航空宇宙分野における精密鋳造技術の開発状況〜鋳造入門講座(6)

前回は、ロストワックス精密鋳造法の詳しい製造方法や作業工程をご紹介しました。
今回は、航空ジェットエンジンの重要パーツであるタービンブレードに注目します。高温、高い遠心力に耐えることができる金属材料を複雑な形状に加工する「精密鋳造技術」の進展によって、タービンブレードの高性能化、ひいてはジェットエンジンの燃費向上が実現されてきました。航空宇宙分野の市場動向に触れつつ、同分野における精密鋳造技術の開発状況を詳しく解説します。

▽鋳造入門講座

航空機は今後20年で約35,000機必要

米『INCAST Magazine』2019年1月号によると、2018年の世界の精密鋳造品の生産金額は142憶US$(1.6兆円)となっており、このうち北米が41%、欧州が25%、中国が21%を占め、日本はわずか500億円に満たないという現状です。

また同誌によると、市場分野別では、航空宇宙分野とガスタービン分野を合わせた「高付加価値品市場」はこの10年間着実に伸びており全体の58%を占めています。これに一般産業機械分野が28%で続き、自動車分野も着実に伸びを見せ全体では14%のシェアとなっています。

それら高付加価値品の中では、70%程度が航空宇宙関連市場であり、残りの30%はガスタービン市場です。ここでは航空宇宙関連の市場に採用されている精密鋳造品を紹介します。

世界の民間航空機需要は今後飛躍的に増加すると予測されています。<図1>に示される日本航空機開発協会の予測では、2018年から2038年の20年間に世界中で運航している民間航空機は23,904機から40,301機にほぼ倍増し、この20年間に代替需要を含めると35,312機の新規需要が見込まれています。これらの需要増に対応するため、航空機メーカー各社で新規航空機を開発しています。これらの機体開発と並行して燃料消費特性を改良した新規エンジンがそれぞれの新規機体に適合するように開発されています。

<図1>ジェット旅客機の需要予測(出典:一般財団法人 日本航空機開発協会)
<図1>ジェット旅客機の需要予測(出典:一般財団法人 日本航空機開発協会)


これらの新規開発ジェットエンジンの燃費特性の基準としては、「単位時間に単位推力を得るために必要な燃料/SFC:Specific Fuel Consumption」を採用していますが、最近40年間でこれらの数値は30%以上改善されています。この燃費向上には、精密鋳造技術の進展が深くかかわっています。

燃費向上に重要な役割を持つタービンブレードの精密鋳造に寄与する製造技術

<図2>にあるように最近の民間航空機用ジェットエンジンの基本的な構造は、エンジン前面から空気を取り入れ、圧縮してこれを燃焼室に導き、燃料を噴射して爆発的に燃焼させ、その爆発力を推力として利用することです。

<図2>航空ジェットエンジンと内部の作動ガスの流れの状態
<図2>航空ジェットエンジンと内部の作動ガスの流れの状態

この爆発的燃焼ガスの力は燃焼室から出たところで、高圧タービンに導かれて前方の圧縮機の駆動力として採用され、また高圧タービンで利用された燃焼ガスは引き続き低圧タービンに導かれて、最前列のファンブレードを駆動する力を取り出します。このときにSFC向上に影響する因子は以下のようなものが挙げられます。

①ファンブレードを通過する空気量と低圧タービンから排出される燃焼ガスの比率、「バイパス比」が大きい方が効率は良い。最近は10程度まで実現しています。

②空気をどれほど圧縮できるかを表す「圧力比」も高ければ高いほど効率は良い。最近のエンジンは20程度まで実現しています。

③燃焼器での燃焼温度を高くすればするほど効率が良くなりますが、燃焼室から排出された爆発燃焼ガスが導かれて、高圧タービンに回転力を作用するときに、タービンに高温と高速の遠心力がかかるため、第1段のタービン翼の材質・形状設計などによっては制約を受けることになります。このクリテイカルな部分の温度を「タービン入り口温度/TIT:Turbine Inlet Temperature」と称して、この温度をどこまで高められるかが注目されています。

 

このTITはジェットエンジンおよびガスタービンの開発年次に従って値が上昇しています。最近の開発テーマではTITを1,700℃まで上昇させる目標を持って開発されています。これを実現するためには、タービンブレードの精密鋳造による製造技術が大きく寄与しています。

まず「タービン材料の開発」です。高圧タービンは、燃焼室から排出される高温の爆発燃焼ガスを受けてガスの方向を揃え、タービン動翼にガスを吹き付ける「静翼(Vane)」とこの力を回転力に変える「動翼(Blade)」で構成され、特に動翼は高温下で高速回転され遠心力にも耐えねばなりません。

この動翼に用いられる材料は、ニッケル基超耐熱合金が用いられます。ジェットエンジンの開発当初は鍛造合金が用いられていましたが、その後真空溶解鋳造による「等軸晶鋳物」が用いられた後、1980年代から「一方向凝固鋳物」が採用され、続けてさらに性能の良い「単結晶鋳物」へ進化しました。

