人工イリジウム単結晶の応用事例〜単結晶が変えた私たちの世界(後編)

INTERVIEW

東北大学
金属材料研究所 先端結晶工学研究部
未来科学技術共同研究センター(NICHe)

教授 吉川 彰

高強度で高融点、高温時に酸化されにくいイリジウムは、内燃機関の点火プラグや工業用の坩堝などに使われてきました。しかし、イリジウムやその合金材料は裂けやすいため加工性が低く、冷間加工を行うことはほとんど不可能であり、熱間加工で少しずつ何工程にも分けて成型していく必要があったのです。

東北大学の吉川彰(よしかわ・あきら)教授(金属材料研究所 先端結晶工学研究部、未来科学技術共同研究センターNICHe 兼任)らの研究室では、ジルコニアの坩堝を使ってイリジウムの単結晶を簡単に作り出すことに成功しました。これは大きなコストダウンにつながる技術だということですが、第3回目の最終回は前回からの続き、イリジウムの単結晶を作る際に苦労した部分、なかなか求めているようなジルコニアの坩堝が既製品になかったというお話からです。


東北大学 吉川彰教授
東北大学 吉川彰教授


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ジルコニア坩堝の壁

────求めていたジルコニアの坩堝というのはどのようなものでしたか。

ジルコニアは熱衝撃に弱く、イリジウム単結晶を作るためにジルコニア坩堝に温度勾配を付けると、作業中に坩堝が割れてしまうことが多いのです。2,500℃くらいに加熱していったときに坩堝が割れ、高温に溶けた中身が飛び散って装置が壊れたりすることも少なくありません。

熱衝撃を弱めるためにどうするかというと、ジルコニアを坩堝の形に焼き固めるときに発泡剤を入れて多孔質のポーラス坩堝にします。そうするとある程度、空間が空くことで熱衝撃に対する耐性が高くなって割れにくくなるのです。

ジルコニア坩堝には多孔質の既製品もありますが、多孔質過ぎると今度はイリジウムを引き出す穴の直径の制御が難しいという問題があります。自動車業界の基準では、直径1ミリの部品に対してはプラスマイナス20ミクロン以下の公差に収めなければならないので、多孔質過ぎるジルコニアの坩堝は径の制御が難しくて使えなかったのです。


────では、どうやってジルコニアの坩堝を作ったのでしょうか。

直径を制御する部分だけ多孔質ではなく緻密なジルコニアを使い、残りを多孔質にした複合体の坩堝が必要でした。私の知り合いに、学生時代から懇意にさせていただいているあるセラミックス企業の社長さんがいます。久しぶりにこの難題をお願いし、特別に要求通りのジルコニアの坩堝を開発してもらったのです。これは世界にもないもので、この坩堝ができたおかげでイリジウムの単結晶の線を作ることができました。

将来的にイリジウムでスパークプラグの中心電極を作ることになれば、ジルコニアの坩堝が絶対に必要になりますから、もし量産体制に入れば、お世話になったセラミックス企業の社長さんにも少しはご恩返しができるかもしれません。


────では、イリジウムの単結晶を使ったスパークプラグが市場に出てくるのですか。

はい、現在、単結晶のイリジウムで作ったスパークプラグの中心電極は、安全性や信頼性を担保するため、実際のエンジンに搭載するなどして実用化に向けた実証試験を繰り返しています。国内ではなく海外の企業が興味を持ってくれていますが、この技術の知財も我々の研究室で取得しています。また、実際に量産化が始まった場合、最初は我々の研究室と株式会社C&A(2012年創業)という大学発ベンチャーでサンプル出荷から始めようと考えています。


株式会社C&Aは吉川教授らが出資して設立した大学発ベンチャー。現在、核医学や環境測定などに使われるγ線を検出するシンチレーター用のGAGG(カドミウム・アルミニウム・ガリウム・ガーネット)という結晶とそれを作る装置(部品はファブレスで設計と組み立ては自社)の製造販売を行っているそうです。
株式会社C&Aは吉川教授らが出資して設立した大学発ベンチャー。現在、核医学や環境測定などに使われるγ線を検出するシンチレーター用のGAGG(カドミウム・アルミニウム・ガリウム・ガーネット)という結晶とそれを作る装置(部品はファブレスで設計と組み立ては自社)の製造販売を行っているそうです。

