レーザープラズマ加速技術でがん重粒子線治療装置の小型化を目指す〜『光とレーザーの科学技術フェア2019』(後編)

光とレーザーの科学技術フェア2019では、民間企業、大学などの出展だけではなく、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)も出展していました。そこで展示されていた未来社会創造事業をご紹介しましょう。

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がんの重粒子線治療で患者負担の軽減を目指す

放射線治療は、放射線を照射し、がん細胞を死滅させる治療法で、治療に用いられるのは主に光子線(電磁波)と粒子線です。

X線やガンマ線といった光子線のほか、重粒子線(炭素イオン線)や陽子線などの粒子線を使った治療が先進医療として保険適用されるようになっていますが、粒子線を発する施設には巨額の建造費用がかかり、実際の治療費も約300万円かかると言われています。

今回展示されていたのは、「レーザープラズマ駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」です。説明してくださった鈴木昌世(すずき・まさよ)未来社会創造事業プログラムマネージャー補佐によれば、がん治療などに使われる重粒子線のレーザープラズマ加速技術で、粒子加速器の小型化や高エネルギー化につながるものだそうです。

「重粒子線によるがん治療は、大きなくくりでは放射線治療で、人生100年と言われるこれからの時代にクォリティ・オブ・ライフを確保しながら、上手にがんと向き合って生きていくために重要な治療法となっています」(鈴木さん、以下同)

先進医療で認められている重粒子線・陽子線治療の適応症は、白血病などの血液以外の狭い範囲に限られる固形がんです。これら粒子線による治療は、保険適用との混合診療が認められていますが、公的医療保険がきくのは治療以外の検査や診察などの費用に対してだけです。

実際の技術部分の治療費用は高額になり、医療機関によって異なりますが約300万円かかるといわれています。

現在、重粒子線によるがん治療が可能な施設は、群馬県(群馬大学)、千葉県(放医研)、神奈川県(県立がんセンター)、大阪府(大阪重粒子線センター)、兵庫県(県立粒子線医療センター)、佐賀県(九州国際重粒子線がん治療センター)の6カ所(2019年)だけです。

さらに、千葉県にある国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構、放射線医学総合研究所(放医研、HIMAC)のものは建設費だけで予算300億円もかかり、大きさも地上3階地下5階の巨大な建屋になってしまうと言います。

「治療効果という点では、放医研などの従来の大型装置に対して私たちの重粒子線の装置も遜色ありません。ただ、従来の装置による治療は費用が高額で、治療装置のある場所も限定的なため、患者さんやご家族に大きな負担を強いてきました。

私たちはレーザープラズマ加速技術を使い、粒子加速器の大幅な小型化と低価格化、低維持費を実現することで、身体的にも経済的にも患者さんやご家族の負担軽減を目指しています」

鈴木さんによると、イオンの周りに電子が回っている場合、電気的な相互作用がない安定した中性の状態で、重粒子線は読んで字の如く重い粒子で、電子(電荷)をたくさん持っているイオンだそうです。

この重粒子は、原子核(アルファ粒子)や陽子(プロトン)よりも重いという意味で、重いイオンには、炭素、アルゴン、キセノンなどいろいろな種類があり、がん治療で標準的に使われている重粒子のイオンは炭素イオンと言います。


重粒子線の照射装置。重粒子線がん治療では、肺がん、肝細胞がん、前立腺がん、骨・軟部腫瘍、直腸がんの手術後骨盤内再発、膵がん、食道がんなどで有効性が確認されていると言います。
重粒子線の照射装置。重粒子線がん治療では、肺がん、肝細胞がん、前立腺がん、骨・軟部腫瘍、直腸がんの手術後骨盤内再発、膵がん、食道がんなどで有効性が確認されていると言います。


「一般的な重粒子線がん治療では、重粒子加速器を使い、重粒子である重い炭素イオンが非常に速い速度で体内を通過していきます。この速度は、光よりはずっとゆっくりで光速の10パーセント程度ですが、それでもあまりにも速いために細胞を構成している原子や分子にエネルギーを与えられず、細胞を破壊しにくくなります。

しかし、電磁力学的にエネルギーが減衰されていくと、速度が次第にゆっくりになっていきます」(鈴木さん)

速度がゆっくりになると細胞を構成する原子や分子が重粒子によって壊されるそうです。

「エネルギーを渡すレベルの速度になると、細胞を構成している原子や分子についている電子とのやり取りになります。イオンはプラスの電子を持っていますが、マイナスの電子がイオンの周囲にあります。

がん治療で照射する炭素の重イオンはプラスの電気を持っていますから、身体の中を通過する間にプラスの電子が身体の中の原子や分子の電子とプラスとマイナスの相互作用を起こし、身体の細胞の電子を剥ぎ取る電離という現象が起きて原子や分子を壊しながら通過します。

壊すときに重イオンがエネルギーを失っていき、速度がゆっくりになり、やがて止まります」(鈴木さん)

ほとんどの電子が剥ぎ取られ、電離すると原子や分子がバラバラになってしまうそうです。例えば、陽子を1つ持っている水素原子の場合、対になる電子も1つで、電子が剥ぎ取られると水素と陽子(水素イオン)が分かれてしまうのです。

「陽子を失った水素原子は、もはや水素とは言えません。つまり、がん細胞を構成している原子や分子を重粒子、つまり重イオンで電離して破壊していくというわけです。」(鈴木さん)

