コンバーティングテクノロジー総合展は、フィルム・シート、金属箔、紙・板紙、不織布、合成紙などのウェブ・シート素材を加工する技術(コンバーティングテクノロジー)、こうした素材の開発関連装置や材料などを取り扱う製造販売会社が出展する総合展示会です。医療や食品の包装材料、エレクトロニクス分野のフィルムや部材、自動車の電池材料などの技術を見ることができました。
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移動体の電動化に向けたMR流体ブレーキ技術
まず最初は、自動車などの移動体の電動化に欠かせない軽量小型化の技術です。
富士ゼロックス株式会社(神奈川県足柄市)が出展していたのは、MR流体という要素技術でこれは同社が長くつちかってきた電子写真式プリンターのトナーの周辺技術を応用したと言います。会場で説明してくださった斎藤裕(さいとう・ゆたか)画像形成材料事業部化成品開発部マネージャーによれば、MR流体を使ったブレーキやクラッチに大きな将来性があるそうです。
「MR流体という物質は、オイルに磁性粒子である鉄粉を分散させたものになります。このMR流体は磁場に反応して粘性が変化します。磁場があると磁性粒子の鉄粉がチェーンを形成し、粘性が強くなり、磁場がなくなるとチェーンも消えて粘性が弱まります」(斎藤氏、以下同)
出展されていたのは、産学連携で開発したMR流体を使ったブレーキです。もともと、MR流体ブレーキというものがあり、それはMR流体に磁場をかけるとすぐにブレーキがかかるという高速応答性が特徴です。
また、磁場のかけ方によって粘性を細かくコントロールできるのでクラッチとしての利用も可能と言います。
「電磁石を使えば、その機構を電気的に制御できますので、従来の油圧システムが不要で小型軽量化が可能になることで車輪のホイールの中に入れることもでき、自動運転車や電気自動車の全電動化に役立つ技術だと思います。
ただ、MR流体はこれまでもブレーキやクラッチなどに使われていますが、環境負荷が問題視される摩耗粉が発生し、騒音もあり、さらに鉄粉同士が擦れ合うと温度が上がり、オイルが揮発して量が減少して機能性が減衰してしまうという課題がありました」

今回、出展していた技術は、環境負荷を低減し、低騒音、素早い応答性と高い制御性を持つ、従来のMR流体を利用した油圧ブレーキや機械式ブレーキの弱点を克服したものだと言います。
「今回出展している技術は、東北大学未来科学技術共同研究センターの中野政身(なかの・まさみ)教授と弊社の共同研究ですが、中野教授の考案した鉄粉をナノ粒子で被覆する技術を使っています。
弊社もトナーの表面にナノ粒子を分散・被覆する技術開発をずっと続けてきました。電子写真式プリンターに用いられる弊社のトナーを、磁性を帯びさせた鉄粉のMR流体として応用していますが、弊社のコア技術を材料開発として加えることで、オイルを使わずに高い流動性を実現し、ドライMR流体ブレーキのパフォーマンスを高めることを実現しました。
特許は、中野先生と弊社による共同出願です」
従来のMR流体に使われる鉄粉にナノ粒子を分散・被覆することで、さらに高い流動性を付与させることができたと言います。
「これまでのMR流体で使われていたオイルに鉄粉を分散させたのと同じくらいさらさらになります。つまり、従来のMR流体を用いたブレーキで、オイルの温度が上がるとオイルが揮発してしまう問題をオイルレスにすることで解決したということです。
また、オイルを入れずにすませることができるため、その分の磁性体の量を増やすことができ、ブレーキの機能性を高めることもできました。現在、実用化に向けて評価中ですが、既存のオイルを使ったブレーキより耐久性が高いというのも特徴です」