────イリジウムの単結晶の技術は、スパークプラグ用以外に用途はありますか。

はい。単結晶のイリジウムを開発した後、学会で発表してみるとスパークプラグのほかにもいろいろ使えることがわかってきました。例えば、温度を測る検出端のことを熱電対と言いますが、これは異なる材料でできた2つの金属線の両端をつなぎ、両端に温度差があると金属線の回路に電圧が生じるという現象(ゼーベック効果)を利用したものです。

2,300℃くらいまでの高温で使用できる熱電対の材料は、これまでタングステン・レニウム(タングステンとレニウムの合金)しかありませんでした。温度差で電圧が生じる現象を利用した熱電対では、タングステンとレニウムの割合を変えて異なった合金にして温度を検出しています。

しかし、このタングステン・レニウムも線引きで作られているため、線引きのイリジウムと同じように裂けやすい物質です。その上、酸化されやすく、雰囲気の中に1%でも酸素があったらボロボロになってしまう耐酸化性の低い物質でもあるのです。


────その熱電対にイリジウムを使えるのでしょうか。

そうです。イリジウムはそもそも耐酸化性が高く、酸素分圧が2%になっても2,100℃くらいまで測ることができます。そして我々が作った単結晶のイリジウムの線では、裂けにくく曲げやすいという特性があります。つまり、タングステン・レニウムは曲げにくく、あまり曲げると裂けてしまうため、これまでは高温を検出するには曲げられない熱電対しかなかったのが、単結晶のイリジウムとイリジウム・ロジウムという合金を使うことで曲げられる熱電対が初めてできたということになります。


単結晶のイリジウムを使った曲げやすい熱電対。高機能素材Week(2019年12月)の出展より。
単結晶のイリジウムを使った曲げやすい熱電対。高機能素材Week(2019年12月)の出展より。


────イリジウムの熱電対はどのような用途がありますか。

そうですね。これはいまのところニッチな分野ですが、我々が学会で発表したすぐ後に宇宙空間へ飛行体を飛ばす企業さんから問い合わせがありました。宇宙空間へ到達する間に大気圏を通過し、その際に飛行体の表面温度を測りたいという技術的な要求で、単結晶のイリジウムの曲げやすい特性を活かし、省スペースの温度検出端として利用できないかという話でした。

また、温度測定の企業さんからも興味をもっていただいています。工業分野では1,500℃くらいまでは白金を使った熱電対がありますが、これまで1,500℃から2,000℃くらいの温度を曲げられる熱電対で直接、計測できなかったのでそうした用途は実際かなりあるようです。


イリジウムの単結晶を乗り越え、研究室で生まれる新たな価値

────イリジウムとは別の単結晶ではどのようなものを研究開発しているのでしょうか。

現在、カルシウム、タンタル、ガリウム、シリコンの酸化物を原料にして、水晶に代わるタイミングデバイス用の単結晶に圧力を加えずに作っています。

これはまだ工業製品には使われていませんが、すでに結晶もデバイスもできています。コスト的に水晶には及びませんが、機械結合係数は水晶を超えており、水晶よりも安定するまでの時間を約1/10に短縮できるという結晶になります。

また、発振するときに必要な電気エネルギーも少なくてすむので、Bluetoothで使われるようなウェアラブル端末にはうってつけで、水晶に比べて大きなアドバンテージをもつ物質になります。


────単結晶を作る以外に装置ではどのような改良がありますか。

そうですね、紙コップを坩堝に使った装置があります。イリジウムで作られた坩堝は値段も高く、大きな結晶を作ろうとすると1つで3,000〜4,000万円ほどもします。我々の研究室は、とてもそんなに高い坩堝を使っていられないので、なんとかもっと安くできないかと考えました。

あるとき、研究室の宴会で鍋料理が出てきましたが、それが紙で作られた紙鍋でした。「なぜ、紙鍋は燃えないのか」と考えた結果、紙鍋は鍋の中の水分の沸点(100℃)が、紙が燃え始める燃焼温度(発火温度)450℃ほどよりも遥かに低いため、燃えないということがわかりました。

