廃業危機から一転、追求し続けた品質で航空宇宙の分野へ

INTERVIEW

株式会社由紀精密
技術開発事業部
事業部長
永松 純

由紀精密はもともと金属の精密切削加工が主力事業でしたが、約10年前に航空宇宙や医療などの先端分野にシフトし、航空機メーカーほか、JAXA(宇宙航空研究開発機構)や宇宙系ベンチャーなどに部品の設計・加工の技術を提供しています。その結果、経営危機から一転、業績は回復。売上高は平均年10%のペースで伸び続け、約4倍に増えています。

1950年に創業し、70年の歴史を持つ由紀精密。“金属の精密切削加工の会社”として知られている同社はどのように事業の転換を図っていったのでしょうか。その経緯について、由紀精密 技術開発事業部 事業部長の永松純(ながまつ・じゅん)氏にお話を伺いました。


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大量生産から、高品質な少量生産に切替えたことで行き着いた航空・宇宙業界

1950年に創業した大坪螺子製作所は精密ネジの切削加工を得意としていました。
1950年に創業した大坪螺子製作所は精密ネジの切削加工を得意としていました。


神奈川県茅ヶ崎市に拠点を構え、小さなねじ工場としてスタートした由紀精密(創業時の会社名は大坪螺子製作所)。当時は通信機などに使う小さなねじを、ロクロと呼ばれる機械を使って加工。それにさまざまな手作りの工具を利用して、いろんな形状のねじをつくっていました。

創業時はロクロと自作の道具を使った単品加工で製品をつくっていましたが、高度経済成長とともに第二次工業化が進み、部品の製造も少しずつ機械化していきます。1962年に部品を自動で連続加工する機械「カム式自動盤」を導入し、その20年後の1982年には「NC(数値制御)自動盤」を導入していったのです。

「時代の変化とともに手法は変われど、由紀精密は創業時から金属の加工を主力事業として成長を遂げてきました。金属の加工といってもさまざまな種類がありますが、その中でも金属を削る“切削加工”を得意としています。さらに言えば、切削加工の中でも“丸物”の部品を高精度に削ることにかけては圧倒的な自信を持っています」(永松氏、以下同)

その安定した加工品質の高さが顧客からも評価され、順調に取引先を増やし、1980年〜1990年代に成長を遂げていきます。同社が製造した製品として有名なものは、テレホンカード式公衆電話のカードリーダー部に使用されるシャフトです。

1980年代初頭、テレホンカード式公衆電話の設置が開始されてから、ずっとカードリーダー部に使用されるシャフトを製造しており、大半のシェアを獲得。携帯電話が普及するまでの10年以上にわたって、由紀精密の売上を支えていました。

そんな由紀精密に試練が訪れます──。

「1990年代後半から2000年代にかけてバブルが崩壊し、産業自体が落ち込んでいったことも経営に影響を与えましたが、我々にとって最も強烈だったのはテクノロジーの発展です。電子機器、半導体が発展したことで、いろんな製品が姿を変え、使われていた部品が必要でなくなってゆきました。代表的なものを挙げるならば、携帯電話がそうでしょう。

我々はテレホンカード式公衆電話のカードリーダー部に使用されるシャフトを製造していましたが、そもそも公衆電話そのものがなくなっていく。需要が激減するわけです。また何層もの基盤を重ねて製造されていた電子機器には基盤と基盤をつなぐ金属部品が入っていましたが半導体として小型化することで、そうした機器には丸物の精密加工が不要になっていきました」


由紀精密 技術開発事業部 事業部長 永松純氏
由紀精密 技術開発事業部 事業部長 永松純氏


量産品の受注がストップしたことで、2002年度は売上が半減。順調に成長してきた由紀精密は一転、経営危機に陥ってしまいます。

「我々は加工の技術自体には自信がありましたが、自社の強みが何か明確に分かっていませんでした。そこで当時専務だった大坪正人(現社長)が『なぜ由紀精密に発注しているのか?』とお客さんに聞いてまわったんです。そうしたら、多くの取引先が『品質がいいから発注している』と答えてくれた。

