ドイツで開催される「フランクフルトモーターショー2019」は、重要な自動車ショーのひとつであり、ドイツ系自動車メーカーが毎回豪華なプレゼンテーションを繰り広げることでも知られています。
そんな華やかなショーですが、今回のフランクフルトは、出展するメーカーがかなり減ってしまったことで話題になりました。実際のところドイツ以外からの出展はかなり寂しい状況で、日本から出展したのはホンダのみで、トヨタや日産は出展を回避しました。また欧州メーカーについても、フランスやイタリアのメーカーは出展がありませんでした。
それ以外では、ヒュンダイ、ジャガー・ランドローバー(現在はインド・タタ資本)が大型ブースを出展したほか、欧州進出を狙う中国の三つのメーカー(EVベンチャーの「BYTON」・長城汽車系のブランド「WEY」・第一汽車系のブランド「紅旗」)が、日系メーカーに取って代わるように出展していたのが印象的です。
そのような状況もあり、ドイツメーカーの動向がより強調されることになりました。なかでもはっきりと現れていた二つのトレンドがあります。プラットフォームからEV専用に開発された「新世代EVの登場」と、「PHEVの増加とバッテリー大型化」です。
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プラットフォームからEVに最適化した「ID.3」
フォルクスワーゲン「ID.3」は、今回のショーの中でも注目を集めた一台です。ディーゼルゲートの反省に立ち、ゼロから作り上げたEV専用のモジュール式プラットフォーム「MEB」を用いた最初のモデルであり、フォルクスワーゲンのEVブランド「ID」シリーズの名を冠した最初のプロダクトモデルでもあります。
そのプロポーションは独特で、全長は4,261mmと「ゴルフ」とほぼ同じですが、側面から見ると、短いエンジンベイとオーバーハング、それと同時に長いホイールベースが際立っており、EV独特の存在感があります。
パワートレインは、コンパクトなeAxleがリアに搭載されています。特に全高を低く抑えられており、トランクルームのフロア高も合理的な範疇に収まりました。トランクを開けても、言われなければその下にeAxleが収まっているとは気づかないでしょう。
ID.3はバッテリー容量によって3つのグレードが用意されます。45kWh・58kWh・77kWhの3種類で、航続距離はそれぞれ330km・420km・550km(WLTP基準)となります。最大出力は150kw、最大トルクは310Nmとなかなかにパワフル。
初期ロットとなる3万台限定の特別仕様車は、中間グレードがベースとなり、2020年半ばに出荷が開始される予定です。ドイツにおける価格は4万ユーロ未満、登録日から1年間で最大2,000kWhの無料充電が含まれます。
充電規格はCombo(CCS)が採用されました。フォルクスワーゲンは、ダイムラーやBMWとともにIONITY(Combo規格を推進する団体)を結成しており、自然な流れと言えるでしょう。急速充電はDC125kWとされています。

EVならではのスペース効率とは
RRレイアウトの採用については、今回生産モデルがお披露目されたホンダ「e」も同じくRRレイアウトでした。EV専用プラットフォームでRRが採用される理由はなんでしょうか。
EVにおいては、ICE(Internal Combustion Engine:内燃機関)のように大型のラジエーターを必要としないこと、また嵩張るトランスミッションも不要なことから、パワートレインをフロントに置く必然性が薄く、EV専用プラットフォームならではの合理的な設計を追求することができそうです。
そこで出てきたひとつの解が、eAxleを背の低い形状としてリア車軸に配置し、バッテリーをフロア下に敷き詰めることで、車室やトランクへの出っ張りを抑え、スペース効率を最大化するレイアウトということでしょう。
ほかにも、駆動力をリアに配置することによるメリットとして、ステアリング切れ角を大きく確保できること、前面衝突安全性能を高められること、また、トラクション性能や前輪のフリクションサークルで有利な点など、いくつか挙げられるでしょう。

メルセデスのEV専用プラットフォームとは
そしてもう一台の注目はメルセデス・ベンツ「EQS」です。EQシリーズとしては、「EQC」「EQV」に続く第三弾となりますが、先行した2モデルはいずれも既存のICE車両(EQC=GLC、EQV=Vクラス)をベースにしているのに対し、EQSはEV専用プラットフォームを一から作ったことが新しい点であり、ここはID.3の成り立ちとも共通したところです。
新設計のバッテリーEVプラットフォームは「ビジョンEQSテクノロジープラットフォーム」と名付けられ、ホイールベース・シャシ・バッテリー・そのほか多くのシステムコンポーネントは可変であり、さまざまな車両コンセプトに適しているとされるものです。
駆動系は前後にeAxleを搭載したAWDで、車軸可変トルク配分機構を備え、ダイナミクス性能と安全性の両立を狙っています。最大出力は350kW以上、最大トルク約760Nmとかなりのハイパワーで、0-100キロ加速は4.5秒以下とのこと。
航続距離は、WLTP基準で最大700km。急速充電はなんと350kWという速さで、20分でバッテリーを80%まで充電可能です。
現時点ではコンセプトカーなので、もちろんこのまま市販されるわけではありませんが、多様なモデルに対応するEV専用シャシーや、eAxleを前後に搭載したAWDといったコンセプトは開発が進められているもようです。