その原理を応用し、紙コップの周囲に熱伝導率の良い銅パイプを配置してその中に流水を通して紙コップから熱を奪ってみたらどうかということで装置を開発したのです。


坩堝に紙コップを使った装置。格段にコストが安くなるため、単結晶の材料自体の値段も下がると言います。
坩堝に紙コップを使った装置。格段にコストが安くなるため、単結晶の材料自体の値段も下がると言います。

────研究室のみんなで話し合う中、そうしたアイデアが生まれるのですね。

そうですね。この装置の場合、紙コップ自体は銅パイプによる冷却効果でほとんど室温ですが、紙コップの中心は2,000℃くらいになります。そして紙コップに接する部分には、紙コップを保護するような多結晶が形成されるのです。するとイリジウムからのコンタミなどもなく、純度の高い結晶を作ることができました。

ただ、電子レンジのように紙コップ自体は高周波による加熱ができないため、融液を直接、加熱しなければならず、それには高い周波数が必要になります。我々は最近、シリコン・カーバイドの単結晶による発振器を作り、高周波による安定的な加熱を実現し、現在では1インチ径くらいまでのインゴットを作ることができるようになっています。

そもそもイリジウムの坩堝が高価過ぎるので、それを紙コップで代用できれば、かなりのコストダウンが期待できますし、インゴットを2インチくらいまでにサイズアップできれば、工業用として実用化に耐えられるようになるでしょう。


思い通りの装置は既製品にはなかなかないという吉川教授。それなら自分たちで作ってしまおうというのが研究室の方針だと言います。これは単結晶の製造装置。
思い通りの装置は既製品にはなかなかないという吉川教授。それなら自分たちで作ってしまおうというのが研究室の方針だと言います。これは単結晶の製造装置。


────単結晶には大きな可能性がありそうですね。

その通りです。例えば、長年、スパークプラグに多結晶線材が使われてきたということは、この部品の製造プロセスに関しては何十年もずっと画期的な技術革新がなされてこなかったということです。単結晶によってスパークプラグの市場ががらっと変わるかもしれません。イリジウムに限らず、従来使われてきた多結晶材料を単結晶にしてみると、これまでとは格段に優れた材料特性が得られる可能性があります。


────ところで、ご自身でC&Aという大学発ベンチャーを立ち上げたのでしょうか。

いえ、研究室の仲間と資金を出し合って起業しました。ベンチャーキャピタルや銀行に話をもちかけたのですが、どこも乗ってこなかったので仕方なく自分たちで立ち上げました。我々のC&Aでは、シンチレーター用の結晶や装置を作っています。

シンチレーターというのは、X線やγ線などの放射線を吸収し、可視光として発光させて電気信号に変換する装置で、放射線を吸収する結晶にGAGGなどが使われています。シンチレーター用の単結晶材料は、細い棒などを作って組成を考えていく中でマンモグラフィー用に開発しました。


────シンチレーターは医療用以外にも使われていますか。

そうですね、我々のシンチレーターは事故を起こした福島第一原子力発電所のデブリ除去で使われています。原発の廃炉では、まずデブリを取り出すために状況を把握することが必要になります。原発の格納容器内は放射線が強過ぎるため、通常のカメラでは撮影できません。γ線の飛んでくる方向がわかるようにγ線用のカメラを作ろうということになり、我々が開発したシンチレーターがデブリを見つけるため実際に使われています。


────C&Aの特徴としてはどのようなものがありますか。

単結晶の材料やその材料を作るための装置を作ることも特徴ですが、成長時の固液界面の形状や成長させる結晶の形状を制御にすることを可能にするプログラム開発にも自信があります。

大きな結晶は完成するまで2週間ほどかかります。そのため、ずっと付ききりで製造過程を監視することができず、自動直径制御というプログラムが重要になります。これは融液から固体になっていく部分の重さを量り、発振器にフィードバックして差分を計測しつつ、狙った直径の結晶を作るようにコントロールする技術です。




3回にわたって紹介した単結晶とその応用技術でしたが、材料物性の世界にはまだまだ未発見の特性を持つ物質や現象があるようです。まだ単結晶として知られていない物質を単結晶にし、その物質を使ったデバイスを作れば大きなイノベーションが起きるかもしれません。


文/石田雅彦

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