富士フイルム株式会社
R&D統括本部光学・電子映像商品開発センター
重歳 基雄氏
光学・電子映像事業部営業グループマネージャー
大石 誠氏

前回はラージフォーマットを選択した理由と、そのメリット、富士フイルムの優位性などを語ってもらいました。今回は、交換レンズを含めたデジタルカメラの発色とデザインに関して引き続き、光学・電子映像事業部営業グループマネージャー 大石誠氏とR&D統括本部光学・電子映像商品開発センター 重歳基雄氏にお伺いしました。
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ミラーレス開発のキーデバイスとは
新しいラージフォーマットのカメラ開発にあたって、最も時間がかかるデバイスは何でしょうか。光学・電子映像商品開発センターの重歳基雄氏に伺いました。
「開発で最も時間がかかるのはセンサーになります。光を信号に変換するセンサーはカメラの心臓部です。それから、1度決めたら変更できないマウントの決定にも時間をかけました。あとはレンズですね。ゼロベースからの開発ですから、新製品が出た時点で最低限必要なレンズを揃えなければなりません。特にミラーレスカメラは、従来の一眼レフカメラよりも、センサーとレンズの距離が近いショートバックフォーカスを採用しているため、レンズの設計もまったく変わってきます。新規フォーマットでボディと並行したレンズの開発は、撮影するためのカメラもなく、評価に使う機材から開発するなどの苦労もありました。
また、デジタルのセンサーは周辺部にいくほど光の入射に対する角度がシビアになる性質があります。センサーのピクセルは、センター部分は直角に光が当たるので問題ありませんが、端に行くほど光が斜めに当たるためこれを受けにくくなるのが原因です。フィルムの場合は平面に感光剤が塗ってあるので、中央も端も同じように光を受けられます」

ミラーレス用のレンズは一眼レフ用レンズよりも設計しやすくなったのでしょうか。今度は大石氏が応えてくれます。
「レンズの焦点距離によって答えは変わってきます。広角レンズの設計は自由度が上がりました。その分、十分なマウントの口径が必要です。センサーに対して真っ直ぐ光を当てる必要があるためです。例えばライカMマウントは、レンズを小型化するためかなり小さなマウントを使っていますが、フィルムカメラなので問題ありません。デジタルカメラの場合、もっと大口径マウントが必要ですね。
レンズ側からすればマウントの口径は大きい方がいいのですが、カメラシステムから考えるとレンズが大型化され、小型軽量というミラーレスのメリットが失われることになります。この兼ね合いをどうするか、レンズに対するマウント径をどうするかが問題です」
コストとの兼ね合いをどう付けるのか
新しいラージフォーマットのカメラ、価格設定はどう決めているのでしょうか。
「新しいカメラのボディまたはレンズを企画するときは、どんな仕様にするのか、どんな性能にするのかは、わりと早い時期から検討しています。それと並行して、このスペックに対して、ユーザーはいくらまでならお金を支払ってくれるのかを常に考えています。社内には色々なルールがあって品質、価格、性能ごとに細かくルールが決まっています。それにそってカメラの開発期間や規格が決定されていきます。例えば高性能ですが、コストがべらぼうにかかる場合もあります。そのときは、この機能は我々、商品企画、あるいはユーザーにとってtoo muchかもしれないと検討し直します。具体的にはこの部分は省いてコストダウンした方がユーザーにとっていいのではというような議論を実施します。」(大石氏)
X100がターニングポイントだった
エンジニアの中にはいいモノを作れば売れると考えていた方もいるようですが、それがマーケティング重視に置き換わってきたと実感されたのはいつ頃だったのでしょうか。
「フィルムカメラの時代にはそんな考え方があったかもしれませんが、デジタルの時代になってからはコストが重視されるようになりました。私たちが入社した2002年にフィルムの販売数はピークに達していました。ここから銀塩カメラは売れなくなり、コンパクトデジカメの時代がやってきました。
しかし、それもスマートフォンの普及によって減少してきたのです。このままだと弊社のデジタルカメラ事業の将来が危ぶまれるかもしれない、それを救ってくれたのがX100でした。レンジファインダーカメラ風のレトロなデザインで、光学ファインダーと電子ビューファインダーのハイブリッドファインダーを搭載したのが特徴でした。10万円を超える高額製品でしたが、量販店では事前予約分だけで初回出荷分が掃けてしまうほど好調でした」
開発のきっかけに関して、大石氏はこう続けました。
「現在のデジタルカメラ事業部がある場所はもともとフジノンがあった場所でもあり、当時の事業トップが今ある技術のすべてを注ぎ込んでできるカメラとレンズを作れという号令をかけたんです。その結果、生まれたのがX100でした」
重歳氏はその当時、何を担当していたのだろうか。
「私はメカ設計担当で複数のコンパクトデジタルカメラに携わっていました。X100につながる技術開発の現場にも立ち会わせてもらいました。メカ設計はデザイナーとのせめぎ合いもあり、日々、この形なら実現可能、この形の方がいいのではないかと議論を重ねていました」

