画期的新エンジンを生み出せたメーカーがもつ理念とは~「スカイアクティブX」担当エンジニアに聞く開発現場(後編)

INTERVIEW

マツダ株式会社
パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部
第2エンジン性能開発グループ

末岡 賢也 井上 淳

マツダが「スカイアクティブX」で実現したSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)という技術の開発はこれまでの発想ではなかなか生まれてこないものでした。前回までの、前編・中編では、それらのブレイクスルーがどのようにして生み出されたか、また、こだわり抜いて開発されたスカイアクティブXの今後について伺いました。

しかし、そのこだわりはスカイアクティブX発売発表後、急きょ延期された発売にも影響していました。最終回の後編では、その延期の理由とそもそも画期的新エンジンを生み出せたマツダがもつ理念を、前回に引き続き、マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ アシスタントマネージャー 井上淳(いのうえ・あつし)氏と同 主幹 末岡賢也(すえおか・まさなり)氏にお話を伺いました。


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競合他社を意識しなくなった

────このような大きな成果を挙げることができた理由に、エンジニア個々の能力のほかに、マツダという組織になにか秘密があるのでしょうか。

「請負仕事じゃなく、自分たちの理想に向けて自分たちがやっているという意識があります。そこに対する仕事だからみんな一生懸命やっています。そういう意味ではガソリンエンジン開発部隊とディーゼルエンジン開発部隊が同居するような小さな組織だということも幸いしているのかもしれないですね」 (井上氏)


────フォード時代は、マツダにはグローバルなエンジンを作る役割があったと思いますが、今はマツダとして理想を追いかけている。そこにはやはり意欲の差があるのでしょうか?

「開発の視点は変化しているなと思います。以前は競合車を強く意識して開発をしていました。それはフォード時代に限らずです。

それがスカイアクティブの開発が始まる頃から、他社うんぬんではなく、理想って何なんですか、という視点に変わってきました。理想に向かって最短距離でいこう。だからほかのメーカーがどんな手段、どんな技術を使っても関係ない。ほかのメーカーはほかのメーカーの考え方がある。私たちはこの理想に向かって最短距離で開発をしよう、という。

そういう意味でブレはないですよね。やりたいことは決まっていて道も決まっています。そこに登ってく階段をどう作るかということに注力すればいい。技術者としてのモチベーションとしてはそっちの方が断然上がります。

手段はいろいろあるかもしれないけど、他社もいずれここにくるはずだ。究極的に熱効率を良くしようと思ったらこれしかない。そこにいけばいいんだ。私たちはそれを最短距離でいこう。そうやって肚(はら)を決めると、道が間違っているんじゃないかとキョロキョロして不安になる、ということがなくなりました」 (井上氏)

マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ アシスタントマネージャー 井上淳氏
マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ アシスタントマネージャー 井上淳氏


────内燃機関は限界が近づいているし、限られたリソースなのだから、ハイブリッドやEVに向けたほうがいいのでは、という考え方はありませんか?

「それに対しては、できるだけ多くのクルマに適応できる環境貢献技術であってほしいという考えが出発点にあります。現在のガソリンエンジン、ディーゼルエンジンも、まだまだ損失が大きく、やるべきことはたくさんある。ハイブリッドやEVも当然大事で、取り組んでいきますが、マツダが取り組む順番として1番最初にやるべきことは、内燃機関を磨くことだろうという話です」 (末岡氏)


動力源の構成比を示すグラフ。2030年時点では内燃機関搭載車が90%を占めるという予測。
動力源の構成比を示すグラフ。2030年時点では内燃機関搭載車が90%を占めるという予測。


「人見という者(マツダ シニアイノベーションフェロー 人見光夫氏)が、内燃機関の開発ビジョンの話をしたのが最初だと僕は理解しています。言い出しっぺの人見がいて、それに対して皆が一つひとつ考えて、確かにこうなるはずだと納得して進んでいるわけです。その話が出てかれこれ10年位になりますかね」 (井上氏)


マツダの内燃機関開発ビジョンを示した図。左外側から内側に向けてガソリンエンジン、右からはディーゼルエンジンの開発の方向性が示されている。
マツダの内燃機関開発ビジョンを示した図。左外側から内側に向けてガソリンエンジン、右からはディーゼルエンジンの開発の方向性が示されている。


────人見さんが示したマツダとしての大きなベクトルを定めるようなビジョンに対して、エンジニアの方々は、確かにそうだよねと皆さん納得して仕事をしているということですか?

