東北大学
金属材料研究所 先端結晶工学研究部
未来科学技術共同研究センター(NICHe)
教授 吉川 彰氏

水晶や半導体など、単結晶による技術はまさに20世紀に起きた飛躍的イノベーションとも言えます。前回(第1回)に続き、東北大学の吉川彰(よしかわ・あきら)教授(金属材料研究所 先端結晶工学研究部、未来科学技術共同研究センターNICHe 兼任)に単結晶の作り方、イリジウムの単結晶の開発などについてお話をうかがいます。
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一筋縄にはいかない単結晶作り
────単結晶の物質はどうやって人為的に作るのでしょうか。
単結晶の材料を作るのもなかなか難しいのです。例えば、高温にして整然と凍らせる、固まらせることができればいいのですが、実は高温にすれば普通に溶けてくれる物質とそうでない物質があります。シリコン、サファイア、ルビーは普通に溶けてくれますが、温度を上げると分解してしまう物質もあるのです。
────どういった物質が分解してしまうのでしょうか。
水晶は温度を上げると分解して違う物質になってしまいますし、2014年のノーベル物理学賞を受賞した青色LEDにチップとして使われている材料の窒化ガリウムも温度を上げると分解してしまいます。窒化ガリウムはシリコンと同じような製法で作ることができないのです。青色LEDがなぜノーベル物理学賞に値すると評価されたのかと言えば、特殊な装置を使って極めて高純度高品質の窒化ガリウムの単結晶の薄膜を作ることができたからです。
────温度を上げると分解してしまう物質をどうやって作り出すのですか。
窒化ガリウムで単結晶を作れば青色LEDができるという理論はわかっていたのですが、実際に作ってみるとごく短時間の寿命でしか光らなかったのです。また、ポーランドの研究グループが1万気圧という高圧をかけて実際に窒化ガリウムのバルク単結晶を作ったという研究論文も出ましたが、それほどの高圧では法的な安全規制がある国もあるなど工業製品としては難しいということで、量産技術には結び付きませんでした。
しかし、中村修二先生は、真空に引いた石英管の中で窒化ガリウムの結晶薄膜を作り出すことに成功し、世界で初めて1万時間を超えるような長寿命で輝度の高い高品質の青色LEDを作りました。それで我々が日常生活で工業製品としてのLEDを使えるようになったということです。
────圧力をかけて物質の沸点を下げ、低い温度で融液にすることで単結晶にするのでしょうか。
その通りです。窒化ガリウムの場合は特殊な装置の中で結晶薄膜にして使いますが、同じく高温にすると分解してしまう物質である水晶の場合は薄膜ではなく、ある程度の大きさの固まりにしなければ工業製品化できません。人工的に水晶を作るには、分解するような高温になる前に溶かすため、500気圧という高圧で高温の装置の中で作ることで技術的に解決しています。逆に考えると、自然界で水晶があるような場所は、かつて高い圧力がかかっていた、つまり地中深くにあったものがなにかのきっかけで地表に出てきた証拠ということにもなるのです。