耐久性については、自動車という重量の重い物体を止めるためには、オイルを使ったものでも今回のドライMR流体のものでも課題になってくるといいます。
「トナー自体、柔らかい素材ですので、それを保護するためにナノ粒子で被覆していますが、弊社のそうしたノウハウを応用しながら耐久性を高めることができれば、ひじょうに価値の高い材料になるのではないかと考えています。
ナノ粒子について細かいことはお答えできないのですが、弊社がプリンターのトナーでつちかってきたナノ粒子の配合比率などの技術を応用しています」
開発で難しかったのは、鉄粉にナノ粒子をどのようにくっつけるのかだったと言います。
「約6ミクロンの大きさの鉄粉をナノ粒子がほぼおおっていますが、固まりでくっついてしまうため、均一に分散させて被覆させるのが難しいのです。
まさに分散・被覆することでさらさらにできたというのが今回の技術のキモになりますが、開発ではこの配合比率の組み合わせに最も苦労しました。トナーは柔らかい素材ですが、磁性を帯びさせるMR流体の鉄粉は硬いものです。
分散・被覆する考え方は同じでしたが、制御すべき方向性が違いました。ただ、柔らかいトナーに強く押しつけずに被覆するという技術は鉄でも応用できました」
私たちがなじみ深いトナーですが、十分さらさらしているようにみえるトナーでも、まだまだ技術的なイノベーションの余地はあると言います。
「MR流体にしても考え方次第でさまざまな可能性があると思っています。弊社も協働ロボットを作っていますが、ロボットは動作が速くなると慣性の法則でどうしても位置制御が難しくなります。小型軽量のブレーキという今回の技術は、ロボットに使われるサーボモーターの位置制御にも応用できるかもしれません」
今回のMR流体ブレーキに関しては現在、共同研究と実証実験の段階で、まだ具体的なメーカーへの採用にはいたっていないと言います。ただ今後、東北大学の中野先生の関係から販路を広げていこうと考えているそうです。

電子デバイスに広く応用が効くセルロースナノファイバー製の透明な紙
紙というのは人類にとって欠かせない素材ですが、新たな紙の可能性を探る技術も出展していました。大阪大学の産業科学研究所、能木雅也(のぎ・まさや)研究室は、能木研究室の展示として共通した技術を応用した例を出展していました。ベースになっているのは、木材からの繊維で作った表面が滑らかで透明な紙の技術です。
会場で説明してくださった春日貴章(かすが・たかあき)特別研究員によれば、パルプから作る従来の紙と同じですが、10年くらい前にセルロースナノファイバーという素材が作れるようになって透明な紙が可能になったと言います。
「パルプの歴史はパピルスでご承知の通り、数千年の歴史がありますが、パルプは実はセルロースナノファイバーが束になったものです。
ただ、この束の結束力という結合力がものすごく強力なので、長く束を解きほぐすことができませんでした。そのため、セルロースナノファイバーは、それまでうまく取り出せなかったのです」(春日氏、以下同)
今回、出品している研究室を指導している能木教授が、セルロースナノファイバーから新たな紙を作り、その応用に成功したのだと言います。

「パルプの束を構成しているセルロースナノファイバーは、DNAと同じ水素結合しています。この束をどうやったら引き剥がすことができるのかといえば、大きく分けると物理的に強い力でほぐす方法と化学的にほぐす方法があったのです。そこから一気に技術が発展しました。
本来、紙は透明なはずですが、白く不透明なのは中に空気がたくさん入っているからです。その空気をうまく抜いてやれば透明になるのです。ですから、セルロースナノファイバーの細い繊維を空気が入らないくらい緻密に積み重ねてやれば透明な紙になるというわけです」
能木教授は、パルプの束を解きほぐすことを研究していた研究室の出身で、セルロースナノファイバーをどうやって実用化させるかを探索してきたと言います。
「力技と化学とどちらの解きほぐす方法かといえば、能木先生は合わせ技です。化学的にほぐす方法は一般的によく行われていますが、弱点は熱に弱いところです。熱に強くしようとすると透明ではなくなってしまいます。
私たちの研究室では、木材からパルプにする段階の機械処理で工夫しています。逆にいえば、機械処理がしやすいパルプを開発したということになります」
そこそこ透明で熱に強いというバランスをどう取るかというのが難しいと言います。
「従来のセルロースナノファイバーで作ったあまり透明ではないほうの紙は200℃で何時間でも大丈夫なのですが、透明なほうの紙は200℃では10分くらいで透明ではなくなってしまいます。
私たちの研究室では、透明性を確保しつつ熱にも強いセルロースナノファイバーの紙を2009年に最初のものを作りました」
セルロースナノファイバーで作った紙は、厚さ10から50ミクロンと薄い上に絶縁性がとても高く、熱に強くほとんど伸び縮みしないと言います。これでシートを作れば、透明でしかもすごく強いシートができたり、電子デバイスに応用できるそうです。
「能木先生は耐熱性と表面の滑らかさに注目して、電子デバイス基板に使えないかと考えました。太陽電池、メモリー、アンテナなどに使われる電子素子を紙で作ったというわけです。それが2013年から2018年くらいに研究開発をした技術です。
ちょうど印刷による回路の技術が発達した頃にあたり、紙の上に回路を印刷し、耐熱性が高いので200℃くらいで焼結できるということで、紙は絶縁体ですが紙と電子デバイスの親和性が高くなったのです」

