【部品の仕事(1)】ファイナルユーザーが何を求めているかを知ってからベアリングを開発する〜《日本精工:前編》

野地 秩嘉(ノンフィクション作家)
野地 秩嘉
ノンフィクション作家

 野地秩嘉氏の新連載『部品の仕事』第1回はベアリングメーカー大手の日本精工です。自動車部品としても欠かせないベアリングは軸受と呼ばれますが、精密部品の技術開発が進められているR&D現場では日々どのようなことが考えられ、行われているでしょうか。野地氏ならではの切り口で現在のものづくりの姿を掘り下げていきます。それでは日本精工:前編をお楽しみください。

今のわたしであれば部品会社に就職する。

 世界の自動車生産台数は年間で9000万台。そして、1台の自動車は約3万点の部品からなる。さらに、部品の7割は外製だ。
 部品会社が作って、自動車会社の組付けもしくは組み立て工場に送ったものと自動車会社が内製した3割の部品で車はできている。程度の差はあれ、産業機械、電気製品でも部品会社の役割は少なくない。

 だが、これほど重要な役割を背負っているのに、世間はそれを知らない。
「部品会社? 地味な仕事だし、つまらなそうだし、しかも給料が安いんじゃないの?」
 いずれも誤解だ。いや、給料に関して言えば、各社各様だから、一概には答えられないけれど……。

 つまり、部品会社は世間から誤解されている。わたしとしてはその誤解を解きたい。
 たとえば、世間の人々は部品会社の現場の人間は次に述べるような仕事の仕方をしていると思っているのではないか。

 ある日、部品会社の人間Aは部品を買う会社の購入担当者Bに呼ばれる。BはAにスペックを示す。
「じゃ、何月の何日までにこういう部品を作ってね」
「はい、わかりました」と頭を下げて、自社に戻り、工場の片隅でせっせと仕事する……。
 こんな形の現場もひょっとしたらあるかもしれない。しかし、それはもう主流ではない。そういった態度で部品を作っていたら、いずれやっていけなくなる。受け身では部品の会社はなくなってしまう。

 今の現場の仕事の様子は次のようなものに変わっている。
 たとえばEV用のベアリング(軸受)を開発するとする。担当者Aは世界各地へ行ってまずEVに実際に乗っているユーザーの運転行動と車の好みを知る努力をする。わかるまでEV車に乗って走ってみる。

 そうして、最終的なユーザーの好みがわかってから、初めて自動車会社の担当Bと一緒にベアリングの開発に取り掛かる。
 自社に蓄積された基礎技術を念頭に置き、最終製品が使われる各地の環境やユーザーの好みに合わせて設計を始める。

 確固たる基礎技術は必要だ。そのうえで、ユーザーのニーズを知らなければもはや部品の設計はできない。これはベアリングに限らない。ブレーキでもトランスミッションでもなんでもそうだ。
 そして、思えば基礎技術を持っていること、ユーザーの好みを絶えず意識することのふたつは経営者の視点である。つまり、部品の開発は経営者の視点がなければできない。

 わたしは『トヨタ物語』『ヒコーキ野郎の作った車―スバル』という2冊の本を書いた。自動車のこと、自動車部品のことはよくわかっている。さらにいえば、自動車のユーザーの好みも熟知している。

 もし、私が今、大学を出たとする。そうであれば部品会社に就職する。さらに経営者の視点を培う。数年後、申し訳ないけれど、退社して、起業を目指すだろう。自動車業界はEV、コネクティッド、自動運転、シェアリングと変革のさなかにいる。わたしが起こす新しい部品会社には注文が殺到する……、と思われる。

 要は、学生、若い理科系の技術者に訴えたい。部品会社に入ることだ。そして、現場の仕事に精通する。そして起業する。これが成功への道だ。「部品会社に入らない」という選択肢はない。


日本精工の現場を知る。

 日本精工はベアリング(軸受)、電動パワーステアリングなどの自動車関連部品などを作っている。本社は東京品川区の大崎だが、生産現場は国内外に多数あり、主力の藤沢工場は神奈川県の藤沢市。駅から歩いて15分ほどの場所にある。戦前からのメーカーだから、建屋、敷地内の庭、植栽に昭和の香りを感じる。

日本精工藤沢工場
日本精工藤沢工場

 同社はベアリングではスウェーデンのSKF、ドイツのシェフラーに次いで世界3位のシェアを持つ。日本精工が作っているのは転がり軸受。ふたつの輪っか(外輪と内輪)の間に保持器とボール(転動体)が挟まっているものだ。

