分析機器や科学機器に関するアジア最大級の展示会として毎年1回、開催されているJASIS(Japan Analytical & Scientific Instruments Show)ですが、今年2019年は、9月4日(水)〜6日(金)まで3日間にわたり、千葉県の幕張メッセで開催されました。今年は出展社数、小間数ともに過去最高の開催規模だった一昨年2017年に匹敵する盛況ぶりで、総出展社数478社、総出展小間数1423小間、カンファレンスのみ開催の火曜日をいれた来場者数は合計2万3,409名となりました。
分析機器や科学機器に関する出展が多かったJASISですが、ものづくり系技術や自動運転などの先端技術などもありました。その中から今回は、「フィルム状の温度センサー」、「非接触生体センサー」、「磁化率による粒子の測定法」の3つの技術を紹介します。
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面的な風力計測も可能な柔らかいフィルム状の温度センサー
一般的な気流計測センサーは、風車がついた風力計や航空機の速度計のピトー管のようにある一点での計測するタイプが主です。こうした計測方法では、風力計の固定方法や位置の違いによって計測結果が変わってしまったり、気流の面的な計測ができないというデメリットがありました。
国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)がJASISに出展していたのが、面的な気流分布を正確に計測できる柔らかなフィルム状のセンサーシートです。人間拡張研究センター副研究センター長、牛島洋史氏に今回のセンサーについてお話をうかがいました。
────今回、出展されているのは温度センサーということになっていますが、気流も計測できるのでしょうか。
牛島:
本来は物質の伸びたり縮んだりする歪みという抵抗値の変化を計測する温度センサーなのですが、今回は気流を計測できるという使い方を展示しています。つまり基本は温度の高い部分と低い分を可視化することのできるセンサーですが、それを温めておき、風が当たって温度が下がる部分を計測することで風の流れ、気流も計測できるという応用サンプルということになります。
────今回のセンサーの特徴はどのあたりにありますか。
牛島:
材料に使っているのが導電性の材料と絶縁性の材料を混ぜた特殊なインクで、シルクスクリーン印刷を使ってフィルムに形成できたというところが新しい技術だと思います。柔軟なシートなので曲面や球面にも貼ることができ、タイル状に並べていけば大面積にも対応可能です。

国立研究開発法人産業技術総合研究所
人間拡張研究センター副研究センター長
牛島洋史(うしじまひろし)氏。
JASISは前身の頃からなじみ深い展示会だと言います。
────トラックの模型がありますが、荷台の屋根に貼り付けているのが今回のセンサーですか。
牛島:
そうです。シートの厚みは50μmと薄く、凹凸のあるトラックの荷台の屋根にも貼り付けることができます。これまでも金属製の気流センサーはあったのですが、こうした使い方はできませんでした。センサーを印刷したフィルムの裏面に電熱線をつけてシート全体を加熱し、例えばトラックが走行したときに気流を受けて温度が下がって冷却されるシートを計測することで気流の速度分布が測定できるというわけです。
────温度センサーとしての使い方はどのようなものが想定できますか。
牛島:
温度の分布を面的に測るのは意外に難しく、素材が硬かったりしてウェアラブルな装着ができなかったのです。今回のシート状の温度センサーでは、布の上に印刷して衣服にするなどの使い方が可能ですから、介護現場で高齢者の体温から見守りをしたり、運転中のドライバーの体調管理などにも応用できるでしょう。コスト的にもインクなので今回の13cm角のシート1枚で数百円台の低いほう、量産効果で2桁まで下げることが可能です。

────JASISへ出展した印象をお聞かせください。
牛島:
分析機器展と言っていた時代からよくうかがってきましたが、分析や計測などの各種機器の完成された製品を購入したいという来場者が昔から多かったと思います。あまり劇的なイノベーションがない分野と思われがちですが、毎年来るたびに常識的には測れないと思い込んでいた対象を計測できるような新しい技術が出ていて驚かされます。
個人的にも産総研としても見逃せない展示会がJASISと言う牛島氏。分析や計測ではなく、ものづくり系や技術寄りの出展内容だとしても、JASISに出す意味はあるとおっしゃっていました。
生体センサーと姿勢センサー、AIによる自動運転を組み合わせた技術とは?
今回のJASISには世界初の技術も多く出展していましたが、北九州にある九州工業大学発のベンチャー、ひびきの電子株式会社からも非接触の生体センサーとAIによる自動運転を組み合わせた製品が出展されていました。文部科学省・大学発新産業創出プログラム(START)によって設立され、CTOの佐藤寧氏は九州工業大学の教授でもあります。今回出展した技術について佐藤氏にお話をうかがいました。
────非接触生体センサーというのはどんなものなのでしょうか。
佐藤:
非接触のセンシングには大きく2つあります。1つは姿勢センサーです。これは車のシートの上に座布団のように敷くものと背もたれに付けたセンサーです。これらのセンサーでドライバーの姿勢を検知し、疲れ具合などを評価します。例えば、車がカーブを切った時にドライバーが疲れていると姿勢制御がうまくできなくなって、通常より傾いてしまうのでドライバーの状態がわかります。もう1つは、ドライバーの首の後ろに設置した非接触のセンサーで首の血流を検知し、脈拍の変動から疲労状態や心神喪失状態を評価します。