そんな状況を踏まえ、大量生産から、少量で付加価値の高い部品を製造し、提供する方針を打ち出し、その結果行き着いたのが航空・宇宙業界でした。どれだけテクノロジーが発展し普及しても、人が乗って移動するときに命を守る品質が求められる部品は今後も変わらず絶対に必要なこと。また宇宙開発にも精密加工部品は欠かせません。それで航空・宇宙業界を目指しました」


航空宇宙関連の管理システムISO9001:2000認証を取得し、展示会にも出展

金属3Dプリントと精密切削加工を融合した小型回収カプセル用姿勢制御ノズルのサンプル
金属3Dプリントと精密切削加工を融合した小型回収カプセル用姿勢制御ノズルのサンプル



しかし、由紀精密は金属の切削加工技術が優れている会社。まずは自社の技術を多くの人に知ってもらわなければ何も始まらない──そんな思いのもと、由紀精密は2008年に開催された「国際航空宇宙展」に出展。そこでは自社の技術力を存分にアピールできるユニークな加工サンプルを用意し、展示会に参加しました。

もちろん、すぐに航空宇宙業界に参入できるわけではありません。部品の製造を行い、航空宇宙関連の展示会への出展を繰り返しながら、2010年にようやく航空宇宙関連の管理システムJIS Q 9100:2004認証を取得します。

2011年には世界最大規模の航空宇宙機器見本市であるパリ航空ショーにも出展を果たすなど、地道な努力が実を結び、航空機部品の受注が決まっていったのです。

「航空事業では当社がTier2という形で取引させていただいていますが、航空関連機器メーカーが当社工場まで加工の現場を見に来ます。装置一つひとつを監査して、加工のプロセスもチェックする。

部品にもよりますが、由紀精密では刃物の加工だけでミクロン単位で追い込むこともあります。一般的にミクロンオーダーで追い込む場合は手加工で研削していくのですが、弊社は機械切削のみでその精度に削り出すことができる。こうした技術の高さがあったからこそ、航空産業からも引き合いがあったのだと思います」


展示会でJAXAから声をかけられたことが転機に

超小型衛星への搭載を前提とした低毒性推進剤一液式スラスターユニット。2019年現在、バルブメーカーの高砂電気工業株式会社と共同開発を進めている。
超小型衛星への搭載を前提とした低毒性推進剤一液式スラスターユニット。2019年現在、バルブメーカーの高砂電気工業株式会社と共同開発を進めている。


転機はほどなく訪れました。あるとき出展した展示会にJAXA(宇宙航空研究開発機構)の職員が参加していて、「こういうものは作れますか?」と由紀精密に声をかけてきたのです。要求された通りに実験用の部品を製造し、納品したことでJAXAとの取引がスタートし、少しずつ宇宙業界のお客様との交流が始まりました。

しかし宇宙分野について聞くと、永松氏は「宇宙に関しても最初のころは大変で、わからないことも多かった」と言います。

「自分たちで製品を設計し、お客様のところに持っていってもガッカリされる。例えば、『同じ種類の金属を重ねたら宇宙では焼き付いてしまうので、そうしたくないなら表面処理をしたり異種金属を使うのが宇宙業界の常識ですよ』と言われましたね。

あと宇宙は空気がないから酸化することがないと思っていましたが、地上の400km〜600kmあたりには原子状酸素という、ものすごい活性酸素の層があり、樹脂を分解してしまう。『衛星の表面に樹脂なんて出したら、一瞬でボロボロですよ』と言われました。当時は本当に無知で、お客様から教えてもらうことばかりでしたね」

時を同じくして、宇宙分野でもベンチャー企業が多数立ち上がってきていました。小型衛星を開発するアクセルスペース社はWEBサイトでの問い合わせから取引がスタートしたと言います。それ以降、同社は非常に多くの宇宙開発ベンチャーと取引を行っています。月面開発ベンチャー「iSpace」や、スペースデブリ(宇宙ゴミ)除去サービスの開発に取り組むベンチャー「アストロスケール」にも部品の提供を行っています。


サンプルとしてオリジナルで製造したロケットエンジンの燃料噴射装置(インジェクター)。材質はインコネルで、0.4mm、1mm、2mmの3種類の穴が合計で56個開いている。
サンプルとしてオリジナルで製造したロケットエンジンの燃料噴射装置(インジェクター)。材質はインコネルで、0.4mm、1mm、2mmの3種類の穴が合計で56個開いている。