というのも、前述のように動翼には高温と同時に高い遠心力がかかるので、これに対応するには、動翼の長手方向に結晶粒を揃えて、高温で弱点となる結晶粒界が応力軸と直角方向にない「一方向凝固鋳物」の方が強度が高く、さらに結晶粒をまったくなくした「単結晶鋳物」が最高の強度を示すことが発見されたからです。最近では単結晶用超耐熱合金で、第6世代までの高温用合金が各社で開発されています。

しかし、これらの超耐熱ニッケル基合金でも融点は1,500℃程度であり、そのままでは1,700℃での高い遠心力には耐えられません。この高温に耐えるために、ブレード内部を複雑な「中空形状」に製造し、この中を圧縮工程で得られる高圧空気を流して内側から冷却する「空冷ブレード」方式を採用してきました。当初は比較的単純形状の「中空流路」でしたが、空冷技術の開発とそれを実現させる「セラミック中子」の採用・応用技術の開発により、TIT1,700℃が実現されつつあると言えます。の鋳造入門講座(5)でもお見せした、セラミック中子を使用した空冷ブレードの例です<写真1>。


<写真1>①セラミック中子 ②ブレード外観 ③ブレードの中空部状態
<写真1>①セラミック中子 ②ブレード外観 ③ブレードの中空部状態


これらのニッケル基超耐熱合金を用いたタービンブレードは、一般の精密鋳造工程とは異なり、「真空溶解鋳造」を用いて製造されます。なぜならニッケル基超耐熱合金には強化元素としてアルミニウム、チタニウムなどの活性金属が5%以上配合されており、これらの合金を大気中で溶解すると活性金属元素が優先的に酸素と結合して酸化物になってその効果が発揮できないばかりか、生成した酸化物が非金属介在物となって「鋳物欠陥」となる可能性が高いからです。

これに加えて「一方向凝固」および「単結晶」ブレードの製造には、<図3>に示されるような冷却板(チルプレート)と保温容器(サセプタ)を用いて、下面からゆっくりと凝固させ、順次上方に凝固が進むように軸方向に「温度勾配」を維持しながら鋳型全体に凝固を完成させます。鋳物全体を「単結晶」にするには、冷却板の上にセレクタと称する螺旋形状またはクランク形状を通過させることにより成長する結晶を1個のみ選択する方法と、あらかじめ成長方向に選択された単結晶の「種」を取り付ける方法の2種類が採用されています。



<図3>左から「普通鋳造」、「一方向凝固鋳造」、「単結晶鋳造」
<図3>左から「普通鋳造」、「一方向凝固鋳造」、「単結晶鋳造」

限定される日本の精密鋳造市場

日本のジェットエンジンメーカーは民間航空機用のエンジンの主担当になれないので、防衛省向けのエンジンの開発生産を行っています。IHIでは防衛省向け先進技術実証機搭載用エンジンであるXF5-1アフターバーナー付きターボファンエンジンとP-1固定翼哨戒機搭載用エンジンであるF7-10ターボファンエンジンを開発しており、これには一方向凝固鋳物を用いたタービンブレードが採用されています。

民間航空機用エンジンはその開発に莫大な開発費がかかるため、各エンジンメーカーは自社による単独開発ではなく、数社の共同開発先(リスク・シェアリング・パートナー)を選定して開発費をそれぞれ負担して開発し、量産段階ではその費用分担に応じて生産に参加する方式を取っており、日本のエンジンメーカー各社も世界のエンジンメーカーであるGE社やRolls-Royse社などの企業のエンジン開発に参画しています。

例えばボーイング787に搭載されているGE社のGEnx-1Bエンジンの開発には日本からIHIが、開発費の15%を負担することにより、低圧タービン部7段のタービンブレードの生産・納入を行っています。これらのブレード類の製造には、ここで見てきた精密鋳造技術が採用されています。

航空宇宙部門の精密鋳造品は、民間航空機用エンジンにもチタン合金鋳物や、複雑なアルミニウム合金精密鋳造品が多用されています。また米国および欧州では防衛産業がある程度の地位を確保していますので、精密鋳造品もそれぞれのプログラムで採用が拡がっています。しかし日本国内では防衛産業はそれほど大きくないので、精密鋳造の日本市場年間約500億円の中でさえ、民間航空機用エンジン部品を含めても合計で25億円程度の市場に限定されています。

※出典が記されていない記事中の図・写真はすべて『ロストワックス精密鋳造法』
(社)日本鋳造協会より

 

著者: 那須征雄(なす まさお)
那須技術コンサルタント事務所所長 1944年愛知県生まれ。名古屋大学工学部鉄鋼工学科卒業後、日特金属工業株式会社入所。以後、技術者として第一線での活動を重ね、1998年住重精密鋳造株式会社代表取締役社長に就任。2003年退任後はキングパーツ株式会社で技術顧問。2012年に独立し、自身のコンサルティング会社を設立。


▽鋳造入門講座

こちらの記事もおすすめ(PR)