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特化することで生き残ったデジタルカメラ
スマホの登場によってコンパクトデジタルカメラの立ち位置に大幅な変革が求められました。
「特徴のないデジタルカメラは自然淘汰されましたね。5倍ズームで小型軽量とか。生き残ったのはスマホにない性能を備えたモデルです。例えば完全防水でハウジング不要で10m潜れるとか。50倍ズームを搭載した超高倍率ズームモデルとか。かなり機種は絞られていました。レンズ交換式のデジタルカメラはいろいろな種類が増えていきましたが、レンズが交換できないものはその逆で一般的な撮影はスマートフォンでも可能ですから、特殊な機能を持つ機種のみが残りました」と大石氏は当時を振り返ります。

光学・電子映像事業部営業グループマネージャー 大石誠氏
富士フイルムの色を決めるのは画質グループ
富士フイルムのデジタルカメラにはフィルムシミュレーションモードが搭載されています。このフィルムの色とデジタルカメラの色を決めているのは誰なのだろうか。
「色に関しては、弊社だけかもしれませんが、画質グループという部署があって、最終的にはそこで決定しています。ここにはフィルムを作っていた元エンジニアもいて、最終的なフィルムシミュレーションの色を決めています。もちろん、それだけでなく、デジタル特有の新しい色の研究もしています。最終的な目標はフィルムの色にデジタルをどう近付け、特徴をつけるかです。当社にはフィルム制作のノウハウがあるのでそれをベースに開発が進められます」
では、デジタルよりもフィルムの色再現の方が優れているのでしょうか。
「それは、どの要素を比べるかにもよりますが、再現できる色の範囲はフィルムの方が広いと思います。デジタルの場合はJPEGであれば、8bitRGBの組み合わせの範囲で色を表現しています。表示するモニターによっても制限があります。これでフィルム独特の発色を完全に再現するのは難しいでしょうね。富士フイルムはデジタルカメラの色再現を、フィルムの色再現の考え方をベースに決めています」
デジタルカメラのデザインの進化
1980年代から研究されたデジタルカメラだが、アスペクト比も含めてフィルムカメラに近づいて来ているようです。これは先祖返りであり、もうデザインは進化しないのでしょうか。
「カメラの形というのは使いやすさを考えると、ある形に近づいていくと思います。人間の体型が大きく変わらない限りは、今後も大きく変わることはないでしょうね。新しいデザインコンセプトモデルを考えて、試作品(モックなど)を作ることもありますし、開発チームのメンバーもカッコいいなあと思うのですが、本当に製品化するかどうかはまた別の話になります」
ミラーレスも小型化により右手用のグリップの形状もかなり変わってきたように思えます。
「グリップは日本人だけでなく様々な人に握ってもらい検討しています。大きい手から、小さい手までさまざまな人に合わせて握りやすさを探っていきます。かなり時間を掛けて、形状を検討しています」
1億画素に到達したデジタルカメラに進歩の余地はないと思っていましたが、解像度がすべてではなく発色の面ではまだフィルムに追いつけない面もあることがわかりました。さらに画質を高めれば、カメラボディとレンズのサイズが大きくなるという問題もまだ解決できていません。
軽量化に関しては、アルミからマグネシウム、外装材ではチタン合金なども採用されています。交換レンズとレンズマウントにはステンレスや真鍮も使われ、素材の進化によって、デジタルカメラのデザインも進化の余地を残しています。1934年の創立から現在までフィルムを作り続けている富士フイルムのものづくりの視点から、さらに新しい発想のデジタルカメラが生まれることに期待します。
文/川野 剛
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