「そうですね」 (井上氏、末岡氏)

「これに対して反論できる人は、多分世界中いないくらいの原理原則のことを人見は言っているんです」 (井上氏)


────それはすばらしいですね。心の底では皆がわかっている本質を、人見さんがいわゆる“見える化”してくれたということでしょうか?

「そうですね。まさにそうだと思います」 (末岡氏)

「社内でよく言われるのが、原理原則にのっとっているかどうか。原理原則にのっとっていればそれは正しいことですよ、と言われます」 (井上氏)



発売を遅らせたほどのこだわり

────スカイアクティブXは直前になって発売が遅れましたよね。ハイオク仕様に変えたということでしたが、どういった経緯だったのでしょうか?

「欧州仕様の計画が先行している状況で、夏前に欧州でジャーナリストの方々に試乗をしていただく機会がありました。そこで欧州仕様の走りが好評だったので、日本仕様においてもまったく同じレベルを実現すべき、という話が出まして、一部適合をし直して日本市場に投入するために少し時間をいただきました」 (末岡氏)


────当初のレギュラーガソリン仕様とはどういった差異があるのでしょうか。

「レギュラーを使うと、高速回転域のパワーが欧州仕様に比べると目減りしてしまうということはわかっていました。それでも日本市場においてはレギュラー仕様でいけないかと考えていた部分はあります。

しかしながら、スカイアクティブXという名がつくエンジンとして、欧州の試乗会で好評だったトルクカーブを、高回転の高速域までしっかりと同じレベルを提供するべきなんじゃないかという判断で、ハイオクを前提にするということに変えさせていただきました」 (末岡氏)



マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ 主幹 末岡賢也氏
マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ 主幹 末岡賢也氏


────それは経営的な判断というより、技術者の思いが先行した判断のように聞こえるのですが。

「実はハイオクを使った方がレギュラー仕様に対して燃費も伸ばせるということがわかったんです。やると決める段階で、そういう目論見をもってはいましたが、実際にキャリブレーションを進める中で、ハイオクを使用することによってレギュラー使用比で燃費の改善ができて、価格差分くらいは埋められそうだということも早期に見えていました」 (末岡氏)


────これだけ作りこんできたエンジンで、燃料価格差を埋めるレベルの燃費改善というと、とても大きい数字だと感じるのですが。

「欧州のガソリンは95-96RON、日本市場はもともと90-91RONのレギュラーの燃料で仕様を詰めてきました。その中で、RONの違いに応じて出てくるデータの差を見ながら、なぜそうなっているのかをきちんと掴みながらやってきたので、それが功を奏して、日本の100RON近いハイオクにトライしようという時に、短期間で燃費も伸ばし、トルクも出すということができたのではないかと考えています」 (末岡氏)


以上、マツダの新技術がぎっしりと詰まった新エンジン「スカイアクティブX」の開発現場からの声をお届けしましたが、なぜ、マツダでこのような新エンジンが生まれたのか、その理由を、片鱗だけに過ぎませんが、お伝えできたのではないでしょうか。

彼らの話を聞いて、もっとも大きなポイントは、次の三つにあるように感じました。それは「理念」、「人財」、そして「組織」です。新エンジンの開発を生み出すのには、この3つのポイントのどれが欠けても難しかったのだと思います。

これからも新技術の開発は続きます。すでに“役割は終わった”と思われていたガソリンエンジンに代表される内燃機関もまだまだ技術改善の余地はありそうです。


文/佐藤耕一


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