セルロースナノファイバーの紙を利用すれば、透明の導電膜を作って太陽電池を作ったり、電気伝導性の高い素材を表面に塗布してウェアラブルデバイスに利用したり、逆に極めて高い絶縁性を利用して活かしてメモリにするようなことが可能になると言います。
「紙でセンサーを作ることもできます。普通の紙は大型のセンサーは可能かもしれませんが、密度が低いのであまり小型化できません。セルロースナノファイバーで作った紙を使えば、小型センサーも可能になります。
電極2枚で紙を挟み、紙は水を吸うと素子の性能が変わるので、それによって湿度がわかるというようなセンサーです。これは例えば、コンデンサーの静電容量が湿度によって変わるというようなことです」
難しかったのは紙の回路の積層化だったそうです。
「スマートフォンに入っている回路が4、5層になっているように、積層すると複雑な回路を描くことができるようになります。これまで紙を基板としてしか使っていなかったので立体的に考えていませんでした。
紙の上に2層を乗せる時、そもそもの発想から外れてしまうので樹脂製の接着剤は使えません。どう接着させるのかに頭を使い、特別に開発した薄い液を使って紙の間にしみ込ませる方法で解決しました」
紙は水を含ませると膨張し、乾くと収縮します。これを基板に応用すれば、湿気を含むと配線が壊れてしまいます。湿気を含んでも膨らまない紙をどう作るのかも難しかったと言います。

「紙は環境に優しい素材です。リサイクルが可能で、環境に負荷をおよぼさずに自然に還元します。半導体自体は主にシリコンによってできていますが、基板を紙で作れば、そのへんにある土と植物繊維という自然素材ですので、環境負荷はほとんどなくなると考えています。
インクを塗布して電気伝導体にしていますが、このインクはごく微量なので、ほとんど生体や環境に影響はありません」
同研究室では今後、ほぼすべてが紙でできた電子デバイス素子を作ろうと考えているそうです。
「これまで紙で素子を作ってきましたが、例えばトランジスタは紙の素子だけでは動きません。やはり、プラスチックや電極などの紙以外の素材でできたパーツがどうしても混ざってしまいますので、現在、ほとんど紙で作った電子デバイスを作ろうとしています。これは、ガラスの基板の上に配線を描き、紙の絶縁層と電気伝導層を重ねてさらに配線を描いて積層するようなことです」

極薄の有機ELと伝統工芸・漆塗りのコラボレーションで別領域のニーズにアピール
先端技術と伝統工芸を融合させた出展もありました。株式会社日本触媒(大阪市中央区)は、NHKと大阪大学と共同研究で作った極薄の有機ELを輪島塗りの器に埋め込んだ展示をしていました。
会場で説明してくださった森井克行(もりい・かつゆき)研究センター主任研究員によれば、薄い有機ELの光源を使って従来にないようなものを作りたい、ということで伝統工芸とコラボレーションしたらどうかと考えたそうです。
「今回、弊社が出展している極薄の有機ELは、iOLEDフィルム光源と言います。本来、有機ELは水や酸素に弱いのですが、それを強くする技術を開発してきました。従来の有機ELフィルムは一般的に200から300ミクロンですが、iOLEDフィルム光源の厚みは70ミクロンです」(森井氏、以下同)
薄くすること自体、あまり難しくなかったと言います。
「薄くした上で、水や酸素などに対するバリア層をどれだけ維持できるかが問題でした。ですから、バリア性能をどれくらい抑え、期待できるバリア層の機能性を持たせるかという技術になります。
つまり、従来の有機ELを作る技術でもこの薄さは可能かもしれませんが、その上である程度のバリア層を付与したということです。我々が開発した技術では、25ミクロンのPETのフィルムを使い、バリア性能を付与させた有機ELを作り込むことで実現しています」
薄くするために、従来の有機ELとはまったく構造を変えているそうです。
「構造を変え、水や酸素に対するバリア層を強くしていますが、最も問題なのは薄くした上での長寿命化でした。現状では、1,000カンデラで1万時間という、従来の有機ELとほぼ同じ程度の寿命になっています。
水や酸素からの影響は電極が最初に受けてしまいます。この問題をどうクリアしたのかといえば、電極にカルシウムなどの不活性の材料を使うのは有機ELで常識ですが、その常識をやめてしまったのです」