イリジウムの単結晶
────ところで先生の研究室ではイリジウムの単結晶を作っていますが、どういったきっかけで作ることになったのでしょうか。
我々の研究では、基本的に単結晶を作るのが基盤技術の一つです。それをどう応用するのか、材料設計をどうするのかによって、個別の研究テーマに分かれていきます。そのため、絶縁体の単結晶に関する研究もあれば、金属の単結晶に関する研究もあるのです。
イリジウムは金属の単結晶を作るというテーマになりますが、もともとはある貴金属の製造販売会社からお話があったことから始まりました。イリジウムという物質は、耐高温、高強度、高硬度、低抵抗など、プラグの電極として非常に優れた特性があります。自動車などのスパークプラグの先端には、L字型になっている外側電極がありますが、そこへ火花を飛ばす中心電極の部分にイリジウムが使われています。
────スパークプラグに使われているイリジウムを改良してほしいというリクエストだったのでしょうか。
その貴金属製造販売会社の方が言われるのには、中心電極にイリジウムを使っているが、加工性が悪いということで、我々の研究室に対し、もっと簡単に作ることができないかどうかプロセス開発の相談しにいらしたというわけです。なぜ、我々のところに来たのかというと、ガーネットで細い線を作ることができていましたから、同じものをイリジウムでできないかと考えられたようです。
────イリジウムというのは面倒な物質なのでしょうか。
そうですね、我々もイリジウムが厄介な材料だということはわかっていました。なぜなら、我々は単結晶を作る際に用いる種結晶を軸に固定する治具として耐熱性の高いイリジウムのホルダーやピンや線材を使いますが、ねじったりするとすぐに折れてしまうのです。高価な材料なので我々もイリジウムの扱いには手こずっていました。
スパークプラグの中心電極は、多結晶のイリジウムで作られています。スパークプラグに使われるイリジウムの中心電極の製造では、最初にイリジウムの固まりを溶かしてプレスしつつ、穴の中に通すという工程を何度も繰り返して次第に細長くしていく線引きという方法で作るそうです。
この場合、イリジウムの細長い多結晶が何本も束ねられて線になる微細組織になっていきます。なぜ、多結晶のイリジウムの線が折れやすいのかと言えば、多結晶のそれぞれ方位性が違う結晶の間にある界面、結晶粒界で裂けてしまうからです。
────その貴金属の製造販売会社は、扱いやすいイリジウムを求めていたのでしょうか。
それもありますが、何工程も繰り返して細くしていく製造方法も改良してもっと簡単にしたいということでした。イリジウムという材料自体、高価なのにさらに装置を使う時間も人件費もかかり、スパークプラグの中心電極のコストはなかなか下がらないということになります。
つまり、その貴金属の製造販売会社はイリジウムの単結晶を作ってほしいということで相談にみえたわけではなく、我々がガーネットで作っているような直径0.8ミリや1ミリといった細い線をイリジウムで作ることができれば、サイズ的にもできた時点で中心電極に使えますから、製造工程も簡略化できますし、プロセスとしてコストダウンも可能になりそうだということでいらっしゃったのです。
────イリジウムの単結晶はどのようにできたのでしょうか。
我々は、まずガーネットのように細く短いイリジウムを作ってみました。イリジウムの融液から1方向に冷やしていって作ったのです。つまり、冷たい1点から引き出して1方向だけで結晶化させていったのですが、これを分析してみたところ、自然に単結晶のイリジウムができてしまっていたのです。
そして、スパークプラグの中心電極での使用を評価するため、その貴金属の製造販売会社に酸素のある環境で高温にした場合の減耗率が悪くなっていないかといった耐酸化性試験を行ってもらいました。すると、同じイリジウムの材料なのに、我々の単結晶の線のほうが特性が優れていました。なぜなのか、X線や電子顕微鏡を使い、分析してみたところ、単結晶なので粒界が少なく、酸化しにくくなり、不純物も粒界に入り込みにくくなっていたことがわかったのです。

────苦労されたところはどこでしたか。
イリジウムの融点は2,400℃くらいです。それくらいの高温にしなければイリジウムの単結晶はできません。つまり、イリジウムを溶かすためにはイリジウムよりも高い融点の物質で作られた坩堝が必要になりますが、それがジルコニアという物質です。
ジルコニアは2,800℃くらいの融点の物質で、ジルコニアで作った坩堝からイリジウムを引き出して単結晶の線にしています。もちろん、ジルコニアの坩堝には既製品がありますが、我々が求めているちょうどいいものがありませんでした。
融液からの単結晶成長方法で、成型加工や切削加工を施すことなく、高融点のイリジウムの融液から直接、安価かつ簡単にイリジウム線材を作製したという吉川教授。同研究室が開発した方法では単結晶のイリジウムを容易に作ることができるため、点火プラグや工業用坩堝の低コスト化が実現するそうです。また、高融点のイリジウムとイリジウム合金を組合せることで直接2,000℃を超える温度を測れる温度計(熱電対)も可能となるそうです。
次回(第3回)では、イリジウムの単結晶を作る苦労の続き、温度計など単結晶の作成技術のさまざまな応用事例を紹介します。
文/石田雅彦
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