ひびきの電子株式会社 CTO 佐藤寧(さとうやすし)氏。
生体センサーと姿勢センサー、AIによる自動運転を
組み合わせた世界初の技術は、複数のセンサーを組み
合わせることで精度が向上したといいます。
────姿勢センサーの特徴はどこにありますか。
佐藤:
姿勢センサーは、人間の血液に反応するというまったく新しい布を開発しました。車の座席に座るとシートベルトを締めてくださいという警告が出ますが、あれは搭乗者の体重を検知しているので荷物などの重い物を座席に乗せると誤動作することがあります。
一方、今回開発した布センサーは人間の血液に反応するので、物を置いても反応しません。人間が座ったときだけ反応するセンサーですから、着座センサーとしてまったく誤動作がないという特徴があります。
────血流センサーの特徴を教えてください。
佐藤:
この血流を検知するセンサーは、ドップラーセンサーといいます。人間はマイクロ波のような電波を吸収しますが、ドライバーに弱いマイクロ波を当てると脈拍によって血液の流れが変化するという電波の吸収度合いの変化が現れ、それを計測するのがドップラーセンサーです。
ドップラーセンサーによる血流計測は世界初の技術で、複数のセンサーを組み合わせることで精度が上がります。また、これらの姿勢センサーとAIによる自動運転との組み合わせも世界初となります。

────生体センサーとAIによる自動運転の組み合わせではどのようなことができますか。
佐藤:
運転している人の姿勢や血流から疲労や居眠りを検知し、危険な状態になったときにAIが判断して車を自動運転に接続します。自動運転に切り替わったらすぐに自動で走行し、路肩に停めたり、気を失った場合にはそのまま病院まで行くという自動運転も可能になります。AIはディープラーニングで機械学習させ、3年前から北九州で実証実験を繰り返してきました。
────今後の展開などを聞かせてください。
佐藤:
技術的にはすでに完成し、今後は製品化して自動車メーカーに販売していきます。すでに導入していただいたメーカーもあります。しかし、センサーが故障すると車が暴走しかねません。非常に危険な状態になって、車が歩行者などを検知できずに突っ込んでしまうこともあるでしょう。これはAIによる自動運転の課題の一つで、私たちはフェールセーフとしていくつかのセンサーが故障しても正常に動くようにしています。今後はこうした技術を続け、さらに安全性を高めていこうと考えています。
AIや自動運転、各種センサーの開発や製品開発を行っている同社は、今後も高齢者の見守り技術などを産学官連携で行っていくそうです。
世界初の磁化率を用いた微粒子の測定法
大阪府池田市の株式会社カワノラボは、大阪大学発のベンチャーで代表取締役の河野誠氏が開発した世界初となる微粒子の分析技術を出展していました。同社の技術についてJASIS会場で河野氏にお話をうかがうことができましたが、その原理は100年前くらいにわかっていたそうです。
────磁化率というのは、どのようなものなんでしょうか。
河野:
すべての物質は、磁場をあてるとなにかしらの形で磁化されますが、そのときに磁場を打ち消すように磁化されます。磁化されて物質が磁性体になると、磁気分極という現象が起きます。その磁気分極の起きやすさを磁化率といいます。

株式会社カワノラボ 代表取締役
河野誠(かわのまこと)氏。
この磁化率による分析技術は、大阪大学大学院で
博士号の研究論文のテーマだったそうです。
────磁化率による分析について教えてください。
河野:
この磁化率は、物質を構成する原子ごとに決まっていて、同じ原子の組み合わせの粒子があれば形状がまったく異なっていても同じ磁化率を持つことになります。例えば、ある粒子の周囲に液体が取り囲んでいたとすると、それを含めて組成原子がわかれば、液体を含む粒子全体の磁化率を知ることができます。
逆に1粒子ごとの磁化率を測定すれば、磁化率のバラツキから粒子の集合の均一性もわかります。また、単位体積当たりの磁化率を体積磁化率といいますが、これは粒子を構成する原子ごとの磁化率の合計といえます。
測定したい物質の粒子を強い磁場の影響下に置き、磁気泳動法という分析法によってその粒子の体積磁化率を測定し、粒子の泳動速度、つまり移動の速さを観察すると、1粒子ごとにどんな原子組成になっているかを逆に知ることができるのです。
────磁化率による分析でなにがわかるのでしょうか。
河野:
例えば、電池材料も粒子でできていますが、電解液に材料の粒子がどれだけしみ込んでいるか、これまで正確にはわかりませんでした。磁化率を使った分析方法を使えば、ある粒子がどれだけ固体にしみ込んでいるかというようなことを調べることができます。
また、1粒子ごとに測定できるので、一つひとつの粒子に液体がついているかどうかがダイレクトにわかります。油の粒子が石けんによって剥がれていく様子や金属にどれだけコーティングされているかなど、その粒子のなじみやすさを可視化することができます。
例えば、牛乳の脂肪分がどれだけ水になじみやすいかを測定すれば、官能試験の数値化が可能になります。細胞への刺激の強弱を数値化することで酵母などの細胞が生きているのか死んでいるのかもわかります。

磁場をかけると粒子が泳動(移動)する磁気泳動法により、1粒子ごとに泳動速度と粒子の大きさを計測し、粒子の体積磁化率を測定し、粒子の泳動速度から均一性や水溶性・脂溶性などのなじみやすさなどがわかるといいます。
────JASISへの出展は何度目ですか。また、出展して技術開発のヒントを得たりしたことはありますか。
河野:
8回目くらいでしょうか。来場されたお客さまから、微小なカプセルの中に粒子がちゃんと入っているかどうか知りたいと質問されたことがありました。確かに、そのカプセルの磁化率を測定すれば、カプセルに入れたい粒子が中に入っているかどうかがわかります。そうした発想はなかったので早速、技術開発を進めました。
粒子の動きはビデオカメラを付けた顕微鏡で撮影し、画像解析ソフトによって視覚的に評価するそうです。また、この磁化率を使った分析は世界初の技術で特許も取得済みとのことです。
盛況のうちに幕を閉じたJASIS2019。2020年は11月11日(水)から3日間の予定で今年と同じく千葉県の幕張メッセで開催されます。
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文/石田雅彦
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