酸化しにくい金を電極に使うことも可能だそうですが、金を電極にすると電子が入りにくくなってしまい、しかも金だとコスト的に見合わないと言います。
「そのため、今回のiOLEDフィルム光源では、透明電極のITO(Indium tin oxide)という素材を使っていて、金のような高価な素材は使ってはいません。コスト的には、3センチ×3センチの面積のもので数百円後半になります」
また、長寿命化に重要なアイデアとして、積層の順番を変えているそうです。
「従来の有機ELでは、積層の順番を変えるようなことは行われてきませんでした。それは、表面に位置する層にはカルシウムのような不活性な素材にしなければなりませんが、カルシウムを最下層に位置させると酸化してしまうなど取扱いが大変になるからです。ですから、従来の有機ELでは、カルシウムを最後に乗せて封止することになります。
アモルファス層を蒸着していますが、その層の順番を逆転させ、水や酸素に安定な材料を外側に位置させました。従来の有機ELでは最も下層に位置する層を表面にもってきて、表面に位置する層を最も下層に位置させました。
しかし、蒸着できなかったり塗ったら溶けてしまったりするなど、上に乗る層の素材的な性質によって下の層はいろんな影響を受けますから、そのあたりの積層プロセスも考えなければなりませんでした」

70ミクロンの厚さにしたことで、指に巻きつけるくらい曲げられるようになったと言います。
「200ミクロンの厚さの有機ELですと、曲がりにくく曲面に貼り付けることが難しかったのです。有機ELを曲げられるとどんな利点があるかといえば、光を使った治療をするような場面に活用できるようになると思います。フレキシブルかつ局所的にさまざまな部分に有機ELをつけることが可能になるでしょう」
今回、なぜ極薄の有機ELを漆塗りに仕込んだのかといえば、伝統工芸と最先端技術の融合というある種、夢のある挑戦の形ということで出展したと言います。
「もちろん、注目されることも期待していましたが、テレビやスマホに使ったりする工業製品としての有機ELというより、伝統工芸とのコラボレーションをアピールすることで一石を投じ、また別のニーズや市場があるのではないかと考えたのです。
伝統工芸の一つである輪島塗りの輪島キリモトさんと一緒に『紙より薄いフィルム光源』を漆塗りの器に仕込んだというわけです」
技術的な難題には、漆塗りの伝統工芸が役立ったそうです。
「フィルム光源がどうしても漆の上に乗らず、難しかったのですが、輪島塗りの技法の一つである螺鈿を利用し、フィルム光源の上に薄い貝殻のシートを重ねてその上に漆塗りを塗り重ねていきました。
螺鈿の技術を使ったのは、輪島の漆塗りの職人さんのアイデアです。封止フィルムの材料を変えようと考えたのですが、時間がなかったのです。困り果てていたところ、螺鈿の技術を使うことで解決しました」
こうして螺鈿の貝殻を有機ELの光が透過する美しい工芸品が完成したと言います。
フィルムや有機素材、粉体など、さまざまな要素技術が集まったコンバーティブルテクノロジー展総合展でしたが、トナーや紙、漆工芸など興味深い出展が多く、あちこちのブースに足を止める来場者の姿が目立ちました。このコンバーティングテクノロジー、ものづくりのワザが集積し、まだまだポテンシャルとイノベーションが期待できる分野だと実感しました。
文/石田雅彦
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