がほぼ占有している。部品会社がなければ「将来の自動車」を開発できないという状況だ。

 さて、ABSの効果だ。ボッシュ広報によると、「ABSを装備することにより、負傷を伴うすべての原動機付き二輪車の事故のうち約4分の1を防ぐことが可能」。
 ただ、二輪の場合、車輪がロックして転倒したら大きな事故、怪我につながる。四輪よりも二輪の方がABSを必要としているのである。

 わたしはひとつ聞いた。
「熱を込めてしゃべっていることから考えると、篤さんはもとからバイクが好きだったんですね」

 彼は即答した。
「あ、わかりますか」
 そして、嬉しそうに続けた。
「僕はもう16歳から乗っていて、今56歳だから40年乗ってます」

「バイクに乗るのが趣味なら仕事も楽しいでしょう?」

「ですね(笑)。でも、これまでの説明と逆行していますけれど、僕は最近、30年前に出たバイクを買いました。ええ、ABSはついてません。でも、それが面白いんですよ。自分で操作している感じがするし、走っていて、車輪がフルロックするようなブレーキをかけることはありません。ブレーキかけずに曲がっていくのが愉しみですから。

 車の開発もそうですけれど、今は環境性能と低燃費、そして新しい技術の追求ですよね。車体はどんどん重くなっている。それでブレーキの負荷が上がってしまって……。いたちごっこですよね。ですから、ABSだけでは足りずに最近の二輪にはモーターサイクル用スタビリティコントロール(MSC)と呼ばれるシステムも搭載され始めています」



《後編に続く》


野地秩嘉(のじつねよし)
1957 年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。近著『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。


 

 

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