ガソリンとディーゼルの良いとこ取り~「スカイアクティブX」担当エンジニアに聞く開発現場(前編)

INTERVIEW

マツダ株式会社
パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部
第2エンジン性能開発グループ

末岡 賢也 井上 淳

理想のエンジンとも言われ、世界中の自動車メーカーが開発を急いでいるHCCI(Homogeneous-Charge Compression Ignition:予混合圧縮着火)。理論空燃比よりも大幅に薄い混合気を、高い圧縮比で自着火させることにより、熱効率を飛躍的に向上させることができるエンジンです。

マツダが「スカイアクティブX」で実現したSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)は、そのHCCIの概念を世界で初めて実用化した、まさにエポックメイキングなエンジンです。

マツダはなぜ、どのようにしてこのような快挙を成し遂げたのか。今回、スカイアクティブXの開発を担当したガソリンエンジンとディーゼルエンジンのエンジニアお二人、マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ アシスタントマネージャー 井上淳(いのうえ・あつし)氏(以前はガソリンエンジンの開発を担当)と同 主幹 末岡賢也(すえおか・まさなり)氏(以前はディーゼルエンジンの開発を担当)にお話を伺いました。


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ガソリンとディーゼルの知見を活かす

マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ 主幹 末岡賢也氏(写真左)とアシスタントマネージャー 井上淳氏
マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 エンジン性能開発部 第2エンジン性能開発グループ 主幹 末岡賢也氏(写真左)とアシスタントマネージャー 井上淳氏


────お二方は以前、それぞれガソリンエンジンとディーゼルエンジンの開発をされていたんですよね?

「はい。私たちはそれぞれの開発を経験したのちにスカイアクティブXの開発に入り、初期の先行開発から量産まで携わってきました。今回のスカイアクティブXというエンジンは、結果として1つのエンジンの中で、ガソリンとディーゼルの燃焼パターンを2つ合わせたようなエンジンとなりましたが、その開発には、ディーゼル領域とガソリン領域それぞれ得意な領域をもつ技術者たちが担当していました」(井上氏)


────2つの燃焼パターンというのは、ガソリンエンジンのスパークして燃えるパターンと、ディーゼルエンジンのように圧縮で燃えるパターンということですか?

「そうですね。具体的には普通のガソリンエンジンの延長である、理論空燃比にEGRガス(不活性の排気ガス)を再循環させて入れて燃やすパターンと、もう1つはディーゼルエンジンの燃やし方で、A/Fリーンと言いますが、空気を極限までいっぱい入れて、少ない燃料濃度の状態で燃やすパターンで、燃費がいい燃焼ができます。その燃やし方をガソリンエンジンの中で実現させたというのが今回のスカイアクティブXになります」(井上氏)


────スカイアクティブXというガソリンエンジンを開発するなかで、ディーゼルエンジニアのエンジニアが開発に加わったのはどのような経緯だったのでしょうか。

「もともと私のほうが先にスカイアクティブXの先行開発に入り、当初はHCCIという燃焼形態の研究をやっていました。HCCIとはなにかと言いますと、圧縮の圧力と温度だけでガソリンを燃やしてやろうという燃やし方で、これって実はディーゼルエンジンと同じ燃やし方なんです。

その開発にはガソリンのエンジニアが携わっていたのですが、燃料はガソリンですが、燃やし方も考え方もディーゼルエンジンなので、ディーゼルの人がいないと難しいよね、と現場とマネージメントとで話をしました。その結果、ディーゼルのエンジニアに途中から入ってきてもらって、そこからガソリンエンジンの知見とディーゼルエンジンの知見で開発を加速させたという流れです」(井上氏)


────ガソリンとディーゼルというまったく違うバックグラウンドを持ったエンジニアが合流して、どのような効果がありましたか? 戸惑いはありませんでしたか?

「ガソリンのエンジニアにとって、自着火はいわゆるノッキングなので、最も避けるべきことなんですね。つい最近までは、いかにノッキングを出さないで回転させるかということに注力していたので、自着火したあとは、ある意味どうしていいかわからないという状態です。

それに対してディーゼルのエンジニアは、自着火をどうコントロールするか、自然に燃え出す燃料をどうコントロールして、エンジンが壊れないように穏やかに燃やすかというのをずっとやってきているんですよ。

ノッキングがくると、うわーっと思ってしまうガソリンのエンジニアと、火がついたところからが勝負だと思っているディーゼルのエンジニアだと、開発課題に対するアプローチが違うんです。

ガソリンエンジンだったら頭真っ白になっちゃうところで、『いやいやこれはこういう現象が起きているはずだから、こういう風にすればエンジン壊さないように制御できますよ』というアプローチができる。そういう実体験を持っているので、『こういうプロセスを踏めば絶対できるはずだからやりきろう』って考えられるんです。

個人的には、ディーゼルのエンジニアが入ってくることによって、スカイアクティブXの量産にこぎつけられたじゃないかと思っています」(井上氏)




ガソリン自着火へのブレークスルー

────ガソリンエンジンでありながら、ディーゼルエンジンのような燃やし方を実現するための技術的なブレークスルーはどこにあったんですか?