 ベアリングには他に「すべり軸受」と呼ばれるものがある。その名の通り、軸と軸受の面が直接接触する仕組みで、軸の動きは面で支えられる。

 ベアリングは鉄道、産業機械、自動車、掃除機洗濯機、エアコンなどに必ず入っている基本的な機械部品だ。ちなみに1台の自動車には100数十個のベアリングが組み込まれている。

 工場内を見学した後、執行役専務で技術開発本部長の後藤伸夫氏がわたしの雑多な質問に答えてくれた。
「世界で最初に、ベアリングの概念を説明したのはダ・ヴィンチの絵だと言われています。ベアリングはさまざまな機械の回転部分に使われているもので、『摩擦を減らし、摩擦による摩耗を減らし、摩擦熱による焼き付きを防止する』もの。摩擦、摩耗を制御する技術のことをトライボロジーというのですけれど、当社に入ってくる学生の5パーセントくらいはこの技術を勉強したいと思っているようです」
 では、残りの95パーセントの人はどういう動機で入ってきたのかと聞いたところ、後藤はすました顔で、「私と同じように、他社を志望して落ちたか、研究室の推薦でしょう」と答えた。非常に正直な人である。
 さて、わたしが聞きたかったのはふたつだけだ。
 日本精工の製品は同業他社のそれとどこが違うのか?
 どうやって開発しているのか?


日本精工株式会社 取締役 執行役専務 技術開発本部長 後藤伸夫(ごとうのぶお)氏
1957年生まれ。大学院修了後1982年日本精工入社。その後いくつかの開発の現場を経て、2018年執行役専務、技術担当、技術開発本部長就任。現在、取締役品質保証担当も兼務。
日本精工株式会社 取締役 執行役専務 技術開発本部長 後藤伸夫(ごとうのぶお)氏
1957年生まれ。大学院修了後1982年日本精工入社。その後いくつかの開発の現場を経て、2018年執行役専務、技術担当、技術開発本部長就任。現在、取締役品質保証担当も兼務。

ユーザーのニーズが開発の原点

「他社製品というか、当社のベアリングは他社製とは違います。私たちは提供する部品が最終的にはどういった形で使われているのか、ファイナルユーザーは何を求めているかを知ってから開発しているので、製品は他社のそれとは違うものになるのです」

一般的なベアリング(軸受)
一般的なベアリング(軸受)


 彼は自動車のトランスミッションに組み込まれたベアリングを例に取って話を始めた。
 日本精工の開発者たちは各国のユーザーがどういう風に自動車を使っているかを知るために現地に行き、現地の人が運転する車に乗せてもらう。現地のファイナルユーザーの運転の好みを知る努力をする。

「アメリカ人って一度のドライブで100キロから120キロぐらいの長距離を走ります。また、彼らはアクセルを踏んだ時に、ちょっと遅れて盛り上がるような加速感が好みなんです。わりとゆっくりめの反応というか。
 対極がヨーロッパです。ヨーロッパの人はある意味、運転が過激です。高速道路でスピードリミットの表示が変わると、瞬間、ブレーキを踏んで、リミットまで落とす。表示が元に戻ると、今度はアクセルをガーンと踏む。そして、トップスピードは速い。アメリカが110キロから120キロとすると、ヨーロッパはもうちょっと高くて150キロを超える。速い人は200キロ超えてしまいます」

 後藤は真面目な顔でしゃべる。
「日本人の走りはトップスピードも速くないし、運転距離も長くない。ちょい乗りが圧倒的です。また、俊敏な動作を好まないという点では、アメリカに似てるかな」

 つまり、現在、車に使われているベアリングは、まったく同じ性能ではない。使い方、使われる環境によって違ったものが組み込まれる。もっとも、車体の一部には、価格がリーズナブルで実用に問題のない汎用のベアリングを使っている。

 私のふたつの質問に対する答えは、ベアリングはオーダーメードみたいなものだから、他社製とは違う。開発はファイナルユーザーの運転行動と好みを調べることから始まる。
 そして、開発は部品会社が単独でやるのではなく、自動車会社と一緒にやる。

 また、ベアリングの原材料の鉄についても共同作業だ。ベアリングには軸受け鋼と呼ばれる特殊鋼を使う。鉄の性質もいろいろあるから、ベアリングの担当は製鉄会社と共同で開発する。
 部品会社の開発者は研究所のなかで黙々と仕事をするわけではない。ユーザー、自動車会社、原料の製造会社と一緒に働く。

 ベアリングのような単純に見える部品でも、作った会社によって差異が出る。性能もさることながら、人間の好みにあわせたものを作ることで、違いが出てくる。





野地秩嘉(のじつねよし)
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。近著『トヨタ物語』『トヨタ 現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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