「宇宙系ベンチャーに所属する技術者の多くは、大学で宇宙について研究・勉強されているので、宇宙には非常に詳しいのですが、部品加工についての専門家ではありません。そのため、由紀精密に加工の相談が来るようになり、宇宙分野にもご協力できるようになりました。

私たちは何か特別に優れているわけではなく、特殊なことができるわけではありません。お客様とのやりとりの中で学んでいくことが少しずつ武器になっていて、それが弊社の強みになっています。また主力の設計者の半分は20代でして、彼らは知識がない分野でも、どんどん聞いてやっていく。そういった姿勢も強みになっているのかな、と思います」

航空・宇宙分野での実績もでき始め、昨今は農業・水産業界からも部品加工の相談が来るようになるなど、事業領域は年々広がっていっています。

「我々はもらった相談について基本的に断らず、どうやったら作れるかを真剣に考える。そこで考えたものは、その産業だけでなく、他の産業でも応用できるからこそ、さまざまな分野に技術を展開していけるのだと思います。

例えば、応用物理分野で磁性体を使った開発を過去に行ったことがあるのですが、宇宙分野のお客様から『材料特性がわからない』『使いこなせるかわからない』という相談がきたことがあります。その際、『磁性体を宇宙で使うなら、あの試験装置でデータ取りをすれば方針が立てやすいですよ』という話をするなど、幅広い提案を行えるようにしています」


お客様から学び、宇宙用コンポーネントの自社開発も

2017年10月には、製造業のグループ化を始め、持ち株会社として由紀ホールディングス(HD)を立ちあげました。以降、高い技術を持った企業をグループに加え、現在ホールディングスは由紀精密も含めて13社のグループとなっています。

さまざまな会社がグループに入ることで、由紀精密にとっても新たなビジネスの可能性が広がっています。例えば、VTCマニュファクチャリングHDに所属していた、電線・ハーネスを製造する明興双葉他8社を2018年1月にグループ化。同社の0.05mmという髪の毛よりも細い線を連続的に加工できる技術を活用しながら、由紀精密は共同で新しい超伝導ワイヤーの開発に乗り出しています。

この超伝導ワイヤーは加速器や医療器、船舶や電車、リニアモーターカーなどさまざまな分野での利用が期待されており、2019年中に試作品を評価。2020年以降に製品化することが目標になっている、と言います。

「超伝導は銅酸化物系と金属系の2つに大きく分かれます。現在、銅酸化物超伝導体が未来を背負っていくはずだ、と多くの企業が投資して開発を進めていると思いますが、MRI(磁気共鳴画像)やリニアモーターカーでは金属系超伝導体が使われています。我々は金属系の中で、より良いものを提供しよう、という思いで開発を頑張っています」

また、広がりを見せる宇宙分野での部品加工については、どのような未来を見ているのでしょうか。永松氏は、その思いをこう語ります。

「昨今は我々にも宇宙の知識が増えてきているので、自社でも宇宙用のコンポーネントを作ってみたいと考え、昨年から開発を始めています。小型人工衛星メーカーとの取引が増えるにしたがって、彼らが困っていることが見えてきたんです。

そのうちのひとつが、軌道変更用スラスターが手に入らないということ。大きい宇宙ロケット用のスラスターはすでに作られていますが、小型衛星専用のスラスターはなかなかない。既存推薬の毒性や、入手性も障害になっています。

海外で小型スラスターを開発している企業もありますが、海外とやりとりしていると、納期が見えなくなったりコミュニケーションのミスが起きてしまうこともある。そこで困っているのであれば私たちが開発しよう、と。

今までは受託のため部品に由紀精密のロゴが入ることはなかったので、今は自社製品としてロゴを入れることが一つの目標になっています。お客さんから学びつつ、自分たちの製品も提案できるようになる。そんな会社になっていきたいです」

経営危機の状況から一転、V字回復を果たした由紀精密。同社が編み出した成功のモデルは、きっと多くの中小製造業の道しるべになるのではないでしょうか。



文/新國翔大

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