「HCCIというガソリンの自着火を幅広い領域でコントロールするためには、圧縮比を大きく変化させる必要があります。ですが実際にはエンジン自体の圧縮比を機械的に大きく変化させることはできないので、スパークプラグで小さな火炎球を作り、それが膨張することにより燃焼室全体が圧縮着火するという仕組みを実現したことです。

火炎球の膨張でぎゅっと圧縮してやると、どこかの段階で圧縮比が30と同じ状態が作れるので、そこから一気に自着火が始まって燃やし切れるということです。これが今回スカイアクティブXで実現したSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)です」(井上氏)


────タイミングのコントロールがとても難しそうですね。

「タイミングのコントロールは、スパークプラグだからこそ、1サイクルごとに適切にできるんです。今までは補助的な技術として、スパークプラグを使えばHCCIと従来燃焼をうまく橋渡しできるとは言われていたんです。それをメインの着火源として使うという着眼点は今回初めてですね」(井上氏)

「エンジンが高速で回っている中で、1サイクルごとになにかをコントロールしようと思ったら、それができる部品は限られているんです。内燃機関の技術者であれば、噴射弁でコントロールするか、点火プラグでコントロールするかのどちらかだね、というのは誰でもわかることです。

そのなかで、初期の頃にはさまざまな検討をしましたが、結果としては両方使っていますし、燃料噴射もかなり緻密にコントロールしています。着火をコントロールするだけではなく、燃やした後に出てくる排気成分や、より高い効率を追求するためです。そして点火プラグをメインとしながらも、噴射弁をかなり重要な部品としてフル活用して、このエンジンの燃やし方を作り上げました」(末岡氏)



噴射は2回でも4回でもなく「3回」。

────噴射について具体的にはどのような工夫があるのでしょうか。

「まず吸気バルブが開いてピストンが下がる吸気工程において、シリンダーの中を渦巻く空気の流れに合わせてタイミング良く吹きたい量を供給して、なるべく均一な混ざり方をさせます。

そしてここがポイントなのですが、均一な混ざり方をさせながら、点火プラグの周りだけを少しだけ濃くします。火がつきやすい濃さにするということです」(末岡氏)


────すごいですね。そんなことがコントロールできるんですか。

「はい。このエンジンは噴射の制御やキャリブレーションをものすごく緻密にやっています」(末岡氏)

「スパークプラグの先端あたりに少しだけ濃い混合気を作ってやることで火がつきやすくなるんですよ。この状態を作るために3回に分けて燃料を噴射しています」(井上氏)


────普通は噴射は1回ですよね。それが2回じゃなくて4回じゃなくて、なぜ3回なんですか?

「噴射1回も2回も4回も試した上で、3回が良かったということです。実際のエンジンで試して、解析をしながら検討しました。確かにこういう現象が起きている。だったらこういうタイミングで、こういう動きを吹いてやればこういう混合気ができるはずだ。ということで、全領域でコントロールをしました」(井上氏)

「ディーゼルエンジンは従来から燃料噴射を緻密にコントロールしてきました。燃料を複数回に分けて吹いてみたらどうかという発想は、ディーゼルエンジニアの発想だと思います」(末岡氏)

「混合気形成をコントロールしてみようとか、噴射で着火タイミングをコントロールしてやろうというのは、まさにディーゼルの発想ですね」(井上氏)


────今回のインジェクションは既存の部品の流用ですか?

「これはまったくの新規開発ですね。パーツメーカーと共同で開発しました」(末岡氏)



1サイクルに3回の噴射をするために開発されたインジェクター。
1サイクルに3回の噴射をするために開発されたインジェクター。


────ピストンもとても複雑な形状をしていますが、ここにも秘密があるのですか?

「そうですね。普通はもう少し山や谷がない平らな形です。プラグの位置にうまく燃料を持ってかなければならないので、ピストンの形状も工夫をして、プラグの方にうまく流れが寄るようにコンピューターの解析と実機を何十個も作って選定をしました」(井上氏)




複雑な形状をしたピストン形状。中心部に濃い混合気を集めやすい形になっている。
複雑な形状をしたピストン形状。中心部に濃い混合気を集めやすい形になっている。


筒内での混合気が形成される様子。薄い=青っぽい混合気が外辺に目立つ一方、点火プラグのある中心部に濃い混合気が集まっているのがわかる。
筒内での混合気が形成される様子。薄い=青っぽい混合気が外辺に目立つ一方、点火プラグのある中心部に濃い混合気が集まっているのがわかる。


ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの“良いとこ取り”を実現した「スカイアクティブX」。それを実現するために、燃料噴射のタイミングの調整、ピストンの形状などさまざまな工夫がされています。中編では、そこに至るまでの長い道のりと乗り心地についてお話を伺います。


《中編に続く》

文/佐藤耕一


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