日本の民間企業が月面着陸を目指す。ispaceが極限まで追求する過酷な環境に耐える無人探査機ローバーの軽量化

INTERVIEW

株式会社ispace
Manager, Marketing & Sales
朝妻 太郎

2019年は人類の宇宙開発において大事な1年だったことをご存知でしょうか。日本では2月22日、JAXAの探査機「はやぶさ2」の小惑星「りゅうぐう」への着陸が話題になりましたが、同日の同じ頃には別のニュースが世界の関心を集めていました。フロリダ州から打ち上げられたイスラエルの民間団体「スペースIL」の月探査ローバー「べレシート」が打ち上げられたのです。

それ以外にも今年は、中国やインドなど多くの国から月へのロケットが飛び立ちました。1969年のアポロ計画で人類が初めて着陸した月は、近年再び宇宙開発の重要拠点として注目されているのです。

そんな月を目指す日本のスタートアップがispaceです。月面での探査・情報収集を目指して世界でも最小・最軽量クラスのローバー(月面探査機)を開発していると謳う同社は、2021年と2023年にはアメリカ・SpaceX(スペースX)の「Falcon 9ロケット」での打ち上げを予定しています。月面開拓に向けて技術力の根幹を、同社で事業開発&人材戦略マネージャーを務める朝妻太郎(あさづまたろう)氏に聞きました。


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拡大する宇宙事業の希望は、月の「水」

ispace事業開発マネージャーを務める朝妻太郎氏
ispace事業開発マネージャーを務める朝妻太郎氏


モルガン・スタンレーが2017年に発表した市場規模予測では、2040年代の宇宙ビジネスの市場規模は約1.1兆ドル(約120兆円)で、これは2016年(38兆円)の約4倍。2040年に300兆円を超えるとの試算もあります。

「急成長のカギとして注目されているのが、月です」と説明するのは、ispace事業開発マネージャーを務める朝妻太郎氏。

「多くの企業は、『水』を求めて月を目指しています。1969年のアポロ11号着陸時には水がないと言われていた月ですが、その後の調査で水資源が存在する可能性が浮上しました。それを狙って各国が無人探査機を送っている現状は、ゴールドラッシュならぬウォーターラッシュの様相を呈しています」(朝妻氏、以下同)

月での資源確保によって期待されているのは、さらに遠くの星を探査するための補給地としての開発です。ロケットの打ち上げは極度の軽量化・省スペース化が求められており、1リットルの水を打ち上げるための費用は数億円にものぼると言われています。それを月で補給できれば、積荷を大きく節約できるでしょう。水は電気分解すればロケットの燃料を構成する酸素・水素になるので、燃料の補給も可能です。

さらに、2040年頃には月のコロニーに1,000人が定住するという予測もあり、すでに1月には月の裏側に着陸した中国の「ルナー・マイクロ・エコシステム」は宇宙船内での綿花の発芽に成功しました。月の資源確保は、そうした宇宙での生活の要にもなりうる存在です。


Googleの月面探査レースでベスト5に

近年の宇宙開発の特徴は、民間企業の積極的な参加(ニュースペース)です。NASA(米国航空宇宙局)などの宇宙機関や軍がプロジェクトを主導し、民間企業に開発を委託していた「オールドスペース」に対して、ニュースペースでは民間企業が独自で計画を立て、宇宙開発に取り組みます。代表的な企業は、ジェフ・ベゾス率いるBlue Origin(ブルー・オリジン)やイーロン・マスクのスペースXです。

そんな民間企業の宇宙開発を加速させるため、2007年からアメリカのGoogle(グーグル)がスポンサーであるX PRIZE財団主宰で開催されたのが、「Google Lunar XPRIZE(グーグル・ルナ・Xプライズ)」です。これは民間企業による最初の月面探査ロボットの国際レースで、優勝賞金はなんと2,000万ドル。

各国から参加登録した34チームのうち、唯一日本から参加したのが、ispaceが運営するチーム「HAKUTO」です。HAKUTOはわずか5チームしか残らなかった最終フェーズに進出。しかし、全チームが期日内の打ち上げを達成できず、勝者なしのままコンテストは終了しました。

「HAKUTOはローバー(月面探査機)を完成させていたのですが、搭載してもらう予定だった他社の打ち上げロケットが発射できず、月面への打ち上げは成し遂げられませんでした。ただ、当社のローバーは月に着陸さえできれば、Xプライズの課題である『月面での500メートル走行』『月面の映像を地球に送信』はきっと実現できたはずです」

悔しさをバネに、ispaceではHAKUTOの挑戦を引き継ぎ、新たな月面探査プログラム「HAKUTO-R」を発表。Xプライズで使用したローバーをアップデートさせ、2023年に月面探査を予定。また、Xプライズでは未開発だったランダー(着陸船)の自社開発にも取り組んでおり、2021年には日本の民間主導では初めての月面着陸を目指しています。