PHEVが増えてきた背景
そしてもうひとつの大きなテーマが、PHEVの増加とバッテリー大型化についてです。この件に関する具体的な事例を紹介する前に、なぜこのような動きが欧州で出てきているのかというと、それは、世界一厳しいEUのCO₂排出規制において、PHEVは有利な計算式が適用されるからです。
EUのCO₂排出規制とは、まず2021年の目標値が1kmあたり95グラム以下、そして2030年には60グラム以下まで引き下げられるというものです。
なお1kmあたり95グラム以下を達成するためには、燃費が25㎞/Lという計算になります。さらに60グラム以下となると、39km/Lという低燃費が必要です。いかに厳しい目標値であるかがわかります。
このような規制値に対して、PHEVのCO₂排出量は以下の計算式で計算されることになります。
PHEV換算係数=25km+EVモード航続距離/25km
例えばEVモードで30km走行可能なPHEVの場合、(25+30)/25=2.2という計算になり、これはCO₂排出量を2.2で割ることができる、ということを意味します。
ということはつまり、エンジン走行時の燃費が悪くても、EVモードの航続距離を長くすれば(≒バッテリーを大きくすれば)規制値をクリアできるということになります。
ドイツ系メーカーがこのところPHEVのラインナップを強化していること、またバッテリーを大容量化していることには、このような背景があります。
EVと同じブランドでPHEVを展開
フランクフルトモーターショーにおいては、メルセデス・ベンツがPHEVのラインナップ強化と、バッテリーの大型化を大いにアピールしました。
まず、PHEVをEVと共通のブランドイメージで訴求するため「EQ Power」と名付け、A・B・C・E・S・Gの各シリーズのPHEVモデルをずらりと並べました。
そしてそのバッテリー容量は、EVモードの航続距離を稼ぐため、かなり大型化されていました。おもにAクラス・BクラスのPHEVに搭載されるバッテリー容量は15.6kWhとなり、EVモードで75km走行可能です。
そしてGクラスのPHEVは、EVのスペックと見間違うほどに大きな31.2kWhのバッテリーを搭載し、EVモードでなんと106km走行可能です。
参考までに、プリウスPHVのバッテリー容量は8.8kWh、アウトランダーPHEVは13.8kWh。メルセデスのそれが、いかに大きいかがわかります。
こうすることでCO₂排出量の計算は有利になりますが、これだけバッテリーが大きいと、コストや重量だけでなく、製造時のCO₂排出や、エンジン走行時の燃費悪化にもつながる恐れもあり、議論の余地が残ります。
気になるサプライヤー
最後に、注目のサプライヤー展示についても触れておきたいと思います。まずコンチネンタルが発表した自動運転シャトル向けのスマートタイヤ「Conti C.A.R.E.」を紹介します。
空気圧センサーで内圧を随時チェックし、必要に応じてホイールに装着した遠心ポンプで空気圧を適切に保つほか、トレッド面のセンサーがパンクを検知し、Bluetooth(BLE)経由で車両にデータを連携し、クラウドにアップするというものです。
自動運転シャトルは、稼働率の向上(=ダウンタイムの抑制)が全体のコストパフォーマンスに影響するため、タイヤの不調ももれなくチェックするという目的です。
コンチネンタルはこのスマートタイヤにとどまらず、車両フリートのタイヤを一括管理できるクラウドソリューションも手掛けているとのことです。
そのほか、豊田紡織の新型車載バッテリーも注目を集めていました。キャパシタ並みの大入力・大出力を実現しながら、リチウムイオンバッテリーと同等のエネルギー密度を実現したものです。
リチウムイオンバッテリーの性能改善は、おもに負極材の開発競争が激化していますが、豊田紡織は繊維開発のノウハウを活かし、セパレーターを改良することで性能アップに成功しました。大入力・大出力が可能であることから、ハイブリッドスポーツカーなどでの利用を想定しているようです。
また担当者によりますと、この技術のOEM提供についても可能性を除外しない、とのことでした。


文/佐藤耕一
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