ただ、身体の5センチ下に腫瘍があるとすれば、5センチの間は健常な細胞なので、健常な細胞を破壊しながら重粒子線が腫瘍へ到達すると、がん細胞と同時に正常な細胞も壊してしまうことになります。

「重粒子線による治療では、身体に入ってしばらくは速度が速いのでエネルギーを渡さずにまっしぐらに進むため、正常な細胞にはあまり影響を与えません。少しずつエネルギーを渡しながらしばらく進むと速度が落ちていき、ゆっくり進めば進むほど強く原子や分子の電子と相互作用し、患部局所でエネルギーを落として電離し、電子を剥ぎ取ってがん細胞の原子や分子を壊すようになるのです。

身体の何センチくらいの深部で、よりたくさん電離させて細胞を壊すようにするか、炭素イオンのエネルギーを調整して患部に当てるというわけです」(鈴木さん)

炭素イオンを高速で発射させる原理は1967年頃にできたといいます。その後、実用化され始めましたが、電子や重粒子を加速させるレーザープラズマの技術は、米国、中国、ヨーロッパ、そして日本で1分間に1論文が出るほどの激しい国際競争になっているそうです。

「レーザーイオン加速で炭素イオンを使う原理を説明すると、炭素の薄膜に高強度の極短パルスレーザーを当てるとヘムト秒の単位の瞬時に電離が起きて電子と炭素イオンが分かれ、軽い電子が前方へ飛び出して重い炭素イオンが残ります。

そうすると、プラスとマイナスの不安定な状態になって電気二重層という、1ミクロンあたり100万ボルトくらいの強力な電場ができ、この強力な電場に引かれて今度は炭素イオンが加速されます。

このようなレーザープラズマ装置を使えば、従来の重粒子線加速器のような巨大な建造物を作らなくても小型にできるのです」(鈴木さん)

放医研(HIMAC)の重粒子線加速器は120メートル×65メートルの床面積で、鈴木さんたちは現状では20メートル×10メートルの床面積にすべて収納しようとしているそうです。

レーザー発振器の大きさは、手の平に載せられるほどどんどん小型化していますが、全体としてどうしても40メートルほどの距離が必要になります。

「炭素イオンを高速で蓄積する超伝導シンクロトロン、きれいな炭素イオンを入射するレーザープラズマ重粒子小型入手装置など、患者さんが治療を受ける場所も含めてどこかの部品だけが突出して大きくならず全体としてバランス良くどの装置もコンパクトに装置全体として最終的には10平方メートルの面積に収めることを目指しています」(鈴木さん)

また、技術開発にいくつかの課題があるといいます。それは主にイオンの質と量だそうです。

「加速された重いイオンは、純粋に炭素イオンだけかどうかがわからないので、別のイオンが入っていないかどうかを担保しています。また、効果が十分に発揮できるだけの炭素イオンの量、1回当たり10の8乗個、1億個くらいでしょうか、それくらいの量を一気に加速できるようにし、分散せずに一定の方向へ集中して照射できるようにしているのです。

これらの条件をしっかり満たして、初めて患者さんの治療に安全に使うことができますから、我々もこうした技術的な課題に挑んでいるわけです」(鈴木さん)

現状では、イオン加速の開発を煮詰めている段階だそうで、炭素イオンには原子核、核種がたくさんあり、1つの核種に対してエネルギーの量と集中性を検証しているそうです。最終的には、2026年に量子メスと名付けた炭素イオンを使った重粒子線による第五世代がん治療装置の実用化を目指していると言います。



展示されていた重粒子線がん治療装置の模型。従来のX線やCTなどの検査装置とほぼ同じ面積の治療設備にするように小型化と低コスト化を目指して研究開発を進めているといいます。
展示されていた重粒子線がん治療装置の模型。従来のX線やCTなどの検査装置とほぼ同じ面積の治療設備にするように小型化と低コスト化を目指して研究開発を進めているといいます。


「現状でプロジェクトは順調に進んでいます。まだ、純粋な炭素イオンのビーム照射、素性のいいビームの方向性、効果的な炭素イオンのビーム量の安定的な照射の3つの課題をクリアするというすべての技術的な要素を検証しつくしてはいないので、今後なにか大きな障害が立ちふさがるかもしれません」(鈴木さん)

同じ未来社会創造事業プロジェクトには、共通する技術としてレーザープラズマ駆動による量子ビーム加速器をもとにした電子加速開発の研究グループがあるそうです。これは、電子を加速することでX線領域の極短波のレーザーを作る技術だそうです。

重粒子を素材にぶつけるという技術では、がん治療のほかにヒトの身体ではない、ある物質に同じことをして別のイオンを物質に埋め込んでいくことが行われているといいます。こうしたことで、ある物質の性質とは異なった機能が出てくる可能性があるそうです。

「新たな機能材料を作り出す技術としてもイオン加速器が使われることもあり、例えばイオン注入(イオン・プランテーション)といいますが、半導体などの表面に特徴的なイオンを注入すると半導体の物性を変化させたり、集積回路を三次元的に作ったりすることができるでしょう」(鈴木さん)


鈴木昌世未来社会創造事業プログラムマネージャー補佐。次世代の重粒子線がん治療装置を「量子メス」と呼ぶと言います。
鈴木昌世未来社会創造事業プログラムマネージャー補佐。次世代の重粒子線がん治療装置を「量子メス」と呼ぶと言います。


国立の研究機関で、このような未来志向の研究が行われている現状に触れ、これからも日本が世界に貢献できる分野として期待していきたいと感じました。


文/石田雅彦


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