過酷な環境に対応させつつ、徹底的に軽量化

重量およそ4kgの月探査ローバー
重量およそ4kgの月探査ローバー


朝妻氏によれば、地球で用いる機械と月面探査機の最大の違いは、使用環境の過酷さです。

「月面では太陽光が当たる部分の気温は100度まで上昇する一方で、日陰ではマイナス100度にまで冷えることもあります。また、月面は地球よりも放射線量が多いので、未対策の電子機器はすぐに壊れてしまいます。さらに、熱処理の計算も異なります。空気が薄いため、機械から熱が逃げにくくなるためです」

過酷な条件に耐えるための頑丈な設計が必要な一方で、マシンにはなるべく省スペース化・軽量化が求められます。大きく、重いものを月に届けるには莫大なコストもがかかるからです。

「1kgの重量のものを月に着陸させるまでにかかる費用は数億円にもなります。そのため軽量化は必須ですが、簡単にマシンを軽くする魔法は存在しません。図面を何度も確認して、打ち上げの衝撃や熱に耐えられる構造を維持しているかを確認して、不要な部分をひたすら削ります。尖っていたボディの表面やネジの頭など、無駄な場所が残らないようあらゆる箇所をヤスリで削って軽量化しました」

一見派手な作業に思える宇宙船の開発ですが、実際は地道な作業の繰り返し。しかし、これによって開発初期に10kgあったローバーは約4kgになり、参加企業の中でも最も小型・軽量だと言われています。



一人の職人ではなく、複数のスペシャリストによるチームエンジニアリング

月面ランダー(奥)、ローバー(手前)と朝妻氏
月面ランダー(奥)、ローバー(手前)と朝妻氏


過酷な環境に耐える設計と、コスト削減のための小型・軽量化を同時に実現しなければならない月面探査機の開発。では、それを成し遂げるために最も大切な要素とは何なのでしょうか。

「社内メンバーや提携先企業とのチームエンジニアリングでしょうか。特にランダーの開発には、大型航空機のようにさまざまな部品が必要です。よく、『自動車開発に必要な部品は国語辞典レベル、航空機の開発に必要なのは広辞苑レベル』だと言われます。

前者は凄腕の職人なら一人で全体の工程を把握できますが、後者ではまず不可能なんです。たくさんの企業がそれぞれの得意技術を組み合わせなければ、過酷な宇宙環境に耐えうるランダーは完成しません」

社内にプロフェッショナルなスタッフを揃えることはもちろん、外部との連携も行っています。例えば、ispaceではランダーの着陸誘導制御システムを、アポロ計画にも参画していたドレイパー研究所とパートナー契約を結び、ランダーの誘導制御システムを共同で開発しているそうです。打ち上げに使用するランダーの開発では、月面に衝突しないために逆噴射させて衝撃を和らげて着陸する際に、ランダー自体を制御する「誘導制御」の技術が必要になります。

先日、月面着陸に失敗したイスラエルの宇宙開発会社、スペースILの無人探査機「ベレシート」の失敗要因だといわれるデリケートな箇所の開発を、より経験豊富な人々にお願いしているというわけです。

ほかにも、ランダーの着陸時における足の構造解析は自動車メーカーのスズキに技術協力にしてもらうなど、ispaceのプロジェクトは各分野のプロフェッショナルが得意分野を担うことで成り立っています。

メンバーにもスペシャリストを揃えた結果、いまではエンジニアの約半分が外国籍に。10以上の異なる国籍のメンバーが、英語でコミュニケーションをとっているそうです。とはいえ、自分でも判断できないセンシティブな開発を他のメンバーや他社に任せてしまうことに、不安はないのでしょうか。

「まず大事なのは、伝達ミスが起こらないようにコミュニケーションをしっかり取ることです。一人の巨匠による統括や行間の読み合いに頼っていたら、大きなトラブルが起きてしまいます。さまざまなバックグラウンドを抱えるメンバーでも一つの大きな目標を達成できるよう、ispaceではそれぞれの状況や考えをはっきり伝え、絶えずルールを作り続けるよう徹底しています。

そして、もうひとつ大事なのは、思い切って相手に任せてしまうことですね。きちんと議論を交わしつつも、その道のスペシャリストに頼るべきです。一人ではすべてを把握できないくらいたくさんの人が本気で取り組まなければ、宇宙で通用するランダーは完成しません」


2021年の月面着陸、2023年の月面探査を目指して

現在、ispaceでは月面探査プログラム「HAKUTO-R」として、民間主導として日本初のランダーとして2021年に月面着陸、2023年に月面探査を行うことを目指し、それに向けたランダー・ローバーの開発を日々続けています。

「たくさんの人が関わっているので、先の予定が読めないことも少なくありませんが、概ねスケジュール通りに進行しています。これまで蓄積してきた技術とチームワークを活かして、スタートアップならではのスピーディな開発で、地球と月をつなげるエコシステムを築きたいですね」


文/野口直希


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